第二話 冒険者登録
─── 俺の名はガストン
冒険者ギルド協会バグナス支部の頭、ギルドマスターだ。
このギルドに集まる荒くれ者どもを、まとめられるなんざ、この俺くらいなもんだ。
ひょんな事から、俺は今、命の危機に立たされている。
思えば昨日風呂に入る時に、いつもとは反対の足から入っちまったし、朝飯ん時に床に落しちまったパンは、わざわざジャムの方から着地した。
……思えば虫の知らせはあったんだ。
─── 不運としか言いようがねえ
しかし、デケえなコイツ。
俺も図体はデカイ方だが、見上げる相手と戦う事なんざ滅多にねぇってのに。
全身真っ黒の禍々しい鎧に、荊の冠をのっけた髑髏の兜。
何だありゃ、目の穴真っ暗じゃねぇか、どうやって前見て歩いてんだ……?
最初見た時は、冒険者の誰かが押し付けられた、古代の悪趣味な銅像でも放っぽらかしてったのかと思ったぜ。
受付嬢のアネッサが、奴の近くに行く。
どうやら戦闘能力検定の説明をしているらしい。
うん、動いてる、銅像じゃねえなって……
─── うへぇ……アレとマジで俺がやんのかよ⁉︎
鎧見りゃ分かんだよ、アレは見栄でごっつい体格にしてるんじゃねぇ。
あの鎧の下には、マジで鍛え上げられた肉体がある筈だ。
動きにくい全身鎧のくせに、あの流れるような体重移動と、一切ブレねぇ重心を見ろよ。
やる前から分かんだよ、ありゃあ、バケモンに決まってる……。
「ルールは先程の魔術能力検定と基本変わりません。
どちらかが『まいった』と言うか、我がギルドマスターのガストン氏が、アルフォンスさんの能力を合格ラインだと認めたら終了です」
「ああ、それで間違いねぇ、合格だッ‼︎」
「…………」
アネッサの野郎、こっちをチラッと見て、シカトしやがった……!
「最初に言っておきますアルフォンスさん。ギルドマスターは元近衛騎士で、とある国の剣術大会の優勝者で、元S級冒険者です。
いいですか? 絶対に手加減はしちゃダメですよ、絶対にです……」
「おいやめろ!」
「それに過去、ソフィア様ともいい試合をした、このギルドきっての武闘派です。
人呼んで『狂犬タイガー・ガストン』とは彼の事、ゆめゆめ油断せず、本気で散らしに行って下さい」
「おいやめろ! 呼ばれてねぇし、そのアダ名は俺が死ぬ。大体、犬なのか虎なのかハッキリしろ!」
アネッサの野郎、全力で煽ってやがる……。俺が何したってんだ!
「アルフォンスさんは剣がメインですよね?
えっと、それでしたら試験は真剣か木剣、あと真剣から選べますけど、どうしますか? 真剣ですか?」
「おいやめろ! 何でそんなに真剣を推してんだ⁉︎」
しかし、木剣でも当たりどころが悪きゃ死ぬ。
せめてどんな遣い手か、くらいは確かめておかねえと、俺が死ぬ。
「アルフォンス……だったな。すまねぇが、お前さんの得物を見せてくんねぇか?
普段、どう戦ってるのか知りたくてよ」
ん? 曲刀? これ、もしかしてカタナって奴じゃねぇか……?
こんなもん、ちょっとやそっとの知識じゃ、扱いきれねえって聞いた事があるが……。
「……持つのはやめた方がいい。呪いが掛かる」
「へ?」
思わず手を引っ込める。
奴はカタナを鞘から抜き放つと、俺の目の前に刃を見せて来た。
何だ? 何でこの刃はうっすら濡れていやがんだ?
それなのに、錆び一つ無いどころか、俺の顔が青白く映って……。
─── ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ……
ん? カタナが、何かしゃべって……?
─── ……チ……チ ガ……ホシイ……
「ぃッよーし、合格ッ‼︎ こんなもん大合格だ馬鹿野郎ッ‼︎」
「ダメですギルドタイガー! 不戦敗など、男のやる事じゃないです!
……これ以上、がっかりさせないでタイガー」
「ギルドタイガーってなんだッ⁉︎
タイガーって言うな! わーったよ、やるよ! ほら、さっさと木剣に決めちまえ」
アネッサの野郎、これが終わったら減給してやっかんな。
「アルフォンスさん? 真剣ですか、木剣ですか? 最近は真剣が巷で流行ってますよ?」
「怖え巷だなおい! 誘導すんな!」
「……木剣で頼む。ここから選べばいいのか?」
怪物どくろんが、並べられた木剣を吟味し出した。
……正直、助かった……のか?
「もう少し、細くて脆そうなのはないか?」
「すみませんアルフォンスさん、今ここにあるものしか」
「そうか……困った」
「オニイチャ、これ、つかう?」
何か赤毛の美少女が、デビルスカルに渡してるな……ありゃ串か?
そう言やぁ、ここに来た時に、あの美少女はタコ串焼き食ってたな、ありゃあ可愛かった。
うん、可愛かった、育てたい。
今からあの子とどこか遠くに逃げて、何もかも忘れて暮らしたい。
「お、ティフォありがとう。これ位が丁度いいか」
おいおい、いくら腕が立つったって、木剣のおれと串で闘おうってのか?
「いくら何でも、そいつは俺を舐めすぎてねぇか?」
「すまない……折れる素材じゃないと、アンタが持たない。
アンタ、かなりやりそうだ。俺も加減するのが上手くいかないかも知れない」
「フッ、いい読みしてるぜ。よし、合格だ!」
「ちっ、タイガーッ!」
「くっそおあああっ! 分かった、もういい! さっさとやるぞ!」
奴の言いたい事は分かる。
中途半端な実力者相手じゃ、却って手加減する方が危ねえ。
おそらくコイツは、俺との実力差を正確に見抜いてやがる。
─── だが、俺は奴の実力がさっぱり見えねぇ
これはヤベェ、さっきから首の後ろがチリッチリチリッチリしてんだ。
マジでヤバイ場所にいる時と同じ、俺の勘が『逃げやがれ』って、ガンガン騒いでやがる。
んん? 野郎が串にボソボソと何か唱えてやがるが、アレはなんだ?
妙に悪霊が集まって来やがった……?
─── 串に呪いを掛けてる?
まさかな、そんな危ねえ事するアホはいねぇだろ。
「えぇ……それでいいんですかぁ? まぁ、いいっすよ、始め〜」
アネッサは全力でヤル気無くしてるが、俺はそうはいかねぇ。
─── 木剣を真っ直ぐに構えて、距離を取る
遅れて奴も串を構えた。
あの動きだけで分かる。
紛れもなくバケモンだ、鷹揚に流れるようにゆっくり見えて、全く隙もねぇ。
余りに無駄がなくて、ゆっくりに見えただけだ、アレは相当に剣との対話を終えて来た奴だ。
さっきまでタコ刺さってた串が、全く持って棒っ切れに見えねえ!
何だよありゃ、どこの剣聖だよ……。
─── だが、俺もタダじゃ転ばねぇ
……リーチの長さを最大限に活かして、対応しにくい下からの切り上げで薙ぐ。
開始直後でヤツの剣気が整ってねぇ、今、この瞬間に全てを賭けるッ!
「シイィィ─── ッ!」
一気に踏み込んで、俺は奴の脇から、首に向けて斬り上げた。
一瞬で決めちまわねぇと、何が起こるかさっぱり読めねぇ!
コースは完璧、ヤツの呼吸にも完璧に沿ったタイミング!
これなら勝て ───
─── ガキィッ!
「な……ッ!」
腕が痺れた! 野郎、俺の本気の斬り上げを、マジでタコ串で止めやがった!
なんてぇ闘気の遣い手だよ……竹の串が鋼鉄みてえな硬さじゃねぇか……⁉︎
一合組んだだけで、アイツと串にとんでもねぇ闘気が循環してるのが分かるぜ!
だがよ、俺だって修羅場は潜って来てんだ、これで終わりにはさせねぇよ?
見て驚け、喰らって驚けってなッ‼︎
─── キュンッ!
「…………ッ!」
南方八極流奥義【朧月二段】─── ッ!!
斬り上げた刃を相手の剣で受けさせ、そのぶつかる反動で刃を引き戻して逆回転させ、上からコンパクトに斬り込む!
「殺ったぁッ!」
─── バスン……ッ
へ? 急に真っ暗になっちまった……。
俺の木剣は確かに、奴の首に吸い込まれて行ったはず……?
何か耳の中で弾けるような音がして……それから真っ暗だ。
立ってるのかも、寝てるのかもわからねぇ。
「ひぃっ! ギルドマスター⁉︎
……あああ、あ、頭が頭がぁッ!」
「……アネッサ、ダメよ! 動かしちゃダメ!」
─── うん? 俺は頭を斬られたのか……?
「で、でも、でも! ギルドマスターが死んじゃう! よいしょ……きゃあああッ!
腕がッ! 腕が取れたぁぁぁーッ!」
─── ちょ、俺どうなってんだ⁉︎
「そこをどけ。今ならまだ間に合う」
「へ? あ、アルフォンスさん? 何を?」
「─── 【癒光】」
「【癒光】⁉︎ こんな大惨事に初級治癒魔術なんて…………え? ええっ⁉︎」
んあ? 何か体の感覚が戻って来た……って、イデデデデデ!
「ぎぃやああああああああぁぁぁぁッ!」
視界が戻って、とんでもねぇ激痛が襲って来やがった。
だが、それも直ぐに治って、起き上がった俺は何故か上半身裸で寝転んでた。
「へ? な、何だ……何が起こった……?」
アネッサがへたり込んでる。
その服には血がべっとり、俺の周りに落ちてる、木っ端微塵の布は俺の服か? それも血だらけだ。
「お、おい。アネッサ、その血は……お前大丈夫なのか?」
「ひっく、これは……ギルドマスターの血ですよぅ……うぅっ、よかったぁ……生きてて」
へ? これ全部俺の血?
でも体は何ともねぇ、いや、いつもより力がみなぎってるし、いつも気になってた喉のイガイガもねぇ……。
「ギルドマスター……腰から上がイソギンチャクみたいになっちゃってたんですよぅ……」
「やだなにそれこわい」
─── ガシャッ
思わずちびりそうになった。
ううん、落ち着けガストン。
奴が俺に近づき、髑髏の兜を脱いだだけだ。
「……すまなかった。痛みはもうないか?」
「ああ、何ともねぇ。いつもより調子が良いくらいだ。……俺は一体どうなったんだ?」
奴は申し訳なさそうに、視線を下に外した。
あれ……こんな若かったの?
「最初のアンタの斬り上げを止めた……。その後、アンタが剣を切り返して、神速の斬り落としを俺の首に仕掛けた」
ああ、そこまでは意識があった。
その後のアレだ、バスンっての。
「余りに見事な返しに……。すまん、ちょっと本気で脳天に一閃入れてしまった」
「で、俺は服ごと弾けて、腰から上がイソギンチャクみたいにされたと……そのタコ串で」
「すまない。痛みを感じられない深度の損傷だったが、治す途中の神経系統が戻った時に、痛みを感じたんだろう」
ああ、アレね。
お、俺じゃなきゃあ、ショック死してたろうぜ……へへ。
─── つぅか待て、串でイソギンチャクなら、真剣だったら今頃、何ギンチャクだったんだよ!
「まあ、闘いなんだから気にすんな。治癒魔術使ってくれたんだろ? 聞こえてたぜ?」
「いつもと変わりはないか?」
「いや、喉の持病が治ったのと……。ん、巻き爪も治ってるな。後、足が臭くねぇ」
「…………何よりだ」
びっくりだ。
マジで臭くねぇの、俺の足が。
初級治癒魔術で、何でこんなエリクサー使ったみてぇになってんのか、さっぱりだが……。
「筆記試験、魔術能力検定、戦闘能力検定……。文句ねぇ、全部まるっと合格だアルフォンス!」
「ありがとう。よろしく頼む」
アルフォンス・ゴールマイン……か。
スゲエ奴が居たもんだ。
「飛級も問題ねえだろ。ただ、一応中央に報告入れるのに、ひとつくらいクエストは受けてもらうが……いいか?」
「ああ、問題ない。むしろ、やってみたい」
何でぇ、可愛い顔してんじゃねぇの。
今の笑顔は、俺でも女だったら惚れてたぜ///
「よろしく頼むぜルーキー! がはははっ」
「頑張り……ます」
握手をして大団円って奴だ。
まあ、アネッサ、オメェは別だがな。
─── 俺の名はガストン
バグナスの冒険者ギルドのトップ、ギルドマスターだ。
このギルドに集まる荒くれ者達を、まとめられるのは俺くらいなもんだ。
※ ※ ※
「あーい♪ 麦酒六つお待たせーっ!」
フリルのついたエプロンの給仕が、分厚いガラスのジョッキに溢れん程の麦酒を運んできた。
「マロンエビの塩焼きと、銀クジラのベーコン焼き、マナダコの半ボイルと……あと何か今旬のヤツあるか?」
「うーん、そーですねー♪ 今日はぁ、オオシーランの揚げ焼きがおススメですーっ!」
「じゃあ、それ。後卵焼きと南海サラダをくれ」
ギルドマスターのガストンが、慣れた調子で注文する。
にこやかにメモを取った給仕は、肉付きのいい腰をくねらせて、ホールに戻って行った。
「んじゃあ、みんなジョッキは持ったか?
ソフィアの帰還と、アル、ティフォの仲間入りを祝って……カンパーイ!」
「「「カンパーイ!」」」
今、俺たちは港近くの居酒屋に、六人で飲みに来ていた。
ギルマスのガストン、受付嬢アネッサ、魔術師エレノアのギルド三人組。
それからソフィアとティフォ、そして俺の運命共同体三人組だ。
「しっかし、エレノアとソフィアが飲みに参加するなんて、初めてじゃねぇか?」
嬉しそうなガストンに、アネッサは申し訳なさそうに、ソフィアは我関せずでジョッキを煽っている。
「全ては主人様のお導き。人生楽しんで、幸せでなくては……そうですわよね! 主人様☆」
「ん? あ、ああ……そうな」
「いやホント、エレノアおめぇ、何があった⁉︎」
あの後ギルドで聞いた話だが、エレノアは超男嫌いで、潔癖な程の完璧主義で、いつもピリピリしていたらしい。
俺は元を知らないので判定の仕様がない。
落ち着いて見れば、紺色の長い髪に、青紫の瞳でスラリとしたかなりの美人だ。
元宮廷勤めのエリートだっただけに、知的な空気も纏ってる。
彼女の雰囲気が変わった事で、ギルドのロビーにいた冒険者達は、かなり熱を入れあげていた。
美人で男嫌い。
今まではその人当たりのキツさが、結界のように守っていたのだろう。
突如見せるようになった、彼女の微笑みに、男達は華やいでいた。
……うーん、変わり過ぎ? 大丈夫かなぁ?
「えっとー、アルフォンスさんが、即死魔術を無詠唱でドン。即死したエレノアさんに蘇生魔術を無詠唱でおかわりだドン。
で、生き返ったらこのキラキラですよ」
「はい。それはもう、素晴らしい臨死体験でした!」
「そいつぁ体験していいやつには、あんまし聞こえねぇんだが。まあ、俺も似たようなモンだがよ。頭っからカッ捌かれたしな」
ガストンはまあアレだが、エレノアに関しては謝って置いた方がいいか……。
「あー、そのエレノア……さん? 悪かった。俺、魔術師はみんな【自動蘇生】とか【絶対魔術防御】とかを掛けているもんだと思い込んでたんだよ。
俺のお師匠さん達がそうだったから……。世間知らずで申し訳ない。怖い思いをさせてしまった」
「何を謝る事があるんですか主人様。おかげさまで、私は臆病な自分を卒業できましたよ?
さん付けはおやめください、エレノアとお呼びくださいませ、主人様。……ポッ」
そのやり取りに、ガストンが唸っている。
その横でアネッサがころころと笑い出した。
「あははははっ。
まず【自動蘇生】を使えるって言うのがおかしいんですって。聖魔大戦の前には使える大魔導師もいたみたいですけどー?
現代で使えるとか、どこの伝説だよって感じですね、あはははは!」
アネッサの顔がもう紅い、笑いどころもよく分かんない。
「アルくんは使えますよね。今の所、使う場面全然なかったですけど」
「うん、今も掛かってるよ。リスク回避は大事だしな。
……修行中は何度もお世話になったなぁ。死ぬ直前の魂抜ける感じまで、はっきり覚えてるからトラウマになるんだよなぁアレ」
うん、アーシェ婆の訓練だと、慣れない内は一日四、五回は死んでたし。
「生き死にを何度もって、どんだけの荒業だオイ! オメェどんな虎の穴出身だよ……。そうだ、生まれは? 何処に居たんだ?
お前程の人材、今まで噂ひとつ聞いた事ねぇぞ」
「あはははは、虎の穴♪ タイガーなだけに、ですか? あはははは!」
あ、答え辛いなこれは。
全部は話せないし、下手な嘘ついてバレるのも嫌だしなぁ。
「うーん、まあ色々。お師匠さん達と秘密の修行ってやつだよ」
「おいおい、言葉を濁し過ぎじゃ ─── 」
「ん、おねーちゃん。麦酒、おかわり」
「あ、俺も」
「私も」
「私もーっ、あはははは!」
「オメェは、程々にしとけよ?」
「拙者も」
「……誰だ今の⁉︎」
ティフォのお陰でなあなあに出来たか。
その内、父さんの手紙にあった、俺の実の両親がいる『ケファンの森』について調べる時とか、話す必要が出てくるかもだが。
一応、それまで里の事は内緒だ。
……それに最後のは本当に誰だ?
「オニイチャ、はい」
ティフォがおかわりのジョッキを渡してくれた。
と、そうこうしてたら、注文した料理が運ばれてきた。
「お待たせーっ♪ 銀クジラのベーコンにぃ、マナダコの半ボイルでーす!」
おお、ベーコンは直火で炙ったのか、表面の脂がまだジュウジュウ、焦げ目の周りで踊ってる。
古くて丸みを帯びた板の上に、かなり肉厚なブロックベーコン、一緒にマスタードと細くて白い球根のような野菜が付け合わされて来た。
切り分け用のナイフも付いてる。
マナダコの半ボイルは、スライスされた大きな脚にレモンが添えられている。
表面の皮は熱が通って小豆色だが、中は生のままで、中心部が透き通っていた。
職人技の光る火加減、それを冷やして締めてある。
「─── ッ⁉︎ ぅうんまッ!」
クジラのベーコンを一口食べて、思わず人語を忘れた。
赤身が多いのに柔らかく、噛むほどに溢れる濃厚な肉汁と、強めの塩加減。
脂は多いが、マスタードを付けるとすっきり洗い流しながら、酸味と甘みが加わって、すぐさま麦酒に手が伸びる。
「うめぇだろ! 銀クジラは秋頃に脂を溜めるんだわ、それでそのベーコンなんだが、今がその熟成の一番いい時期なんだぜ。
マナダコは初夏も良いが、この時期のはまた格別なんだよ!
これ目当ての旅行客も多いんだ」
「わ、これ私初めて食べました……。はぁ、アルくんのお陰でこんな物まで食べられるように……うぅ」
ソフィアが食の喜びに、しみじみと呟いた。
今までは俺の捜索に必死で、食はかなり適当だったらしいし。
「あー! ひょっとして、ソフィア様の探してた運命の人って、アルフォンスさんのことですかぁ? あはははは!」
ソフィアが顔を赤らめて、アネッサに微笑みを返した。
「ふぁーっ、いいなぁ! ギルドに来た時から、ずっとくっ付いてますもんね、ハァ〜。私も彼氏ほしぃ。あはははは!」
「と言う事は主人様、ティフォさんとはどういうご関係なんでしょう?」
噛むほどに溢れる、磯の香りと旨味。
俺はマナダコの半ボイルに取り掛かり、噛み応えのある一切れに心奪われていた。
「ん? あたしはオニイチャの『妹』で、愛人」
「「「ブッ!」」」
「ゲホッ! ゲホゲハッ! ……兄妹で愛人なのか⁉︎ おお、アルフォンス、お前!
禁断にも程があんだろ⁉︎」
「ゲホッ! ……血の繋がりはなくて、て言うか愛人って何だよティフォ!」
「ん、愛する人だから、愛人?」
ものすごい天然のキラーパスだ。
「では、本妻はソフィア様で、ティフォさんは愛人と言う事ですか。人生楽しんでますね主人様は、尊敬します!」
「ち、違うって!」
「そう、それは違う、ソフィにオニイチャをひとりじめは、させない」
「ふふふ、ティフォちゃんはそう言っていればいいんですよ……私たちは確実に一歩ずつ進んでまいりますから。ふふふ」
「アルフォンス……オメェもなんつーか、修羅場潜ってんなぁ」
ガストンがそう呟いて、ジョッキを煽る。
「はぁい♪ マロンエビの塩焼きと、オオシーランの揚げ焼きお待たせーっ!」
串に刺して焼かれた大振りなエビと、薄い衣を着けて、丸ごと揚げられた細身で大きな魚がやって来た。
「あはははは、これこれ、冬の初めはマロンエビですよねー! あはははは!」
殻のままパリッと焼かれたエビを、殻ごと串のままかぶりつく。
振られた塩と共に、エビの風味と栗の実に似た、ほんのり素朴な甘みが舌の上で広がる。
焼き加減が絶妙で、塩気の利いた皮が弾け、身の外側はプリッと歯応え良く、中はしっとりとクリーミー。
オオシーランの方は、ナイフを入れた途端に衣がパリッと音を立てて、ホクホクの白身が湯気を立てた。
衣自体に味がついていて、甘じょっぱく、少しにんにくが効いている。
─── 麦酒が飛ぶように消えて行く
その後は酒精が強めの酒に切り替え、海の幸メニューを心行くまで堪能した。
明日は海が見たいなぁ、そんな事を思いながら、乱れるに任せる酒の席を楽しむ。
─── 何はともあれ、俺は里を出て、ついに冒険者となった





