第15話 違うと思いながらも
彼女の死の原因についてフィクションです。
知良が日本に戻る二年前に彼女は亡くなった。その当時、日本では彼女が住む地域で通り魔の事件があった。
二人が重症で三人が亡くなった。彼女はその被害者の中の一人だった。事件現場は、普段から人通りがある場所でもあった。
犯人は三十代男性で、理不尽な理由で会社をクビにされたイラダチが犯行した動機だという。
「もうどうにもなれ、自分は仕事を辞めさせられて、惨めなのに。働いている奴らが許せない。前から人を殺してみたかった」
と警察で犯人が語ったらしい。
「知良くん、彼女の最期は悲劇や。でもな、刺されてすぐに救急車を呼んで、応急処置をしてくれる人らがおってな。病院でちゃんと別れが出来たんや」
「俺、実は……」
知良の呼吸は荒く、肩で息をしていた。何をどう言おうとしてるのか分からない。頭には過去が頭をよぎった。彼はパニックになりかけた。
せっかく村上が作ってれたカレーに涙が降って、冷めてしまった。それは彼も同じようだ。
ボソっと言う知良の声は小さかった。涙が混じり、話したくても出したい声にならなかった。
「ゆっくりでええ。言うてみん」
村上は一口酒を飲み、知良は水を一口飲んだ。
「おれ、彼女の兄弟さんを……」
「知ってるんやな? 」
知良は言葉に詰まり、村上の言葉に頷いた。ちぐはぐする会話に村上は、柔軟に対応した。
知良の頭は混乱しているから、ツッコミをしてはいけない。
「やっぱりな。映太くんが名前を言うたら反応しとったな」
また、知良は頷いた。
「おれが、もっと……早く日本に帰ってたら。良かったのに」
「菅くん、君は賢いからそうじゃないって分かってるんやろ」
「はい」
「菅くんは、日本を出たことには後悔してないんやな」
「彼女が手紙を……荷物に入れてくれて。それに書いていたんです。応援して、待ってくれてる。好きでいてくれるって。だから、それを後悔にしたくない」
「分かった。菅くんは覚えとるか。ワシが彼女は知り合いの手を借りてこの家を出たって言ったことや」
「はい」
「それはな、千文来くんからそう言うように言われたんや。彼女らの家の事情を知っとるはずの君に心配をかけてしまうからやって」
「分かりました。彼女は……この世にいないんですね。もう会えないんですね」
知良は何度も関節的な意味で、彼女が亡くなったのは聞いていた。
今回のように直接的に、どこの誰も知らない男の身勝手な動機で、残酷に殺された事実を受け止めれない。
でも、この世にいないという実感をわずかに持てたのは確かだった。
個展のときに、映璃がお母さんを語るときのパニックの仕方が事実なんだと今なら思える。
「そうや。もう彼女はおらん」
映太と映璃が個展に来たときに、村上の言葉よりも今のが重く感じた。
「菅くんに、彼女の想い人の写真が燃えて無くなったって言ったよな」
「はい」
「それは、菅くんがどんな反応するか見たかったんや。まぁ、当たりやったかな」
「何ですか、それは……」
二人の男は、冷えた涙入りのカレーを食べ始めた。誰も温めようかと言わなかった。
遠くで鈴虫の音がした気がする。知良は、その音に耳を傾けた。
そういえばこの鈴虫の音は、彼女の好きなものの一つだったなと思った。
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