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闇黒の悪役令嬢は溺愛される  作者: 葵川 真衣
第一部

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39/100

39.噂2


 彼は革靴の音を鳴らしてこちらにやって来ると、リアの腕を掴んでいるイザークの手を払った。


「何をしていた」


 ジークハルトが問い詰め、イザークが気まずそうに説明をする。


「あの……。ドレスが大丈夫かどうか確認を……」

「転びそうなところを彼は助けてくれたのですわ。ドレスに傷がないか、今調べてくれていて」


 ジークハルトは眉間を皺めた。


「オレの婚約者だ。触れるな」


 婚約者ではなくなるのだが……。


 ジークハルトは、リアの背に手を回す。


「リア。今日はオレと花火を見るはずだったろう」

「……はい」 

 

 リアは目線でイザークに謝罪の意を示す。イザークは頷く。

 イザークは助けてくれたのに。

 彼に申し訳なく思いつつ、ジークハルトと小道を引き返した。

 

 外付けの螺旋階段を、ジークハルトはリアの手を握って、上がっていく。

 強く握りしめられた手は、少し痛かった。


「あの……。ジークハルト様」


 彼は言葉を発しない。

 先程のことをリアがもう一度説明しようとすれば、ジークハルトが階段を上りながら、ようやく声を出す。


「君とあの侯爵家の令息が、幼馴染で仲が良いのは知っている」


 その声は怒気を含んでいた。


「信用していないわけではない。が、目付け役も付けずあんなふうに二人でいて、おかしな噂を立てられるとは思わないのか」


 彼は振り返らずそう言った。


(──噂なら、ジークハルト様とメラニー様にも立っている……)


 リアとイザークの恋の噂は、前世でも確かにあった。

 根も葉もないものだ。だからリアは堂々としていればいいと考えていた。


「彼との間に何かあるわけではありません」


 ジークハルトは苛立たしげに嘆息する。


「一体何を話していたんだ」


 ジークハルトとメラニーのことについてだ。

 イザークはリアが気にしているのではと思って声をかけたのだ。


「彼は私を心配していたのですわ」

「心配?」


 階段を上り終わって、二人は皇宮の屋上にある空中庭園まできた。

 今夜はここで花火をみることになっている。


「心配というのは、オレと君のことをか?」


 彼は皮肉に笑んだ。


「あの男に、心配されることは何もないだろう」

「……ジークハルト様」

「なんだ」

 

 彼にメラニーとのことを訊こうかと思ったが、今ではなく、これからのことかもしれない。

 

(訊いても仕方ないわ……)


 リアはかぶりを振った。


「……いえ、なんでもありませんわ」


 ジークハルトに手を引かれ、空中庭園内に備え付けられた椅子に座った。

 ぎこちない沈黙が続く。

 屋上には二人以外誰もいなかった。

 

 

 彼と花火をみた幼い頃、前世を知ったことが脳裏を過る。


(……前世を思い出したくなかった)


 婚約破棄をされる覚悟はできるが、そんなことは知りたくなかったと思う。

 

 

 すると何やら、階下で騒ぎ声がした。


(? どうしたのかしら……?)


 二人は顔を見合わせ、立ち上がった。

 手擦りに寄り、下の様子を窺う。


「一階に人が集まっているな」

 

 少しして、空中庭園に、近衛兵のローレンツが姿をみせた。


「殿下」

「何があった」


 ローレンツは跪いて報告する。


「花火を見ようとバルコニーにいた者が、身を乗り出して二人ほど落ちたようです。それで混乱状態に」


 ジークハルトは眉を顰める。


「リア、オレは様子を見てくる。君はここで待っていろ。パニックになった人込みのなかに行くのは危ないからな」

「はい」


 ローレンツと立ち去るジークハルトを見送ったあと、再度手摺りに寄った。

 ここからだと様子はわからない。リアはそこから離れ、違う場所へ移動した。

 

 手摺りのない場所から、階下に目を凝らす。


(ああ、駄目。こちら側は人が集まっていないわ。余計わからないわね)



 瞬間、後ろに気配がして、背を思いきり押されたのだ。


(え──!?)


 リアの身体は空中に投げ出される。

 ここは屋上。地面は遥か下だ。

 このまま落ちたら、絶命するだろう。


 リアは恐怖と共に、稲妻のように目の裏に魔物の姿が浮かんだ。

 彼と空を渡った記憶。


(思い出した……!)


 こんなときに。五年間、ずっと思い出したくて、思い出せなかった魔物。 


「ヴァン……!」

 

 あの魔物がいてくれたら……。

 

 リアが契約した魔物の名を呟いた瞬間、花火の上がる空に竜が舞った。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 突き落としたのは、メラニーちゃんかな?
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