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第十四話 祭りの夜

─── ハリード自治領、最東端の名もなき森


 日の出と共に山間から流れ出た白い霧は、樹々の間を巨大な手指を差し込むように呑み込みながら広がってゆく。


 アルフォンスは、まだ薄暗い森の中で目覚め、顔を洗うと剣を持って歩き出した。

 昨日水に沈めた鹿を引き上げ、木に掛けて毛皮が吸った水を切るように吊るすと、近くの開けた場所で曲刀を構える。


─── 毎朝の日課


 初めて木剣を貰った、六つの時から続けている、素振りを通した剣との会話。

 

 剣に頼る者、剣の心に聞け─── 。


 剣聖の養父に基礎を仕込まれ、軍神の下で練り上げられた彼の素振りは、ゆっくりと鷹揚(おうよう)なようで一分の隙も無い。

 まさに剣の言葉に耳を傾けるが如く、剣の性質に体の動きが最適化されていく。


 目覚めたばかりの森の中に、小気味の良い風切音が高く短く、一定の間隔で突き抜けていた。


─── 【斬る】


 そうアルフォンスが呟いた瞬間から、素振りの音が消えた。

 まるで空気すら、抗う事を許されないかのように、刃が引く風が起こらない。


 女神の与えた加護は、ただ純粋に斬る事だけを起こす奇跡だった。

 それを証明するかのように、アルフォンスはそばに立つ木の幹を蹴り、舞い落ちる木の葉を一つ二つ三つと斬りつけた。


 確かに刃が通ったはずのそれらは、ただ一瞬戸惑うように微かに宙に留まり、そして何事もなかったように落下する。

 葉はとらえども、切れず───


─── 葉の後ろの、空気のみを斬ったのだ


 ただ斬ると言う奇跡を、今彼は一定の段階まで極めようとしていた。


 ふと彼は視線を感じて振り返る。

 いつの間にか、後ろには深緑の中折帽を被る、大き目のマントを羽織った男が立っていた。




 ※ ※ ※




「ああ、邪魔してごめんねー。続けて続けて」

 

 ザックはニコニコ笑いながら言った。


「よう! 昨日は楽しかったよ!

もう少ししたら、あったかい茶でも入れるから待っててくれ」


「はははは、楽しかったのはこっちの方さ、あんなに誰かと喋ったのはどれくらい振りだろうね。

ここで見ててもいいかい?」


「ああ、構わねえよ。そんなに面白くもないだろうけどな」


 そう言って、俺はまたいつもの素振りから、【斬る】奇跡を意識して、空気のみを斬る事に集中した。

 そうして風切音が消えるのを何度か確かめた後、もう一度木を蹴って、落ち葉の上から空気のみを斬る。

 一枚ずつ、完璧に葉の中心を通り、葉には一切傷を付けず、それを一枚でも多くこなせるように繰り返す。


「驚いた……ずいぶんと面白い事をしているね。君は確かまだ十七才の人間族だったよね?」


「ん? 何をしていたか分かるのか、今のを見てて」


 何だかんだザックの表情は、今までで一番楽しそうに見えた。


「【斬った】んでしょー? 葉の後ろの空気だけを」


 思わず声が出そうになった。


「その年でそれだけの域に達するには、相当な修練と余程の覚悟がなければ、無理の中の無理って感じだねー。

飛び抜けた才能があっても無理……余程、お師さんがよかったのかな」


「……ザックって何者? そこまで分かるって、ザックも剣士なのか?

それも相当な……」


「あっはっはっはっは! 長く生きてるからねー、色々な事に真理を見たくなるもんだよ。

そして飽きて止める、んで忘れた頃にまた真理のまた先を見つける。

僕は一所にいない性分でねー。

剣も何だかんだ結構振ってきたかなぁ……」


 うわ、会って間もないけど、彼らしい。


「君が今やっていた事は、僕には出来ないけど、昔見せてもらった事があったんだ。

見ていてつい、熱くなって思い出しちゃったよー。

ほら、男の子っていくつになっても剣好きじゃない? あっはっはっはっは!」


 ホントに幾つなんだろう。

 見ている限りはやんちゃな兄ちゃんなんだけどな……。


「あ、そうだ! もう一つ思い出した♪

さっきの葉っぱ、成功する数を増やしたかったら、目を閉じて落ちる葉っぱを感じてみたら?

そうやって昔の剣士は、訓練したんだってさ。

君は『眼』がいいから、何か分かるかもねー」


 そう言って、落ちていた枝を拾い、ヒュンヒュンと愉しげに振りながら、ザックは戻っていってしまった。


「……昔の、剣士の、訓練……?」


─── 目を閉じて、葉っぱを感じる?

俺の『眼』がいいって言ったのに?


 何かよく分からない。

 一度やってみると、自分に近い所を通る葉は、何となく分かるような分からないような。


 うん? 感じるような感じられないような……それなら目で見てしまえばいいのに、でも、見るって事にも限界はあるよな。

 だって目で追えるのは、精々数枚ずつ、『見て』から『斬る』この二つは別の動作だから、目で見ていては追いつかない。


 何だろう、この無理問答みたいな問いかけは。

 これは何処かで……?



─── 『斬る』ってなんだ?



 何かが繋がったような気がして、鳥肌が立った。

 あの時と同じように、当てはめて考えて見よう。



─── 『見る』ってなんだ?



 そう思った瞬間何かが閃きかけて、俺はもう一度、木を蹴ってから目をつぶった。



─── 見る

─── 見る……

─── 見るッ!



 ザアッと風が、樹々の葉を騒がせる音が聞こえた気がする。

 何故か、ザックが初めて眼を開けた、あのカスミ色の瞳を目にした、ただ何でもない瞬間が頭をよぎった。


 突如、彼の顔と入れ替わり、頭の中心部、耳の上辺りに、舞い落ちる木の葉が全て写し出された絵が浮かぶ。


 そこに俺の剣が、全ての葉に同時に通るコースがオーバーラップする。


─── 世界から葉っぱ以外の色が消えた


 その瞬間、落ちる葉と同じ数の俺が、同時に斬りかかる、そんな幻覚に襲われた。

 直後、激しい振動が俺を突き上げる。


─── 全ての葉っぱが、戸惑うように一瞬落下を止めた


 急に目眩がして、膝をつく。


 全ての葉を『見る』という情報処理と、その全てを『斬る』同時進行で、頭がまだハングアップしている。

 ソフィアと再会して、契約更新した時の、感覚の拡張に似ている気がした。


「見て……斬る……事象……」


 口から呟きがポツリと出た。




 ※ ※ ※




「…………だから違うって」


「私にお酒を飲ませて……その間に、だなんて」


「いや、成り行きだったんだから……さ」


「……そんな、そんな言い訳聞きたくないです」


「オニイチャ、きちく、せっそーナシ」


 ソフィアとティフォが俺を責める。

 いや、確かに俺が悪いのかも知れないけど、あれはしょうがない、あそこでヤラなかったら男じゃないだろ。


「初めて……だったのに……」


「いや、それを言われると……」


「オニイチャ、あばずれ、触手魔」


「触手は誰のせいだよ……」


 溜息をついて、髪をかき上げた。

 早朝の空気に白い息が揺らいだ。


 俺が『見る』を会得して、翌日の朝。

 ソフィアは俺が勝手に新たな段階に入っていた事に気がつき、ザックに教わったと言ったらコレだ。


 あの日、初めて木の葉全部斬りを果たして、頭の混乱が治った後、すぐにザックに礼を言った。

 本人は目を丸くして『え? そんな事になっちゃったの?』とか言っていた。


─── 適当に言ってみただけ、だったようだ。


 ザックとはあの後、すぐに別れる事になった。

 俺たちの進む方向とは違うらしく、何度も何度も礼を言われた。


「じゃあ、僕は行くよ。ご飯とお酒ありがとうねー!

このマントも温かくて気に入ったよ。ホント、ありがとうねー!」


 そう言って数歩、ザックは『あっ』と思い出したように振り向いて、こちらに戻ってきた。


「お礼に渡せそうなもの、あったよー!」


 彼は自分の着けていた複数の腕輪の中から、銀細工の細い腕輪を外して俺にくれた。


「これを持つといいよー。

これを持っていたら、次に会った時から二回だけ、僕は君の頼みを何でも聞くよ!」


「ん? いや、そんな気にしないでいいのに」


「あっはっはっはっは! 大丈夫、僕は結構役に立つから、使う時は遠慮なくねー!

じゃあ、今度こそバイバイー!」


 そう言って向けた背中は、ずんずんと森の中へ進み、すぐに見えなくなった。


 最初から最後までマイペースだったが、彼との酒は楽しかったし、世界中を旅しているのなら、またいつか会えるかも知れない。

 その時は、また彼の旅の話でも頼んでみよう。


─── そんな楽しい思い出が、翌日にはこれだ


「立派な浮気じゃないですか……!」


「だから違うって!」


「うぅ、私以外に教わるなんてぇ……。

さあ、何を仕込まれたのか、私に見せてください!」


「そうだオニイチャ、なに孕んだか、見せろー」


「孕んでないし、孕まない。ややこしくなるから黙ってるんだティフォ」


 ソフィアとティフォのジト目の中、いや、ティフォは元々ジト目だが、俺は近くの木を蹴って目を閉じた。

 ひらひらと舞う木の葉の姿を、脳裏に写して眼を開く……。


─── チャキッ


 曲刀の鍔鳴(つばな)りがひとつ、舞い落ちる葉っぱがその瞬間に全て一瞬、宙に立ち止まった。

 しかし葉はすぐに動き出し、何事もなかったように地へと落ちる。


「…………これは、完ッ全な浮気です。

まだ間に合います……森ごとヤツを焼き払いましょうティフォ」


「うん、いーよー。でも、たぶんザックは、びどーだにしないけど」


 少し目眩はするが、昨日程じゃない。

 後何回かやれば、頭の方は完全に慣れてしまうんじゃないだろうか?


 二人の軽口にも、すぐに参加出来た。


「だよなー、多分アレは何しても笑ってそうだ。……しかし、ザックは何者だったんだ?」


 ソフィアの疑惑の話題を変えようと、会話の方向をやや変えてみた。


 たくさん話を聞いたけど、記憶の希薄なザックの思い出話からは、結局彼の人物像を掴める内容が無かったように思う。


 飛び飛びで笑い話や、珍しい話を聞いていただけだった。

 すっごく楽しかったけど。


「んー? おおもの」


「ははは、確かにね。罠に掛かったまま寝るとか大物だよなぁ」


 そう言うと、ティフォは首を振った。


「そういう意味、じゃない。アレはおおもの」


「ティフォは何か感じたのですか?」


「オニイチャ、やさしくして、せーかい。ワナから出たとき、やんちゃしてたら、たぶんしんでた」


─── 一瞬、ゾッとした


 確かにあの時、一瞬だけ殺気が感じられたけど、手練れだとは思っていなかった。

 もし、彼がソフィアにまで実力を隠し通せる、桁違いの手練れだったとしたら……?


─── いや、まさかね?


「それはないだろ……。どちらにしろ『やんちゃ』しないし、大体、ザックを網ごと地面に叩き落としたのは誰だよ?

それに、そんな凄い人だったら、そもそも罠に掛からないだろ?」


「そうですよ? 私にはそれ程の何かは感じませんでしたし、貴女の気のせいだと思いますよ?」


 ソフィアが微笑みながら言った。

 うん、良かった、表情が戻ってるし、話題の変更に成功だ!


「……うーん、そうなの、かなぁ」


 ティフォは納得がいかない様子だったが、彼女は結局『そんな気がした』だけらしく、その内それも忘れて遊び出した。


 少し寄り道みたいになったけど、とりあえず俺たちは一路港町バグナスを目指して、通過する国タッセルへと移動を再開した。




 ※ ※ ※




「ハァ……。はぐれるから、そこかしこに飛び出すなって言った途端にこれだよ」


 俺は今、夜の大通りの溢れかえる人混みの中で、立ち尽くしていた。


 タッセルに入国して一週間、バグナスへの最短ルートにある街に着いた。

 バグナスとタッセルの首都に繋がる、貿易陸路の中継地点のここは、商業の盛んな賑わいのある街だった。


─── 気温の高い乾燥地帯に面しているこの地域は、気候に合わせて衣装が大分変わっている


 男性は(かかと)まである長い丈の、ゆったりとした前合わせの白い衣装を腰帯で留めていた。

 頭には白い布を巻いてうなじを隠しハチマキのように紐で巻いて被っている。


 女性も同じく前合わせの衣装だが、色と柄のバリエーションが豊富で、何とも目に鮮やかだ。

 男性に比べて、タイトなシルエットの衣装は、太もも近くまで深くスリットが入っていて、動きやすくするためだろうが目のやり場に困る。

 頭には薄いケープを被り、鼻から下にはヴェールを着けている人がほとんどだった。


 肌が浅黒く、切れ長な黒目と、彫りが深く縮れた黒髪が特徴の民『サレル族』が主に暮らしている。

 何とも異国情緒溢れる街だ。


 今日から大きな祭りが開かれると聞いて、滞在予定を一日伸ばした。

 ソフィアとティフォは、宿の女将さんに勧められて、サレル族の民族衣装に身を包んでいる。


─── 不味い、何か緊張する


 ソフィアはエメラルドの瞳に合わせて、緑が基調の金糸銀糸で花とハチドリをモチーフにした、綺羅びやかながら高貴な刺繍の衣装。

 白いケープの下に見える白金の髪と、シンメトリーな憂いのある目元、ヴェールで隠れつつも分かる通った鼻筋。

 深くスリットの入った足元は、(かかと)の高い編み込みのサンダル。


 ティフォは黒地に赤い花弁の薔薇と、銀糸の茎や葉が細かくあしらわれた、渋めの雰囲気の柄を選んでいた。

 衣装の色合いは、肌の白さと、紅い瞳が強調してエキゾチックで大人な雰囲気を纏っている。


 ソフィアの豊かな女性のシルエットは、より豊かに美しい曲線を描いて─── 。

 ティフォのスレンダーなシルエットは、可憐で清楚な、守りたくなる純潔さ─── 。


─── 女の人って、服でこんなに変わるのか⁉︎


「……どう……ですか?」


「ん、オニイチャ、ほめろ、いまスグ」


 声が出なかった。

 女将さんはそれを察してか、クスクスと笑い、それに気がついたソフィアとティフォは、悪戯っぽく微笑んだ。


「す、すご……く、イイ……っす」


「アハハハハッ! お兄さん初心(うぶ)だねぇ、褒める時褒めないと、すぐ逃げられっちゃうからね?

こんな美人さん二人も連れてんだ、しっかりおしよ!」


 あ、汗が出てきた……。

 女将さんが他に呼ばれて、パタパタと行ったのを見届けて、ようやく勇気が出た。


「二人とも……その……。すっごく綺麗だ」


─── ガッ!


 恥ずかしさにうつむいた俺の腕を、二人が掴む。


「「され、行こう! やれ、行こう!」」


 夜店が並び、至る所で見世物や、この地域の神話にまつわる出し物で賑わう雑踏に、グイグイと引っ張られて行った。

 二人ともいつもよりはしゃいで、よく笑った。


─── そうして、ティフォが迷子だよ


 蛇みたいな、ニュルニュルした黒い魚を引っ掛けて釣るゲームに夢中になって、彼女が釣り上げたそれを渡されて困惑している間にどっか行ったようだ。


「……大丈夫かなぁ、ティフォちゃん」


 大分探したけど見当たらず、細い路地に入った時、ソフィアが呟いた。

 気がつけば、手を繋いだままだった。

 人混みにはぐれないよう、何となく掴んだ手だったが、静かな場所に来た途端にそれが大胆な行為だったと今更気がついた。


 うぅ、急に離すのも変だしな……。

 カチコチになってそんな事を考えた時、その手がキュッと強く掴まれた。


「わあ……きれいです」


 人通りの少ない路地に、小さなワゴンで、老婆がアクセサリーを売っている。

 柔らかな橙色の魔石灯の光で、どれもキラキラと輝いていた。


「ちょっと、見て行こう」


「え……でも、ティフォちゃんが……」


「大丈夫だよ、ティフォだし。危ない事はないと思う。また大通りに出たらひょっこり顔出すかもしれないしさ。

せっかくなんだから、ソフィアも好きなの見ておけばいい」


「そう……ですね! ふふふ」


 悪戯っぽく笑って、ソフィアはワゴンに並ぶ銀細工のアクセサリーに目を向ける。


「わ! これ可愛い!」


 そう言えば、今まで俺の事を探してほとんどギルドの仕事で飛び回ってたって言うし、こういうのをちゃんと見た事がないのかも知れない。

 目を輝かせて、ひとつひとつに感嘆していた。


「綺麗な人じゃねぇ。恋人かい?」


「え? あ、うーん……」


「ふぇふぇふぇ、早いとこキメちまわないと、こんなメンコイ娘、誰かに取られちまうからなぁ?」


 店主の老婆はふしゅふしゅと息を漏らして笑う。

 俺はもちろん真っ赤だが、ソフィアは完全にアクセサリーの物色に入り込んでいた。


「はぁ……これ、素敵だなぁ……でも」


 彼女が手に取ったのは、紅い石のあしらわれた大きめな髪留めだった。

 それを少し寂しそうな顔をして、元に戻した。


「ばぁちゃん、これちょうだい」


「ああ、それかい? 銀貨三枚だよ」


 財布から硬貨を出して支払うと、それをソフィアの手に渡した。


「しかし、あんたらにピッタリな石のを選んだもんだねぇ、ふしゅしゅしゅ」


「この紅いやつか? なんか言われでも?」


「そりゃあ『燐華石』てな、石言葉は……『運命の人』だで、大切にせんとなぁ。ふしゅふしゅ」


 ……偶然ってあるんだなぁ。

 何か俺とソフィアの関係が、多分意味合いは違うけど、一致しちゃった感じだ。


 呆けたままのソフィアを引いて、店を離れた。

 ……と、いくらか進んだ時、呆けていたソフィアが、慌てて腕を掴んだ。


「あああ、だ、だめですよ! こんな大きいの戦闘の邪魔になりますし……。

私こんな綺麗なの似合いませんから!

……こういうの、持った事もありませんし……」


「う……ん、じゃあ……。

─── 最初の一個だな! 遊ぶ時に着けてくれればいいよ、これからずっと、長い時間があるんだしさ。

その……たまに着けてるの見せてくれたら、俺も嬉しいし……ゴニョゴニョ」


 言ってる最中で、口説いてるみたいだと気がついた。

 ティフォに初めてプレゼントした時、それが出来た事がうれしくて、大事にしてくれているのを見て尚更、嬉しく感じていた。


 何となくそんな感じの意味で言おうとしたら、将来を誓うような雰囲気の事を……。

 いや、思ってはいるし、考えてもいる。

 ただ、決意して言ったわけじゃない、紛らわしい言葉で伝えたみたいになるのは……。

 それにまだ早いし……。


「アル……」


 ソフィアの声が聞こえた。

 すぐ顔の近くで。


 顔を上げた時、そっと彼女の白い手が俺の頰に触れて、ヴェールを外した彼女は背伸びをした───



─── ちゅっ……



 祭りの喧騒が遠くなる。

 しばらくそうして唇を重ねた。


 ゆっくりと唇が離れて、ようやく彼女の顔を見る事が出来た。


「ありがとう……アル……」


 通りから差し込む灯が、少し彼女の顔を暖色に染めて、目尻に滲んだ涙が光っていた。


─── ぎゅっ


 思わず俺は彼女を抱きしめて、彼女がそこに在る事を、切ないような儚いような気持ちで、ただ噛み締めるしか出来なかった。

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