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第3話 自問自答と素

「何で……いないんだよ」 

 

 村上がいなくなった部屋で一人。知良は涙を流してスーツケースを殴る。その拳は赤くなり痛みがあるはずだか、知良にはそれどころではない。

 喧嘩別れをした彼女が、あのアパートで今でも暮らしてると思った。なぜなら彼女から彼の荷物に、手紙をこっそり入れられていたからだ。

 

(かず)くんへ

 こんな形で終わらせてごめんね。ホントは一緒に行きたいけど。行けない理由があるの。

 それもまだ言えない。

 もしも、夢が叶っても叶わなくてもいいから。ここに帰って来て。私はいつまでも待ってるから。

 我儘な私で、ごめんね。別れても、私は知良が大好きだから。それは、何年何十年も変わらない。

 知くんの夢、応援してるね!今までありがとうございました』 

 

 知良がこの手紙は、移住先の海外で荷物の整理をしていた時に見つけた。

 彼は彼女とアパートで同棲をしていた。知良の荷物は元々少ない方だ。二人はこれからのことを話して、何日も喧嘩をした。

 知良が出国する日の前夜、彼女は隣で寝ている彼にバレないように手紙を書いて荷物の中に潜ませたようだ。知良は彼女に何も言わずに荷物を取り、空港へと向かうためにアパートを出た。彼女の涙をこれ以上見ないために、そっと「行ってきます」とだけ言葉をのこしていった。

 

「俺、ダメだな……」 

 

 知良はそう言って、また涙を流した。

 

「菅くん、もういいか? 」 

 

 村上は知良の返事を待たずにドアを開けた。

 

「何しとる?まだ着替えも出来てないのか? 」 

 

「あっ、すみません」 

 

「時差ボケでしんどいのか? 」 

 

「そうでは、ないです」 

 

「ワシが着替えさそうか」 

 

 村上はそう言うと、知良のスーツのボタンを外そうと手を伸ばす。

 

「や、やめてください」 

 

「ワシが無理やり、菅くんを連れ出そうとしてるのには理由がある」

 

「…… 


 

「もし菅くんを一人にしたら、君は、死のうとするかもしれない。勝手にワシの家で死んで欲しくないわ。寿命以外ではな」

 

 知良の肩がビクッと上がる。図星のようだ。彼の頭には無意識に、彼女と一年間ここで暮らしていたという親子が同一人物かもしれないと。

 

「菅くん、早く準備しなさい。今日は一緒に買い物して、飯を食べて、風呂に入って寝なさい。今度話してやるから」 

 

 村上はそう言うと、また部屋を出た。

 

 知良は、よく分からないが言われた通りにすれば、村上から話が聞けると思って動くことにした。

  

「準備できたか」 

わら

「はい」

 

 知良は準備を終え、麦茶を飲んだ部屋に戻ると村上が開口一番にそう言った。部屋には知良が買ったバラが花瓶にいけられていた。

 村上は知良の返事を聞いて、行くぞと立ちあがった。

 

「戸締まりヨシ」  

 

 村上は玄関の鍵をかけて、口に出して確認をした。

 

「少し歩くとスーパーがあってな。そこは、今時のセルフレジになってる。ワシは慣れるのに時間がかかった。今はチョチョイのちょいや」 

 

 村上は自慢げに話した。沈黙が嫌なのだろうか。

 

「菅くん、何か喋りなさい」 

 

「話すことなんてないです」 

 

「菅くんの()()()()()は叶ったのか? 」 

 

「彼女がいないから、叶ったっていいのかどうか」

 

「どういうこと? 」   

 

「個展をするために帰えって来たら、彼女の絵を描くって決めてたんです。俺は絵描きの端くれで……」 

 

「あ~、今度あの商店街のギャラリーで個展するんやろ」 

 

「知ってるんですか? 」 

 

「知ってるも何も、商店街の人らが盛り上がってたで。海外のなんちゃらかんちゃらの賞取った人が、個展したいって言ってるから。オッケーしたってな」 

 

「あっ、それです。俺は……その」 

 

 知良の目は泳ぎ、そして下を向き言葉をつまらせる。村上は、彼が何か言いたいのを察したのか背中を叩いた。

 

「もったいつけんと、早う(はよ)言いな」 

 

「彼女がまだこの街に住んでると思って、驚かそうとしてて」 

 

「そうか……。残念やな」 

   

 村上は、そう静かに言った。

 

「菅くんは、その彼女に会いたいんか」 

 

「会えるのなら会いたいですよ」 

 

「どんな子だ?写真ぐらいあるだろ」

 

「ありますよ。でも(おおやけ)の場ではその……」 

 

「菅くん、こんな田舎道を公の場って!笑えるわ」

 

 村上は大声で笑い、知良と横を通り過ぎた人は驚いた。

 

「そんなに笑わないでください」  

 

「すまん、すまん」 

 

 それでも村上は笑っていた。

 

 二人はスーパーに行き、買い物をしてから寄り道をした。そこは知良が個展をするテナントだ。

 

「菅くん、そこに立ちなさい」 

 

 そこの横にはショーウィンドーに、知良の個展の宣伝がデカデカと貼られていた。

 

「えっ? 」

 

「三・二・一」  

 

 村上はスマホで写真を取った。撮った画像を確認人するとブサイクに映る(うつ)知良がいた。

 

「ちょっ!何いきなり撮るんですか!その顔、絶対ブサイクに映ってますよね」 

 

「大丈夫、イケメンじゃ」 

 

 村上は笑った顔から真顔になった。そう言わたなれば、知良は何も言えなかった。

 

 また、二人は歩いた。村上は商店街に知り合いが多いのかよく話しかけられた。その少し後ろで知良は歩いていた。自分が隣にいても邪魔になるし、ほぼ初対面の人に気を使ってしまうから。それが面倒だから。

 

幸一(こういっ)ちゃん、買い物か? 」 

 

「そうや! 」 

 

「ようけ買ったな。一人にしては多ないか? 」

 

「大丈夫。荷物持ちがおるから」

 

 村上はチラッと知良の方を見た。それに気がついて、知良はペコリと会釈する。

 

「お客さん? 」

 

「そうや」

 

「わけあり?また強引に家に連れてきたとちゃうんか」    

 

「そんなことあるようでなくて……」 

 

「なくて? 」 

 

 相手は「幸一ちゃん、図星やろ。俺は分かってるで」と村上の目を覗き込むように見た。

 

「あるわ! 」 

 

「幸一ちゃん、逆ギレはアカンで」 

 

「ちょっ、痛いって」 

 

 相手は村上の背中をバシバシ叩いた。村上は大げさに痛がった。

 

「サイナラ」 

 

 と二人は別れて、村上はまた知良と並んで歩いた。

 g

「そんなにビクビクせんでええって」

 

「すみません」 

 

「菅くん、さっきのオッサンは肉屋やっててな。コロッケがうまいんや」

 

「そうですよね」  

 

「やっぱり食べたことあるんやな」 

 

「はい」 

 

「彼女と週二で買いに行きました」 

 

「そっか」 

 

「どうせ俺なんかのこと、覚えてないと思った」 

 

「だから余計にビクビクしとったんか」 

 

「はい。それに俺、大人の男の人が苦手なんです」

 

 村上は驚きもせずにまた「そっか」と言った。

 

「ワシは大丈夫なんか? 」  

 

「まぁ、最初はしつこいぐらいに話しけてくるんで、不審者にしか思わないです」 

 

「失礼やな」 

 

「それに、勝手に俺の荷物を持って行くんで、新手のひったくりかとも思いました」 

 

「まぁ、そうやな! 」  

  

 と村上はケラケラと笑う。自分のことを酷く言われてるのに、やっぱり変な人だなと知良は思った。

 

「でも、あの場所から強引だけど連れ出してくれたから良かったです」 

 

「菅くん、引っかかるとこあるけど。気のせいか? 」 

 

「気のせいではないです」

 

「だんだん()を出してきたな!ええことやで」

読んでいただきありがとうございました。

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