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第七話 石像の迷宮

─── 何これ何これ、聞いてない! 聞いてないよ⁉︎


 これ上級悪魔でしょ?

 この禍々しいのは鎧のようで、本当は自前のボディってオチなんだよね?


 て言うか、この人なんで、俺を視線で殺しに掛かってんの⁉︎


 ここのギルマスが(おび)え切ってるじゃん?

 報告だとこのガストンって人、この人に惨殺されてんでしょ、一回……。


 ここは刺激しないように挨拶はして、それ以外は意識を宇宙に向けておこう。

 体はここにあるけど、心ここにあらずーみたいな。



「私は中央本部の監査委員所属、ジェラルド・マッコイ捜査官だ」



 ようし、声は出た。

 声だけは自信あるんですよ私、頼り甲斐のある素敵な声でしょ?


 何か急に本部が凍結掛けちゃったり、いきなり呼び出したりした事、先に謝った方が良いんだろうけど……。

 今は余計な事喋ったら、その場で惨殺されそうだし、私も緊張してっから、どんな地雷踏むか分っかんない。

 敵意はないって事で、握手でいいよね?



─── スッ



 ………………………………え⁉︎


 何で握手しないの! でっかいドクロが私を見下しているよ?

 いや、もしかして兜のせいで、下の方見えにくいのかも知れないね?

 ほら、あご少し上げてるし、きっとあごの下の隙間から、私の手を探してるんだよ!


 …………………………まだかよ!


 そんなに下が見えにくい兜なら、やめない? ねえ足元危ないからやめない?



─── ぎゅっ



 あ、握手返してくれた……って、じゃあ本当は見えてたんだね⁉︎

 つまり兜の下で、延々ガンくれてたってこと⁉︎



「…………バグナスの冒険者、仮、A、級の、アルフォンス・ゴールマインだ。

今は口座も持ち合わせない、しがない冒険者だが、よ ろ し く 頼む……

─── 【禿鷹(はげたか)のマッコイ】殿」



 しゃ……喋った……この人、喋れるんだ!

 じゃあ、話せば分かり合えるかなぁ……。


 いや待って、何かすっごい『怒ってんぞ感』ある皮肉がたっぷりだよ!

 これはこの後が話しにくいよ⁉︎

 それに、私は悪くないよ? 凍結決めたの上層部だし、ギルド内部は不正がほとんどないから、監査委員って窓際だしね!


 ……って、今この人【禿鷹のマッコイ】って言ったよね⁉︎


 確かにそういう渾名あるけど、職務上じゃないからね、頭頂部が薄いってだけだからね?

 隠すために前髪伸ばして、後ろにペタンってやってるんだよ毎日! 雨の日とか風強い日は外出たくないんだよ!



─── あ、良かった。ギルマスさん、ちゃんと説明始めてくれたよ



 ああ『石像の迷宮』かぁ、昔一度だけ入ったよ、現役の時にさ。

 あー、あの時の前衛やってたアイツ元気かなぁ。

 名前も知らないし、特に交友関係もないし、今思い出しただけだけれども。


 うんうん、私は護衛いらないよ、安全な所にしか行かないからね。



─── ん? でもあそこって、A級指定だけど、確か五人パーティでの基準だったよね?



 え⁉︎ そこに二人で行くの⁉︎

 私逃げ場ないじゃん! 



「………………………………了解した」



 わっ、また溜め長っい!

 やだなやだなーって、怖いな怖いなーって、今そんな風に思った、そんな話です。




 ※ ※ ※




「…………………………」


「…………」


 一夜明け、俺は今『石像の迷宮』の扉の前に立ち、時間通りに現れた監査委員と向かい合っている。

 やはりマッコイは俺の威圧には動じず、遠くを見るような、しかし鋭い眼で俺を見返しているだけだ。

 とりあえず無言で見下ろして三十数えたので、あごで迷宮の扉を示し、(きびす)を返した。



☆以下括弧書き※マッコイの心の声

(※帰りたい……もう帰りたい……。これ絶対どさくさ紛れに暗殺されますやん私……)



 奥まった薄暗い森の中に、石で出来た扉が唐突に存在している。

 いくつか周ったが、どれも迷宮の入口は、こんな風に地上に扉だけがあって、中の環境を扉が表現しているようだ。

 『石像の迷宮』と言うだけあって、この中もこの灰色の石で出来てるのだろうか。


 石で出来たドアノブを掴み、ゆっくりと回した。



─── カチン……



 扉のラッチボルトが、音を立てて抜けた瞬間だった。

 内側から押し開く力が、ドアノブを掴む俺の手に掛かって来た。



─── バァンッ! ……ギッシャアアアアッ!



 赤黒い湾曲した角が二本、気味の悪い叫び声と共に、ドアの中から俺を挟もうと襲い掛かる。

 俺はその先端を両手で掴み、左右に思い切り開いて、捻り上げた。



─── ボリン……ッ ギシャアアアッ!



 二本の角、いや、巨大なハサミが付け根から折れ、黄緑色の液体を滴らせる。

 直後、その本体が二つの目を赤く光らせ、鋭い牙で喰いつきに掛かる。



─── ボッゴォン!



 俺はその蟲の額を(かかと)で蹴り、迷宮の奥に向かって吹き飛ばした。

 手元に二本のハサミを残して、巨馬サイズのハサミ虫が通路の中を、脚をバタつかせて転がっていく。



─── 魔鋼大鋏蟲(デスシザー)だ。



 この迷宮も迷宮の魔力暴走(スタンピード)が起きているようだ。

 ガストンがここを指定したのは、監査がしやすいとかじゃない。

 リック達のいた迷宮に近く、この迷宮もその影響を受けて、暴走し掛けていると疑ったからだ。


 しかし、入口からこの様子だと、もしかしたら暴走を始めていたのは、この迷宮が先だったのかも知れない。

 迷宮が暴走を始めると、溢れた魔力で周囲にも魔物が自然発生する。

 それだけでも脅威だが、本当に被害が大きくなるのは、扉を破壊できる程の強力な魔物が、入口まで到達する段階だ。



─── 一気に深層の強力個体が溢れ出し、近くの人里に大きな被害を及ぼす



 だが、迷宮の魔力暴走(スタンピード)はそうそう起こるものではなくて、何十年かに一度起こるか起こらないかの稀な現象。

 ……それが二箇所で起ころうとしているとは、この地域に何かが起きているのか?


 後ろにいたマッコイは、悔しいが流石はA級を持つ中央の人間だ、眉ひとつ動かさずにこちらを見ている。

 もしかしたら、奴はこの魔物がドアの前に待ち構えている事も、すでに暴走が始まっている事も察知していたのかも知れない。

 今も無言で腰に手を当てて、ただ憮然(ぶぜん)と立っている。



「………………」



(※入口で魔鋼大鋏蟲(デスシザー)⁉︎ こんなん普通、十階層辺りにいるヤツじゃん! 小さい迷宮だと頭はってるA級指定だよ⁉︎

え? え? この迷宮、暴走してんの⁉︎

もうさ、ここで『よーし、合格!』って言ったら終わらないかな⁉︎)



「よ、よーし、ごu」



─── 【猛毒霧(グゥエン)



 入口に向かい、魔物の気配が殺到するのを感じ、俺は中に猛毒の霧を撃ち込み、扉を閉めた。

 扉がドスンドスンと振動している。


 さっきマッコイが何かを言い掛けたようだが、今はまた憮然(ぶぜん)と立っているだけだ。

 俺は扉を背もたれに寄りかかり、腕組みをしながらマッコイを(にら)み続ける事にした(兜だと伝わらないが)。



─── ……五分経過



 そろそろ毒も消えたかな?

 ドアノブを回すが、特に向こうから押してくる手応えはない。


 開けた途端に大型犬くらいのサイズの虫が、足元にゴロゴロと転がり出て、黒い霧になって消えた。



「毒……かね。中に人がいるのか確認は?」



 マッコイが冷たく抑揚のない声で、俺の背中に吐きつけた。

 もしかして、さっき何か言い掛けたのは、俺の魔術を先に見越して、安全性を確認しようとした……?

 やはり、かなりのキレ者か!



「…………問題ない」



 そう答えて迷宮に脚を踏み入れ掛けたが、これが監査だったと思い出し、慌てて言葉を付け足す事にした。

 ……だって、人命を考えない愚行とか評価されそうだしね? そしたら口座がね?



「人がいれば、毒は使っていない。少なくとも第八階層付近まで、人の気配は感じられない……」



 そう言って、改めて俺は迷宮の中へと、進み出した。



(マッコイ心の声※……すごい素朴な疑問で、人が居ないのか聞いただけなんだけど、一応考えてんのね……って、いやいやいやいや! 

八階層まで人の気配が分かるって、どんな索敵能力⁉︎

この人、人肉食専門の悪魔とかじゃないよね⁉︎

毒で死んだ人は不味いからとか……?

帰りたい帰りたい帰りたい)



 通路には(おびただ)しい数の蟲達が、逆さになって脚を閉じて痙攣している。

 一度この状態になったら、大抵の昆虫系は回復できないで死ぬ。

 通路は事切れたものから、霧となって消えて行く光景が続いた。


 俺はその中を歩きながら、触手を一本、不可視状態で生み出した。

 あの迷宮での騒動で反省した俺は、少しでもリスクを減らす為に、ティフォに教えを乞い、触手でのマッピングを習得していた。


 マッコイは俺からかなり離れた位置を取り、確実に俺の後について来ている。

 床に転がる蟲の内、強力な種類を中心に、つぶさに確認しながら歩いているようだ。



─── 俺が倒した魔物の品定めか……



 ……俺の腹は未だに煮えくり返っている。

 最短で終わらせてやるぜ、目にもの見せてやんよ……そう強く決意した。

いいかクソ髭、俺の口座を返せよ?



(※……うわぁ、毒持ってる種類ばっかじゃん! 普通、毒持ちの魔物は毒耐性強いよ?

どんだけ凶悪な毒撒いたのこの人⁉︎

しかも魔石は無視してくの? なんて太っ腹、ひとつくらいイイよね…………)



─── シュッ!



 ……危ない、先を急ぐばかりで、魔石拾い忘れてたわ。

 だらしないとか評価されたら、ムカつくしね、面倒だから【魔力吸収(マグ・グノー)】を応用して一気に集めとこ……。


 リックから聞いて感心したんだけど、こうすると落ちてる魔石の魔力を引っ張って、一ヶ所に集められる。

 彼のオリジナルらしいけど、そんな大事なアイデアを惜しげもなくくれるなんて、彼はいい人だなぁ。


 空中に寄せ集まった魔石を、俺はズダ袋の口を広げて収納する。

 その様をマッコイがジッと見ていたが、俺は無視した。



 第一階層はそう広くはなかったが、触手のお陰で最短距離を最速で進んだ。

 途中、毒の範囲を免れた大型昆虫系の魔物が現れたが、武器を使う事もなく素手で処理できた。


 『石像の迷宮』と言いつつ、未だ昆虫系ばかりだが、話には聞いている。



─── 蟲が出る内は、まだ準備体操



 やってやるよ……。

 そう心で呟いて、第二階層への階段を前に、俺はマッコイを睨みつけた(兜だが)。


 やはり反応のない彼に、内心舌打ちをしつつ、俺は口座再開設の旅を急いだ。



(※……ことごとくA〜B級指定の魔物ばっかじゃん!

こんなん前にいたっけ? これ、石像達より強くない?

え? もしかして今、石像はもっと強く……⁉︎

アワワワワワワ…………)




 ※ ※ ※




─── パァンッ!



 休憩なしで突き進み、第八階層に入ると、ようやく石像が現れ始めた。

 神殿を飾る彫刻のように、人をモチーフにした石像ばかりで、古代人の服装や鎧姿の男性像や、水瓶なんかの生活用品を持った女性像が襲い掛かって来る。


 材質は石に似ているが、何処か生物の骨や角質みたいな手応えがあった。


 今、物陰から襲い掛かって来た一体の、顔面へとジャブを入れ、粉々に砕いた所だ。

 岩盤をくり抜いたようなトンネル、石のタイルが敷き詰められた迷宮に、発破音が弾けて反響している。


 パラパラと石像の頭が床に散っていくが、その破片は弱々しく元に集まり、復元しようとしていた。



─── こいつらは死なない



 粉々に破壊すれば、しばらくは時間が掛かるが、半分にした程度だと、ものの数分でくっついて起き上がる。


 ゴーレムのように、術者がいるのだろうか?

 それとも施された術式で動く、自立式なのか?


 しかし、そういった仕掛けや、操作する魔力の気配がない。

 襲い掛かる時に、魔物と同じく微かな『食欲』は感じるが、砕けた時は巣に逃げ込むような『帰巣(きそう)』の意思が一瞬だけ微弱に感じられた。


 この迷宮の現在の最高到達地点は、第十四階層まで。

 理由は明解で、石像を倒す事は出来ず、そこまでの階層主達は蟲系の魔物。

 先達の冒険者達は、石像を逃れつつ進んだが、第十四階層の主は巨大な石像だった。



─── 階層主を倒さなければ、次の階層への階段は現れない



 難易度はそれほど高く評価されていないにも関わらず、この迷宮が未到達で人気がないのはこのためだ。

 だから暴走にも気がつかれなかったのだろう。



─── あれ? これって今、迷宮主倒して閉鎖しないと、本格的に暴走したら、打つ手ないんじゃないか⁉︎



 て事は、この石像を倒す方法を見つけないと、どうしようもないって事じゃないか!



─── ガンッ! ガシッガシッ!



 頭を失って倒れていた石像を蹴り潰して、中の中まで観察を始めた。

 ゴーレムのように魔術紋はないか、スライムのように核がないか、生物なら心臓や脳、呪いの人形ならば霊体……。


 踏み潰した石像の粉が散り、俺の鉄靴を中心に、床は白く汚れて行った。

 しかし、何も見当たらない。


 ふと顔を上げると、離れた所にマッコイが立ってこちらを見ている。

 『いい気なもんだ』と睨みつけたが(兜だが)、やはり反応はない。

 俺が余りに勢いよく石像を粉砕したからか、彼の全身にも、薄っすらと粉が掛かっている。


 少し気の毒に思ったが、マッコイは小さい水筒を取り出して、湯気の立つ飲み物を(すす)り出した。

 その間も、マッコイはこちらから目を離さず、口から飲み物が滴っていても、気にすらしていないようだ。



─── この切羽詰まってる時に、ブレイクタイムとはいい度胸じゃねぇか。俺の口座返せよ本部の犬めがッ!



 胸元に茶色いシミをつけても、相変わらずこちらを見据える男に対し、復讐の炎を胸の口座に宿らせた。



─── もういい。ヒントは見当たらなかったが、先に進もう。



 もしかしたら、第十四階層の主には、何か弱点があるかも知れないのだし。




(※怖いよ怖いよ……。急にあの人、石像にストンピングし出したよ⁉︎

あっと言う間にここまで来ちゃったし、何度も『よーし、合格!』って言い掛けたのに、すぐ動き出すから言えずじまいだよぉ……。


休みなしで、もう八階層じゃない。

あのね、これね、集団のパーティで4〜5日行程なのね、一人でやるもんじゃないの、わかるかしら?


入って来てから、ほぼ小走りでここまで、真っ直ぐ迷いもせず。何この人、渡り鳥かなんか?


気持ちがグッタリしてきたから、大好きなコーヒー飲んだけど、あの人から怖くて目が離せないんだよね……。

胸元に派手にこぼして、鬼のように熱かったけど、声出したら私もストンピングされそうだし。怖いし、怖いから。


ああ、胸元がジンジン痛いよぅ、絶対火傷してるよね、皮膚ベローチェってなってるよね⁉︎

帰りたい帰りたい帰りたい)




 ※ ※ ※




─── ギキイィィィィ……ッ!



 空中で胴体を切り離された『赤斑(レッドプラーク)蟲王蜂(キラービー)』の女王蜂が、胸から上を地に落とした。

 白く(うごめ)く芋虫のような長い腹が、白濁した体液を撒き散らしながら、地面をトカゲの尾っぽの如く跳ね暴れ回った。


 未だ牙を剥いてガチガチと音を鳴らしながら、臨戦態勢を取る女王蜂の頭を踏みつけ、脳天に曲刀を中程まで突き刺す。


 かなり大きな魔石と、白銀魔鋼製(ミスリル)だろうか、古風な魔術杖を残して消えていった。

 杖はリックにあげようかな? ミリィに高級な鋼剣あげてたし、これだったら彼も釣り合いそうだ。

 初心者用の木杖を大事に使ってるくらい物持ちいいし、喜んでくれるかな?



─── そんな事を考えていたら、突然マッコイが側に立った



「悪かったね。君の資格と口座を凍結したのは、上層部が勝手にやった事だが、私も申し訳なく思っているんだ。

さて、第十三階層もこれで終わり、後はその階段を降りればいいが、もういい……合かk」



─── パァンッ!



 マッコイの背後に、かなり大きな石像が迫っていた。

 彼が何か話していたが、俺は石像にすぐ飛びかかったから、よくは聞こえなかった。


 頭を失い、その場にしゃがみ込んだ石像は、これでもうしばらくの間は動けないだろう。


 迷宮に入って以来、初めてマッコイの側に近づいたが、マッコイからは香ばしいコーヒーの香りがしていた。



─── おいおい、たまにブレイクタイムしてやがると思っていたら、コーヒーブレイクかよ



 このお気取り捜査官めが! 俺の口座返せよ!

 またも俺の闘志に火がついた。



「…………おい、さっき何か言ったか?」


「…………………………」


「チッ、行くぞ…………」


 マッコイは微妙に口髭を動かしただけで、俺の目を見据えて黙っていた。




 ※ ※ ※




「……………………」


「…………」



 第十四階層は石像の数が増えていたが、代わりに昆虫系の魔物が居なくなって、余裕が出た。


 昆虫系は群れで現れる事が多いし、素早い種類が大半だ。

 かなり広範囲での警戒が必要で、神経を擦り減らす。


 石像は力が強く、攻撃はそこそこだが、移動速度が低い。

 当たらなければどうと言う事はないし、不意打ちを喰らっても、充分反応しきれる相手だ。



─── この階層は、息を整えるのにいい。



 しかし、ひとつ気になっている事がある。

 さっきからマッコイの距離が近く、何か言いたそうだが、その度に石像が現れているので、結局聞き取れていない。

 その後に言い直す素振りもないから、こっちも聞き直す気がしなかった。


 通路を最短で進み、早くもこの階層の最終ポイントが目前に迫ったようだ。

 ……未だ、石像の対処法は分かっていない。


 このブルジョワ捜査官は、何かを知っているような余裕があるが、尋ねても教えてはくれないだろう。

 だって俺の監査だし、答えを言う係員がどこにいるんだって話だ。


 ちらりとマッコイを見る。


 距離が近いからか、今までよりしっかり観察出来た。

 第八階層で彼が被った石像の粉は、大分取れてきたようだ。

 本人は自分の汚れに注意を払わず、俺の事ばかり見ているので、粉を払った様子もない。



─── ふと、何かが引っ掛かった。



 石像の粉は、マッコイの頭や胴体からは消えているが、足元はむしろ余計に白くなっている気がする。

 ……石像の粉は下に伝わって降りて行く性質でもあるのだろうか?


 しかし、胸元のコーヒーのシミの際には、クリーム状になった粉がしっかりと残っていた。


 水分に弱い? いや、色々試している中、水系の魔術も使ったが、反応は同じ。

 倒れてからしばらくすると動き出した。


 そっと気がつかれないように、不可視の触手でマッコイの服のシミから、そのクリーム状のものを擦り取った。


 立ち止まり、それを指に取って見てみる。



─── ぴく…………ぴくぴく……



「………………!」



 クリームが小さく、(うごめ)いていた。

 慌てて自分の拳にこびりついた、石像の粉を指に取り、ジッと観察してみる。



─── ここまで注意して見ないと、全く気がつかなかった。



 白い粉は全て、意志を持ったように、同じ方向へと移動している。

 俺は魔力を眼に集中させ、その極小の粒を拡大してみた。


 壺のような形の殻を背負った、真っ白い子グモがわらわらと歩いている。

 剃刀(かみそり)を取り出して、刃先をあてると、子グモは殻に閉じこもった。

 殻の強度はかなり高く、それぞれを集中的に狙えば潰せない事もないが、複数集まると力が分散して難しくなる。


 石像の欠片を同じように観察すると、外側に殻を向けて、びっしりと子グモがくっつき合っているのが分かった。



─── うぅ、何か身体中が痒くなってきた気がする……。



 石像は極小の子グモの集合体だった。

 おそらくこの殻は、あらゆる魔法に対して有効な耐性を持ち、物理的な力にも強い。


 石像をどんなに崩しても、それは子グモが脚を離しただけで、子グモ自体を殺せていなかったと言うわけだ!


 マッコイの体に付着した粉が、足元に移動していたのは、元に居た石像へと帰るためか?

 そこまで推理した時、マッコイから採取したクリーム状の集まりが気になった。



─── あれは何故、他の子グモのように移動しなかったのか



 そこに疑問が行き着いた時、ガキの頃やっていた遊びを思い出した。



─── 蜘蛛はコーヒーで()()()()



 薬師のセラ婆から、麻酔系の薬草を学んだ時、脱線して聞いた話だった。

 蜘蛛はコーヒーを口に垂らされると、何故か巣を作れない酩酊(めいてい)状態になる。


 それを聞いて、家の周りにいた蜘蛛に飲ませて悪戯した事がある。


 クリーム状にまとまった子グモを、拡大して見ると、全員バラバラの状態で殻にも入らず、脚をバタつかせていた。

 そこに剃刀を当てると、殻は無理でも本体は斬りつけられ、霧となって消え去った。



─── これだ!



 俺はズダ袋の中から、保存していたコーヒーの粉を取り出して、迷宮の中で湯を沸かし始めた。


 何故、石像の迷宮に、昆虫系の魔物が多いのか疑問だったが、何の事はない。

 石像に見えたそれは、極小の蜘蛛の塊だったという事だった。


 マッコイは何かを言いた気にこちらを見ていたが、今はそんな事はどうでも良かった。




 ※ ※ ※




─── 【針雷(ニード・スンデル)】!



 コーヒーの霧を浴びて、ドロドロに崩れた巨大な石像に、黒い稲妻が駆け巡る。

 薄茶色のペースト状になった石像は、至る所から黒い霧を発して、消えていった。


 第十四階層を守っていた、石像を倒した。


 これで迷宮主に一歩進めた訳だ。

 もし、途中で何かが起きて、一度帰る事になっても、次はもっと楽に進めるだろう。


 階層主は倒した。

 しかし、そこに現れるはず階段が、出てこない。

 途方に暮れかけていたその時だった。



─── ガシャガシャガシャガシャ……



 通路の後ろから、巨大な白い影が迫って来る。

 その進路から跳びのき、戦闘に備えて身構えるが、相手は俺を無視して石像のいた辺りを右往左往していた。


 真っ白く、通路をギリギリ通れる程のデカイ蜘蛛だった。


 親グモか……いや、それにしては子グモと余りに形が違う。

 まさか、子グモに見えたのはオス蜘蛛か⁉


 魔物に限らず、雌雄でサイズが極端に違う生物はいる。

 世の中にはオスに対してメスの方が十万倍も大きく、自らの体にオスを一生寄生させるメス、などと言う魚類もいるくらいだ。

 今まではオスに巣を守らせ、この階層にメスは潜んで、繁殖し続けていたのかも知れない。



─── シャカシャカシャカ……



 突如、大蜘蛛は後脚で腹を掻き、白い産毛を撒き散らした。



「……ぐぁッ!」



マッコイが、喉元を掻きむしって唸り声を出した。



「……ぅ、うッぎゃああああああああああぁぁッ!」



 転げ回るマッコイの喉元が、ボコボコと膨れ上がる。



─── 【解毒(ダドゥエン)】【清浄(グランハ)】【癒光(ラヒゥ)】!



 あの産毛は猛毒の針だ!

 すぐにマッコイに解毒をかけて中和し、体にまとわりついた、ミミズのようにそよぐ毒針を流して清め、回復を掛ける。



─── 【召喚(サモン):ラピリスの白壁】!」



 白く光る半透明の騎士団が、大盾を構えて、マッコイを囲んだ。

 俺自身も物理結界を多重層で展開し、曲刀を構える。



─── シャカシャカシャカ……



 一瞬で俺に回り込んだメス蜘蛛は、至近距離で産毛を散らせる。

 静電気に寄せられるホコリのように、俺の結界が真っ白に埋められた。



─── ビシッ パリィィ……ン……



 外側の結界が耐久を超え、砕け散った。

 次の層に張り付いた、子蛇くらいの産毛は、うねりながら尖った毛先を、結界に刺して踊っていた。



─── 物量で押されている



 結界は幾らでも展開出来るが、動くに動けない、俺は結界の外に魔術の意識を集めた。



─── 【火炎弾(フラム・ブレッド)】!



 黒炎がメス蜘蛛を包み込む。

 のたうち回る蜘蛛に、漆黒の炎は紫色の閃光を発しながら、爆発を繰り返す。



─── パァンッ



 メス蜘蛛の腹が弾けた。

 刹那、白い塊が無数に飛び散り、降り注ぐ。

 手の平サイズの子グモが、大量に結界に張り付いて牙を立てていた。


 後から後から後続の子グモは弾けて、俺の結界へと殺到する。



─── 【針雷(ニード・スンデル)】!



 黒い稲妻が走るが、舞い散る産毛に誘雷され、分散してしまう。

 増え続ける子グモに、殺傷力が追いついていなかった。

 直接【斬る】か─── いや手数が足りない!


 視界の外まで斬撃を飛ばさない限り、この物理にはジリ貧だ…………。

 ……ここは賭けに出よう。


 俺は曲刀を納めると、両手に意識を集めて、ズダ袋から他の武器を喚び出した。



─── 【明鴉(あけがらす)】【宵鴉(よいがらす)】来いッ!



 白と黒それぞれの(こしら)え、刃の側にくの字に曲がったククリ刀が二振り、俺の両手に現れる。



─── 【斬る】



 頭に目まぐるしく、子グモの映像と位置関係が交錯(こうさく)した。

 天地すら失わせる激しい目眩(めまい)が、意識を刈り取ろうと、脳内を殴打してくる。

 唇を噛み締め、脚を踏み締め、全ての子グモに斬撃の烈波を叩き込む。



─── シャァンッ



 膨大な数の斬撃音が同時に重なり、鈴のような透き通った音が部屋に反響した。

 一呼吸空けて、子グモの腹が破れる、くぐもった水音が辺りを包む。


 ボトボトと、止む事がないかと思われる程長く、蜘蛛達の地面に打ち付けられる音が、それらの後に続いていた。



─── ブゥ……ン……



 階段が静まり返ったフロアに現れた。

 横を見やると、消えてゆく召喚騎士達の中で、マッコイが呆然と立ち尽くしているのが見えた。


 ……ある意味、彼に助けられたのかも知れない。

 コーヒーのヒントが無ければ、この層の攻略はなかった。

 そうなれば、迷宮の暴走にバグナスが巻き込まれていたかも知れない。


 俺はマッコイに向かって歩き、手を差し伸べた。

 階層はこの後どこまで続くのか分からないが、彼に助けられたのは確かだろう。

 今は俗に満ちた口座とかの怒りは捨て、素直に彼に感謝しておこうと思った。



「マッコイさん……ありがt」


「ねッ? もういいよねッ! もう帰ろうッ⁉︎」



 マッコイが初めて、意見らしい意見と、表情らしい表情を見せた。

 なんかとても、意外性のある人だと、俺は思った。


(※や、やっと言えたよぉぉ……ッ!)

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