第18話 国語難しいと魂の慰め
「なぁ〜、知良くん」
「えっ? 」
「今日から、知良くんって呼ぶわ」
「分かりました」
村上からの突然の提案に、なんの疑問に思わずに知良は応えた。
「なあ~、知良くん」
「何ですか? 」
「知良くん、一昨日言ってたやろ」
「どこらへんのことですか? 」
知良は、頭の中の戸棚から一昨日話した内容が書かれたファイルのページをペラペラとめくった。
「彼女は愛された人生でっでしたて言ってたやろ」
「はい」
村上の言葉があるページを知良は見つけた。
「思ってたじゃなくて、でしたやから。なんか、不思議に思ってな」
「あぁ……。それですか」
知良はその言葉を聞きながら、ページを見めて考えを巡らせた。
「なんでなんや」
「俺もよく分かりません。でも、俺が思ったよりも愛されたのは確かだと感じたんです。国語って難しい」
知良は、複雑そうに笑った。この複雑な想いを、どう言葉にしたらいいのか分からない。言葉は、便利なようで不便だ。
「じゃあ、行こうか」
村上は、気を取り直すように明るくそう言った。
「はい」
村上と知良は家を出ると、門の外で車から降りて肉屋の娘が待っていた。
「おじちゃん、久しぶり(?)に連絡来たと思ったら。タクシー代わりに、こき使うのやめてよね」
「暇しとるやろ」
「してないよ」
「彼氏に二股かけ……」
「黙れ、ジジイ」
肉屋の娘は村上を睨みつけるが、彼は笑っていた。
「あぁ〜、怖い怖い。嬢ちゃん、絵描きの先生もおるの忘れたらいかんで」
「菅 知良です。その節はありがとうございます」
「なんか、変な文章だね」
「許してやれ。知良くんは、昨日実感したんや」
「全部じゃないってことね。とりあえず乗って」
「安全運転な〜」
「いつも、安全運転でしょ。私も久しぶりにあの子たちに会いたいから」
「ワシらは、一昨日会ったぞ」
村上がわざとらしく自慢をすると、肉屋の娘はさっきの仕返しなのか無視をした。
「二人は、後ろに乗って。一応シートベルトしてて。いつ、何があるか分からないから」
「分かった」
「分かりました」
村上と知良は言われた通りに、車に乗り込んでシートベルトをした。
「おじちゃんもひどいよね」
肉屋の娘は安全運転をしながら、何の前触れも無しに村上に話した。
「唐突にどうしたんや」
「あの指定したルート」
肉屋の娘の声は、どこか暗く悲しそうだった。
「それはすまないな。でもな、知良くんには知ってほしいからな」
車で数十分してからある通りについき、近くのコインパーキングに車を止めて降りた。
知良にとっては、何度も彼女を家に送った道だと記憶が蘇った。
それから少し歩いたところに、電柱に花が入った筒が括り付けられていた。
「ここでな、彼女が犯人に刺されて倒れたんや」
村上は電柱から数歩進むだところで、立ち止まって言ってた。
「亡くなったのは病院だけど、魂はここにいる気がしてな。毎日花の水換えを交代でしてるんや。そうやって、ワシらは心の整理をしてるんや」
彼女の死からニ年経った今でも彼らは、ここに来て続けている。村上の隣で肉屋の娘が涙を流していた。
知良は、自分がよく通ったその場所に起こった悲劇と動揺を抱えながら、しゃがみ込んで手を合わせた。
「あそこに、お地蔵さんを建てたの。ここでの事件の後にね。もうこんなことが無くなるように、守ってもらってるの。それに亡くなった方への供養のためにね」
肉屋の娘はそう言って、お地蔵さんのところに行き手を合わせた。
「ワシらもしよう」
二人は肉屋の娘の後に続いて、手を合わせた。
彼らは、まだ彼女の事件から時が止まったままになっている。
普段からよく通る道で、まだ明日がこれからもあると思った人が突然この世から去ってしまう。
その時から彼女は先を進まないが、自分たちは嫌でも進んでしまう。
その想いを整理するのには、かなりの時間が必要になるのだ。




