理系な人に高級USBケーブルで音楽を聴かせてみた結果
オーディオ初心者ながら、良い音で音楽が聴きたいと思い、昨年からパソコンに接続するタイプのヘッドホンアンプや、六万円もするヘッドホンを購入するなど、こつこつオーディオ環境を整えていたのだが、ある日、パソコンとヘッドホンアンプをつなぐUSBケーブルを質の良いものに変えると音が良くなる、という情報をネットで仕入れたので、そこで紹介されていたメーカーの三万円のUSBケーブルを、思い切って買ってみた。
ヘッドホンアンプに付属していたUSBケーブルと交換して、さっそく音楽を聴いてみると、若干ではあるが、音が明瞭になって、引き締まった響きに変わったように感じる。
ただ、これはとても微妙な差なので、三万円も出してまで手に入れるべきだったのか、評価に迷うところでもある。
しかし、それから毎日、パソコンに取り込んだお気に入りの音楽をいろいろと聴いて、音質の変化を確かめていると、ある時、USBケーブルを交換する前のような、オーディオ機器に対する音質上の不満を感じなくなって来ている事に気が付いた。
ベースの低音にもっと厚みが欲しい、だの、シンバルの音がもうひと伸び欲しい、だの、全体にもう少し分離良く聴こえたらいいのに、だのといった、常にそこはかとなく感じていた物足りなさが、いつの間にか許容範囲内に収まっている。
ケーブル変更による音質の変化は、ほとんどあるかないか位なのに、実はこの微妙な差こそ、音楽鑑賞にとって決定的に重要な点だった、という事だ。
このくらい不満のない音になれば、もうオーディオ機器を買い足す必要はない。
俺はそこで初めて、高価なUSBケーブルを購入したことに満足した。
この喜びを、一人で堪能するのはもったいない。
友人のA君にも、味わわせてやろう。
という事で、次の日A君に高級USBケーブルの効果のほどを喧伝して、家に聴きに来るようにと誘ったのだが、元来理系で原理主義者のA君は、デジタル音源が配線等で音質が変わるというオーディオマニアたちの主張に否定的な人で、
「目を覚ませ。USBケーブルの交換で音が良くなるなんて、聴き分ける耳を持たない連中が垂れ流してるデマだぞ。」と取り付く島もない。
「確かに音が良くなってるんだが。」
俺も、こうは言いながら、音質の差が微妙なだけに、少し自信が無くなって来る。
A君は、
「いや、理論的にあり得んから。」
と、工学に裏打ちされていると思しき自信たっぷりの全否定の姿勢を崩さない。
俺も、まんまと悪徳業者に騙されたなんて思いたくないから、
「ケーブルに用いられている金属線の種類とか、それを束ねる素材とか、データ転送に適した仕組みになってるらしいよ。」
と、ケーブルの販売サイトに載っていた情報の受け売りで、説得を試みるが、いかんせん付け焼刃の知識の浅さは否めず、A君は無知で憐れな詐欺の被害者に教え諭すような苦笑いの表情でこう述べた。
「パソコンのデータは2進法といって、『0』と『1』だけを用いて書かれた情報でできている。つまり、情報のどこかが欠落すれば、そのデータは正常に読み取れなくなる、という事。
もし、高価ではない普通のUSBケーブルでは転送データに多くの欠落が生じる、というなら、普通のUSBケーブルを用いてパソコンとつないだコピー機やデジカメでは、頻繁に誤作動を起こしたり、データを読み取れなくなったりという不具合が生じるはず。
ところが、実際にはそんな事は、不良品でもない限り滅多に起こらない。
なぜなら、家電に付属されている普通のUSBケーブルには、データを欠落させる事なくきちんと転送する性能くらい当たり前に確保されているのだから。
つまり、USBケーブルの質の差で転送データに大きな差が生じるなど、基本的にはあり得ないし、あってはならない、という事。」
確かに、言われてみればその通りだ。
USBケーブルの品質の差で、いちいち転送データに欠落が出ていたら、パソコン周辺機器など誤作動だらけで使い物にならなくなるだろう。
しかし、それでも、音が良くなったと感じた自分の感覚は疑いたくない。
「じゃあなんで俺は、ケーブルを変えたら音が良くなったと感じたんだ?」
A君はポンと俺の肩に手を置くと、
「それは認知バイアスといって、『高価なUSBケーブルだし、メーカーも音が良いとうたっているのだから、音が良くなったに違いない』という思い込みで、音が良くなったように錯覚しているだけ。そういうオーディオマニアを気取った人らを騙して、一般的なUSBケーブルと性能に差がない商品を法外な高値で売りつけるのが、高級USBケーブル商法という詐欺のからくり。」
と、情け容赦なく言い放った。
「つまり、俺の勘違いってこと?」
「そうやね。」
「USBケーブルで音が変わるなんてあり得んのやな?」
「不良品でない限り絶対にあり得んね。」
俺はA君の「絶対に」という断定口調に反発心を覚えたので、
「じゃあ、今日うちに来て、普通のUSBケーブルと、高価なUSBケーブルの音質の違いを、聴き比べてみろよ。」と提案した。
「いいよ。ただし、オーディオマニアじゃない俺でも聴き分けられるくらい明確な音質差がないと駄目だがね。」
売り言葉に買い言葉、というほどでもないが、理系の知識を鼻にかけたA君に一矢報いたいばかりに、俺は自分でも試してみたかった実験を、A君にも付き合わせる形で実施する事にした。
連れ立って家に帰り、二階の俺の部屋にあがってもらうと、まず俺は、押し入れから十五年くらい前に使っていた、やたらと図体のでかいスキャナーを引っ張り出した。
ヘッドホンアンプに付属しているやや品質の良さげなUSBケーブルよりは、この古いスキャナーに付属したUSBケーブルの方が、高級USBケーブルとの音質差を比べる時に違いを感じ取りやすいのではないか、と考えたからだ。
念のために、古いUSBケーブルでパソコンと現役のプリンターをつないで、稼働してみたところ、問題なく印刷できる事が確認できたので、あらためてA君には後ろを向いてもらい、どちらのUSBケーブルが接続されているか分からない状態にし、その上で二本のUSBケーブルを交互に試聴してもらう事で、音の違いをヘッドホンで聴き分けてもらう、という実験を始める事にした。
まず最初は、高級USBケーブルの方だ。パソコンとヘッドホンアンプをつないで、準備OK。
音楽は、音質差が分かりやすそうな90年代のミドルテンポのシンプルなポップスを流す。
「おおー、確かに、立体的で良い音やね。」
A君は余裕の表情で好意的な感想を述べる。
しばらく聴いてもらった後で、ヘッドホンを外してもらい、俺も少し音を聴いて音質を確かめておく。
続いて、古いスキャナーから取り外したUSBケーブルの番。
A君にヘッドホンを装着してもらい、先ほどと同じ曲を再生する。
ちょっと間をおいてから、A君が、
「んん?」と大げさに首を前に傾けた。
しばらく聴いてもらってから、また俺にヘッドホンを交代してもらい、聴いてみる。
おお!音がかなり違う!
高級USBケーブルの方は、厚みがあって分離も良く、立体的なのに比べて、古いUSBケーブルの方は、すかすかで平面的で、キンキンした音だと分かる。
このくらいの差があれば、大抵の人が音質の違いを判別できるだろう。
「音に違いがあった?」
俺はちょっと得意げになりそうなのを抑えつつ、A君に尋ねた。
A君はカーペットの一隅を見つめながら、
「あるね。おかしい。」
と怪訝そうにつぶやいた。
「どっちの音が良かった?」
A君はすぐに、
「最初に聴いた方。」と答えた。
俺はそこで、とうとう勝ち誇って、
「ほらぁ。それが高価なケーブル。」と言い放った。
「あれぇ、おかしいって。理論的にあり得んから。」
A君はまだ納得しかねる様子で、しきりに首をかしげている。
「理論的にあり得るから、こういう現象になってるんだろう。」
俺がすかさず突っ込むと、A君は顔をゆがめて笑いながら、
「えっ、まじで何で??」
と、自分の理屈が通じなかった事にひたすら当惑している様子だ。
結論。
理系な人の『絶対』なんてこんなものである。
了
とはいえ、高級USBケーブルの品質もピンからキリまでありますから、他のユーザーの意見など参考にしてしっかり選ぶことが大事です。