13.皇宮
「話があるんだ。私の部屋に来てくれるかい、リア」
ある日、昼食後に、リアは兄のオスカーに、そう声を掛けられた。
「わかりました」
兄は真剣な表情である。
どうしたのだろう?
次の授業まで、まだ時間がある。リアは兄の部屋に行った。
シックにまとめられた上品な室内だ。
「座って」
リアはオスカーに勧められ、白の長椅子に腰を下ろす。
兄はテーブルを挟んだ前の椅子に腰かける。
「お兄様、お話って?」
リアが尋ねると、兄は膝の上で手を組み合わせた。
「突然なんだが……リア、私と結婚しないか?」
リアはぱちぱちと瞬いた。
「え? 誰と誰がです?」
オスカーは穏やかに告げた。
「私とリアだが」
「……お兄様と……?」
リアはぽかんとした。兄は重く首肯する。
「そうだ。私達は兄妹となったね」
「はい」
兄妹だ。兄妹で結婚はできない。
兄は冗談を言っているのだとリアは理解した。
「私はリアのことを妹だと思っている。けれど本当は従兄弟だ」
ふふっとリアは吹き出す。真面目でしっかり者なのに。
(冗談もおっしゃるんだわ)
オスカーは手を組み直す。
「私達はまだ子供だし、今すぐというわけではないが、将来、私と結婚してくれないかい」
リアは小さく肩を竦める。
「私、幼馴染からも、呆れられてしまうほどなんですよ。そんな私に求婚してくれるのは、きっとお兄様くらいですわ」
(……パウルは冗談じゃなかった。真面目に言ってくれた)
結婚しようと言われたとき、とても幸せな気持ちになったことを思い出し、リアは切なく胸が痛んだ。
「いや、いずれリアには求婚が殺到する。私は冗談で言っているんじゃないんだ」
冗談としか思えない。だって、今もオスカーはにっこり微笑んでいる。
「ふふふ、お兄様。私そろそろ、授業が始まりますので、失礼しますね」
兄の冗談にずっと付き合っているわけにもいかないのだ。
席を立とうとすると、オスカーがリアにもう一度言った。
「私と結婚したいとは思ってはくれないのかい?」
「お兄様に求婚されたら、それは嬉しいです。お兄様は素敵ですもの。けれど嫉妬されるのは怖いですわ」
兄オスカーと弟のカミルは帝都中の令嬢に大人気なのである。
お茶会で年頃の少女たちと話をすれば、年下も同い年も年上も、オスカーとカミルのことを熱心にリアに尋ねてくる。
皆、将来の結婚相手として彼らを最高と考えているのだ。
オスカーは名門アーレンス公爵家の次期当主。
現公爵は侯爵位ももっているため、弟のカミルは侯爵位を継ぐことになる。二人共、容姿と性格も良い。
理想的な結婚相手だから、令嬢もその親たちも彼らに夢中なのだった。
しかしリアにとっては、二人はあくまで兄と弟だ。
ここに引き取られたときから、ずっとそう思ってきた。
たとえ兄弟でなくとも、リアの心には初恋のパウルが今も焼き付いている。他のひとには惹かれない。
リアは兄の部屋を退室した。
◇◇◇◇◇
数日後、リアは公爵に連れられて、皇宮へ行った。
皇宮は、周囲に高い城壁を張り巡らせた、緑の小高い丘の中腹にあり、川や湖を臨める。
彫刻群が並ぶ、美しく見事な庭園の先に、城館が幾つもあって、どれも見惚れるほど優美で荘厳なものだった。
(でもどうして、私が皇帝陛下と)
話があると言われただけで、公爵も詳しい内容については聞いていないらしい。
リアはずっと不思議に思っていた。
宮殿の磨き抜かれた大廊下を渡っていると緊張し、疑問がさらに膨れ上がってくる。
近衛兵に案内されて、謁見の間の前まで辿り着いた。
扉の脇に詰めていた衛兵が、二人がかりでそれを開ける。
リアは父と共に足を踏み入れ、もう一つ扉を抜ける。
丸天井から大きなシャンデリアが下がり、床に赤い絨毯が敷かれ、国旗の掲げられた室内を奥へ進めば、階段の先の椅子に皇帝が掛けていた。
金銀の刺繍の入った天蓋のカーテンから覗く皇帝は、金の髪にブルーの瞳をした、若々しい容貌の人物だった。
皇帝に拝謁し、公爵はリアを紹介する。
「驚いた」
皇帝は信じられないといったように、僅かに首を振る。
「そっくりだ。あの頃に戻ったようだ……」
「ええ、陛下。私も妹を思い出します」
「彼女に初めて会ったのは、ちょうどこの娘くらいの歳だった」
皇帝は瞠目し、じっとリアを正視する。リアはなんとか笑顔を保ったが、ひやひやしていた。
(母様と皇帝陛下って以前婚約をしていて……母様は……逃げたのよね……)
昔のこととはいえ、自分は皇帝にとって、ひょっとして許せない存在なのでは……?
リアは血の気が引く。
(ど、どうしよう……)




