第22話 宛先のない手紙
「本当は……」
村上は、知良の言葉に何も言わずに頷いた。それを見て、知良はもう一通の手紙を渡した。
『お父さんへ
俺は、本当はアンタがお父さんのことが、今でも心のどこかでは大好きなままだ。
だから、心底からアンタの全てを憎むことが出来ないし、恨めないんだ。
アンタが罪を犯す前に、もっと家族として何か出来たはずだと思うから。
俺が絵をたくさん描いているのは、お父さんが「す
ごいね!うちの子は天才だ! 」って喜んでくれたから。暗かったアンタの顔が晴れて、笑顔になってくれたのが嬉しかった。
その画材が家庭を少しでも圧迫していたなんて、まだ小学生だった俺には分からなかった。
ただでさえ、金のかかる子供なのにね。家族は三人なのにお父さんに独りでたくさんのことを考えさせた。
アンタに俺やお母さんのことでお金が必要だったからって、その汚いお金で暮らしたくなかった。
アンタは、俺らのためって言い訳にしてるけど。結局は自分の為にしてるよ。俺らを加害者家族にして、同僚や会社の人たちを苦しめていることを分かってください。
頼りない家族で本当にごめんなさい。
また、会いたいな。
知良より』
知良の中では、大好きな父親だった。
でも、父親は違ったように思えた。確かに、お金は大切だ。綺麗事だが、周りに相談して助けてもらえることだってできるはずだ。
それを父親はせずに、善よりも悪の道に進んで。そして家族のためにしたことが、いつの間にかお金がない自分を慰める行為になった。
まだ、子供の知良は父親がどんなに悪いことをして、その影響が自分に返ってきたとしても。
父親からの手紙は知良が中学生になって母親にもらった。小学生よりも少し大人になった中学生の知良に、母親は葛藤しながらも渡してくれたのだ。
それを読んでもやっぱり、父親に会いたい気持ちがあった。それでも、知良は思いの丈を書いた手紙を投函をすることはしなかった。
手紙を書いて投函をしても、もう父親は家族として戻ってこないのを分かっていた。知良自身も引っ越しをすることもあり、投函をしたり捨てたりすることも出来ずにいた。
知良は父親への気持ちと共に、ずっと一緒に時を止めていた。
彼女には、少しだけ父親のを話した。彼女自身の家族で苦労をしていたから、これ以上背負わしたくなかったからだ。
誰にも伝えることの出来なかった奥底に眠ってた知良の想いを、やっと他人に伝えることが出来た。知良の中で、少しずつ時を刻む音がした。
また、この手紙も文字が滲んでいた。封筒には入っていたが、封も切手も宛先も何もされていなかった。
村上は、これが投函することが出来ない手紙だと聞かなくても分かった。
人間は信用して楽しい思い出のある人に出会うと、どんなに嫌なことをされても逃避してしまう。
あの時は優しかったから、助けてくれたからと過去を単価に未来を苦しむ生き物でもある。
反対にそれらを一緒に乗り越えて、未来に突き進む。人だっている。
全員が全員、好き勝手にそれぞれの道を歩いていく。




