第26話 たくさんの想いが絡み合った結果
知良たちは、そうやって彼の役割や立ち場をおぼろげにしながら何年も暮らしていくのだった。
村上の家には、まだ半分ぐらい知良は住んでいた。いや、作品制作の拠点として部屋を借りている。
「知良くん、もしワシが死んだらこの家やるわ」
「え? 」
「驚いてるな~」
「ご飯を一口食べたかと思ったら、いきなり言うから驚きますよ」
遅めの朝ごはん一緒に食べていたときに、突然村上がこんな話をしたから知良は驚いた。
「な〜に、ふと思ったんや」
「どこか身体悪いんですか? 」
「元気ハツラツじゃ! 」
「ふざけてるから、大丈夫か」
知良は村上との付き合いが長くなると、扱いが分かるようになった。
「ワシは、これでも後期高齢者や。頭がボケてない間に、遺るモノの整理はしたいんじゃ! 」
「まだ、その話続けるんですか? 」
「親戚はいるが、負担にさせるのは申し訳ないからな」
「俺は、いいのか」
「知良くんの制作スペースがあるやろ。私物もかなりな〜」
村上は、ギロっと知良を見た。
「うっ」
「彼女も少しやけど、暮した思い出の場所やからな」
村上の脳裏には彼女がこの家で子供たちと笑ってる姿があった。
「親戚が相続しても、それぞれに家があるから手入れをするのもしんどい。歴史あるこの家を潰して駐車場か空き家になるのがオチや。それは、ワシが嫌や」
村上の家は、かなり古くて災害や戦争でも建っていた。何度も手を加えながら、何十年と村上と生きている。潰すことは絶対にしたくないと、村上は願った。
「本音はな、知良くん」
「はい」
「ワシが死んだあとにな。知良くんとあの子が再会して、ここで映太くんと映璃ちゃんの四人で暮らして欲しかったんや」
村上は、なんとか言い終わってから目頭を触った。
「悪いな〜。せっかくの遅めの朝ごはんが冷めるから食べよう」
村上は、何て言えばいいのか分からない知良に気づき、場の空気を変えた。
「昨日の夜からぶっ通しで描いてたやろ。夜中か明け方に、トイレに起きたときに電気付いての見たわ。眠いやろから、早く食べて寝たらええ」
村上は、さっきと違っていつも通りに知良を心配していた。
「はい。そうします。今日もいつもの時間に出かけますね」
「分かったけど。知良くん、顔色が少し悪いけど大丈夫か? 」
「大丈夫です。制作の疲れが出たのだと思います」
「無理は、せられんで」
「はい。寝たら回復すると思います」
知良の最近の生活スタイルがある。あの場所で晩御飯を食べたのあとに、村上の家に行って作品制作をする。気がつけば朝で、朝ごはんを村上と食べてから寝る。
おやつの時間までに、起きてからシャワーを浴びて着替える。
そして、身支度を済ませてから村上の家を出る。知良は商店街でコロッケを十個買ってから、彼女の家に向かう。
「ただいま、帰りました」
「おかえり、知良くん」
出迎えるのは、千文来の嫁のひまりだ。
「これ、いつものです」
「ありがとう!もう少ししたら、あの子達が剣依くんに連れられて帰ってくると思うわ」
「はい。千文来さんは? 」
「定時で帰れるって、朝行く前に言ってたわ」
「分かりました」
ひまりは、知良がいつもと様子がおかしいのに気がついて、玄関から出ていこうとしたのを呼び止めた。
「大丈夫?顔色が少し悪いけど。また朝まで制作してたの? 」
「朝まで、うっかりやってました。ここに来る前に寝てたので、マシになったので大丈夫です」
知良は、手洗いうがいをしてから仏間に行った。
「ただいま。はい、君のコロッケだよ」
コロッケを紙皿にのせて、お供えをした。紙皿は、この部屋に常備している。コロッケを八個だけ、ひまりに渡して残りを持って仏間に行っていた。
「俺も食べるよ」
知良は、コロッケを一口一口と丁寧に食べている。この部屋で二人でいる時間を大切にしていて、その間は誰も部屋に入らない。
「おいしい?ちささんが作ったんだって。冷めてもおいしいコロッケだよ」
肉屋では、肉屋の娘が時々店を手伝っている。知良が買いにくいと、必ず冷めてる二個と揚げたて八個に分けて渡してくれる。
「おいしいな」
知良はコロッケを食べながら、彼女と過ごした昔を思い出していた。
彼女は出来たてのコロッケを猫舌なのに、冷まさずに食べていつも火傷をしていた。
「また、やっちゃった~」
彼女はアハハっと笑い、それにつられて知良も笑った。
「はい、お水」
「知くん、ありがとう! 」
彼女の笑顔が、知良は大好きだった。
「「ただいま〜! 」」
知良は、この声にいつも現実に戻されていた。彼女と自分の子供たちが小学校から元気に帰ってきた。
ドタバタと走る音や楽しそうに話してる声に、なんか良いなと思った。
「また、あとで来るね」
知良は、彼女に少しの別れを告げて仏間から出て、リビングに向かった。
「あっ!先生! 」
知良を見て、彼女と似た笑顔を向ける映璃はもう小学生六年生だ。
「映璃ちゃん、映太くん、おかえりなさい」
「「ただいま! 」」
双子は元気に言った。二人は初めて会ったときと比べて、ぐっと身長が伸びて大人に近づいた容姿になって成長を感じた。
一年一年と、二人と過ごすにつれて知良は焦りを覚えていた。
中学生になる前に、自分と彼女とのことや双子との関係をきちんと話したいと思ったからだ。
何年も答えれずにいる映太からの『先生は、お母さんのことをどう思っているの? 』の質問をもういいかんげんに伝えてなければならないと。
映太と映璃は、もう気づいているかもしれない。知良から言ってくれるのを待ってて知らないふりをしてるのかもしれない。
思い悩む知良を、周りの大人たちが見守り支えてくれている。
「先生!今日ね、たくさん頑張ったんだよ〜」
ニコニコと話す映璃を見るたびに、知良は彼女を探してしまう。
「先生? 」
「あっ、ごめんね。先生、ちょっとボーとしちゃった」
「おつかれさま! 」
「ありがとう!」
映璃の頭を、ヨシヨシとなでやる。
「知良先生」
剣依都が、ぶっきらぼうに知良を呼んだ。
「ん?どうした? 」
「ちょっと来て」
「分かった」
知良は双子に断りを入れて、剣依都のあとに続いて部屋に入った。
剣依都は、ドンっと壁を殴った。突然のことで、知良は驚いた。
「先生、いい加減にしろよ」
今まで来たことのない剣依都の低い声に、今度は恐怖に感じた。
「えっ? 」
「映璃を通して、姉ちゃんを探すな」
「っ……」
「二人に言う覚悟もないくせいに」
剣依都が殴った壁や拳は傷つき、そして震えていた。
「いつまでも、俺らに甘えんな」
「んなの……」
「あ゛ぁ? 」
剣依都は、ギロリと知良を睨んだ。
「そんなの、言われなくても分かってんだよ」
「じゃあ、なんで言わないんだよ? 」
剣依都は、知良の胸ぐらを掴んだ。知良は抵抗をせずに言葉を探した。
「怖いんだろ。今まで先生って呼ばれて、過ごしてた思い出がなくなるとでも思ってんだろ」
知良は図星をつかれたのか、何も言えなかった。
「映璃も映太も、なんにも分からない子供じゃない。母親が突然いなくなって、俺たち以上にたくさんの想いを抱えて踏ん張ってるんだ。子供にとって、親の存在がどれほど大切なもんか分かってんのか? 」
一般的な家庭は、父と母に子供がいてケンカをしつつも仲が良いとされる。
しかし、剣依都や知良たちは、それぞれ普通と言えない家庭で育った。
自分が親に対して思ったことがたくさんあっても、それが現実世界では相手は理解ってくなかった。
だから、自分の子にはこうなって欲しくないという想いはあった。
そして、親が大人がいなければ子は生きていない。金だけでなく、心の面でもとても必要だ。
「自分が、辛いときにきょうだいが寄り添ってくれた。俺だって、そうした。でも、お父さんとお母さんが仲良くて話をたくさん聞いて欲しいと思ってんだ」
剣依都の心からの叫びは、下の階にいるみんなにも当然聞こえていたのだろう。
「あの子たちには、お前しか親がいないんだ」
剣依都は、それだけを知良にしか聞こえないように声の音量を抑えた。
「なぁ、あの子たちは待ってんだから。早く言ってやれよ。言ったからって、俺たちの関係はなくならないから……さ」
知良の剣依都を映す瞳は、何も見えなくなった。頬を伝って胸ぐらを掴む剣依都の拳に、ポタッと落ちた。
「先生、泣いてんの」
剣依都は驚き、胸ぐらを掴む拳をおろした。そして、近くの机にあったティッシュを無理やり知良に渡そうとした。
だが、ティッシュはヒラリと床に舞いながら落ちた。
「先生、ちゃんと受け取れよ」
剣依都が落ちたティッシュを拾うとした、その直後に知良は膝から崩れ落ちた。
なんとかすんでのところで、剣依都が受け止めった。
「おい!!先生……。先生、大丈夫か!? 」
剣依都の泣き叫ぶような大声を聞いて、ドタドタと走り階段を登る音が近づいてきた。バタンと、映璃がドアを開けた。
「先生!?大丈夫?! 」
知良の耳には、それ以降声は届かなかった。




