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第十二話 聖リディの灯

─── 『来てくれて嬉しいぜ……!』


 よく日に焼けた、あの男の無邪気な笑顔が、もう何度も巡っている。

 俺は、南国風の質素な部屋で、ミスリル製の剣身に映る、曇った自分の顔を見ていた。


 ……どうした、ダイク・シュルツよ。


 人を殺すのに一々心を痛める程、この仕事に甘い覚悟で臨んではいない。

 強盗、野党、賞金首に暗殺者……。

 今まで数え切れない程、殺した。


 だが、俺の剣には、昨日の負傷者達の鈍い手応えがこびりついていた。


─── 勇者なら、どうしたのだろう?


 罪の無い、生きる意志を持った人間を殺すのは、流石に慣れるものじゃあないな。


 『レーシィステップの存続』

 『魔物被害の解消』

 『魔物か、魔族かどうかの確認』

 『魔族であった場合、可能ならば撃破』


 この任務を完了すれば、念願だったS級への昇格も、確実に叶うだろう。

 中央から今回の任務に通達された、極秘情報は


『被害拡大を抑える為、苗床となった負傷者は、孵化の前に殺処分するべし─── 』


 ……と、明記されていた。

 ガストンからも、その旨は聞いている。


─── 『ベテランのお前が先行して、お前の判断で、負傷者を処置してくれ。

処置の必要性は俺から通達して置くが、中には反対する者も、理解を示さない者も出るだろう。

必要であれば伏せておいても構わない。

先行で指揮を取ってくれ。

今はレーシィステップの存続が第一だ。

……重たい仕事で済まない。どうか、頼む……』


 ギルドマスターの言う通り、本当に……重たい仕事だ。


─── コンコン


「失礼します。団長、『ルーキー』アルフォンス、お連れしました」


「ああ、入ってくれ」


 俺は剣を鞘に納めて、ニスの浮いて(すす)けた机に立て掛けた。


「…………急な遠征、ご苦労だったな。

船旅で疲れているだろうが、今後の任務の為に、こうして各パーティの代表者と個別に面談している。

まあ、そこにかけてくれ」


 バグナスでも、何度かは見かけたが。

 間近で見るのは初めてか……。


 どんな馬鹿げた腕の職人か知らんが、これ程の精巧な全身鎧など、そうそう見られるもんじゃない。

 それに、見かけに目を奪われて、見誤りがちだが、その中身の方がとんでもない。


 前に見た時よりも、更に洗練されたか。

 もうコイツ一人、違う世界にいるような錯覚さえ受ける。


─── ここ、一〜二週間で、一体何があった?


 ソファに立て掛けた、曲刀から立ち込める妖気も、以前とは段違いだ。

 何か想像を絶する、修羅場でも超えない限り、こんな短期間で変化するとは思えん。


 本当に人間なのだろうか……?


「もう顔合わせで名乗りはしたが、俺は『白頭鮫団』団長のダイク・シュルツ、A級だ。

今回の依頼の、まとめ役を任された」


「……アルフォンス・ゴールマイン。A級、パーティ名はまだ無い。よろしく頼む」


 兜で(こも)って、地の底から響くような声だが、実際は十七とかなり若いはずだ。

 確かにそう聞こうとすれば、聞こえもするが、しかし、この存在感は……大型龍種以上だ。

 一体、どんな環境に身を置けば、たかが自己紹介でこの俺を怯ませる、こんな若者が出来上がるというのか……。


「……さっきは失礼したな。呼び名もパーティ名も無いようだから『ルーキー』と呼称した、不快なら変えるが?」


「いや、問題ない。実際その通りだ。今はそれでいい」


「分かった、そうさせてもらう。てっきり代表者はソフィアかと思っていてな。

『斬鉄の聖女』とでも呼称しようかと思っていたのだが、今は『ルーキー』アルフォンスで通す。

─── 本題に入る前に、何か質問はあるか?」


 アルフォンスはあごに手を当て、静かに話し出した。


「俺達が到着する前。街にいた負傷者達の事だが─── 」


 避難待ちの自警団からでも、昨日の事が漏れたか?

 ……人間離れした戦闘能力を持ち、大きな実績を短期間で二つも上げてるとは言え、やはり『ルーキー』か。

 俺の処置に納得が行かないのであれば、ソフィアの離脱は惜しいが、この依頼から外す必要もあるかも知れん。


「─── 済まなかった」


「………………うん?」


 魔神の如き髑髏(どくろ)が、俺に頭を下げた。

 思わず、間の抜けた声が出た。


「あんた達が先行していたとは言え、辛い判断だっただろ?

代表者だったあんたに、一人背負わせた。

ガストンから説明を受けた段階から、この依頼は隣り合わせの人間を、場合によっては切り捨てる必要もあると覚悟してるんだ。

俺達は三人しかいない、だが、一人一人それなりの事は出来ると自負してる。

出来る限り、情報は共有して欲しいからな。あんたの判断が正しかったと、俺の意見を明示しておきたかった」


「…………フッ、冷静な判断力はガストンの言っていた通りか。

分かった、今後は出来る限り、俺の腹積もりも含めて情報を共有して行くとしよう」


 中央から疑われ、監査に入った捜査官までもが、彼をS級に推した意味が少し分かった気がする。

 しかし、彼とソフィアの他のもう一人、あの少女はどうだと言うのか。

 どう見ても十二、三のあどけない少女でしかないが……。

 あの子までもがA級だと言うのは、流石に信じる事ができない。


─── この仕事、どうも想定外の事が起こりそうでならないな……




 ※ ※ ※




「…………おなか……すいたね、おねぇちゃん」


 わたしは幼い弟の訴えに、ただ苦笑するしかなかった。


「ごめんね、でも、もう少ししたら、誰か助けに来てくれるかも知れない。

それまで、ここを出るのは危ないの。

……また、あのこわいヘビが出てきたらイヤでしょ?」


「う、うん……」


 まだ弟は幼い。

 怖がらせたくはないけど、あんなのがまた現れたら、今度は誰も守ってくれる大人はいない。


 弟はあの時を思い出したのか、顔を青ざめさせて、わたしの腕にしがみついてきた。

 わたしは小屋の石積みの壁の隙間から、恐る恐る、外の様子を見た。


(…………お父さん、お母さん……ごめんね。後でちゃんとお墓に入れてあげるからね……)


 もう何日経っただろう? 

 あの『霧』が襲い掛かって来た時、両親はわたしたちをこの小屋に逃がそうとして、捕まってしまった。


 二人の悲鳴は、まだ耳に残ってる……。


 最初に隙間から見た時、あれが両親だとは分からなかった。

 衣服の残骸で、ようやくそうだと分かると、わたしは言葉を失った。


 外の悲鳴や物音が消えて、隙間の外に見えたのは、点々と打ち捨てられた村の人達の、変わり果てた姿だった。


 レーシィステップの人達が最初に襲われて、その後、この村にも避難するようにと使者が来た。

 でも、村には何の被害もなかったし、村の老人たちは断ってしまった。


─── 三百年前も無事だったから


 わたしも、両親がレーシィステップの話を、世間話みたいにしていたから、信じきっていた。


─── ずっとこのまま、村の生活が続くのだと


 ここが狩猟で得た動物を解体した後の、加工小屋だったのが唯一の幸いだった。

 僅かな加工肉の残骸、ふんだんにある水瓶の水と、調味料で空腹を誤魔化した。


 村のみんなが殺されて、これからどうすれば良いのか、その不安と外に待ち受ける恐怖とが、交互に襲っていた。

 わたしもかなり参ってるけど、幼い弟はどうだろうか……?

 昨日の朝から、ようやく喋るようになったけど、それまでは縮こまって震えてばかりだった。

 彼なりに少し落ち着いたのだろう、ふたりだったら、何とかなるかも知れない……


─── その微かな安心が、わたしを眠りに落としてしまった。


 両親の死を信じ切れていなかった幼い弟から、目を離して。




 ※ 

 

 


─── バンッ! バンバンバンッ!


「あああ、あけてっ! おねえちゃん!

ここをあけて‼︎ うわあぁぁぁッ」


 けたたましくドアを叩く音と、弟の狂乱の叫びで飛び起きた。

 いつの間にか外に出ていた弟が、何故か鍵の掛かっていないドアを開けろと騒いでいる。


「ユーリ⁉︎ 落ち着いて、ここは()()()なの! あなたが押していたら開けられないわ!

一度、後ろに下がって!」


「わあぁぁぁッ! わあああぁぁぁーッ! はやくあけてよ、おねえちゃん!

またきたよ! へびがきたんだよーッ!」


「─── ッ⁉︎ 早く後ろに下がりなさいっ! お願い、おねえちゃんの言う事を聞いてぇっ!」


 完全にパニックに陥った弟は、わたしの声など耳に届かなかった。

 弟までもが奪われてしまうのかと、わたしまで、混乱に陥ろうとしていた。


 ただ、オロオロとドアの前をうろつくしか出来ないわたしの顔に、小さな蜘蛛が糸を引っ掛けた。

 思わず顔を払った時、外の声に異変が起きた。

 一際大きな絶叫を上げて、弟がドアの前から走り去って行く。


─── もうそこまで来てるの⁉︎


 わたしは自分が死ぬかも知れないなんて、思いつきもしなかった……。

 ドアを飛び出して、遠くに走り去る弟の姿を発見した時、わたしの目前に『霧』が迫っていた。


 霧の中をウヨウヨと泳ぐ、半透明の蛇の目が、わたしの方を一斉に向いた。


「…………あ、ああ……あ……」


 自分の足が、自分の物ではなくなったみたいに、もう立つ事は出来なかった。

 視界の端に、霧に巻かれた両親の亡骸が、ぼんやりと見えていた。

 その瞬間……


─── ゴオオォォォォォォォッ!


 固く目を閉じたわたしのまぶたに、紅い光と熱がさした。



「─── みつけた。

……ふたりだけ? たすけるの」



 頭の上から、何処か詰まらなそうな女の子の声が、(りん)と響いた。


─── 恐る恐る、瞼を開いて、わたしは見惚れてしまった


 周囲に燃え盛る炎よりも、紅く美しい髪が火の粉を映して、黄金色の光の粒を曳く。

 肌は真っ白で艶やかに、火の閃光で輝き。

 髪と同じ真紅の瞳は、少し閉じ気味だけど、長い睫毛の下で、わたしを見つめていた。


「……………………飛んで……る?」


 旅の装いをした少女が、音もなく宙に浮いている。

 わたしがそう呟くと、少しだけその子は表情を緩めた。

 その僅かな変化にも、わたしの胸は大きく高鳴ってしまった。


─── わたしより少し幼い、その女の子に


 ただ惚けるしかないわたしの前で、その子は口から息を吐くように、灼熱の炎を霧に浴びせた。

 燃えるものなど何もないのに、その炎は霧を、蛇達を、焚火の中の藁屑(わらくず)のように、燃え移っては燃やし尽くす。


 窓のつゆを拭うように易く、霧が掻き消され、向こうの山の景色が見えてきた時。

 紅い瞳が一際白い霧の塊を(にら)みつけた。


─── ()()()


 女の子がそこに手の平を向けてぎゅっと握った。

 半透明の何かが、生木を裂くような、不快な叫びを上げて姿を現した。


「……ギッ⁉︎ ギイイィィィーッ‼︎」


「…………ひっ! へ、蛇人間っ⁉︎」


 見えない何かに締め付けられて、苦しげにもがくその姿は、白いフードを目深に被った青白い蛇の顔をした人だった。


「おまえ、キリのじょーおーか?」


 その言葉に、フードの下から、蛇の眼が睨み返した。


「……ギキッ。…………死ネ……人間ドモ……‼︎」


 わたしはその眼に震えるしかなかった。

 そこにあるのは『怨み』、憎しみに任せるまま、呪い殺そうと只々怨み尽くす眼……。



─── 人間ども? わたしたちは、何故、そんなに憎まれているの……?



 そんな眼をものともせず、女の子は近づいて行く。

 情けない事に、それを留めるための声すら出せなかった。


「しゃべれるだけの、ちのーがあるなら、ちょーじょーちょーじょー」


 そんな事を呟いて、女の子は手を横に払った。


─── プシッ!


 空気が抜けるような音がして、蛇の首から血柱が上がった。

 血の噴き出す勢いで、フードがパタパタとはためく、異様な光景に心の反応が最早ついていけない。


 女の子は、蛇人間に触れてもいないのに、払った指先に血が滴っている。

 それを詰まらなそうに見つめた後、桃色の小さな舌で舐めた───


─── ピー、ザー…………


「あ、オニイチャ? こっちは、要きゅーじょしゃ、二人しゅーよー。

オニイチャの読みどーり、手下もいた。

んで、記憶もげっとかんりょー。

二人はどーする? ん、りょーかい、そっちにもってく。

……え? ごほーびは、うーんとね、またちゅーしてくれたら……ッ⁉︎

─── ちっ、きられた」


 悔しげに顔を歪ませる女の子の肩に、小さな蜘蛛が数匹登った。


「ん、ごくろー。よく、あんないしてくれた。あとで、かくざとーでも、やろう」


 そう言って、一番大きい蜘蛛を撫でると、蜘蛛達は散っていってしまった。


 小さなため息をついて、女の子は地面に降りると、わたしに向かって歩いて来る。

 ……助けてもらったのに、わたしはちょっと後退りしてしまった。


「おまえと、そこのちっこいの、家族か?」


 少女が指差す先に、弟が気絶して倒れている。


「え……あ、は、はいッ!」


「のこったのは、おまえらだけ、な?」


「………………はぃ」


「オニイチャのとこ、つれていく。そこに待ってるまちの人たちと、遠くににげろ。いいな?」


「…………! は、はい。お願いします」


「……血、なめるの、みた?」


「うっ、は……ぃ」


「オニイチャには、シーだ。だいれくとは……ひかれるから」


 この小さな女の子の何処に、そんな力があるのか、わたしたち二人はヒョイと担がれた。


─── ふわっ


「……へ⁉︎ え⁉︎ そ、そら、……飛んでる⁉︎」


「しゃべると、口に虫はいる、とじてろ」


 その言葉の直後、わたしの体に未だかつて感じた事のない、重力が掛かった。

 『そう言う事じゃない』と言いたかったけど、風圧が酷くてそれどころじゃなかった。


─── 遠くに峡谷の大街道が見えた時、わたしの意識は重力に置いていかれてしまった。




 ※ ※ ※




─── 時は遡り、『白頭鮫団』団長とアルフォンスが面談する少し前


「…………産み付けられた卵が厄介だな」


 俺はソフィアとティフォと三人で、倉庫に横たわる遺体を前に、話合いをしていた。


 この現場を取り仕切るダイクは、これを伏せたかったのか、倉庫には『白頭鮫団』の紋章を着けた見張りが数人たっていた。


 レーシィステップの港に着いてすぐ、この倉庫に多くの魂が漂っているのが見え、不審に思っていた。

 ソフィアが見張りの意識から、俺達を切り取り、侵入するのは簡単だった。

 侵入と言っても、堂々と前から入って行ったのだが、全く俺達の存在に気がついていないようだ。

 今も中で話しているが、外の見張りは気にも留めてない。

 ……これ、色々出来ちゃうよね?


「宿主が死ぬと、休眠する卵……いや、一部はもう孵化したのか、稚魚は死んで消滅してる。

重要器官にもかなり入り込んでるから、蘇生したら、すぐに卵の休眠が解けて……」


「治癒魔術や【清浄(グランハ)】なんかの状態回復もダメそうですね……。病気や怪我じゃありませんから」


 ティフォが透過させた触手を使って、取り除こうともしたが、浮幽魚の卵はすこぶる(もろ)くて中で破裂する危険性が高く、却って状況を悪化させかねないと中止した。


 一般には伏せられてある記録として、ギルドからは重要機密が極秘に伝えられた。

 この浮幽魚の問題が、その一つだ。

 お(とぎ)話の勇者伝説では、実は浮幽魚の話は、一切出て来ない。

 ただ『人を喰う霧』として描かれている。


─── お伽話ではこうなっている


 パーティメンバーの一人、謎の魔術師『リディ』が女神のお告げを受け、『聖なる灯』を会得して霧を払った。

 しかし『霧の女王』に勇者の剣は届かず、『聖なる灯』で弱らせた後、辛くも封印に成功した。

 ただ、魔王亡き後、どうなったかは分からない、(いたず)らに触れるべからず……。


─── と、こんな感じ


 ……だが、実際は『霧の女王』は『聖なる灯』によって倒されていたし『浮幽魚』の被害も深刻なものだった。

 『聖なる灯』の威力は凄まじく、霧と配下ごと『霧の女王』を消滅させ、その配下を体に宿した人々も消え去ったと言うのが本当の所だ。

 そして、当時の街の生き残りには、色々な圧力が掛かり、犠牲者の事実は隠蔽された。


─── では、何故『封印した』と偽りの情報を流したのかと言えば……


 国家間のとある事情により、この地域に人が流入して欲しくなかった事。

 元々いた住人達を、ここから流出したくなかったからに過ぎない。

 だから不吉だが、不吉過ぎない、ちょっと怪しい禁忌の地として閉鎖的に扱っただけ。


 まあ、ギルドでもそこは機密と言われたが、ソフィアがサクッと教えてくれた所によると……


─── 『まあ、麻薬ですね。この霧深い亜熱帯の地域だけに生える、特殊な菌糸類があるんですよ、かなりヤバ目ですよー』


 何故、国家間が伝説を捻じ曲げてまで、麻薬を隠蔽したかと言えば、ズバリ後ろ暗いからだ。

 戦争での兵士の精神管理、不況下での国民の不満管理、他国の弱体化、定期的な収入源……などなど。

 使い過ぎれば、国家の命にも関わる劇薬だが、上手くコントロールすればカンフル剤になると言う。

 巻き込まれた人々には、一生を棒に振る事になる、最悪手だろうが……。


 まあ、お伽話の裏側なんて、結構こんなキナ臭いオチがつくものだ。

 隠蔽されていた理由は、こんな感じ。


─── さて、問題は今ここに横たわる彼らを、果たして救えるのかだ


 さっきから暗礁に乗り上げたまま、何も知恵が出て来なかった。


「んー、キリのじょーおー、とっ捕まえて、吐かせる?」


「「んんー……」」


 俺とソフィアで凄い生返事を返してしまったが、大目にみて一理あるかもしれない。


「まあ、これ以上、考えが浮かばないなら、被害を止める方向しかない……か」


「そうですね……。犠牲者の彼らには申し訳ないのですが、先行していた『白髭危機一髪』とか言う冒険者達の判断は、正しかったとしか言えません」


「確かに……な。

ガストンも、浮幽魚は最初に来るさざ波。それを目当てに来る浮幽蛇が、大きな被害を出したって言ってたもんな。

少しでも最初に、魚の方を減らすしかない。

あー、後、ソフィな。『白頭鮫団』だから。もう少し他人に興味持とうな?」


 そんな事を話していたら、ティフォが手を挙げた。


「ん? どうしたティフォ?」


「んーと、この谷の先に、取り残されたしゅーらくが、あるって」


 さっき触手で処置しようとした時に、記憶をもらったのかな?


 港で全冒険者そろえて顔合わせした時に、『白頭鮫団』の団長が、残りの避難民は自警団をしていた数十人だけだと言っていた。


 街の長がかなり敏腕だったのか、他にも複数の集落や村があるのに、手が回らなかったのはそこだけか。

 この短期間に、この混乱の中、大した人が居たんだな……。


「ティフォ、集落の位置は分かったな?」


「ん、ばっちり」


「じゃあ、生き残りがいた場合、ティフォに行ってもらいたい。……出来れば、敵の記憶も奪えるといいけど」


「いーよー♪ ひさびさに、げんじつでもブレスはけるかもー」


 夢の世界の特訓で、何度かティフォのブレスを浴びたが、アレは地獄だった。

 魔術とは違う、神の奇跡の火は、狙った対象を焼き尽くすまで消えないんだ。


 何処に逃げても追って来る、超々高熱の炎は、本人的には気持ちいいらしいが凶悪。

 集落に人が居ないとか、被害が出なそうならいいが。


「まあ、程々にな……。コイツらを斥候(せっこう)に使ってくれ。先に送って情報を集めさせておくから。情報があったら、糸で伝えて来るから、切るなよ?」


 そう言って、俺は床に向けて、手の平をかざす。


─── 蜘蛛の眷属よ、我が声に集え……


 手をかざした先の床から、黒い粒が湧き出して来ると、四対の脚を伸ばして動き出す。

 数匹がティフォの指に糸をつけ、サッと散って行った。


「アラクネの力、完全にモノにしましたね! 凄く便利じゃないですか♪

そこらの間者より小回り利きそうです!」


「せっかくだしな。夜切から隠密軍団の話も教えてもらったし、色々試す価値はありそうだ」


 実際に蜘蛛を使役出来るようになって、かなり情報収集は楽になった。

 蜘蛛達は糸を使って、いくつかの合図を使い分けて、得た情報を教えてくれるからだ。


 まあ、蜘蛛だけあって、小難しい事を処理出来ないのが難点ではあるが、予め合図を決めて置けばかなりの助っ人になる。


「そう言えば昨日の夜、部屋で黒い蝶々と蜘蛛さんがバトルしてましたね……」


「夜切、喰われなきゃいいけどな」


 しかし、『霧の女王』か。

 浮幽魚が復活した以上、その魔族も現れているはずだが、勇者の剣が届かなかったと言うのが気になる。

 勇者一行とあれば、魔術だってかなり使えていた筈だが、最後は『聖なる灯』に頼ったと……。


「うーん『聖なる灯』ね、この辺りじゃ『聖リディの灯』とか言われてるみたいだが……」


「ああ、『大魔導士リディ』の権能か奇跡ですね。アレなら大抵の敵は、焼き滅ぼせるでしょうね」


 ふーん、流石に勇者一行の一人は凄かったんだな、権能とか奇跡も使えたのか……ん?


─── んん⁉︎


「ちょっと待ってソフィ、今、『聖なる灯』の事を権能とか奇跡とか言わなかったか? 『大魔導士リディ』って、もしかして、神だったの……?」


「ええ、正真正銘、神でしたよ?

だってリディって、それ─── 私の前任者ですもん」

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