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第八話 運命から逃れた蜘蛛

 どんなに不可能だと思われる局面でも、勝ち方を知った瞬間に、それはただの作業となる。

 同じレベルの課題が後に押し寄せても、分かり切った行動と、少しの集中力で流れ作業と化すだろう。


 ただ、最初に打ち勝った瞬間の感動は大きく、諦めなかった自分への自信を、確かに刻みつけるものだ。

 ……それが人を大きくする。


─── 冒険とは、その連続なのかも知れない


 私の名はジェラルド・マッコイ。

 中央アルカメリア本部、監査委員所属の捜査官だ。

 私は今、一人のルーキーとの迷宮探索で、その事を再確認していた。




 ※ ※ ※




「イェーッ! アルさん、イェーッ!

ほら、手ぇ出して、ね、ね、イェーッ!」


 現在、バグナス東部の森林に位置する『石像の迷宮』第二十階層への階段を発見した所だ。


 階層主を討伐し、大量の蜘蛛が黒い霧と消える中、俺は(ひげ)のおっさん……もとい、マッコイとハイタッチさせられている。


 前人未到の第十五階層に向かおうと、階段に脚を踏み入れた時、このおっさ……マッコイは俺のズダ袋を掴んでイヤイヤした。


「もう帰りたい」


 そう臆面(おくめん)もなく言ってのける五十代男性に、俺は新鮮な感動すら覚えた。


 しかし、


─── 帰るなら一人でな


─── 暴走起きたらアンタも死ぬよ?


─── ↓マッコイ↑さんビビってるんスか?


 ……の三本立てで攻め『分かったよぅ』の言質(げんち)を獲得した。


 第十五階層からは、ほぼ第十四階層の繰り返しだった。

 各層の最終ポイントに石像が待ち構え、それをコーヒーで溶かして、雷撃で瞬殺。

 後ろの通路から迫るメス蜘蛛を、ホールに侵入する前の狭い通路の中で、火属性魔術で子グモごと蒸焼き。


 今まで『石像にコーヒーをぶっ掛けてみよう』、なんて悪戯を試す冒険者が居なかったのは、極自然な事だ。


─── しかし、それだけの事が、迷宮の難易度を急激に下降させた


 最初はヘタレてたマッコイ氏も、コーヒー片手に楽勝を収めた途端、元A級冒険者の頭角を現した。

 石像を誘導して、より有利な戦況を作ったり、少しずつ増える罠の対処には、目を見張るものがあった。

 元々補助職で、戦闘はそこそこに、パーティのアシストが本職だったらしい。

 触手のお陰で道順は最短、マッコイのお陰で罠も楽々スルーの、快適な迷宮攻略となりつつあった。


 ……で、二、三回、彼を褒めたら冒頭の通りだ。


 すっごい喋るし、基本早口で、相槌(あいづち)のタイミングが非常にシビアな人だった。

 まあ、とにかく俺達は当初の目的である、第十四階層到達を大幅に超えて、第二十階層へと降り立つ事になった。




 ※ ※ ※




─── コーン……コンコンコン……


 フロアに降り立って、すぐにそこが最下層だと、本能的に感じた。

 壁や床の材質は、今までの階層と変わりはない、しかし、そこに大きなホールひとつ、ただそれだけだった。

 いや、明らかに違うのは、そこにむせ返るような瘴気(しょうき)と、ぬめるような濃厚な魔力が充満していた点だ。

 マッコイが咳込みそうになるのを察知して、俺はすぐに【清浄(グランハ)】の魔術を、彼に施した。


─── コーン、コーン、コーン……


 中央のそれは、まだこちらに気がつかず、一心不乱に槌で何かを叩いていた。


 相手の姿はまだ完全に確認出来ないが、作業をしているそれが石像制作である事、そして部屋の奥に寄せて並べられた膨大な数の石像群が目に入った。


 あれがこの迷宮の石像を、作り続けていたのだろうか?

 しかし、それらの石像は、今まで見た動く石像とは材質や色が違っているし、動いてもいない。


 こちらはどうやら、ただの石像のようだ。


 気配を消して近づき、その姿全てを目に収めた時、俺達はどちらともなく足を止めた。


 でっぷりと丸い腹には、白い産毛がびっしりと生え、節くれた脚が四対伸びている。

 今までの階層で見てきたメス蜘蛛の腹と全く同じだが、妙に小さい。


 それがゆっくりと振り返った。


─── カランッ…………


 こちらを振り返った男は、手にしていた槌とノミを、床に落とした。


─── 下半身が蜘蛛、上半身は人の姿。


「アラクネ……族……?」


 マッコイがそう(つぶや)いた。


 目の前にいたのは、蜘蛛でも魔物でもなく、亜人種の一つ『アラクネ族』の姿をした、男だった。

 (おび)えたような目は落ち窪み、焦点が定まらずに目を泳がせ、骨が浮くほど痩せこけている。


 亜人は亜人、人だ。

 アンデッドなのだろうか? それにしては表情があり過ぎる気もする。

 人が迷宮の主になる何て事、あるのだろうか?


「…………グッ……ゥ……あ、あ……」


─── ジャキッ!


 突如、男は両手の先を鋭い牙に変え、八本の脚で猛烈に床を蹴り、俺達の眼前に迫った─── !


─── 【岩蔓草(スタ・ウィドゥ)】!


 呪文詠唱を終えたマッコイが、岩で出来た(つた)を地面から出現させ、男の脚を絡め取りに行く。

 男は一瞬、躊躇(ちゅうちょ)したが、強引に脚を抜くと、俺に向かって腕を牙のような鋭利なものに変形させて振り抜いた。


 しかし、マッコイの術で崩された勢いは、到底、俺に届くものではなかった。

 攻撃を避けられた男は勢いで数歩進んだ後、体をワナワナと震わせながら、ゆっくりとこちらを振り返る。


「あ……うう、あ……ぐ……あ……!」


 何かを話そうとしている。

 しかし、男の言葉は声にはならず、ただ呻きながら、襲い掛かって来た。


 男の怯えたような目は、何かを訴え、何かを諦め、何かを(うらや)むような後悔の色が滲んでいるようにも見える……。


─── ズカカカカッ!


 思わず剣に躊躇(ためら)いが出た瞬間、投げナイフが複数、蜘蛛の腹に突き立った。

 傷から白濁した体液を噴き出し、男の顔は苦悶(くもん)の色に染まる。


「アルさん! しっかりして!」


 ナイフを投じたマッコイは、俺にそう言いながら、大きく回り込むように素早く移動して、男の気を撹乱(かくらん)させている。

 口を小さく動かしているのは、次の魔術詠唱に取り掛かっているのだろうか。


 俺は曲刀の柄に手を掛けるが、どうしても引っ掛かる事があった。


─── ガシィッ!


 蜘蛛の脚の先端が、俺の喉元を狙って放たれたのを、鞘で受け止めた。

 この瞬間、俺は確信した。



「……さっきから、何故、本気を出さない?」



 男の目に、苦しげな色が差し込んだ。

 苦し紛れに、残りの前脚も突き出して来たが、俺は受けた鞘ごと押し込んで、男を弾き飛ばした。


 男はバランスを崩し、脚をバタつかせながら、床に転倒して滑って行く。


─── 何故、産毛の毒針を使わない?


─── 何故、本気で刺しに来ない?


─── 何故、わざわざ隙を作ってる?


 せめて何故、そんな目をして襲い掛かるのか、それだけでも知りたいと思った。


 男はすぐに跳ね起き、俺に飛び掛かる。


─── 【速度低下(アラーフ)


 蜘蛛脚の先が黒ずみ、明らかに男の動きが重くなる。

 マッコイからの魔術援護だった。


「どうしたんだ、アルさん! らしくないよ!」


「……コイツは、何かを隠してる!」


 マッコイは眉を寄せて、悲しげな顔をした。


「─── アルさん、そいつは()()()()んだよ」


「…………なッ⁉︎」


 思わず唖然としてしまった。

 確かにそう指摘されると、男の表情も、戦闘中の不自然さも、紐解かれた気がした。


「冒険者長くやってるとね、たまにいるんだよ。

死にたいくせに、死ねないから、そうなるのを待ってる奴らが。

彼の目はそれらと同じなんだ」


 蜘蛛男の、破れかぶれでチグハグな攻撃が再開した。

 曲刀はずっと、鞘の中で鳴りっぱなしだった。


 いつからこの迷宮はあった?

 いつからコイツは、ここでこんな顔をしてたのだろう?


 俺は襲い掛かる脚ごと、男の体を横から()ぎ払い、再度床へ吹き飛ばす。


「……………………」


 男の目に、渇望(かつぼう)が宿った。

 俺はその目に導かれるように、曲刀を抜いた。


─── こんなに重い剣は、初めてだ……


 心なしか、いつも水を滴らせたように光る妖刀が、灰色に曇って見えていた。


─── シュッ シュパッ


 と、脇から男の首に、白銀の残像を引いた、サーベルの一閃が直線を描く。

 戸惑う俺を見かねたのか、マッコイが代わりに斬りつけていた。


 驚いたような顔をして、喉元を抑えると、男は俺を見て微笑み、確かにこう言った。


「─── やっと、死ねる……」


 その歓喜の瞳から、俺は一瞬、目を背けてしまった。

 そして直後に男の首から、鮮血が音を立てて(ほとばし)り、フラフラと後退りする。


「……何故だ─── ?」


 俺の(つぶや)きに少しだけ表情を消して、しかし何も答えずに、男は崩れ落ちた。

 それをただ呆然と立ち尽くす俺に、マッコイが近寄る。


「………………すまない、マッコイさん」


 相手の表情に飲まれ、情けない戦いをした事を、マッコイに謝った。

 サーベルの血を拭い、バツの悪そうな顔をすると、その後に苦笑しながら彼は言った。


「……こういうのは、()()()()がやっちゃいけないよ。経験豊富な大人がしないとね……」


─── その言葉にハッとした


 そうだ、どうして俺の戦いは、こうも重い?

 何から何まで、全てを救おうなんて、出来るわけがないじゃないか……。


「……………………ありがとう、マッコイさん」


 俺がそうこぼした時、骸から青白い光が立ち登り、肉体が消失を始めた。

 骨だけを一瞬残して、光となり、やがて消えてしまった。

 その光を浴びた時、鎧と剣を通して流れた魔力で、何故だか分かってしまった。



「…………あんたは、守護神だったんだな?

それも、運命を諦めた…………」



 部屋には膨大な数の石像と、小さな丸テーブルに置かれた、いくつかの道具だけが残されていた。


─── パラ……パラ…………


 天井から(ちり)が落ちて来る。

 迷宮の主が(つい)え、その存在を失い始めた。


─── 残された俺達の体が白く輝き、その場から移動される


 『石像の迷宮』は、まるでひっそりと消え去るのを求めるかのように、俺達を迷宮の外へと送り届けた。

 呆然とする俺の目の前で、扉は中心に向かって吸い込まれるように消え、やがてそこには何も無くなった───




 ※ ※ ※




─── パシャ……


 水音を立てて、白い背中が(あらわ)わになった。

 細い腕、筋の通った背中から腰のしなやかなライン、くびれで引き締まった下に続く、蠱惑(こわく)的なお尻の丸み。


「お湯加減はどうですか?」


 その声に我に返って、俺は浴場の壁のタイルに視線を向けて、目地を目で追う精神統一を始める。

 直視なんかしたら、絶対心負けちゃうもんね……!


「もう……聞いてますか、アルくん……?」


 ソフィアは浴槽の壁に設置された、湯温調節の魔道具から離れ、俺の隣にやって来た。

 緊張して体勢を整えようとするも、反対側をがっちりティフォに捕まえられていて、動きようがなかった。


「……ん、んん! す、すごく……イイ……デス」


 ソフィアはくすくすと笑いながら、湯の中で腕に抱きついて来る。


「…………ッ! …………ぅ」


 腕に当たった彼女のそれは、湯の柔らかさをも遥かに超えている気がした。


─── 『石像の迷宮』を攻略し、ギルドに報告に戻ると、ガストンは俺の報告に目を丸くした


 気を良くした彼は、俺にギルドの来賓用の高級宿を手配して、休養をとるようにと勧めてくれたのだ。

 興奮気味でガストンに詳細を話すマッコイと別れ、宿舎で待っていたソフィアとティフォを連れ、今ここに来ている。

 ……で、貸切の浴場で三人、湯に浸かっていた。


─── 何故、今、こんな状態かと言うと……




 ※




「なるほど、『石像の迷宮』の主は、元守護神のアラクネ族の男だったと……うーん」


 宿に向かう前、ソフィアとティフォに迷宮探索の話をしていたら、やはりそこでソフィアも引っ掛かったようだ。


「…………どうして、死を望んでたのか、分からなくてさ……」


 あの時、死にゆく男の魔力が流れ込んで、何故か彼の記憶まで、ぼんやりと認識できた。


─── 運命を諦めた守護神


 死の直前、彼にあったのは、安堵(あんど)と喜びだけだった。


「守護神は……権能(けんのう)こそ神ほどではありませんが、神が生んだ最初の生命体です。

性質は神に近いんですよ。だから、神のルールが残っていたのかも知れません。

『自らの手で滅んではならない』んですよ、神は。

─── 与えられた運命を、自ら放棄する事ですからね、私達には足掻(あが)く義務があるんです」


「……だから、あそこでずっと、殺してくれる相手を待ってた……のか」


「おそらく、そうでしょうね……。

しかし、倒したのは監査委員の方なのに、どうしてアルくんに彼の魔力が?

いえ、どうして彼の記憶が、貴方に渡されたのでしょう?」

 

「それは……! うん、どうしてだろう……」


 そこも引っ掛かっていた。

 彼に引導を渡したのはマッコイだ、なのに彼の魔力は俺に流れて来たし、彼の記憶の断片が脳裏に浮かんだ。


─── パクっ

 

「……へ? ティ、ティフォ⁉︎ ……ぁっ」


 突然、ティフォが手を取って、俺の指を頬張った。

 温かく柔らかな粘膜に包まれ、小さな舌が俺の指の腹をぬるっとなぞる。

 首筋がゾクゾクして、思わず肩をすくめた。


─── れるっ ちゅ……


「……ほひぃひゃふぉ……ほほほ、ひほへひへ」


「うひぃ! ティフォ! 指! 指!」


「……ちゅぽん。

オニイチャの事を、ひとめ見て、ミトンはわかった。

オニイチャの、うんめー、でかい。たくせる……かなって」


「……ミトン? あのアラクネの男の名前か⁉︎

託す……? いや、その前にティフォ、今ので分かったのか⁉︎

記憶を受け継ぐには、血か肉が必要じゃなかったのか⁉︎」


 ティフォは、人の血から記憶を引き継げるが、今のは俺の指をしゃぶっただけだ。


「んー、オニイチャ、この前、魔石を口にいれたとき、なんか感じた、でしょ?」


「……! あ、ああ。魔石の記憶がたくさん流れて来て……。それが何か関係あんの……⁉︎」


 ティフォに迷宮の隔離部屋でエネルギーを与える時、凝縮された魔石から、持主だった魔物達が見た風景らしきものが流れた。

 あの時は一瞬の事だったし、さして気にはしてなかったけど……。


「あの、魔力のほんりゅーで、あたしの加護が、しげきされた、強くなった、かも。

それに、ミトンは、オニイチャに、すべてをたくそーって、強くねがった。

……まっこいのオヤジじゃ、それはムリ。

アレだけの苦難をこえて、オニイチャはあらわれ、オニイチャがまっこいを、連れてきたの。あれはオニイチャの剣だったのと同じ。

─── だからミトンは、全てを、オニイチャに、たくした」


 ティフォの加護……。

 そう言えば、触手でマッピングも、えらくすんなり出来たし、(おぼろ)げな記憶を読み取れるくらいの加護を得たのかも知れない。


「ミトン、『創造』の加護のふるーい守護神。むかしは人に『創る』ぎのーあたえてた。

じぶんの加護に、ほこりももってたし、もらった人もよろこんだ。

─── でも、しゃかいが変わって、人を幸せにしてたぎのーが、人を殺し始めた」


「人を殺す……? どうして?」


「へーきをつくるのも、わるい法をつくるのも、戦さの理由をつくるのも。

『創造』のぎのーが、使われたから。

たくさん死んだ。そのあとも、何度もそれはくりかえした。

─── ミトンは人とかかわるの、こわくなった」


 分かりたくないけど、分かってしまう。

 文明には、哲学とか芸術とか、精神を深める文化が栄える。

 だけど同時に、それとは相反する、合理性も発展する。


 兵器が生まれるのだって、文化と合理性の融合、言わば人の進歩の一面だ。

 それは良くない面でもあるけど、そこから人の生活を良くする、何かが生まれる事だってある。


─── 弓があれば、狩りもするが、人も殺せる


 ……でも、その力を与えていたミトンが、その悲しい部分を、受け入れられなかったら?

 愛する存在が、愛すべき存在によって、命を奪われる事態になったら、何を後悔すれば良いのだろう。

 それが非常に純粋な心を持った存在だったとしたら、どれほどの責苦(せめく)が起こる?


 あの迷宮を闊歩(かっぽ)していた石像は、どれも古代の人々がモチーフだった。

 彼は失われた人々を、何度も何度も思い描いて過ごしていたのかも知れない。


─── その想いが、あの迷宮を創った


「…………ミトンは、俺に何を託したかったんだ?」


「んー、むげに、命が失われない世界。ばらんすの、かたよりを大きくしてまで、なにかを求めなきゃならない、それがない世界。

『創造』に愛がある世界」


 ……何て難しい事を言うんだ。

 一人の人間が背負える事じゃないだろう。


「…………出来ねぇよ。俺にはそんな事」


「うん、ミトンもそれは分かってる。でも、オニイチャは、りかいはしてくれそう。そう思った。

かわりに、ミトン、オニイチャに力をたくしたよ?

今はまだ、なじんでない、けど」


「……なんだよ、それ……」


 口座を取り返しに迷宮に入ったのに、凄く重たいお土産を渡された気分だ。

 深く溜息をついたその時だった─── 、


─── ぴとっ


「へ? ソフィア⁉︎」


 沈んでいたら、俺の額にソフィアの額が重ねられた。

 顔が近過ぎるくらいに近くて、(つや)やかな唇が目の前にある。


「ん……何か、嫉妬です。ティフォとアルくんばかり、記憶を共有するなんて、置いてけぼりじゃないですか」


「……いや、ははは。そ、そう言うんじゃないだろ」


「んー、確かにこれは、その男の記憶が託されてますね。その内、アルくんもバッチリ認識できちゃうんじゃないですかね。結構、鮮明に渡されてますよ?」


「え⁉︎ ソフィアもオレの記憶が読めるの⁉︎」


「いいえ……全てはムリです。でもこうして頭と頭をくっつけて、アルくんが強く思い描いた記憶なら」


 俺が強く思い描いた記憶……まあ、今ならミトンの事を考えてたわけだし、それなら伝わりそうだ。

 ただ丸見えって事は、こうしてる時はなるべく余計な事は、考えないに越した事はない……!


 ソフィアは話が終わっても、まだ俺の頭に手を回して、額をつけたままだ。

 ……その甘い吐息と、唇の瑞々しさに、思わずあの祭りの夜の事を思い出してしまった。


「…………あ」


 ソフィアが小さく声を出した。


 そう言えば、あれからソフィアと唇を重ねていない。

 そんな事を思ってしまったが、今の彼女の声は、それが伝わってしまったのだろうか?

 慌てて離れようとしたら、ソフィアの手に力が入って、逃してくれなかった。


「ソフィ……くっつきすぎ、ずるいよ?」


 ティフォが不満そうに呟く。

 その声と、今のドキドキが重なったせいか、迷宮の奥で受けた、ティフォの情熱的な口付けを思い出してしまった!


─── ぴくくっ!


 咄嗟(とっさ)にソフィアを引き離したが、その直前に彼女から、ピクリと動くのが伝わっていた。


「……そ、そろそろ、宿に行こうか! なんと浴場があるんだってよ! た、楽しみ……」


─── ガッ!


 ソフィアの両手が俺の肩を掴んだ。


「アルくん……? ティフォちゃん……?

なにか私に隠し事、してませんかね……」


「か、隠し事って……な、なんだろね、はは……」


 しどろもどろになる俺の隣で、ティフォがため息混じりに呟いた。


「レースは2:2。でも、げんざい、実質、ティフォはソフィに2リード中。

……くおりてぃが、ちがうのだよ、小娘」


─── がばっ!


 ソフィアが俺を押し倒した。

 元々、額を付け合っていたせいか、俺の唇は呆気なく奪われた……。


─── ん、くちゅ……れる……ちゅっ……


「んん⁉︎ ん、ん…………」


 耳元に手を添えて押さえられ、貪られた。

 息苦しくなって、顔を少し横にズラすと、ソフィアの柔らかな唇が先回りして、舌を絡め吸われてしまう。


「…………いーなぁー……」


 いつの間にか至近距離にティフォがいて、俺の耳元に、こしょこしょと(ささや)くようにそう言った。

 その一言が、余計に背徳感を(あお)る。


 状況も状況、心拍数は未だかつてない程に乱れ、俺は何か『観念した』状態になっていた。


「…………ぷはっ。これでひとつ取り返しました。

あとひとつ分は、後ほどこちらで指定しますから……ね」


 真っ赤になったソフィアの顔が、俺の上から離れて、俺は放心状態だった。


─── で、今は宿のお風呂で同行を強要され、何故かティフォまで付いてきて、この様だ


 もう、今日一日で鼓動を高めすぎた、胸骨の辺りに変な痛みが走ってる。

 その日は結局、布団に入るまで(入った後もだが)、密着過剰な二人の女神のチキンレースに巻き込まれた。


 そのせいかだろうか……?

 俺はその夜、言いようのないヘンな夢を見た───

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