70.想い1
牢に入れ、彼女との仲を問い詰めた。
男は否定し続けた。
彼はリアの身を案じていた。
だからこそ嘘をついているのではと疑った。
別に、あの男が死んでもいいと頭のどこかで思っていた。
だが男に何かあれば、彼女はジークハルト以外を選ぶという。
絶望した。
彼女は、ジークハルトを拒絶したのだ。
(今生でも結ばれない運命か……)
高位の魔物に触れたためか、今までの生を思い出したが、その記憶を活かすことはできなかったようだ。
悪夢は、いつ終わる?
誰かこの自分の魂を、完全に消滅させてほしい。
※※※※※
ゆっくりと意識が浮上し、瞼を開けると、リアは巨大な寝台に寝かされていた。
脇の椅子にはジークハルトが座っている。
「……目が覚めたか」
リアは身を強張らせた。
(地下牢で私、気を失ってしまったんだわ……)
「……ヴェルナーはどうなったのです……」
リアが訊けば、彼は沈痛な表情で、目を伏せる。
「医師に手当てをさせた。命に別状はない。完全に治るまでには、まだかかるだろうが」
リアはぎゅっと自分の手をきつく握りしめる。
「ジークハルト様、もうあんなことを彼にも、他の誰にも決してしないでください」
「しない」
ジークハルトは横を向く。
「起きてすぐあの男の心配をするのだな」
彼は気品ある横顔を悲痛に歪ませる。
「やはり君は彼を想っている」
「ですから、恋をしているという意味なら想っていません」
「彼に恋をしていないと?」
「はい、しておりませんわ」
リアは頭痛を覚え、重たい溜息がおちた。
「ジークハルト様。なぜ、私が恋をしていると思われるのですか。イザークにもヴェルナーにも、他の誰にも恋なんてしていませんわ。なぜ信じていただけないのでしょう? 私はそれほど信頼に値しませんか」
彼は真一文字に唇を引き結んでいる。
「確かに部屋から抜け出したりしてしまいました。それについては謝罪します。申し訳ありませんでした。ヴェルナーに話を聞きたくて。けれど私、ジークハルト様を裏切ったことなど一度もないです。婚約してから、他のひとに、心惹かれたことなんてありません」
前世の記憶を得、婚約破棄されると思っていたときから、ジークハルト以外に惹かれたことはない。
彼と婚約していたし、気になるひとはいなかった。
リアは身を起こして、寝台から出る。
彼はやるせなさそうに横を向いたままだ。
「……君を信じていないわけではない。むしろ信じたい」
「私……初恋相手の面影をあなたにみていたことは否定できません」
リアは俯く。
他の人に目移りしたことはない。それは事実だ。
だが、亡くなったパウルのことを、彼を通してみていた。
ジークハルトはパウルととても似ていて。
一緒にいるとどうしても思い出してしまう。
結婚の約束をした初恋相手で、大好きだったひと。
だから、わからなかった。
胸が高鳴るのも、とても気になるのも、それはジークハルト自身を想っているからなのか、ただパウルに似ているからなのか。
ずっとわからなかった。
ジークハルトは、冷酷なところがあるけれど優しく、あたたかい心ももっている。
九歳から共に過ごして知っている。
彼がずっとリアを見てくれていたのは気づかなかったが……彼は情熱もあった。
「……私はあなたに惹かれていました」
彼は自身の頬に髪がぶつかるほど、激しく振り向いた。
「本当か」
「本当ですわ」
自分の心を見つめ、出た結論だ。
ヴェルナーにした仕打ちは許せない。
ジークハルトに落胆したし、怒っているし、困惑している。
けれど、リアはジークハルトのことを特別に想い、彼自身を想ってきた。
彼が好きだ。




