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第一話 港町バグナス

 乗合い馬車が、それまで荒れていた土の道から石畳の舗装へと乗り上げ、急に車輪の振動がリズムよくガタガタと鳴り出した。

 荷台の上でソフィアが立ち上がり、髪を押さえながら西の空を見る。


「ほら、海の空になって来ましたよ!」


「────── ッッッ⁉︎ 」


 防風林の針葉樹が増えた辺りから、山道の林道から見える空は高さを増していた。

 冬に差し掛かった時期のクッキリと青い空は、確かに今までの空と、青の深さが違う気がする。


 『海』その言葉だけで、俺の心臓がバクンと大きく波打った。


 乗合馬車から思わずティフォとふたり身を乗り出して、その瞬間を今か今かと、木々の密集した先を待ち望む。

 それから間もなく、街道の防風林の先に、青く澄んだ水平線が目に飛び込んだ。


─── 生まれて初めて、海を見た!


「うっはぁ~~~~~ッ!!」


 何あれ、超でっかいじゃん! え、嘘、どこまで続いてんの?

 本当に全部、塩水なの?


 思わず早口でまくし立てそうになるのを、乗り合わせていたご婦人の温かすぎる笑顔の視線に、ぬぐっとこらえる。

 その耳に遠く、空が擦れ合うような、小さくも大きく広がる音が届く。


─── これが波! 潮騒(しおさい)の音か⁉︎


 海に波が起こる理由も、その大きさも、知識としてはちゃんと教わったってのに、そんな事も吹き飛んで、ただただ『なんであんなに波が来る?』『なんであんなに青い?』そんな事ばかりに心震わせていた。


 遠く水平線の向こうに目を凝らすと、眼球の奥が引っ張られるような目眩(めまい)にも似た刺激が走る。

 山の上から見ていた世界、そこでもそんな感覚を味わう事はあったけど、これ程までに圧倒されるのは海原の力強さがそこにあるからかもしれない。


─── いや、ちょっと待て、何かがおかしい……!


 俺は隣にくっつくティフォの手を握った。

 静かすぎるだろコイツ、あのティフォがこの感動に黙っていられるわけがない!


 ……コイツがどこに飛び出すか、捕まえとかないと分からない。

 俺だって危ないくらい、海と言う魔物に浮かれているのだから。


 そう思って顔を見てみると、ティフォは少し頬を赤らめて『むふふ♡』と笑った。


─── あ、異世界を渡って来た神様じゃん、海なんてプロみたいなもんですよね……


 はしゃいでいたのは俺だけだったか!

 そう気がついて、伸びをしながら取り繕おうとすると、ティフォは『オニイチャかわいい』と(つぶや)いた。


 くそ……!

 そこからは声が出そうになる度に、舌で口内の頬肉をグリグリして耐えてみせた。

 兄だからな。







 進むに連れ、山の斜面に広がる街並みと、港の風景が見えた時、馬車は停車場に到着した。

 ソフィアの拠点、バグナス領首都ポートメリアだ。


「─── よう、ありがとな(あん)ちゃん! また頼むよ!」


 御者のおじさんが、手を振って去って行く。

 その笑顔の意味は、タッセルを抜ける辺りからの出来事が関係している。


 タッセルの砂漠地帯を越えて、街道をしばらく進むと、運良く乗合い馬車を捕まえたが、その辺りから急に魔物が増えた。

 その後、ここに来るまでに何度となく襲撃を受けたが、大したものは出てこなかったので気楽に撃退していた。

 しかし、その中には結構な魔物とされている種類があったらしく、他の客と御者に感謝された。


 普段は護衛が同行するのに、途中で護衛が体調を崩して、荷台で寝込んでいたのだから尚更か。


─── あれだけ魔物が多いなら、ギルドが発展するのも(うなず)ける


「しかし、タッセルから山ひとつ越えただけで、街の雰囲気がずいぶんと違うもんだな」


 白い漆喰(しっくい)を波立たせたような風合いの壁面と、オレンジ色の瓦屋根で統一された、街の家屋は美しいの一言だ。

 そしてそれは海の色と、その空の色とに強調されて、街全体が自然の風景と一体化していた。

 まるで小さな模型に迷い込んだような、不思議な感動がある。


 丁度、正午に差し掛かり、丘の上の教会の鐘が鳴り響く中、街の人々は忙しなく歩き回っていた。


「えへへへ。綺麗な街でしょう? ここが気に入って拠点にしたんですよー♪」


 ソフィアが弾むように駆け寄って、俺の腕に抱きついた。

 上目遣いで俺を見上げる彼女の唇を見て、思わず胸が高鳴った。


「まずはご飯食べに行きましょう! その後、ギルドに寄って、宿舎に私の部屋がありますから、そこで今後の事でも」


「あ、ああ。し、しかし(にぎ)やかな街だなぁ~」


 どうも、あの祭りの夜以降、俺はソフィアにドギマギする事が増えてしまった。

 普段は何ともないが、ふとした瞬間に見惚れてしまう事がある。


 そんな俺の腕に、目を細めて頰をよせ、ティフォが弾んだ声を出す。


「お魚の匂い、いっぱい」


 港近くの建物には、多くの店がひしめき合っていて、そこかしこの店の前で、海産物を焼いている。

 昼時ともあって、食事を求める人々の喧騒(けんそう)で溢れかえっていた。




 ※ ※ ※




「あいよ、ヒラバチガニのトマト煮込み麺、三つね!」


 港通りから一本外れた、小さな料理店。

 ソフィアの勧めで、老舗の名物料理を注文した。


 鮮やかな赤い料理が、白い皿に盛られて、黒光りする古びたテーブルの上に置かれた。

 白い湯気に包まれた、赤いソースに絡まる黄色味がかった麺の上に、火が通って赤くなった平たいカニが丸々一杯乗っている。


「これが海のカニかぁ! どう食べりゃいいんだろ……?」


 里の水場にもでかい泥ガニがいて、よく食べたが、海のカニとはこんなに大きいのか。

 麺の盛られた皿に、はみ出したカニの扱いに困った。


「もうソースにカニの味がでてますから、どかしちゃってもいいですよ?

大体みなさん、先に麺を少し食べて、空いたスペースで手を使ってカニを取り分けてますね。

脚は割れ目が入ってますから、ちょっとお行儀悪いですけど、しゃぶりつくのもアリです」


 言われた通り、麺をフォークに絡める。

 単に赤いのではなく、クリームが入っているのか白み掛かっていて、細かいカニの身と玉ねぎが麺に絡まっていた。

 それを一口……。



─── ⁉︎



 思わず俺とティフォは顔を見合わせた。


 カニの香ばしい風味と旨味が、トマトの酸味と旨味に合わさって、それをクリームが優しく包んでまとめ上げていた。

 カニの味噌も濃厚な旨味を出しているが、それをしつこくないように、まろやかさと酸味が程良く助けている。

 麺はツルツルしていて、丁度芯を残しているのか、プツリと嚙み切れる食感がたまらない。


 一緒に出されたレモンの浮かぶ炭酸水は、カッキリと冷やされていて、口に残ったカニの後味をさっぱりと流す。

 そうして気がつく、濃厚なソースを支えていた、野菜のダシの滋味ある奥深さ。


 三人共、手を汚れるのも気にせず、麺とカニの処理に黙々と追われていた。


「ハァ……この後、ギルドに行く用事が無ければ、呑みたい所です」


「わかる……わかるよソフィ……。この旨味は酒を呼ぶ」


「明日にする? にんげん、ダメになる時は、とことんダメが、いーよ?」


「ははは、それも分かるけど、お前は神だろ」


「ギルドに寄らないと、泊まる所を探さなきゃいけなくなりますからね。

この時期は旬を迎える魚が多くて、観光客で溢れて宿を取るのもきびしーんですよ」


 寒くなる時期は、魚が冬に備えて身を肥やすから美味くなるらしい。

 確かに街には旅行者風の人が多かった気がする。


「しかもシーズン料金で、アホかってくらい高くなりますからねー……」

 

「ん、じゃあ、とっとと、ギルド終わらせる」


 ティフォが鼻息荒くそう言って、炭酸水をクピリと飲んだ。


「今日は辺境伯の誘拐事件の報告だけですし、お二人の冒険者登録も明日になると思いますから、すぐ終わるでしょう。

そしたら……お酒です! お祝いお祝い♪」


 俺を見つけて、拠点に帰ってこれた事が相当嬉しいらしく、ソフィアはずっと上機嫌だった。

 海もちゃんと近くまで見に行きたいし、俺の気分も高揚していた。




 ※ ※ ※




「えぇ……マジで?」


 この男は一体何のつもりなのか!

 この私が、たかが冒険者登録の試験官をしてあげようと言うのに、なんと不遜(ふそん)な……!


 私はレオノラ。

 かつて最年少で魔術王国ローデルハットの宮廷魔術師にも任命されたこの私に、『えぇ……マジで』とか面倒臭そうこの上ない態度。


 大体、あの悪趣味な格好は何ですか!

 全身真っ黒で禍々しい甲冑(かっちゅう)に、言うに事欠いて髑髏(どくろ)の兜ときたもんです。

 全身からいやらしい魔力を垂れ流して、悪霊まで呼んでやがります。

 この由緒正しいバグナスのギルドで、悪霊をたなびかせるとはいい度胸してやがりますよホント。


 ……そして何より、何ですか女ふたりを(はべ)らせて、片方は年端もいかぬ可憐な少女。

 もう片方はよりにもよってS級の天使ソフィア様じゃないですか!

 あの堅物で、依頼者の王子達に口説かれても、鼻で笑ってあしらった『鉄壁の処女』を腕に絡ませてるたぁ、とんだスケコマシ!


 魔術能力検定? ふんっ、うっかり上級魔術を滑らせて、黒焼きにしてやろうかしら!


─── 男なんてね、()()なんですよ


 私の宮廷魔術師の夢も、掴んだ先でセクハラ、パワハラ、挙げ句の果てには(めかけ)になれとか、男の小汚い性欲で潰されてしまった。

 あのクソ上司と淫乱王族達は、いつか氷漬けに……いえ、男なんて皆んな同じです。

 私が女と見ると、いやらしい目で舐めるように、体の隅々まで(けが)しにかかる!


 さあ! 戦いのゴングはまだですか!

 ウーーララァーーーーッ!!


「まあまあ、レオノラさん。彼はソフィア様の紹介なんですよ。それにナント!

筆記試験なんて全問正解ですよ? バグナス始まって以来じゃないですか」


「ふん。その知能でソフィア様をいーよーにしたって事ですか……」


「え? なんか言いました?」


「……何でもないわ。とっとと始めなさい!」


 No1受付嬢のアネッサまで、あの男に擦り寄るとは……歩く暗黒生殖器めがっ!

 どうせ隅々まで真っ黒けに決まってます!


 やはり、ここでハッキリさせてやりますよ。

 至高なる世界に男は不要と……!


「では突然で申し訳ありませんが、アルフォンスさん?

今からこちらの職員レオノラさんと魔術で戦ってもらいます。

レオノラさんは元宮廷魔術師ですから、本気で向かっていただいてOKです。

胸を借りるつもりで、全力を出し切ってやっちゃって下さいね!」


「はぁ、まあ、いいけど。決着はどうなったらつくんだ?」


「どちらかが参ったと言うか、アルフォンスさんの力が、合格ラインに及んでいるとレオノラさんが判断したら、ですね♪

アルフォンスさんなら大丈夫ですよきっと!

自信持ってくださいね〜」


「大丈夫ですよ、アルくん。早く終わらせて、呑みに行きましょ♪」


 ソフィア様が上目遣いで……あの方ももうダメね。

 同じ高みを目指す同志だと思っていたのに!


「……後、戦闘不能に陥ったら……だ」


「え? レオノラさん、また何か言いました?」


「うるさい! 早く試験を始めろ、私は忙しいんだ!」


 アネッサが困った顔をして、男を魔術結界の中に連れてきた。

 ふん、余裕の表情しやがって(兜だがな!)。

 すぐに私の魔力にあごを外す程、ビビらせてやる(兜だがな!)。


「ではアルフォンスさん、落ち着いて、全力を尽くして下さいね!

では……始めっ!」


 この黒い淫売総合商社めがっ、私の力をとくと見s



「─── 【死よ(ルゥドハ=ド)】」



 え? 急に目の前が真っ暗に……私、倒れてる?

 あれ? 地面に打ち付けられたのに、痛みもないし、何も聞こえない……?


─── スゥッ


 え? どうして足元に私が倒れているの?

 あ、音がくぐもった世界の音が聞こえる……。


「……え? 嘘、死んだ!? レジストしなかったの……?」


「そ、即死魔術⁉︎ 今の即死魔術ですか⁉︎

そんな……超々高等魔術を、魔力の溜めもなく、しかも無詠唱で……ッ⁉︎

い、いや、レオノラさん、レオノラさああぁぁんッ!」


 呆気に取られた男と、顔面蒼白で横たわる私に駆け寄るアネッサの姿を見下ろしていた。


「…………まさか【自動蘇生(イムシュ・アネィブ)】してないの? 宮廷魔術師……なんでしょ、この人……」


「へぇぇっ!? 自動蘇生(イムシュ・アネィブ)なんて伝説です! そんな魔術、存在しませんよッ⁉︎」


「え? 俺使えるけど……。あ、嘘、本当に死んじゃった⁉︎」


「当たり前です! 殺したら死ぬに決まってるじゃないですかッ⁉︎

ああ……レオノラさん……楽しいことのひとつもしらないまま……」


 おいアネッサ、なぜ私を不憫(ふびん)な人生みたいに言うのだ?


 しかし、ああ……私は死んだのか。

 いつ死んでもいいなんて、憎まれ口を叩いていたが、なんだこの言い様のない喪失感と孤独感は……。


 もう、頑張る事もできないのだな……?

 こんな事なら、本当に自分らしく、やりたい事を精一杯やって、生きれば良かった……な。


 男がどうこうとか……あんなの、ただの負け惜しみだったんだ。

 上手く立ち回れなかった、頭でっかちの自分を、認めたくなかっただけだったんだ。

 こだわりも、人目と外聞も、なぜあんなに気にしていたんだろう?


─── ようやく分かった


 そしてもう、遅い。


 情けない人生だったな……悔しい……。

 生きて、一からやり直したい……ッ!



「せいっ ─── 【蘇生(アネィブ)】!」



 ん? 私の体の下に禍々しい魔法陣が……?

 ひぃっ! 黒い腕がこっちに向かって押し寄せてくる!

 こ、来ないで! 私は生まれ変わってやり直したいの!

 魂まで殺さないで!


 (ニクメ……コロセ……アルジサマ……ノタメニ……アンコク……二……スベテヲ……ユダネヨ)


 地獄の底から響くような、争う気を完全に失わせる邪悪で傲岸不遜(ごうがんふそん)な声が、私の芯を凍りつかせる。

 黒い手は私を(とりこ)にし、押し付けるようにして、私の体へと引きずり込んだ。

 水に潜るような音がして、私に肉体の感覚が戻って来た。


─── でも、そこに蘇った歓喜は起こらなかった


 私は心の中に広がる、暗黒の感情にじわじわと侵されて行く。


 これはアンデッドの心……虚しく何もなく、ただ生者への執念と、闇の声への渇望だけが残される。

 植えつけられた死への後悔が、私の思考をぐるぐるとリピートさせた。


 いや……そっちに行きたくない……。

 私はやり直したいッ!


 ……でも……でモ……アルジサマ……シタガウ……。

ホカノ……タマシイヲ……ミチズレ……



「ほいっ─── 【属性反転(グルスドラー)】!」



 ま、まぶしッ! 

 急に世界が光に包まれて、心に活力が満たされる!

 温かい何かが胸の奥でどんどん膨らんで行く─── !


 ああ、これは歓喜……!


 私は生きている。

 己の生きる、無限の可能性を秘めた人生に、本当は私は最初から恵まれていた!


 心配そうに私を覗き込む、主人様の優しいお顔(兜ですが)。


 嗚呼……ようやく気がつきました!

 私は愚かで未熟な根性の(おり)を今捨て去ったのだと!


「大丈夫か? その……済まなかった」


 ちょっと低くて温かいお声、全てを見守ってくださるような、おおらかな表情(兜ですが)。


 生きよう! 私は私の全てを賭けて、この方により大きな感謝をお返しできるよう、もっと自分を研鑽(けんさん)して生きて行こう!


「はい……主人(あるじ)様。私の全てを御身のために!」


「……いや、それはいい。

アルフォンス・ゴールマインの名において命ずる。

己の幸せと、全ての家族との幸せを、無理なく楽しみながら生きよ。

土地を愛し、人を愛し、それら全てに愛され、幸福に生きよ」


─── ああ、この方は、自分の幸せよりも、私の幸せを信じて下さった


 私は何て幸せ者なのだろう……あの下らない自分の心の(くさび)は、今この時を学ぶためにあったのですね?

 このお方のために、私は真摯に楽しく、生きて行く!


─── この世界に、より多くの光あれ!




 ※ ※ ※




「なに? あのレオノラが一発で負けたッ⁉︎」


「はい……。しかも即死魔術で一発、その後になんと蘇生魔術で生き返らせました」


「は? 見た感じ戦士タイプだったじゃねぇか!

それが即死と蘇生の魔術をこなしただと?

そんなの魔術王国ローデルハットの最高峰の魔術師が、人生かけてどっちか一つ、死ぬまでに一回成功したら勲章ってレベルだぞッ⁉︎」


「私だって目を疑いましたよぅ……。でも、本当なんですよ。闇属性の究極魔術と、光属性の究極魔術を()()()で使われたんですよ! あの人は!」


 アルフォンスの担当、受付嬢アネッサの言葉にバグナス支部ギルドマスターのガストンは、椅子から転げ落ちた。


「む、無詠唱ッ⁉︎ それだけでも頭おかしいってのに、対極にある属性のそれぞれ究極魔術をだとッ⁉︎

あんなもん、そのどっちだって、何時間もかかる集団詠唱魔術だろ⁉︎」


「私に怒鳴られてもぉ〜」


 むくれたアネッサがそっぽを向いた。


「あ、いや悪かった。いやまだ信じられんが、え? マジ? ああ、すまん、動揺してるんだ。

……で、レオノラは無事なのか?」


「……はあ、まあ無事は無事なんですが……」


「ま、まさか……なんか、後遺症でもあるのか?」


 アネッサは深いため息をついて、アルフォンス達が待つ個室の方へ顔を向けた。


「見れば分かりますよ ─── 」




 ※ ※ ※




「あ、ギルドマスター。お疲れ様です。この度、主人(あるじ)様の魔術能力検定などという、栄誉ある職務の任命。誠にありがとうございました!」


「……レオノラ? ど、どうした? な、何か悪い所でも打ったのか?」


 男と見れば例えギルドマスターの俺でも、(にら)み殺そうとしてくる、あの高慢な女が……。

 輝くような笑顔を浮かべて、三つ以上の言葉で話しかけて来た。


─── 『了解です』『嫌です』『あっちへ行ってください』


 上司の俺に対してもこの三つだけ、これしか聞いた事ないんだぞ?

 それに何だ、ソファに座る男の両脇に、絶世の美少女と、あのS級のソフィアがくっついて座ってやがる。

 ありゃあ、完全に女の目じゃねーか⁉︎


 あの『男殺しの処女』のソフィアが、腕に抱きついてるのを最初に見た時も驚いたが……。

 それに、レオノラのその立ち位置もなんなんだよ……。

 背後から男の背中を挟むように、背もたれに両手を置いて、密着しそうな距離だ!

 あの鎧、なんか催淫剤でも出てんじゃねぇのか?


「そ、そっちの女の子も登録するんだったな?

そっちの試験はどうなったんだ」


「アルフォンスさんが『この子は俺が2ダースいても勝てない』とおっしゃいまして……。

こちらでは、能力検定は不可能だと判断しました」


「…………へ? レオノラを一発の男が、そう言っちゃったの⁉︎」


「はい。次は武器を使用した戦闘能力検定ですが、その……アルフォンスさんは、ソフィア様と同等以上の腕前だとの事で、ギルドマスターをお待ちしてました」


「えぇ……俺がやるのぉ……」


 ……忘れもしない。

 かつてソフィアが冒険者として調子に乗り出した頃、少し締めてやろうと俺が相手してやったんだ。

 こう見えても、元近衛兵隊だし、国の剣術大会で優勝もした。

 何てったって、S級の冒険者でもあったんだ。


─── はぁい、惨敗


 見事に惨敗、清々しい程に負けちゃった☆


 俺の繰り出す剣を受け流しもせず、フットワークで無様に踊らされて、触れる事すら叶わなかったんだぜ?

 『参った』を言おうとすれば、剣の柄で腹を打たれて、声も出せず。

 倒れようとすれば、膝蹴りで体を起こされて、それはもうワカメみてえに地面から生えてただけだった……。

 そんでもって、剣の腹で延々ケツを打たれ続けたんだぜ?


 ケツにしばらく残ったシマシマのアザのせいで、『タイガー・ガストン』なんて不名誉なアダ名を付けられたんだ。

 それとこのドクロマンが同等以上? 冗談じゃない!


「 ─── よし、分かった合格!」


「ダメですギルドマスター。検定を! 今すぐナウにッ!」


「えぇ……」


「ご自身でおっしゃったんです。『どこのウマの骨とも分からん奴を、いきなり昇級させるかトンマ。この俺様が厳正な検定で、冒険者世界の無情ってモンを教えてやんよ』って!

ギルドマスター、バグナス根性見せてやりましょう!」


 酷い、捏造(ねつぞう)だ、これっぽっちもそんな言い方してない……。

 頼むから無駄に(あお)らないで欲しい。


 てか、なんでアネッサが燃えてんのか、さっぱり分からん、全く分からん。


─── コンコン……ガチャッ。


「戦闘能力検定の会場、準備出来ました」



 してたの⁉︎ 俺の同意とかの前に準備しちゃってたの⁉︎ 何でこんな手回しいいんだよ!

 もしかして俺、ギルド内で嫌われてんのか?


 ……ホント、厄日だぜ─── 。

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