拓斗
「なぁ、俺のこと好きだろ?」
学校の中庭で、普段と変わらず一緒にお昼を食べてる少女に俺は、なんの前触れも無く、ムードもへったくれも無いタイミングで聞いた。それを聞いた少女はビクッと肩を上下に震わせた後、まるで時が止まったかのように固まった。少女が箸で掴んでたウインナーがポトッと弁当箱に落ち、それを合図になったらしく、まるでオイルが差されてないロボットの様に、首だけをギギギッと俺の方へ向けてきた。
「な、なな、な、何をいっ、いきなり馬鹿な事言い出すのよ!」
視線は左右に激しく泳ぎ、顔や耳はみるみる茹でダコの様に真っ赤に染め上げ、物凄く言葉を詰まらせながら、必死になって否定してきた。
「いや、よくよく考えたらさ、俺がいつも食べてるこの弁当も美那の手作りだし、いつも一緒に居るし、なんなら今日も朝……」
「そ、それは! そう!お弁当は将来の為に練習してるだけだし、いつも居るのは幼馴染で親同士も仲がいいからその延長線ってだけで、そのついでに毎朝顔出したついでに拓斗を起こしてるだけなんだから!」
俺の言葉が恥ずかしかったのか、美那は俺の話を遮って、捲し立てる様に早口で説明してきた。あまりにも必死すぎて、俺は心の中でクスッと笑ってしまったが、そんな事を知らない美那は、あまりの必死さに少し汗をかいてた。
「つまり、俺の勘違いだったって事か……それは、悪い事をしたな」
「えっ? あっ、えっと、勘違いとかじゃなくて……うぅ~」
「それならそれでいいよ」
「えっ? それどういう事?」
俺はそれだけ言って、理解出来ずポカンとしてる美那に説明もせず、自分の弁当の残りを一気に平らだ。
「ご馳走様。美那、今までお弁当作ってくれてありがとう。明日からはもう作らなくていいし、一緒に食べるのも今日で最後にしよう」
「えっ?な、なんで?わ、私何か拓斗の気に障るようなこと言ったなら、謝るよ?」
突然俺が美那を突き放す様な事を言ったからか、美那は真っ赤だった顔が一気に青ざめ、涙目になりながら慌てて俺に理由を聞いてきた。
「実は昨日の放課後さ、告白されたんだけど返事を保留にしてたんだ。今日美那と話して、それから返事しようと思って。何時までもこのままって訳にも行かないと思ってたし、ちょうどいいタイミングかなと思ってさ」
「……」
「結果は、美那は俺の事が好きじゃないって言ったし、返事を送って付き合おうと思ったんだ。だからそうなったら、もう美那とこうやって食べるのは相手に悪いしやめる事にするってだけ」
そう言って俺は空になった弁当箱を片付け、ポケットからスマホを取り出し、文字を打ち込みながらチラッと美那の方に視線を向けたら、どうしていいのか分からず、今にも泣きだしそうな表情と、どうしたら良いか分からずただ慌ててる様子だった。
「送信っと……今まで本当にありがとうな」
「ほ、本当に送信したの? じ、実はそう見せてジョーダンとかってオチなんでしょ? まったく拓斗はイタズラなんて柄にもない事しちゃって、どうしたの?今日の拓斗なんか......」
美那は声を震わせ瞳の端には涙を少しづつ貯めながら弱々しく俺に問いかけてきた。そんな美那の気持ちを嘲笑うかの様に俺のスマホはピロン♪と音を発し美那の話を遮った。その音を聴き美那は更に顔が青ざめ、表情は絶望感に染め上げられ下唇を噛み締め俯いた。
「おっ、もう返信きた。思ってたより早いな……」
「な、なんて返事きたのよ……」
「ん?『わかったありがとう』って来たけど?」
「そ、そうなんだ......」
俺は、美那に聞かれるままに、送られてきた文面だけを教えた。
「うっ、うぅ~......ひっ、酷いよこんなの!うっうぅ......うわぁーん!!」
「えっ!?み、美那どうしたんだよいきなり!?」
俺は、いきなり大声で泣き始めた美那に驚き、どうしていいかわからずあたふたしてしまった。だって、俺の事好きじゃないってさっき言ったばかりじゃないか......だから俺は......
「なんで、わかってくれないのよバカ!なんでこんな酷い事するの!」
「だ、だからさっき美那に聞いただろ?」
目を真っ赤に充血させ、大粒の涙を頬に伝わせながら、悲しみと怒りの感情を言葉に乗せ俺に大声で想いをぶつけてきた。
「少し考えたらわかる事でしょ!幼馴染だからってだけで、誰が好きじゃない人の為に早く起きてお弁当作って、起こしに行くのよ!わ、わたっ......私そんなにお人好しじゃないの!好きだから、大好きだから私はしてるし、お弁当だって拓斗の好きな味付けを叔母さんに聞いたり、拓斗の反応見て研究だってしてたんだから!それなのに......このバカ!!」
その後も美那は、俺に感情をぶつけてくる。まるで、ダムが崩壊して溜まってた水が濁流となり流れるように、美那の色んな感情が混ざり、黒く濁った感情や、眩しく煌めく感情が言葉となり俺に押し寄せてきた。
「美那......なんでさっき言ってくれなかったんだよ。言ってくれた......」
「もう......いいよ。もう、全て終わっちゃった事なんだし、今更もう何を言っても遅いってわかってるから......」
俺は美那が好きでいてくれた事が嬉しかった。俺が臆病にならず、美那に告白さえできてたら......そんな今更な事が頭によぎった。でも、もう何もかも遅いって事はお互いに理解してた。
重苦しく、呼吸をするのも意識してしないとできない程の空気の中、俺たちはお互いの顔も見ず、これ以上何を話したらいいのかわからず、沈黙が続いた。だが、意外な所からの言葉でこの沈黙は突然終わりを告げた。
「あっ!やっぱり二人ともここにいた!」
そう叫び、走って俺たちの方へ駆け寄ってきた少女は俺たちの前に来たら息を整えニコッと笑みを向けてきた。
「紗世......な、なんでここに......」
俺は突然の彼女の登場に余計に頭の中の整理が追い付かなくなっていた。だって、紗世は......
「さ、さっちゃん!うっ、うわぁーん!拓斗が拓斗がぁぁぁ!」
美那は、紗世を見るなり枯れてた涙が再び溢れ出し紗世に抱き着いて泣き始めた。紗世は美那を優しく抱きしめながら、俺の方に顔を向け、優しく微笑んできた。
「みっちゃん大切な話があるんだけど、私の話を聞いてくれるかな?」
「えっ?さ、さっちゃん?ま、まさか......拓斗に告白したって人って......」
流石に、少し考えたらすぐわかる事だよな......そう、昨日俺に告白してきたのはもう一人の......俺達の幼馴染だったのだ。
美那もその事に気づき、抱き着いてた紗世から離れ、俺と紗世の顔を交互に見ていた。俺は覚悟を決め、素直にすべてを話す事にした。
「美那聞いてくれ実は―――」
「みっちゃんごめんなさい!みっちゃんの気持ちを探るような事をしちゃって!」
「「えっ?」」
俺と美那は、突然の紗世の謝罪に訳が分からずにいた。特に俺はなんでそんな事を突然言い出してるのか訳が分からなかった。
「さ、さっちゃんど、どういうことなの?」
「実は私がたっくんに提案したの......美那の気持ちをちゃんと聞いてみたら?って。たっくんさぁ、みっちゃんの事好きなのに振られるのが怖くて言えずにいたから......でも、さすがにやり過ぎだよね......ごめんなさい」
「そ、それじゃあ、拓斗が告白されたってのは......」
「もちろん嘘だよ?たっくんがさっき送ったメッセージも私の所に送って来てたの」
「な、なによそれ......拓斗は誰とも付き合って無いって事でいいんだよね?」
何かを確かめるように、紗世の話を聞いてた美那はジッと紗世の顔を見つめながら、なにかを確認するように聞いてた。
「そうだよ、みっちゃん」
「よ、よかった......よかったよぉ~!」
紗世が笑顔でそう答えると、美那は再び紗世に抱き着いた。美那に見えない様に、ぎゅっと抱きしめた紗世は俺の方を見て顔を少しだけ横に振った。まるで、昨日の事は無かった事にしろと言ってるようだった。だが、紗世は一瞬目を大きく見開き、何も言わず小さく顔を頷かせた。
それを確認して安心したかの様に、美那は紗世から離れ、俺の方に振り向いた。
「ねぇ、拓斗」
さっきまで泣いてたから、顔はぐちゃぐちゃだったがそれが相まって、無邪気な小さい子供の様な笑みを浮かべ、俺の手をそっと掴んできた。俺は、さっきまでの罪悪感がまだあったが、そんな美那の笑顔を見て心臓が飛び跳ね鼓動が早くなりドキマキしながら口を開いた。
「な、なんだよ美那」
「えへへ、私の気持ちはさっきちゃんと聞いてくれたよね?」
「さ、さっきって?」
「もう忘れたの?私がお弁当を作るのも、朝起こしに行くのも、全部拓斗だからって言ったよね?」
「あ、あぁそう言ってたな......」
「その時私はちゃんと言ったよ?拓斗が好きだって、拓斗は私の事どう思ってるの?嫌い?それとも好きなの?」
そう言って、笑顔から真剣な顔になって、ジッと俺の方を見つめて俺の返事を待っていた。
「お、俺は......」
そう言って言葉が止まってしまった。美那の事が好きだ、大好きだ。でも、紗世との事もあるしさっき送った、言葉だって......
「もう!たっくん流石の私もこれ以上はっきりさせないなら怒るよ?」
「さ、紗世!?」
「みっちゃんがここまで勇気を出して言ってくれてるんだから、バシッとたっくんの気持ちを伝えてあげなきゃ!」
紗世はそういって、笑顔で俺の方を見つめ頷いた。
ありがとう紗世、俺は......
「美那が好きだ」
「ほ、ほんと?嘘じゃないよね?」
「あぁ、ずっと好きだった。お、俺と付き合ってほしい」
「うん、うん!もちろん!」
そう言って、美那は嬉しそうに俺に抱きついてきた。
キーンコーンカーンコーン♪
「あっ!昼休み終わりじゃん!ほら、たっくんもみっちゃんも早く戻らなきゃ!」
チャイムの音にいち早く反応した紗世はそう言って、俺たちに抱き着いて来た。
「やばっ!午後の授業遅刻したら先生うるさいんだった!急いで戻るぞ!」
「あっ!拓斗待ってよ!さっちゃんも、急がないと!」
「たまには三人で怒られるのもありかもねぇ~」
「紗世、それは流石にシャレにならないからな......」
美那は嬉しそうに笑い、紗世は静かに笑い、俺はこの状況で笑ってる二人に微笑みながら教室へ戻った。
もちろん紗世が言ってた通り、先生には三人仲良く怒られる事にもなった。
久々に書かせてもらいました。
予定では全3話で、3人の視点でそれぞれ1話づつ書けたらなと思います。