第19話 ある意味再会
「行こうか」
村上に言われて、二人は頷いた。ここから十分歩くと、彼女の家族が住む一軒家があった。
知良は、昔とここはほとんど変わらないなと思った。
「近いんですね」
家の近くで、彼女はもう帰れなくなった。そのことに、知良は心が痛んだ。
「そうや」
村上はそう静かに答えて、門のチャイムを鳴らした。
「はい、美島です」
「村上や。連れてきたで」
「お入りください」
二人は、また村上のあとをついて歩いた。
「入ってええか」
「どうぞ」
すぐに返事が戻ってきた。村上はガラガラと戸をあけた。
「千文来くん、久しぶりやな」
「村上さん、そうですね」
「昨日、急に連絡してすまんな」
「大丈夫ですよ」
千文来は、優しく微笑んだ。
「先生、連れて来たから。あと、肉屋の娘もな〜」
「私はついでなの? 」
肉屋の娘はそう呟き、村上の足を軽く踏んだ。村上は大げさに痛がった。
「知、久しぶりやな」
「千文来さん、ご無沙汰してます」
知良は、深々と頭を下げた。
「そういや、二人は面識あったな」
「知、頭上げな。玄関はなんやから、上にあがって」
「はい」
知良の顔はこわばり、手が震えていた。千文来に案内され、客間に行くと座っているように言われた。
「そんなに、緊張することないで」
村上は、顔色が悪い知良の心配をした。
「それは、分かっているんです」
ガチャガチャと音を立てて、千文来が客間に入って来た。
そして、三人の前にお茶とお菓子を置いて、最後に自分のものを置いてから座った。
「今、この家には僕だけなんです。ひまりたちには、遊びに行ってもらいました。落ち着いて話し合いが出来るようにしたいので。二時間後に、帰って来ると思います」
「嬢ちゃん、残念やな。帰ってくるまで待ちな」
「はーい」
肉屋の娘は、肩を落として残念がった。
「あの……」
「知、どうしたん? 」
「遅くなってすみません。俺が、もっと早く実績を積んで戻ってくれば、妹さんに悲しい思いをさせてしまわなかったと思います」
「知、それは間違いだよ。妹は、悲しくなかったと思うよ」
「えっ……?」
「妹は、知が海外で実績を積んでいたのを知ってるんだ」
「……」
知良は、思ってもみなかったから、言葉にならなかった。
「村上さんの知り合いにね、アートに詳しい人がいるんだ」
「そうや。言うてなかったか~。知り合いはな、無名アーティストを世界中で見つけるのが趣味である意味変人なんや。彼女は、君が二年以上前から海外でグループや個展をしていたり、オークションで作品が高値で売れていたりと活躍していたのをな。ちゃんと、知ってるんや。彼女が落ち込む度に話すと、よく笑ってくれたんや」
村上は、どこか懐かしむように言った。
「その人を通じて、知のことを教えてもらってたんだ。妹は君に会いたいし、連絡を取るのを我慢してだけど。応援はずっとしていたよ」
「あの子は優しい人だからね。菅さんのことがずっと大好きだったと思う」
黙っていた肉屋の娘が、優しい表情をして話しだした。
「あの子は、何度も楽しそうに菅さんの話をしてくれたよ。自分でもしらべててね。菅さんの作品が小さい公募展で賞が取ったのを知って、耳にタコになるぐらい話してくるの。小さく雑誌に載ったり、ネットで調べたり、情報収集して切りとってコピーしてスクラップブックにして私に見せてくれた。ホントにうんざりするぐらいにね」
肉屋の娘は、少しの文句を交ぜながら彼女がどんなに知良のことを思っていたのか話した。
「私はね、菅さん。いや、アンタがいない間に彼女を独り占めに出来たの。なかなか親しい友人がいないこの肉屋の娘は、大切な心友が出来たのは最高なことよ。それにかわいい双子ちゃんとも、アンタがいない間に一緒に過ごしたわ」
「嬢ちゃん、何いきなり自分のターンみたい話してるんや。感謝したくないのしたいのどっち? 」
肉屋の娘は、まるで村上の声は聞こえてないのか彼に対しての返答はしなかった。
「私は、彼女と仲良くなるきっかけを作ってくれたアンタには感謝してる。でも、あの子はずっとあの場所で待てなかったのを後悔してたし、アンタを想う気持ちは変わらなかった」
「嬢ちゃん、いったん落ち着きな。冷めてしもうたお茶飲んでな。千文来くん、ゴメンな」
肉屋の娘は、お茶を数口飲んだ。
「村上さんは謝る必要はないですよ。それに、妹を想う気持ちはわかったよ。ありがとう、ちさちゃん」
「知良くん、どうした。その顔はなんかそういうことやって感じの」
「えっ?肉屋の娘さんは、嬢ちゃんさんは、ちささんって言うんですね」
「知良くん、今それ気にすることじゃない。ワシが悪いけど。ちさちゃんを肉屋の娘か嬢ちゃんしか言ってなかったからやと思うが。気にするとこは別や」
「すみません」
知良は、反省してみんなに謝罪をした。
「知は相変わらず、変だな。当然、あまり重要視してない所に気がつくの」
「千文来くん、同級生の私の名前を重要視してないって言わないでよ。確かにしてないけど。ちょっと傷付く」
「そういえば二人って、同級生やったんやな」
「高校で、同じクラスだっただけですよ。村上さんの家に行った時に会いました。高校卒業ぶりでした」
「そうだね」
「時を戻そうか」
「おじちゃん、それ好きだよね」
村上は、ニコッと笑った。 そして、数口お茶を飲んだ。
「彼女も忘れなかったんですね」
「知良くん、もってことは……」
村上は、もが示す言葉が何かをわかっているが聞いた。
「俺も忘れなかった。彼女に会いたくて堪らなかった。だって、中学からずっと今でも俺は彼女が好きなんです。向こうで何度も挫折をしそうになっても、彼女からの手紙や写真を見て……」
知良の瞳からはボツボツと雫が落ちて、声が消えていく。
実は彼女とは中学から同じだった。その当時の知良は、一匹狼タイプでクラスで浮いていた。
そんな彼に唯一気にかけてくれる存在はみんなにも優しい彼女だけだった。
彼女だけは知良が描く絵を見て、目を輝かせ心に響く言葉をくれる。
「今の俺がいるのは、彼女のおかげです。何度も連絡を取ろうと思いました。でも、甘えになるかもしれないと自分に厳しくするために、無理やり彼女と別れたからには連絡をしないと決めてました」
「知と妹はずっと両想いで、相手のことを自分以上考えてたってことだな」
千文来は、明るく言って立ち上がった。
「知、妹に会ってくれないか」
「はい」
「村上さんとちさちゃんは、ここで待っててください」
二人は頷き、「いってらっしゃい」と知良を見送った。
千文来は、時々後ろを歩く知良を振り返って気にしいた。彼がこの中で一人だけ十年前に取り残されている。
彼女と別れて今年で十年になる。彼女が亡くなって二年になる。もう会いたくても、生身の人間として彼女とは会えない。
「ここだよ」
千文来は、この家の奥にある部屋の襖を開けた。座敷に仏壇があった。そこには、三つのお位牌と彼女の写真が置かれていた。
「二つのお位牌はね、元々この家に住んでいた母方の祖父母のだよ。母さんは、二人のことが大好きだけど。もういない人を探したくないって出ていった」
「そうなんですね」
「うん。ほら、妹に手をあわせてあげて。首を長くして待ってるから」
知良は頷いて、仏壇前の座布団に座った。ローソクに火を付けて、チーンチーンとりんを鳴らす。そして手をあわせ、鐘の音が消えてからも彼女に今までのことを話した。
「今度、お墓にも連れて行くね」
千文来は、タイミングを見て普段と変わらない感じに言った。
「あ……の」
「無理に話そうとしなくていいよ。泣いていいんだよ」
知良はその言葉に背中を押されて、我慢をしていた涙を流した。




