第十三話 プライド
「ええ、正真正銘、神でしたよ?
だってリディって、それ……
─── 私の前任者ですもん」
「………………え? は? えぇ⁉︎」
前にソフィアは、勇者担当だったオルネアの化身を自分とは『別の人』だと話していた。
勇者担当の化身が、最後はどうなったのかと聞いた時『さあ……どうなったのかは、お話出来ませんが、私とは別の人だとは断言しておきます』と、確かに言っている。
勇者一行のリディが、その別人格だったの⁉︎
……今凄い事を『あの子、同じ学校だったし』くらいのノリで言ったよ⁉︎
お伽話のせいで、てっきり女神オルネアは、天界から御告げをする神聖な存在だと思い込んでいた。
─── 考えてみれば、現オルネアの化身のソフィアは、俺と生々しく旅してんだよな……
勇者と旅をしていても、おかしくはない。
……でも、思い当たらなかった。
それだけ、まだ俺に適合者としての実感が湧いてないって事なのだろうか?
「『聖なる灯』私も多分それ使えますよ?
威力と被害が洒落にならないんで、あんまりオススメ出来ませんが……。
勇者が『霧の女王』と闘ったのは、かなり旅の序盤だったそうですし、リディに頼り切りだったかも知れませんね」
「でも、勇者伝では…………あ、いや。最近信憑性だだ下がりなんだよな、勇者伝も」
ソフィアはくすぐったそうに微笑み、話を続ける。
「契約の初期ですからね。結びつきが弱くて、危険な技に頼る程、彼女も焦ったのではないでしょうか。
─── その点、私のアルくんったら、四人の守護神に鍛え上げられてますし、剣聖イングヴェイの素養も受けてますからね〜♪
……下手したら『霧の女王』なんて、素手でも勝てるんじゃないですか☆」
「下手したらって……」
素手でもイケるとかは、ソフィアの買い被りだろうけど、最後の手段は彼女が持ってると分かった。
後は『霧の女王』がどんな相手か分かれば、かなり有利に進められそうだな。
「んーと、リディがオルネアの化身って事なら、ソフィはその時の記憶とかないの?」
「私達化身は本体から溢れ出た、別個人の存在ですからね、記憶の直接の共有はできません。
ただ、本体を通じて、概要としての簡素な記憶が渡されます。
勇者が戦ったとされる、魔族の詳細な記憶はありません。と言うか……
─── 『リディ』の記憶は、ほとんど無いんです」
「え? それって……どういう……?」
思わず尋ねると、ソフィアは申し訳なさそうに頭を下げた。
「……ちょっとコレの詳細を話すのは、まだ越権行為になりそうなんで、ごめんね〜アルくん」
ここでも、俺の生まれに関わる事が、運命に関わる事が、あるってのか?
うん、春になったら、旅の再開は絶対だな。
自分が何なのか、凄く気になって来た……。
俺の初恋の人は、俺の守護神で、適合者(勇者)の守護神。
でも、俺の加護は【触手と美女の騎士】。
─── 何を何処で、どう間違えたと言うのか
ここまで分かって、覚悟が出来ていても、何故、俺の加護は『オルネアの聖騎士』にならないのだろうか。
世界の求めるバランスは、俺に一体なんの調律をさせようと言うのだろう?
※
「炎を集中させるな! 面で霧を押し返すつもりで制御しろッ!
霧から出た蛇なら武器も通用する。刃物を使える者は、術者のカバーだ!」
俺達が到着した翌日、霧がやってきた。
最初は浮幽魚だけの群れで、霧を炎で包めばそれで済んでいたが、すぐに戦況が変化した。
─── 浮幽魚が居なくなる頃、浮幽蛇の群れが現れた
蛇の突貫力は高く、霧の中から狙いを定めて、直線で飛び出して来る。
周り込む霧の横の動きに、突発的な蛇の直線の動きに対応しきれず、最初に何人かが犠牲となった。
蛇は易々と鎧を食い破り、そうして動けなくなった獲物に、群れで一斉に飛び掛かる。
その数と勢いは吐気を催す程の絵面で、一瞬の判断ミスを犯せば、反応すら出来ないまま身体中に潜り込まれてしまう。
─── しかし、流石はA級のダイク率いるベテラン勢
直ぐに対策に打って出た。
素早く指示を飛ばして、街中に入り込んでいた霧を、炎で集めつつ、岩肌に囲まれた峡谷の道へと押し込む。
「C術者は【火炎防壁】を使えるA術者を援護しろ!
倒し切れなくてもいい、霧を押せれば何でも構わんッ!
谷の中に【火炎防壁】を準備! それ以外の魔力の高いB術者は、合図と共に上から炎を浴びせ掛ける!」
予め魔術の得意な者を、段階的に分けて運用を考えたダイクは……
─── 最も有効な魔術を持つ者をA
─── 範囲は狭いが強力な魔術を持つ者をB
─── 火属性を持たない術者をC
として、押し寄せる魔物を効果的に、迅速に一ヶ所に集めた。
「全員─── 放てッ‼︎」
同時に放たれた魔術が重なり、峡谷の上空を焦がす、炎の竜巻が上がった。
渦を巻きながら、強烈な上昇気流を作り、周囲にいる魔物と霧をも吸い上げる。
谷の岩肌が赤熱する頃、霧と蛇の群れは、全て消え去っていた─── 。
「…………勝利だ!」
静まり返った街に、ダイクの宣言が告げられた。
─── ウオオオオォォォーッ‼︎‼︎‼︎
峡谷に冒険者達の歓喜の声が木霊する。
「おい! アンタスゲエな! そのナリで魔術もスペシャリストじゃねぇか‼︎
実は魔術師だったりすンのか⁉︎」
「俺も見てたぜ! 壁みてえな火の塊、スイスイ操作してたよな⁉︎
……なんで黒い火だったのか知らねぇけどよ!」
俺の周りを冒険者達が取り囲んだ。
やはり一つの仕事を、一緒にこなすのは、手っ取り早く理解し合えるものだ。
この戦いの前まで彼らには、かなり距離を置かれていたのだが、今は親しげに触れてくる者までいた。
「……ああ、まあな。魔術はちょっと修行をやり込まさ……頑張ったんだ。
しかし、流石はダイクだ。これだけの規模の戦さを、完璧に掌握している」
「だろ? ウチの団長はスゲェんだよ! なんせS級目前だからなっ‼︎」
「あの人の魔術見たか? アンタやソフィアさんには敵わないかも知れねぇけどよ、効率が良いんだよ効率が!」
遠巻きにではあるが目の当たりにした彼の術の操作は、見事の一言に尽きる。
彼自身が魔術操作の一流であるからこそ、術者の運用にも秀でていたのだろう。
霧から出た蛇を、難なくあしらう剣技も見事だった。
「……ダイクさんはさ、ちょっと冷たく見えるけど、いつも俺達の事を見ていてくれるんだ。
俺はあの人を、世界一の冒険者にさせてやりたいんだ」
実力は超一流、人望も厚い。
彼を語る冒険者達の表情は、勇者伝を語る少年のようだと思った。
周りの者に勇気を与える彼もまた、一人の勇者なのかも知れない。
「お、アンタの嫁さんが来たぜ! ソフィアさんも凄かったなぁ、えれぇ別嬪だしよ。
……どうやって捕まえたんだよ?」
「ははは……は……。まあ色々だよ色々」
たじたじになる俺に、ソフィアは手招きしていた。
冒険者達に挨拶すると、俺はソフィアの元へと向かった。
「アルくん、何か気がついた事ありました?」
「……勘違いならいいんだが、霧を焼いた時、何処か違和感があった気がする。
ソフィは何か感じなかったか?」
「んー、違和感ですか? 手加減するのは面倒でしたが、特に違和感はなかったですかねー?
気持ちよく焼けましたよ?」
ソフィも戦闘に加わって、空を覆う程の炎を操っていたが、彼女の目的は殲滅ではなかった。
他の冒険者の保護をしつつ、敵の観察をメインにしてもらっていた。
犠牲者こそ出てしまったものの、これだけの規模の戦闘で、三人の犠牲で済んだのは奇跡に近いだろう。
それだけの激しい戦いと、ソフィアのカバー力だと言える。
「ああ、ソフィの炎は、魔術じゃなくて奇跡の火だからな。
俺は魔術しか使えないから、感覚が違うのかも知れないんだけど、何だろう……。
霧が消える時、やけに『溜め』があったような気が─── 」
─── ォォォオオニイチャアァァァー!
霧の晴れた谷の向こうから、ティフォが手を振っていた。
脇に何か二つの塊がダラリと抱えられている。
「ティフォの方は、完璧だったみたいだな」
「集落の生存者は、あの二人だけでしたか……」
ティフォは二人の生存者をぞんざいに肩に抱えて、のしのしと歩いてくる。
冒険者達の海が、ザワザワと割れて行く様は、神々しくもあった。
「敵のこと、だいたいわかった。みんなにも、はなすか?」
「ああ、後でダイク達を交えて話そう。その前に一度俺達ので相談だな。
…………所でその子達、白目剥いてるが大丈夫なのか?」
幼い男の子と、ティフォより少し年上の外見をした女の子だった。
「ん? このちっこいのは、最初から。小娘の方は、飛んでるうちに、のびた。しんぞーうごいてるし、そのうちおきる」
「あー、街の手前まで飛んで来たのか。
……ん? もしかして速度が原因じゃね?
─── まあいい、お疲れ様、ティフォ。ありがとうな」
「ん。ごほーびは?」
「えらいぞ‼︎ ティフォ‼︎ よくやった‼︎」
「オニイチャ……ごほー」
「やっぱ頼りになるよな! 流石は俺の……」
─── ビッシィ!
不可視の何かが、俺をぐるぐる巻きにした。
ヌルヌルした何かが、鎧の表面をぐちょりと濡らす音がして鳥肌MAXだ。
「や、ほ、ほら。ここだとみんな見てるし、分かったから、分かったから、ティフ」
─── んっぢゅううぅぅぅ……
ティフォに払い飛ばされた兜が、あごをカタカタいわせて宙を舞い、足元に落ちた。
その音に視線が集まる。
「「「おおおおおおおっ⁉︎」」」
冒険者達の野太いどよめきが、峡谷に響いた。
「…………アルくん、私も……いいですか?」
内臓が吸い出されないよう、必死に腹筋に力を入れる俺の耳に、ソフィアの甘い声が響いた。
脱力したせいか、内臓が吸い出されかけた。
※ ※ ※
海からの風が港街を通り、峡谷の先へと吹き抜ける。
哀しげな女の呻きのように、風は狭まった谷の岩肌に、時に低く時に甲高い音を上げた。
「風向きは上々、多少なり霧を押し込めるかも知れん。
─── やるなら、今か」
そう漆黒の髑髏が呟いた。
俺はただ頷き、右手を挙げる。
全員の視線が集まると、血気盛んに興奮している者、不安気に手をソワソワさせる者、様々な心模様が見て取れた。
「退避先の途中までは、霧の縄張りを通る! 避難者達は死ぬ気で守り切れ!
……だが、お前達も一人として死ぬな!」
「「「了ォー解ッ‼︎‼︎」」」
俺の団員達の勇ましい返事。
これ程までに団が成長したのかと、胸が熱くなる……。
「ビル。頼んだぞ……。
そっちには最強の『ルーキー』と、『古代魔導士』のお嬢さんがついてる。必ず無事に戻れ。いいな?」
昨日、浮幽蛇の襲撃の後、アルフォンスとティフォと名乗る少女から報告を受けた時は、正直耳を疑った。
連れていた赤髪の少女は、今は亡き『古代魔術』とやらの遣い手だとか。
……正直、聞いた事がない。
─── しかし、彼女は単独で、霧の深くなる地域に取り残された集落から、二人の生存者を連れ帰った
それだけでも、幼さの残るこの少女が単独で……と、驚嘆したものだが、本当に度肝を抜かれたのはその後の報告だ。
─── 蛇の集団の背後には、蛇使いの魔族がいる。それが魚から吸い上げた魔力で、蛇を作り続けている
その蛇使いの詳細と、大体の隠れている様子など、まるでその魔物本人の知識そのままに報告したのだ。
更には『霧の女王』が居るであろう大体の位置と、現在の敵の規模数、大まかな戦術まで情報を持っていた。
─── 少女は戦闘での魔術はもちろんの事、相手の記憶を奪う秘術まで習得した、秘境の魔導士だと言う
秘伝だから詳細は教えられんといいながら、疑う俺に何か見えない針のような物を刺し、実際に俺しか知らないであろう過去を言い当てた。
まず彼らがそんな嘘をついても、何の得もないのは明白。
そこにこの実演で、俺は彼らを信じる事にした。
「─── じゃあソフィ。一応、コイツをつけて置く。呉々も気をつけてな」
「はい! 任せて下さい♪
アルくんも気をつけて下さいね? 怪我とかしちゃダメですよ?」
アルフォンスが、ソフィアに何かを渡したようだ。
あの『孤高の孤独処女』と囁かれた、ソフィアが、逢瀬に胸膨らませる町娘のように、彼の手を取っている。
……正直、これも相当に驚愕だ。
あの美貌にS級の手腕、今までも多くの冒険者が、依頼に来た権力者が彼女に言い寄った。
しかし、それら全てを、極氷の精霊神の如き、絶対零度の対応で返していた。
─── それはもう、けちょんけちょんだった
……それが今はあのように。
いや、そんな事はどうでも良い。
これからバグナス冒険者の合同メンバーは、三手に分かれて行動をする。
ひとつは、俺の団員が構成を占める、避難者護衛班。
これには『ルーキー』のアルフォンスと、『古代魔導士』少女ティフォの二人がつく。
もうひとつは、街に残る冒険者達の安全を守りつつ、決戦への準備を整える、本隊。
これには俺と、少数精鋭の団員、『ルーキー』と同船してきた冒険者達がつく。
最後のひとつは、ソフィアによる単独の『霧の女王』への偵察行動だ。
「じゃあ、団長! 行って来ますぜ! 団長も気をつけて下さいよ?」
「ああ、任せておけ。信頼してるぞ」
そうして、避難者護衛班はレーシィステップを後にして、峡谷へと進んで行った。
途中まで同じルートを辿るソフィアも、偵察へと出発した。
さて、俺はこの街を守りつつ、赤髪の少女から得た情報を、もう少し詰めて考えるとしよう。
そう言えば、アルフォンスはひとつ気になると言っていたが……
─── 魔術を受けた時の、霧の様子に違和感がある
本人も気にし過ぎかも知れんと言っていたが、今度は注意して見てみるとするか。
次に繋がるヒントがあるかも知れん……。
……しかし、今日は気温が低いな。
拠点の寄合所に向かう中、息が白くなっているのに気がついた。
この地域で珍しい事もあるものだ。
※ ※ ※
─── 数刻後
「オニイチャ、みんなを下がらせて」
血脈のように別れた、細い峡谷に入った時、ティフォがそう言って、隊列の後方へと飛び出して行った。
「敵襲ーッ! 街の者を進行方向に寄せろッ!
術者は隊列後方に移動して待機ッ!」
俺の声に一瞬騒然となりながらも、ダイクに鍛え上げられた冒険者達は、速やかに行動に移した。
─── ゴオオォォォォォォォッ‼︎‼︎
ティフォのブレスが、後方から迫る霧を焼き払う。
爆音が同時に数カ所起こり、閃光が突き抜けると、無数の影が白煙を曳いて流星の如く降り注いだ。
「い、一撃……。
浮幽蛇の群れが……一撃で…………?」
「な……何だあの娘は……!
街では術者数人掛りで、やっとこさ焼き切ったってのに……⁉︎」
ティフォのブレスは、手前の霧を焼き尽くすと、舐めるように他の霧の塊に燃え移り、勢いを増して行った。
冒険者達が動揺し、固唾を呑んで炎の行方を見守る中、俺とティフォは周囲を見渡していた。
「オニイチャ……? なんか空気がヘン」
「ああ、ブレスの熱量に隠れて、谷の奥から冷たい空気が雪崩れ込んで来てる。
これは…………新手か!」
進んで来た狭い谷の道には、更に細く途中で行き止まる毛細血管のような、道が点在していた。
舞い上がる炎が、吸い上げた霧を上空で燃やす赤光の下、その道から灰色のモヤがゆっくりと流れ出て来る。
モヤは意思を持っているかのように、先端でキョロキョロと動かしてこちらを伺っているようにも見えた。
─── それは巨大な白蛇の如く、うねりながら、突如としてこちらへと迫り来る
「…………ッ⁉︎ 魔力が掻き乱れる⁉︎ 不味い!
─── 【召喚:ラピリスの白壁】!」
ハリード太守の館で戦った、スライムの王オルタナスと同じく、触れる端から魔力と反応して、魔術化の妨害をする性質の何かが充満している。
背後の隊列が警戒して、固まっていたのが幸いだった。
白く光る半透明の騎士団が大挙して現れ、輝く大盾を構えて、隊列を護る。
光の騎士に意識すら逸らされ、モヤは俺達二人へと、渦を巻きながら殺到した。
「─── ⁉︎ このモヤはオルタナスのとは違う!
これは魔力を吸い上げてるんだ!」
「ん、ティフォ、魔術はつかわない、もんだいない。でも、ふつーの人は、やばい。魔力切れで、ぶったおれる」
「街は……⁉︎ これ、街に現れたら……ッ!」
ソフィアとティフォは、思い描くままに奇跡を起こして、魔術のように現象を起こせる。
俺は【斬る】と言うソフィアから授かった奇跡と、ティフォから授かった【触手】がある。
─── 今、街に魔術に頼らず、霧の魔物達に抗える能力者がいない!
「オニイチャ……なんか、くる」
灰色のモヤが這う地面を、大量の水が迫る音が地響きを立てて近づいて来ていた。
「………………スライ……ム?」
─── ザパ……ッ
それはモヤの中に続々と立ち上がった。
灰色に濁る半透明の姿、それぞれが百年〜数百年前の古い装備をつけたような、人を模した液体の塊。
手にする武器もそれぞれ異なり、まるで何処かの古戦場に、土中を丸ごとアンデッド化したような不揃いな意思なき者達。
霧を焼き尽くしたティフォのブレスが、上空から舞い降り、それらを焼き尽くさんと舌を伸ばす。
─── ジュウウウゥゥゥ…………
一瞬にして沸点に届き、体中に泡ぶくを立てるが、足元から液体が継ぎ足され続け、やがて炎を相殺してしまった。
「炎が効かない……いや、次から次へと液体と魔力が補充されてるのか……。
ティフォ、氷漬けに出来るか?」
「ん、りょーかい。─── 【 凍 り つ け 】」
何の音も無く、唐突に灰色の液体は、人型とその足元に流れる全てを、白くざらざらした表面の氷へと変化していた。
「…………前から思ってたけど、神様ってのは、みんなこうなの? 反則って言うか、自重しないって言うか……」
「ん? オニイチャを愛しとーせるのは、ティフォだけだよ?」
「…………そういう話じゃない」
俺達の声が谷に反響したからか、氷が一斉に砕け散った。
崩れ去った向こう側に、まだまだ後に仕える液体の甲冑姿が立ち並んでいる。
砕け散った者達は、再生する気配がなく、それが延々と復活するものではない事は分かった。
─── 主様、言霊を。……後、主様を愛し通せるのはこの夜切だけ。我以外にh
「夜切─── 。力を貸せ」
─── ちっ! 生命力よこせや早よ、ちっ!
面倒だから流しただけなのに、二回も舌打ちされた。
薄暗い谷の底に青白い光が溢れる。
夜切に俺の魔力が唸りを上げて吸い込まれ、代わりに夜切からは、膨大なエネルギーが送られてくる。
剣先まで我が身となったような一体感と、時が止まったかのような、感覚の高まりの中、夜切を構えた俺は呟いた。
─── …………【斬る】
俺の手に膨大な手応えが押し寄せて来た。
※ ※ ※
「……にげ、逃げてくれダイクさん……ッ!」
その声を最後に、背後から激しい水音と、悲鳴にすらならない断末魔が絞り出された。
「クッ…………済まん……」
せめて苦しませぬように、俺を慕ってくれた仲間の首を刎ねた。
その時を待っていたかのように、彼の体が夥しい数の蛇に潜り込まれ、姿すら見えなくなった。
─── ガキンッ!
踵を返す暇も許さず、振り下ろされた斧を受け流した。
返す刃で首を跳ねるが、その頭は水となって飛び散ると、直ぐに胴体から液体が溢れて再生された。
─── 何故、魔術が使えないッ‼︎
他の冒険者達は、帰還を待っていた船へと、心許ない桟橋に殺到している。
殿を引き受けた部下数人と、港への道を封鎖したが、蛇にも液体の人型魔物にもそれ程意味はなかった。
避難者護衛班が出発して、半刻もしない内に霧が押し寄せ、浮幽蛇の群れと交戦になった。
すでに対策は万全、街に残った冒険者だけでも、順調に撃退出来る流れだった。
情報通り蛇使いと思しき魔物も、他にまだ居るようだが、二体は葬った。
しかし、峡谷から灰色の重たい霧が流れ出して、戦況は一変したのだ。
最初に起きたのは、術者達の困惑。
俺自身、まるでガキの頃の魔術練習のように、魔力が魔術化する直前でコントロールを失った。
誰かが『魔力が吸われてる』と呻いた。
確かアルフォンスがそんな事を言っていたが、これを危惧していたのだろうか?
濃霧だと思っていたアレは、まさか灰色の霧になる前の、出来損ないだったと言うのか……。
─── ザシュッ!
「ぐぅ……ッ! でぇああああっ!」
裏腿に刃の冷感と、細い痛みが走った。
振り向きざまに、相手の腕を肩ごと斬り落とす。
思った以上に傷は深いようだ、斬られた場所から下が、自分の脚ではなくなったかのように力が入らない。
思わず転倒するも、回転して距離を取ったが、目に入ったのはその場に残った最後の仲間が倒れる瞬間だった。
「だ、だダイクさ……にげて……ぇ」
もう周囲はすっかり魔物どもに囲まれている。
─── ここが潮時か……!
「ふふ……あの『ルーキー』なら、乗り越えたんだろうなぁ、こんな地獄も……」
退却も機を失した。
この脚では追いつけまい。
─── ズグッ!
両脇から古めかしい意匠の槍が二本、俺の腹を貫いた。
「ぐお…………ぐッ、ゲハ……ッ⁉︎」
……魔術は使えない、剣も通用しない。
だが、なんの手立ても打たなければ、船に乗り込んだ者達も危ないかも知れない。
それに、ここに押し寄せた魔物どもが、オレを潰した後、ルーキー達の所に押し寄せる事だって考えられる。
魔術が無理なら、後はもう呪いに命を費やすくらいなものか……。
ひとつだけ、手は残されているが、それは悪魔との契約と同じ。
魂を邪悪な者に捧げる事となってしまう。
正直、恐怖がないと言われれば嘘になる。
─── それに地獄に魂を捨てて尚、拾う程のプライドを、俺に持つ資格などあるのか?
犬死を厭うなんて高尚な人生だったか?
脳裏に浮かんだのは、今まで俺を慕ってくれた仲間や団員達の顔だった。
すっかり意欲を失っていた心と体に、これまで走り続けて来たプライドが、差し込むような熱となって奮い立つ。
─── いや、俺だってA級なんだ! 死に際ぐらい、自分で華を添えてやるさ……!
俺は団員達と、ルーキーを守る為なら、この命潔く使うべきだ。
そう腹が決まった途端に、頭の中には『禁じられた詩』が浮かんでいた。
この状況を打破し得る、最善の策は、もうこれ以外にないだろう ─── 。
「…………叩け、叩け、異界の門……
……我、オルドヴァ……の盟約を求めん……
……深淵の神……アスタラよ……
…………ラロスの天秤に、我が魂を乗せよ……
…………我が魂の……目方……だけ……
……その……大いなる……力……を……
…………我が身……を糧……に、
………………ラオ……ロギアの……光を……ッ」
詩を詠み上げる声に、更に魔物達が集まり、押し寄せて来た。
そして、俺はこの詩の力を具現化するために、鍵言を叫んだ。
「────── 【破壊の代償】!」
邪悪な力の奔流に、体が膨張する。
頭の中には、狂ったような嗤声が響き渡った。
─── 皆、許せ…………
強烈な閃光に世界が染まった時、自分の終わりを自覚した─── 。





