69.牢の中
「──わかった。食事後に」
二人は席に戻り、食事を再開したが、リアは味なんて全くわからなかった。
素早く食事をすませ、ヴェルナーの元に向かった。
庭園に伸びる道をしばらく歩き、皇宮の東端に建つ、円塔の前で彼は立ち止まる。
「ここは……?」
リアは何度も皇宮にきたことはあったが、この辺りに来たのははじめてだ。
薄気味悪い存在感をもつ建物だった。
「ここの地下牢にいる」
彼はリアを連れ、下に続く階段を降りていく。
厚い石壁に囲まれ、暗く、空気は湿って、カビっぽい。
地下には衛兵が何名か詰めており、廊下には明かりが等間隔に置かれていた。
「殿下」
「あの者のところに」
「は」
ジークハルトが指示をし、衛兵が先頭に立って、廊下の奥まで案内をする。靴音が大きく響く。
薄暗い牢の中、ヴェルナーはいた。
壁から伸びる鎖に固定されるように、繋がれている。
リアは悲鳴が出た。
シャツは切り裂かれ、彼の身にはムチで打たれたような無残な傷跡があったからだ。
「ヴェルナー!」
「……リア……?」
鉄格子の向こうで、ヴェルナーは身じろいで、顔を上げた。
「……ああ。……お嬢さん、君は無事だったんだな……よかった……」
彼は安心したように笑む。
だが瞳はすぐに虚ろとなり、再度意識を失ってしまった。
(こんな……ひどい……ひどすぎるわ……!)
リアは余りのことに全身が冷え、強い震えが走った。
「どうしてこんな……ひどいこと……!」
「この男が、君に触れていたからだ」
リアはジークハルトの頬を平手打ちした。
ぱしん、と乾いた音が立つ。
彼は唖然とリアをみる。
「ヴェルナーはこんなことをされる謂れなんてない……! 早く、ここを開けて、彼を出してあげてください……!」
ショックと悔しさで、涙が零れた。
今まで、これほどの憤りを覚えたことはない。まだ自分が繋がれていたほうがマシだ。
ジークハルトは衛兵に牢の鍵を開けさせた。
リアはヴェルナーに駆け寄る。
頬にも胸にも足にも傷跡があり、血が滴って髪や服に付着している。
快復させる術があるのなら行うが、彼は『星』術者ではないので救えない。
「ヴェルナーを今すぐ、医師に診せてください……! もし、彼に何かあれば……」
リアはジークハルトを睨む。
「私はジークハルト様、あなたと結婚いたしません。候補者の中から選べばよろしいのですね。それがあなたの希望なのでしょう。そういたします。あなた以外なら誰でも構いません」
ジークハルトの双眸が翳りを帯び、くっと屈折する。
「……この男を運び、医師に診せ、治療させろ」
ジークハルトに命じられ、衛兵が、ヴェルナーの鎖を解く。
牢から出され、衛兵に運ばれていくヴェルナーを見、リアは安堵する。
だが同時に、急激に意識が薄れていくのを感じた。
※※※※※
倒れそうになったリアをジークハルトは支えた。
リアを腕に抱えたまま自室へと戻り、気絶している彼女を寝台に横たえる。
ジークハルトは視界が昏くなった。
(……リアはオレと結婚しないと言った。オレ以外なら誰でもいいと)
今生でもまた、彼女は他の男を選ぶようだ……。
リアに触れていたヴェルナーを許せなかった。
イザークにも苛立ったが、イザークはリアの幼馴染だ。
ジークハルトは昔からイザークに対し、悪感情を強く抱けなかった。
怒りを覚えながらも結局、惨いことはできず、彼の父である侯爵に、留学させるよう勧めるに留めた。
オスカーとカミルに対しては憤懣やるかたない思いだが、彼らは義理でもリアの兄弟である。
彼女が哀しむ行動はとれず、国外に出すだけで溜飲を下げるしかなかった。
しかし──ヴェルナーは違う。
今生でリアに選ばれた男だと直感すれば、逆上した。




