第十三話 旅人のザック
「そこッ! その一歩で、この世から距離を消す意識です!」
円を描くようにゆっくりと足を運んでいた男が、その澄んだ女の声を切っ掛けに、黒い残像を残して消えた。
「そこで【斬る】!」
─── スパンッ……
先程まで男のいた位置から、馬車3〜4台分先にあった人型の岩が、縦真っ二つに裂けた。
バランスを失い、ゆっくりと倒れる岩の間から、その背後に男の姿が現れる。
─── ズズゥン……
振り切った剣を男が握り直すと、斬れた岩が左右に分かれて、地面に重苦しく倒れ込む。
「次、足を止めずに!」
男はかなり距離の開いた先にある、次の人型の岩へと瞬時に踏み出す。
男の運足は緩やかな動きに見えるが、進行する速度は驚異的なものだった。
「そこッ! 踏み込んで!」
再び男は残像を残して消える。
「……【斬る】!」
「あんど、触手ぅーっ」
─── スパンッ……にゅるんッ
熟れた果実を切るように、またも人型の岩が容易く両断されて倒れ始める。
その岩へと男の背中から現れた、無数の赤黒い触手が、蛇のように襲い掛かる。
─── タタンッ! タタタタタタンッ‼︎
リズミカルな発破音を立て、触手は岩を突き破り、周囲にヒビひとつない真円の穴を、いくつもいくつも穿った。
「だいぶ加護を使いこなせるようになりましたね♪ 次は自分だけでやってみてください、アルくん」
男は森林の中に点々と続く、人型の岩が続くコースを見据え、静かに踏み出す。
先程よりも数段速く、遠い間隔で置かれた岩が斬られ、次へ次へと繰り返されていった。
岩の近くの樹々や草花の障害物は、一切傷つけないままに。
※ ※ ※
驚いた。
ソフィアの教え方は、もの凄く上手い。
新たに会得した加護【斬る】を使いこなせるように、コーチをお願いしたら、ものの数分で扱えるようになった。
ハリード太守の館での戦闘があった翌日、一日掛けて剣を振った。
しかし、オルタナスを斬った、あの境地に立つ事が出来ず、俺は意気消沈のどん底に落ちていた。
ソフィアとティフォに置いていかれるようで、悲観的になり掛けて……。
それはもう、大量の悪霊を群れで引き寄せて、前が見えなくなるくらい落ち込んでた。
それが今ではこの通りだ!
ソフィアに教えて欲しいと頼んだ所、彼女は算術の概念を教えるように、分かりやすく理論的に説明してのけた。
では、実践してみましょう! なんて、軽いノリで外に連れられ、剣を振ったその瞬間に違いを感じた。
更に、この加護に見合った歩法を、ついでのように教えてくれたのだ。
踏み出す一歩が、まるで距離に関係なく、適切な間合いまで瞬時に詰められる。
日々繰り返していた剣術の、歩法と素振りの動きに組み合わせるだけで、今までより遥かに剣との対話が濃密になった気がする。
ちなみに人型の岩は、ティフォのアイデアで用意された物だ。
……なぜだか妙に、俺に似せられている。
その上、時折『おにいちゃ』とか『タスケテ』とか文字が彫られていて、斬る時に変なプレッシャーが掛けられる。
身体と精神両面で鍛えられる気がするのがなんか悔しい……。
「触手も、なかなか。オニイチャよくやった」
ティフォがフンスと、鼻息荒く反り返る。
そうなの、触手もヤバかったの。
ソフィアに対抗意識を燃やしたティフォが、半ば押し付け気味に、俺に授けてくれた加護。
てっきり【淫獣さん】な使い道しかないと思っていたら、大間違いだった。
はっきり言って、やる事によっては手を動かすより楽かも知れない。
こいつらは、俺の意思を汲んで動く。
ティフォ曰く、俺の脳から直接命令を受けて、自立的に思考・実行するらしい。
当初、二人の女神に過ぎたセクハラ騒動を起こしたが、あれは俺との繋がりが未熟で、本能の一部分だけで動いたからだそうだ。
ティフォのアドバイス通りに思考を繋げると、『触手であれを取ろう』そう考えるだけで、最適な本数と力加減で思い通りに動いた。
しかも、さっきやったように、岩を簡単に貫通する程の力と、振る剣の邪魔にならないように、俺の意思とは別に動く事も出来る。
もの凄く便利だが、ただ、どうしてもグロいのが難点だ。
一度ティフォにせがまれて、触手だけで歩行してみたが、あれではどう考えても人外だ。
ソフィアとティフォは、それを見て爆笑していたが、あのふたりは一般的な感想の目安には、全くならない事を俺は知っている。
ついでに崖も登らされたが、びっくりする程速かった。
幸い、出し入れ自由なので、人前で出さなければ、あらぬ疑いは避けられるだろう。
ちなみにティフォの教え方は、キュッと来てパーンとかそう言うのかと思っていたら、結構哲学寄りの理論派だった。
身体的に機能が増えた事で、色々とやれる事が増えたのは、正直楽しい。
ただ、人としての何かを失いそうな気もして怖い……。
余り、活躍の場がない事を、祈りたい。
※ ※ ※
今、俺達はハリード自治領の東端、タッセル王国との国境につながる森を進んでいる。
ハリード太守が魔族と入れ替わっていた事実に、国は騒然となったが、すぐに宗主国タッセルが動いて新しい太守が任命された。
新しい太守は、エル・ラト教の元枢機卿だと言う男が任命されたそうだ。
帝国が絡むこの人選は、一部の人間の間では、すでに危ぶむ声と共に予想されていた。
しかし、そんな事を他所にハリード自治領の民衆は、熱狂的な歓迎ムードとなっている。
この国境付近までいくつかの街を通って来たが、何処もそんな雰囲気だった。
そして、総じてハリード内の街は、その熱狂とは裏腹に、経済の行き詰まりが各所に起こっている様が見て取れた。
何故、ハリード自治領が魔族に狙われたのか?
その宗主国タッセルが、帝国と歩調を合わせた途端のタイミングで、魔族事件が起きたのは何故か?
エル・ラト教『極光星騎士団』の、動きの速さが意味するものは何か?
……それらの真意は結局分からないままだ。
ただ言える事は、世論として世界的に行き詰まりが起きている現代で、帝国の信奉国家がひとつ増え、その属国も仲間入りしたと言う事だろう。
─── と、小難しい話はこれくらいにしよう
何はともあれ、今は久し振りに自然の多い環境を、ソフィアとティフォと三人でのんびり旅をしている。
ふたりの女神から戦闘の手ほどきを受けつつ旅を進めながら、これから先の事や、再び里に帰る時のあの最終関門『七人の戦士』の事を考えたりしていた。
訓練は続けているけど、もうひとつ俺が旅の中で大事にしているのが食料調達だ。
携行保存食もあるし、魔道具のズダ袋には新鮮な食材が時を止めたまま保存されてもあるが、それはそれ。
自然の中での食料調達は、自分の生きるカンを鍛えたり、その土地の生態系を知るのにはもってこい。
冬の訪れに差し掛かる時期ではあるが、南方のこの地域はそれ程寒くもなく、むしろ木ノ実やキノコ、何より脂の乗った獣が獲れる。
「オニイチャ! こっち、リスかかった!」
昨日、野営地を決めてから、付近にいくつか罠を仕掛けておいた。
やはりこの森は豊かなのだろう、やや大きめのマダラハイイロリスが数カ所で掛かっていた。
このリスは処理がしやすいし、完全草食だから肉も臭みが少ない。
可食部が少ないのが難だが、四匹も獲れたのだから上々だ。
ティフォは里で人型になった後の一年間、よく狩について来て手伝ってくれた。
ただ、あの時は効率優先で、魔術を駆使してばかりだったから、こういう罠猟は初めてだ。
血が騒ぐらしく、かなり鼻息が荒い。
「オニイチャ、めいんしょくざいの所、いついく?」
「おお、もちろんこのまま行くさ。一応油断は禁物だぞ? どんなんが掛かってるから分からないからな」
鹿とイノシシの足跡のある、獣道周辺に仕掛けた罠。
こっちの方が、俺的にはドキドキの時間である。
最初のポイントは鹿の括り罠、穴にワイヤーを仕掛けて、脚を突っ込んだら締まる。
これを三箇所仕掛けてある。
……最初のポイントは外れ。
罠を回収しつつ、次を回るがこれもダメ。
そして最後のポイントは……
─── ガサッ……
来た! 来たよコレ!
最後のポイントに近づくと、うずくまっていた鹿が立ち上がり、警戒姿勢に入った。
若いメスの鹿だ! 絶対美味い! この瞬間はいつだって興奮する!
「よーし……。ティフォはここで……」
反撃を受けないよう、ティフォを後ろに下げて、槍を持ちかえた。
これでトドメを……刺s
「オッラアアアアァァァ!」
「へ? ちょ……ッ!」
ティフォが電光石火の突進で俺の脇をすり抜け、鹿の眉間に見事な正拳突きを放つ。
─── ゴスゥンッ!
衝撃波で枯葉が舞い散る中、鹿が宙を舞ってワイヤーに引かれ、地に叩きつけられた。
「オニイチャ、かった!」
「お……おう」
俺がやりたかったんだけどな……。
あ、いや、うん。
兄なんだから、妹に譲らないとな、うん。
「ん? オニイチャどした?」
こっちを向いて微笑みながら、ティフォは迷いなく鹿の頸動脈を手刀で切り裂いて、逆さにした状態にして触手で吊り上げてぶんぶん。
見事な血抜きだ。
……俺の妹はワイルドだなぁ。
鹿を近くの水場に浸けて、血抜きを進めておきながら、いよいよイノシシのポイントへ!
俺も久々の猟に、テンションが上がっていた。
拾った棒をブンブン振りながら、ポイントへ向かう。
最初のポイントは、大きな足跡のあった獣道、鹿と同じく括り罠を仕掛けた。
しかし、野生は甘くない。
新しい足跡を近くに残して、イノシシにはスルーされたようだ。
まあ、一晩でどうにかなるものでも無し、罠を回収して次へ。
『グゴオオオォォォッ……ギュギュギュ……』
あれ? 何かすっごい唸り声が聞こえてくる。
最後の罠は、小さいイノシシの足跡をターゲットにしたはず……だが。
最後のは括り罠じゃなく、それを応用した吊り上げ網、地面から網に包まれて吊り上げられるタイプだ。
頑張り過ぎて、ちょっと大掛かりにはなっちゃったけど、こんな大迫力の唸り声を上げる獣が掛かるのは初めてだ。
「ティ、ティフォ、今度のはヤバそうだ。ここは慎重……」
「オッラアアアアァァァ!」
ティフォは弾丸の如く、樹々の間の最短距離を突き抜けていった。
……まあ、大丈夫だろ、神様だしな。
ともあれ、俺もティフォの後について、走り出す。
「どうだ!? 何が掛かってる?」
ようやく追いついて、膨らんだ網を見上げるティフォに話しかける。
「んー……おおもの」
『グゴオオオォォォッ! ギュギュギュ……』
「あー、確かに大物だわ、コレ」
「ん、すっごい、いびき」
網の中には深緑の中折帽を被った、旅人風の男が掛かり、気持ち良さそうに眠っていた。
いつ掛かったのか、まさか一晩中こうだったのだろうか……?
本人は薄っすら微笑みすら浮かべて眠っている。
「……はぁ。どうすっかねコレ」
「ん、とりあえず、おろす?」
そりゃそうだ、罠を外して謝らないとなぁ。
一応、人間には分かるように、目印は付けて置いたんだけど。
抜けてる人なのかな? 怖い人だったらやだなぁ。
俺、怒られるの嫌いなんだよね。
「よし、じゃあティフォ、そこのロープをゆっくり外して、静かにお……」
「オッラアアアアァァァ!」
「なんだとッ!?」
何がスイッチだったのか、ティフォは気合の入った雄叫びと共に、網を吊り上げてるロープを手刀で切断しよった。
─── ドフゥンッ!!
網に覆われたまま、なす術なく男は脇腹からモロに落ちた。
地面にバウンドする姿がスローモーションで見えた気がした。
※ ※ ※
「あっはっはっはっは! いやぁ、助かったよー。ありがとうありがとう!」
網から解放されると、そう言って男は立ち上がり帽子を押さえ直した。
糸目で色白の細面の若者は、よく見れば旅人にしては軽装過ぎる。
不思議な人だが、怖い人ではなさそうで良かった。
「いや、お礼を言われる筋合いは……。これ俺の仕掛けた罠なんだ。怪我はないか? 本当に申し訳なかった」
「ん? 何処から話しかけているんだい?」
あ、やっぱり打ち所悪かったか!? それとも、まさか目が見えない人を罠に……ッ!?
「ああ、目開けるの忘れてたぁー☆ あっはっはっはっは!」
何か……ガセ爺を彷彿とさせる人だなぁ。
「いや、罠に掛かった瞬間は焦ったけどね、ほらあの網、ハンモックみたいじゃない? 寝床探すのも面倒だから、そのまま~ね? おや、しかし暗い森だねぇ……」
「いや、アンタまだ目開けてないからな?」
「んん? あ、本当だ! おや……もしかして……君はあの……」
「え? 俺の事、知ってるのか?」
「あ、やっぱり! 今、自分の事を俺って言ったよね。間違いだったらごめんね、つまり君…… ─── 男の子だよね?」
「引っ張るのなげぇな! 見りゃあ分かるだろ、何処にこんなゴツい女がいるんだよ!」
「あっはっはっはっは! ごめんねごめんね、人と話すの久しぶりでさぁ」
と、突然、男の目が不審げに歪んだ。
「あ……もしかして君、人間……だよね?」
「……あ、ああ。そうだけど」
一瞬、男から微かに、殺気のようなものが走った気がした。
「…………こ」
「こ……?」
殺すとでも続けるのか、すでに殺気はないが、目に独特の鋭さがある。
「この通りッ! どうか僕の事、見なかった事にはしてくれないか?」
そう叫び、男は帽子を脱いで頭を下げた。
「……角? カスミ色の瞳……まさか」
「あ、魔族じゃないよ? 魔人族だからね! 大人しくここを去るからさ、どうか見逃してくれないかなぁ?」
─── ぐう〜っ、ギュギュギュ……
必死な顔でそう言った後に続けて、男の腹が盛大に鳴った。
何か色々と絵に描いたような人だな。
乳白色の角が生えた金髪頭、不安げなかすみ色の瞳の男は、捨てられた子猫のように佇んでいた。
「誰にも言わねえよ。それよりアンタ、何か食うか?」
「……え?」
その後、『何で僕のお腹か空いてるって分かるんだい?』から始まって二、三ボケられたが割愛しよう。
とりあえずテントに戻って、食事を作る事にした。
※ ※ ※
ザック─── そう名乗る魔人族の青年は、俺の作る飯を親の仇のようにガッついていた。
「ぷぁっ、息するのも忘れてたよー。いや君はいい人だね。アルフォンス君だったかな? こんなに美味いご飯、何十年振りかなぁ!」
「やっと喋ったな。どうだ? まだ食うか?」
ニッコニコのザックは、膨れた腹を叩いて笑いながら首を振った。
食べる勢いこそ化物じみていたものの、どんな料理も綺麗に食べていた。
コイツもいい人なんだろうなぁと思った。
「はあ〜、ご馳走さま。あ、そうだ。何かお礼をしないと」
「いや、いいよ。むしろこっちが罠で迷惑かけたんだしさ」
ザックは腕組みをして、うーんと唸る。
「それは僕の魔人族としての沽券に関わるんだ。何かお返しをしないと」
「魔人族ってのは、そういう掟でもあるのか?」
ザックはフッと笑い、遠くを眺めて、思い出すように目を閉じてうつむく。
そして、静かに語り出す……
「あ、そういうのは特にないよ、個人的なこだわりこだわり」
「溜めとフリがすげえんだよ。大事な話かと思ったよ!」
「あっはっはっはっは! ごめんねごめんね! ゲップ出そうになっちゃってさ」
面倒臭さくはあるが、いい人である事は確かだろう。ソフィアもティフォも、特に警戒するでも、ぞんざいに扱うでもなく接していた。
「ところでザックはこの森で何してたんだ? この時期の旅にしては軽装だし、この森で暮らしてるのか?」
そう尋ねると、ザックは急に肩をすくめて辛そうな顔をした。
何か言いにくい事でもあるのだろうか、魔人族は最も人間族から迫害を受けたのだ。
最初に会った時も、見なかった事にさせようとしていたし。
「……うん。言われて気がついたよ。寒いね、このかっこう、軽装過ぎだね」
ちょっと殴ろうかと思ったが、ソフィアとティフォが手遊びを始めて、妙な寂しさを感じたので彼とは友好的に行こうと思った。
「ほら、ちょっと古いけど、このマントやるよ」
ズダ袋からサイズの合わなくなった、フード付きのマントを出して渡した。
ザックには少し大きいかもしれないが、フードがあるだけでも保温は効くし、腰紐で縛ればローブ代わりにも出来そうだ。
「うわ、良いのかい! ありがとう! やっぱり何かお礼をしないと、気が済まないや。うーん、あげられるもの、何にもないなぁ」
「良いって、そのマントも俺はもう使わないんだし、そいつもタンスの肥やしになるよりはマシだろうしさ」
まあ、実際タンスの肥やしと言うか、このズダ袋につながる空間は、俺の作った亜空間だ。
十四の頃にセラ婆に教わって作ってから、専用の魔法陣を描けばそこにつながるようになっている。
つまり、実家のタンスと言うか、全部の荷物の入った物置を持ち歩いてるようなものだ。
時間経過がないから、物も痛まないし、熱い料理をそのまま保存も出来たりとかなり重宝している。
「君は本当にいい人だね。あ、僕が何をしてたかって話だったよね。僕は世界中を旅し続けているんだよ。もう何年続けているのかも忘れちゃったけど、ずっとずっと歩いてる」
「へぇ、何か目的でもあるのか?」
「それが忘れちゃったんだよねー。最初の数十年くらいは憶えていたけど、なんだか『歩く』って行為に哲学を感じたのがその後かな……?」
「数十年⁉︎ ザックって年いくつなんだ?」
「んん? いくつだったっけなー。忘れちゃった。とにかく世界中をあてもなくノンビリ周ってるんだよ」
はぐらかされたようには見えない。
本当に忘れてしまったんだろう。
確か魔人族はエルフ種と同じくらい長生きだったはず。
寿命は四百年から六百年、外見からは分からないが、聞いてみたら聖魔戦争経験者だったなんて事もあるのが長寿種族の恐ろしさだ。
「……そんなに長い事周ってたら、行くとこなくならねえか?」
「いやあ、それが同じ所でも、時間をたくさん空けると全然変わってたりするからねー。特にこの三百年の人間族の変化は目まぐるしいよホント」
「そっか……。そう言えば俺の種族がアンタらの種族に迷惑を掛けたらしいな……。その、申し訳ない。それだけ生きているのなら、嫌な思いもしたんだろ?」
そう言うとザックは、目を丸くしてから笑い出した。
「あっはっはっはっは! 大した事はないよ、それに君は関係ないじゃない? 僕ら魔人族が魔族と繋がってるとか、変な噂流し出した人間は、流石にもう生きてないだろうしねー。君がその子孫だったとして、責任はないよー」
「そう言ってくれると助かるよ。実は俺、すごい田舎者でさ、あんまりそういう迫害とか見ないで育って来たからさ……。この年で肌で感じてショックだったんだ」
ザックはそれを楽しそうに、うんうん聞いている。
「それに最初にザックと話した時、『見逃して』とか言ってたろ? 人間族を嫌ってるのかなって気になったんだ」
「ん? ああ、あれか。まあ、確かに人間族でも僕らにキツイ感じの地域は避けるけどね。でもあれはね、ほら、僕って人見知りするじゃない?」
「ぜってー嘘だわ」
と、この旅に出る時に、やってみたかった事の一つを思い出した。
「そうだ! さっきお礼がどうのって言ってたろ? それさ、俺に旅の話を聞かせてくれないか? 旅人の話、聞いてみたかったんだよ!」
「え? そんな事で良いのかい? 他にも色々教えたり出来るかもしれないよ?」
「堅苦しいの、あんまり好きじゃないんだ。まだ明るいけど、酒でも飲んでさ!」
そう言って、ガセ爺からもらった酒コレクションから、ちょうど良さげな火酒と、辺境伯からもらったワインを出した。
「うわー! お酒! ひっさしぶりだなー♪」
横で神様ジョークに花を咲かせていた女神二人も、お酒と聞いて身を乗り出してきた。
何だかんだ、仲良しなんだよなぁ、この二人。
お喋りな魔人族ザックは、酒が入るとさらに饒舌になって、俺たちは夜遅くまで彼の旅の話に耳を傾けていたのだった。





