第11話 お母さんという役割り
今から八年前のこと。子どもたちが一才になったかならないぐらいの時だ。深夜になり、親子が住むアパートが炎に包まれた。
「火事だ!逃げろ! 」
「逃げ遅れた人いない?! 」
「消防は、いつ来るんだ! 」
たくさんの声と火が辺りに広がっていった。
住人たちはすぐに避難をしたという。親子は、住人たちに助けられたが、多くの大切なものは火によって燃やされた。
無事を喜んでいる人もいたが、燃えていく炎をボーと見る人がいた。
彼女の唯一の救いは、自分の腕の中でスヤスヤと子供たちだった。彼女は涙をこぼし、燃えていくアパートを見ていた。
「お母さん、大丈夫か。ワシの家においで」
村上がそっと手を伸ばしてくれたという。彼女が持ち出せた荷物は、子供のおむつにおしりふきに服とオモチャなどが入ったカバンとアルバムに通帳と印鑑、保険証などだった。
彼女はいつ何があっても、すぐに持っていかないといけないのを玄関やすぐに取り出せれるとこにカバンに入れて吊るしていた。
それを聞いた村上は、「よく、考えた。すごいぞ」と褒めたという。彼女は、大粒の涙を降らして「ありがとうございます」と笑った。
村上は後にこう語っていた。
「彼女さんは、子どもたちがいなければ燃える建物に入って死んでいたと思う。彼女さんは、子どもたちの母親で子を悲しませては行けないから立ち止まったんや」
母という役割がないと彼女は知良との思い出が詰まった家が燃えていくのを、ただ見つめることはなかったのだろう。
彼女たち親子は村上の家でお世話になることになった。これもまた強引に村上は彼女を連れ出したのだろう。
彼女の荷物と双子の片方を抱いて、「何をしてる?早くおいで」と言っている光景を知良は思い浮かべる。彼女が母親だというのを利用してでも、生かそうと村上なりに必死だったのかも知れない。
彼女がシングルでアパートを居続けて、子供たちと暮らそうとした理由をよく知っているからだ。
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