7.ジークハルトの嫉妬(中編)
「ただ君の反応をみたかっただけだ。実際にしてもらおうと思って話したわけではない」
彼の言葉に、リアは戸惑う。
「私の反応を見るため? それは……」
どういうことだろう。
彼はリアの頬に手を添え、顔を上向かせた。
完璧な美貌の、ジークハルトのセルリアンブルーの瞳に甘い色香が漂う。
「君は果たして、どうするかと」
リアは思わず責めるように彼を見てしまう。
「先日ジークハルト様は試してみないかとおっしゃいましたが……」
あのとき、部屋に侍女がやってこなかったら? どうなったのだろう。
ただ反応をみるためで、書庫で言ったことなども冗談だった?
リアはとてつもなく狼狽したのに。
ジークハルトはリアの唇を指で滑らすように突いた。
「婚約の段階だから、口づけはいけないと君は言った」
婚約は破棄、結婚することにもならない……。
「口づけが駄目だとすれば、何ならいい?」
髪を長い指で梳かれる。兄にそうされても何も感じないのに、間近でジークハルトにそうされれば甘い痺れを覚える。
彼の唇が今にも重なりそうだ。
緊張して気が遠くなりかけ、リアは息を呑んだ。
「……なぜそんな表情をする。泣きそうだ……」
彼はリアの目元に触れる。彼の手が背中から離れたので、慌ててリアは後ろに下がる。
だが彼はリアの手首を掴み、再度引き寄せた。
「オレは君の気持ちがわからない」
(……私もわからない)
リア自身も、自分の気持ちがわからなくなる。ジークハルトの気持ちもわからない。
リアは目を背ける。
「……雨が降ってきそうですわ」
この状況から逃れたい一心だった。
彼は空に視線をうつし、眉を顰めた。
「……そうだな」
沈黙が降り、ジークハルトはリアから手を解いた。
「書庫に行こう。雨に濡れる前に」
正直、この間のこともあり、しばらくあの場所には立ち寄りたくはなかった。彼の前から逃げだしたかった。
だがジークハルトは庭園迷路を出て、リアを連れて立ち入り禁止である書庫奥の部屋に行った。
ざわめく自分の心とは真逆に、室内はしんと静まり返っていた。他に誰の姿もない。
「本でも読もう」
「……はい」
リアは落ち着かない気持ちのまま、高い本棚の前を歩いて本を選んだ。
ここに置かれている本は持ち出し禁止らしい。
室内にある長椅子に、リアはジークハルトと並んで座った。
それぞれ読書をするものの、リアはジークハルトが気になって仕方なかった。
本にどうしても集中できずにいれば、少しして肩に重みを感じた。
(…………?)
横を見るとジークハルトがリアの肩に頭をのせ眠っていた。
すぐ傍に彼の顔がある。
胸がとくんと強く音を立てた。
気持ちよさそうに眠っている。彼は執務で疲れているのだろう。起こすのも躊躇われる。迷ったものの、そのままでいることにした。
黄金色の髪は輝き、長い睫が頬に影をおとしている。あどけない寝顔は、成長したパウルのよう。
甘いぬくもりに、リアは胸がきゅっと締め付けられ、泣きそうになって目を伏せた。
(思い出してしまう……)
こうしていたい。傷が深まるから今すぐ離れなければ。湧きおこる想いに心が揺らいだ。
すると横で、ジークハルトの呟く声がした。
「オレ以外の誰にも……決して触れさせるな」
(え……)
ジークハルトのほうを見ると、彼は腕を伸ばし、突如リアの手の上に手を置き、強く握りしめた。
「ジークハルト様……」
リアは身を強張らせたが彼は眠っている。寝ぼけているのだ。
どうしよう。
逞しい上半身を傍に感じ、彼の熱がこの身にしみこんできて心臓が壊れそうなほど鼓動を打った。




