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第五話 三十六万年の恋

 まぶたが開くと同時に、自分が意識を手放していた事に気がついた。

 ぼんやりと光る天井は、今までの迷宮と同じ質感で、ここが同じ迷宮内のどこかなのだと、何となく理解できた。


 記憶はしっかりある。


 自分が大蛇の最期の一撃に気を取られ、足下の転位魔法陣を踏んでしまった。

 確か、意識が真っ白になる直前に、珍しく焦った顔のティフォが飛び込んで、俺を助けようとしてくれていた。


─── ティフォは無事だったのか?


 そう考えた時、俺の肩に軽い重量と、薔薇(ばら)の花のような、胸のすくほのかに甘い匂いがした。


「ティフォ……」


 彼女は仰向けに倒れた俺の肩に、頭と手の平を乗せて、うつぶせになっていた。

 どうやら、彼女も巻き込んでしまったようだ。


「………………ん」


 長いまつ毛が微かに揺れて、薄っすらと紅い瞳が顔を出す。

 紅い髪と瞳、白く透き通るような肌が、俺の鎧の漆黒に対比されて、この世の者とは思えない美しさを見せている。


「あ……オニイチャ……よかったぁ」


 まだぼんやりしているのか、少し抜けたような口元の歪みを残して、安心したように微笑んだ。


─── うわ……やっぱり信じられないくらい、可愛いな……


 思わずドギマギしてしまった。

 ティフォがゆっくりと身を起こし、解放された俺もようやく起き上がった。


「ここ……どこだ……?」


 そこはただの密閉された空間だった。

 空気に異常はない、明かりは何故か天井が光っている。

 窓一つ無ければ、出入口も見当たらなかった。


 立って床を見渡すが、ホコリ一つ無い床には、転送魔法陣らしき物は無い。

 室温はやや高く、湿度が感じられ、何処か遠くで脈動が続いているような気がする。


「んー、ちょっと、まってて」


 床にぺたんと女の子座りしていたティフォが、九本の触手をざわめかせて、何かを探り出す。

 俺はその間、部屋の様子を歩きながら、つぶさに見て回ってみた。


─── 何もない


 仕掛けや切れ込みはおろか、石ころ一つない、ただ10met四方の円形の空間だった。

(1met=1m)


「うーん、オニイチャ、ここは迷宮の第八階層と第九階層のあいだくらい、迷宮から、すこしはずれた、まいごのへや」


「何処かに繋がってないのか?」


「うん、ここだけ、はなればなれ」


 俺は自分とティフォに、転位魔術を掛けてみた。

 行き先は、さっきのソフィアがいる場所だ。


─── …………シュウゥ……


「駄目か……」


 転位魔術に対して、何らかの妨害が働いている。

 迷宮の要所にはよくあるらしいが、体験するのは初めてだ。


「壁、壊せるかな……?」


 壁に手の平を向けて、土属性の攻撃魔術を意識する。

 岩や地面なんかの硬い対象物に、強烈な衝撃を起こす、分子運動の操作。


─── 【鑿岩撃(タス・マル)】!


 轟音と共に壁が凹むが、ヒビ一つ入らず、直ぐに膨らんで戻った。


 第五階層で二人の若い冒険者を助けた時は、簡単に破壊できた壁が、ここでは破壊出来ない。

 確か蛇尾蜥蜴鶏(コカトリス)との戦いの最中、羽毛の石化攻撃を受けた床も、傷どころか石化まで回復していた。

 ただの再生や回復とは違う、何かが働いてる。


 深い階層になると、壁の質が変わるのか?


 その後、斬撃や刺突、全ての属性魔術で攻撃してみたが、結果は同じだった。

 少し凹むが、直ぐに戻る辺りがいやらしい。

 ティフォも神威で攻撃してみたが、なにひとつ効果はなかった。


「んー、とりあえず、ソフィアにきく」


 そう言ってティフォが目を閉じて、何かを念じているようだ。


─── ピーガガガ……ガガガ……ピー……


「ソフィア、こんらんの、ずんどこ」


 どうやら神の権能(けんのう)で、念話を試しているらしい。

 しかし、相手のソフィアが混乱してて、乱れていると……うん、眼に浮かぶようだ。

 溜息をついて、ティフォが再度念話を試みる。


─── ザザ……ガガ……ピー


「おちつけや、このクソおんな!」


─── ガガッ、ズゴッ …………ティフォちゃんッ⁉︎ あああ、アルはティフォあるネ……


「おちつけ。

こっちは大丈夫、いま、げんじょーと、ざひょーをおくる。

あ、オニイチャ、オニイチャもつないだから、しゃべっていー」


─── …………迷宮のバグ……ですね


「バグ……何だそれ?」


─── ……そうなるように仕組んだ法則に、思わぬズレや抜けがあって、思惑通りでない動作が起きる事です。


「んー、つまり、ここは失敗作の部屋って事か?」


─── 簡単に言うと、そうです。

迷宮の主が何らかの急成長とか、衰退して、迷宮の規模が変わる時に起きる事があるみたい……です


「ソフィ、迷宮は、なにで、できてる?」


─── 亜空間……すごく特殊で説明しにくいんですけど、主を中心に広がる、別の宇宙みたいなものですね。

だから、無意識の内に、主の知る環境に似た世界に寄せて、迷宮が作られたりします。

この特異な宇宙は、主がいる限り、状態を保とうとする特性があります


「んー、なら、その宇宙をこわす、えねるぎーは、どんだけひつよー?」


─── 待ってくださいね、今、情報を送りますから


 何これ、この人達、何話してんの?

 宇宙? 壊すエネルギー? 亜空間は分かるよ、俺もズダ袋で使ってるしね。

 その空間を破壊って、その中の俺達ごと消えねーの?


 しばらく何かを感じ取っていたティフォが、指で何かを高速で描きながら、考え込んでいる。

 俺は何していればいいのか分からず、邪魔しないように離れた所で、部屋の観察を続けてみた。


 と、ティフォのポシェットが床に放り出されて、口が開いているのに気がついた。

 中から、何か光が漏れてる。


(うわぁ……魔道具の口開けっ放しはマズイって……。あー、今は何かの思索に夢中か)


 ()とは言え、プライベートは大事。

 中を見ないように、締めといてやろう。


(ん、魔石が少し溢れ出てるな……しっかりまとめてやらないと)


 膨らむ兄心を胸に、ティフォのポシェットを手に取った時だった。



─── バチィッ!



 俺の手とポシェットの金具に、稲妻が走って繋がった。

 あれ? なんか壊しちゃった!?


「んー、わかった!」


 今起きた事をティフォは気がついていないようだ。

 いや、分かっただって?


「ど、どした……ティフォ?」


「異世界へのいどーと、おなじ。ばくだいな、魔力の、えねるぎーで亜空間を、ぶっとばす。

それは、この迷宮の、主を、ぶったおした直後が、べすとたいみんぐ」


─── 魔力は足りるんですか?


「異世界いどーほど、きぼは、いらない。オニイチャの魔力、ねこそぎもらう、で、たぶん」


「それ、俺は死なね?」


「んー、ぎり、だいじょぶ、たぶん」


─── アルくんに危険が及ぶのは、許しませんよ! タコ娘ッ!


「んー、だめ、か」


「でも、そうしないとずっとこのまま……なんだよな?」


─── ……主が何らかの原因で死んだ時、最悪、この亜空間ごと消失するかもしれません


「うわっ! 絶対絶命じゃん!」


─── ……はい。ティフォの言う通り、エネルギーが足りればいいんですけど


「権能とか神威とかは?」


─── 亜空間はその創造者の法則に(のっと)ります。念話くらいなら出来ますが、作り変えたり出口をつけるのは……。

それにバグですから、主自体、気がついていないというか、そもそもなんで迷宮が出来たかも分かってないと思うんですよ


「エネルギー……。

─── あ、そう言えばごめん、ティフォ。さっきお前のポシェット触ったら、何か電気走ったんだけど、壊しちゃったかも……」


「んー? デンキ? カンタンには、こわれないとおもうよ?」


 そう言って、ティフォはポシェットを受け取って中を確認した。


「…………オニイチャ、これ、なにした?」


「え? やっぱ壊れてた⁉︎ ごめん、術式描き直してやるから、許して!」


 ティフォがポシェットに手を突っ込むと、そこから黒く(つや)やかな、小さな球を取り出した。


「魔石がぜんふ、まとまった」


「は? 全部って……全部?」


「そう、これひとつ、なった」


 里にいた頃から、ティフォとは魔石を山分けしてきた。

 彼女のポシェットには、膨大な数の魔石と、人生15〜6回は遊んで暮らせる量の魔晶石も入っていただろう。


 それが……ひとつ? この小さいやつに?


「ポシェットさわるとき、なにした?」


「え? いや、魔石が転がり出てたから、まとめようって思って触れた」


「だから『まとまった』。

オニイチャ、また、けーやくのふあんてーが、みつかったね」


「え! もしかして、触っただけで術式書き換えた⁉︎ ごめん! ごめんティフォ!

俺の持ってる魔石全部あげるから!」


「んなもん、いらんわい。そのかわり、これであたしらは、()()る」


 そう言ってティフォは魔石の球を掴んで、ニヒルな笑みを浮かべた。


「ソフィ、いまどこ」


─── 移動してません。すでに冒険者達も治療して地上に送ってます、どうにでも動けますよ?

……何か出来そうなんですか!


「ソフィ、いまから、さいごの主、たおせ」


「え、エネルギー足りるのか? 足りなかったら、俺たち消えちまうんじゃ……」


 やっぱりティフォの喋り方だと、時々、どこまで本気か分からん……。

 なんかすごい心配になってきたぞ。


「ほたえるな、こぞー、いま、らくにしてやる」


「言葉、大分間違えてんなぁ。全然安心できねぇどころか、それ殺される奴じゃねーか」


「だいじょぶ、オニイチャは、あたしの、いちばんだいすき、ぜったい、まもる」


「うっ……! わ……分かった。信じるよティフォ、頼む」


─── 最奥の迷宮主を倒せばいいんですね?

任せて下さい。この私の力、存分に見せて、生まれてきた事を後悔させてやりますよ……ふふふ


「たおしたら、すぐれんらく、こっちは、じゅんびしとく」


─── 分かりました。くれぐれも気をつけて。ティフォ、貴女も


「まかせろ。これでオニイチャ、たすけられる。

─── ソフィ、そこに、のこっててくれて、ありがとう。きを、つけて」


 ティフォが何だか、凄く頼りになる顔を一瞬したように見えた。

 彼女はソフィアとの念話を終えると、しばらく魔石の球を見つめていた。




 ※ ※ ※




「さあ、やろう。オニイチャ!」


 そう言って決心したように立ち上がった。

 どこか頰が火照ってるように見えるのは、ティフォが緊張しているからだろうか?


「どうすればいい?」


 そう聞くとティフォは優しく微笑んで、魔石の球を俺に手渡した。

 手の平に異様な圧迫感が来る。

 魔石の上位、魔晶石でも触れただけでは、こんな変化は感じられない。

 ……途方も無い、膨大な魔力がこもっているのが分かった。


「オニイチャ、それを、口にいれて、魔力にもどす、いしき、して」


「わ、分かった」


 兜を外して足下に置く。

 

 言われた通りにした、しかし、何も起こらない。

 失敗かと不安になって、話しかけようとしたら、ティフォに口を押さえられた。


「…………? ……ン! …………ングッ⁉︎」


 その瞬間、膨大な魔力が俺の中を突き抜けてゆく。

 脳裏に薄っすらと、大量の景色が流れていく気がした。

 これは、持主だった魔物達の記憶だろうか?


「…………できた?」


(……コクリ)


 (うなず)くと、ティフォは恥ずかしそうに(うつむ)いて、一歩俺に近づくと、潤んだ目で俺を見上げた。


「─── 口うつしで、ちょうだい……」


「ングッ⁉︎」


「それしかない、はやくしないと、むだになる」


「…………」


「………………そんなに……いや?」


 ブンブンと首を振った。

 それをみて、ティフォは嬉しそうに、目には涙を浮かべた。

 白い手が差し伸べられて、向かい合わせに、俺達は両手を繋いだ。


「─── ………………して?」


 【魅了(テンターション)】でも使われたのだろうか?


 彼女の紅い瞳に、吸い込まれるようにして、何処から沸いたのか分からない、熱が突き上げている。

 何だか頭の中がモヤが掛かったようになって、気がついたら、俺は膝立ちになってティフォに唇を重ねていた。


 この感情は、この時の俺では説明がつかなかった。

 ただ、ずっと押し込めていた何らかの想いが、解放する事を許され、胸を押し上げたかのような……。


 ふと、ティフォの顔の位置が変わっている事に気がついた。

 俺の頭に彼女の手が回され、そのまま唇が離れないようにされるがまま、俺は膝立ちから立たされて、頭を下げる姿勢になるまで戻された。

 体に起きた魔力の奔流(ほんりゅう)が消え、続けて俺の魔力が吸い出される。


 体感で三分の一程だろうか、それがすっかり消える頃、彼女のあごが微かに上がった。

 続けて下から持ち上げるように、舌が入って来る。



─── ん、ちゅっ……



 ほう……と、息を吐いて、ティフォの顔が離れた。

 二人の唇に、透明な細い糸が、たわんで橋を作る。

 薔薇の香りが濃くなった気がする、甘い吐息が俺の頰をくすぐってた。


 彼女の顔が確認できる距離に離れた時、俺は自分の脈動で、上半身が大きく波打つのを感じた。


─── ボボ……ボボボ……ボボ……


 足下に置かれた髑髏(どくろ)の兜の眼から、桃色の炎が噴き上げている。

 勢いの治らない脈拍を、落ち着けるように、俺はその炎を見つめるしか出来なかった。




 ※ 




 目の前にいたのは、いつかのパーティーで情熱的なダンスを踊ったパートナー。


 燃えるような真紅のウェーブした髪、まつ毛が長く切れ長で憂いのある紅い瞳、扇情的(せんじょうてき)な美の女神にも勝る豊かなボディライン。


 細くて繊細な、ねじりの入った黒水晶の角が二本。

 腰の辺りからは、金色の輝く光の帯が、いくつも漂っている。


 少し上気した彼女は、はにかんだ微笑みを見せ、俺の手を取って胸にあてた。


「やっと、一歩進めたのぅ……。

この姿で逢うのは二度目じゃが、こうして普通に話せるのは初めてじゃな。

……ふう、魔力は確かに受け取った。

ソフィから連絡が来るまでが、(わらわ)に得られた、わずかなときめきの時間……」


 この姿、と言う言葉で彼女の体をもう一度見て、ハッと気がついた。


「………………ッ⁉︎」


 思わず目を背けてしまった。

 ダンスをした時の紅いドレスではなく、今の彼女はさっきまでのティフォと同じ格好だった。


 白いフリルがあしらわれた、黒い艶やかなビキニに、太腿までの長い靴下。

 いつものスレンダーな肢体ではなく、今はこぼれ落ちそうな()()()さと、熟れた女性のしなやかなラインがそれをまとっている。


 俺の手が当てられた、彼女の白い豊かに過ぎる2つの丘が、食い込むビキニの紐を頼りなさげにキツく細く伸ばしていた。


─── ボボッ……ボボボボボボッ!


 兜から上がる炎が、天井近くまで噴き上がり、火花まで散り出した。


「フフフ。この小さな布では、今の(わらわ)には合わぬな。どれ……」


 俺の視線で理解したのか、彼女はそう言うと、指先をすっと動かした。

 シュルシュルと音がして、彼女の豊かな肢体が、黒いレースをあしらった真紅の細身のドレスに包まれる。


「…………ティフォ……なんだよ……な?」


「そうじゃ。幾許(いくばく)かの権能(けんのう)と姿を取り戻しただけ。

心も……オニイチャへの愛も、中身は何も変わりはせん」


 『オニイチャ』と言う時だけ、恥ずかしそうに目を伏せた。


「姿と喋り方が……違うから、少し戸惑うな。はは」


「普段は少しでも其方(そなた)を支えるため、扱える能力に全てを振っておる故な。

……この自分の世界ではない場所で、影響力の強い神の言葉を、自らセーブするのは難しい。

言葉の生む運命の強さとは、扱いが難しいのじゃ。

─── 今なら、言葉足らずで伝え切れず、哀しむ事もない」


 そう言って苦笑した。

 話しながらも、俺の目を確認するように、熱のある視線で見つめて来る。

 情熱的で刺激的、でも歓喜に満ち溢れた、甘くとろけそうな表情に膝が抜けそうになってしまう。


「こ、言葉足らず……か。い、いつもストレートだけどな」


「フフ……。真っ直ぐな情熱も、飾りが無ければ間抜けな言葉にも聞こえよう。

だが、妾の気持ちはいつも変わらぬ。其方を大好きじゃと想う、愛する気持ちはいつまでも変わらぬ」


「そ、そう直球で言われると、くすぐったいと言うか、戸惑うと言うか……」


「ん、じゃから。いつも通りであろう?」


 悪戯っぽい微笑みを浮かべ、顔を微かに傾けた、その表情にすら胸が高鳴った。


「そ、そうだな。いつも直球だったよティフォは」


「そうでもしなければ、ソフィに敵わぬ故な。

其方も()かれておるのだろう……?」


 胸が一段と大きく波打った。

 そう、今の俺は胸の高揚感の裏で、その罪悪感に押し潰されてる。


「……よい。妾が其方を愛するのは、例え己に返って来ぬとしても、大切に思い、支えたいと願い、幸せであって欲しいと言う気持ちには変わりがない。

極端に言うならば、妾は其方に愛されたくて、愛しているわけではない。

それは……愛されれば、女としての幸せもあろう。だが、それは二の次の事じゃ。

其方を愛おしいと思う心が、妾にとって何よりも尊く愛おしい」


「で、でも、それじゃティフォが……」


「フフフ……。人間の持つ道徳観は知っておるつもりじゃ。

あくまで、人の決めた倫理であって真理ではないが、一人を一途に愛する事が美徳。そうであろう?

今、その美徳の上で、無碍(むげ)にもせずどうしたものかと妾に心を割いてくれておる、ただそれだけでも嬉しい事この上ない。

それだけ大事にしてくれる、本当に優しい男じゃな……其方は。フフ、だから大好きじゃ!

それに─── 」

 

「……そ、それに?」

 

「其方の持つ運命は、極大じゃからの。

そこらの人の運命のように、人一人背負った程度で手一杯にはならん。

やがては、ソフィだけでなく、其方は妾の運命も求める刻がやってくる」


 そう予言めいた事を言って、ティフォは俺の頰に優しく触れた。

 甘やかな香りが強さを増して、触れられた所から、熱く火照って行くのを感じる。


「そ、それはつまり……」


「其方も妾を、だぁーいすきになる。

神に一夫一妻などない、ソフィごと愛される事に、妾は何ら抵抗もないのだしな」 


 憂いを帯びた瞳が、潤いをたたえて細まった。


「その時は……オニイチャでは、なくなる」


「お前が『()』じゃなくなる……のか?」


 今までのティフォが、今までと変わる。

 その未来に、胸の中をごっそり抜かれる、言いようのない不安が走る。


「フフフ……。恐るる事はない。

其方と妾の孤独は、『()』と言う呼び名で、仮初めの家族の形で埋めて来た。

それは妾にとっても必要で、温かく、きらびやかな時間。

……しかし、一線を超えられぬ、諸刃(もろは)の刃。

本当の意味で強く繋がれれば、アルフォンスとティフォ、その全てで満たし合える」


 孤独……そうかも知れない。

 里のみんなは家族みたいなものだったけど、いつもそばに居て、何の見返りもなく居てくれるとは俺自身が何処かで信じて居なかったかも知れない。



─── 俺はずっと、何処かで寂しさを感じていた。



 物は言わないけど、いつも近くに居てくれた触手の塊は、その仄かな寂しさを埋めてくれていたような気がする。

 と、その時、ティフォが思い出し笑いを噛み殺すように、くすくすと(うつむ)いて小さく肩を揺らした。


「フフフ。憶えておるか?

妾が初めて其方の前で、人の姿を成した夜の事を」


「……あぁ、危うく俺が孕まされ掛けたアレかぁ。あん時は焦ったよ」


「ぷ、あはははは! あれは済まんかったの!

あの時も言葉が選べずにな、ただの強姦魔じゃったな、アレでは……あはははは!」


「ホントだよ……もう」


「仕方がないじゃろう?

人の姿を成して、其方ともう少しだけ親密になれる。そう思って胸を膨らませておったら、其方が妾に見惚れておったじゃろ?

それは、もう─── 嬉しゅうてな。

其方の契約を修正すると言う、大義名分が出てきた途端、それはもう妾も必死じゃった。フフ。

……其方と子を成したい気持ちも、本物じゃったが」


 最後の部分でドキンとしてしまった。

 目の前の天界の美神の如き女性に、そう言われては、そっちに戦歴のない俺など木っ端だ。


 それにしても、そうか、あの時はただの淫獣の暴走だと思っていた。

 あの後は、何もして来なかったし。

 でも、ずっとティフォは、俺とそうなりたいと思ってくれていた……と。

 う、顔が熱い……!


「こ、子を成した、け、経験とかあるのか?

不躾(ぶしつけ)な言い方で悪いが……その、永く生きて来たんだろ? えと……恋人……とかさ」


 ティフォは目を丸くして、頰を染めると、少し嬉しそうな顔をした。


「フフフ。嫉妬しておるのか?

……安心せい、今まで其方以外に、心惹かれた事などない。

正確ではないが、三十六万年ほど生きてきたが、子を成したいと願った男は其方だけじゃ……」


「さ、さんじゅろくまん⁉︎」


「少し年上じゃが、まだまだ若いじゃろう?」


 妹は年上、それも種族の存亡単位の年上。

 しかし、目の前で悪戯っぽく微笑む彼女は、二十二、三の(あで)やかで成熟したばかりの外見だ。

 もう、なんか色々混乱して来た……。



─── アルくん、ティフォ、聞こえてますか?



 突然、ソフィアの声が響いた。

 思わずドキッと硬直し掛けてしまった。


─── 今、迷宮の主を討伐しました! ティフォ、脱出をお願いします!


()()()()()


 いつものあどけない声で、ティフォはそう応えると、壁面に向かって歩き出す。

 ……と、途中で立ち止まり、再び俺の前に戻ってきた。


「もう一つ、忘れておった」


「ん? どうしたティフォ……ンッ⁉︎」



─── ちゅっ……くちゅ……



「ぷはっ! な、何を⁉︎」


 ティフォはしてやったりの顔で、耳打ちをして来た。


「ソフィとは二度しておるじゃろ? 

妾の最初は、其方が契約更新直後で前後不覚だった故、これでイーブンじゃ♪」


 二度……? あ、ソフィアと祭りの夜にしたのもカウントされてる⁉︎


「な、何故それを……」


「ん? 神じゃからな」


 当然の事のように返す。


「……し、舌は……その……なかったぞ……」


「あはははは! じゃあ、二歩リードじゃな!」


 そう笑いながら(きびす)を返し、ティフォは壁面に手を当てた。


「さあ、帰るとするかの♪」


 ティフォの周囲に魔力の風が吹き荒れる。

 それらはぶつかり合い、光の輪がいくつも彼女を囲って回し出した。



─── 【 () ぜ よ 】



 神言が響き渡る。

 その刹那、全てが白一色に塗り潰されて、俺は体が移動する重量を感じた─── 。

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