5.大切な宝物だから
「可愛いたった一人の妹のおまえには、誰よりも幸せになってもらいたいのに」
「心配なさらないで、お兄様」
微笑むリアの頬に掌で触れた。
「私とおまえが結婚できたらいいのにな」
皇太子がリアを選ばなければ何の問題もなかったのに。
大切な妹が、他の男とずっと婚約していることが、オスカーは我慢ならなかった。
一体妹はいつ解放されるのだ。
「従兄弟だから、しようと思えばできるんだよ。殿下との婚約がなくなればね。リア、おまえに幸せになってもらいたい」
たとえリアが多少傷つくことになろうとも。
この結婚はなんとしてでも阻止しなければならなかった。
もう悠長にしていられない。
「私も、お兄様に幸せになってもらいたいと思っておりますわ。お兄様は、どういったかたがお好みですの」
無邪気なリアに、オスカーは正直に言った。
「おまえだよ」
「え?」
「私の好みはリアだ」
最初会ったときから惹かれている。
妹の額に唇を寄せれば、リアは驚いたようにオスカーを見つめた。
髪に指を通しながら、もう一度好きだと告げれば、妹は感嘆したように呟いた。
「お兄様、流石ですわ……!」
「……何がだい?」
(……流石とは?)
呆気にとられるオスカーに、リアは自身の手を握り、溜息交じりに言葉を発す。
「その調子で、世のご令嬢をメロメロになさるのね……女性が失神してしまうのもわからなくはありませんわ! けれど、いつか刺されるのではないかと私、心配でもありますわ。どうぞお気を付けください」
真面目に忠告され、オスカーは気落ちした。
全く気持ちが伝わっていない……。
これまでもずっとそうだった。
今は兄妹で、仕方ないのかもしれないが。
とりあえず、大きな間違いは正しておかなくてはならない。
「私は、皆にこんなことを言っているのではないんだよ、リア? おまえは何か、誤解をしているよ?」
好意を、リア以外の異性にみせたことも、告げたこともない。
ただ相手の女性が勘違いすることがあるだけだ。
「そんなことはありませんわ! 私、お兄様のこと、よく存じています。八歳のときから、兄妹なんですもの!」
リアはいやにきっぱり言うが。
本気でオスカーがリアに恋をしていることも、知らない。
愛らしいが、少々鈍い。
オスカーは焦れて、リアの柔らかな手を取った。
「だがもっとリアに私のことを知ってもらいたいんだよ」
オスカーの仄暗い欲望。
これは知られれば、きっとリアに怖がられる。
(本性は隠さないといけない……結婚後もずっと)
己でも、自身をおぞましく思うときがあるほどだ。
「それに、おまえのことを私はもっと知りたい」
オスカーはじっとリアを見つめる。
「兄妹の絆は強いでしょう?」
兄妹の絆だけでは、この渇望は満たされない。
伴侶になりたいのだ。
だがリアを手に入れるまで、恐れられないよう、気を許してもらえるよう、今は兄に徹するしかなかった。
(…………仕方ない)
「では今日何があったか、話してはくれないかい?」
「本当に何もないのですわ。もし心配なことがあれば、最初にお兄様に相談します」
◇◇◇◇◇
数日後、オスカーは薔薇園のベンチで眠っているリアを見掛けた。
妹は小さな寝息を立てて熟睡している。
相談してくれそうな気配は今のところなかった。
隣に座り、妹のプラチナブロンドを指で掬い取る。
「リア。おまえは私の大切な宝物だよ。たとえ閉じ込めてでも、私はおまえを傍におく」
眠っている妹に宣言し、髪に口付ける。
肖像画の置かれた部屋には、地下へと繋がる階段がある。
万一、リアを花嫁にすることができないのであれば。
そのときは地下に閉じ込めればいい。
本気でそう考えることがある。
(本当の本当に最後の手段ではあるが……)
見つめていると、リアは睫を揺らせて、目を開けた。
「……お兄様?」
「こんなところで眠ると風邪をひくよ、リア」
「はい」
頷き、目を擦るリアの頬に指を滑らせる。
無防備な妹に、オスカーは苦笑する。
誰にも見られない場所に、隠してしまいたい。
自分だけのものにしたい。
リアはオスカーの秘密を知らず、優しい兄と思ってくれている。
オスカーは虎視眈々と、皇太子との結婚を壊そうとしていても、リアに無茶をすることができず、狂気に走れない。
可愛い妹が信じてくれているから。すんでのところで正気を保てているのかもしれない。
完




