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第十一話 太守の館

 夜空を流れる黒い雲が、風の流れに切れ間を作り、月の光をペタスの街中へと落とした。

 満月の近いやや下の欠けた月でも、通りに立てられた魔石灯の揺らぐような灯りより、青白くくっきりと街の光景を照らし出す。


 月明かりの下、ティフォの無数の触手それぞれに串刺しにされた、スライムに乗っ取られて傀儡(くぐつ)とされた人間のシルエットが、何体も積み重なってもがいている。


 大量の液体を辺りにぶち撒けながら、ティフォはそれを投げ飛ばし、こちらに迫り来る傀儡(くぐつ)の軍勢に直撃させた。

 人数分の重苦しい衝撃と、肉と肉の激しくぶつかり合う小気味良い音が、パァンと弾けて地を轟かせる。


 軍勢の手前にいた傀儡達は、さらに後続を巻き込んで吹き飛び、ごっそりとまとめて破裂した。

 ざぶりと音を立て、押し潰された張りぼてのような肉体から、薄緑色のスライムが辺りに流れ出す。

 その大量のスライムの海へと、俺は魔術を行使した。


「……【針雷(ニード・スンデル)】ッ!!」


 黒く細い雷の針が、天空から幾条も地面へと突き刺さる。

 直後、黒い雷光を(ほとばし)らせて、スライムの海を、火花を散らして舐めてゆく。

 それがスライム達の核に至ると、そこにそれぞれ拳ほどの漆黒の雷球を作り出し、集中的に放電を繰り返す。


─── パァンッ!


 スライムの内部で急激に超高熱を発したために、水蒸気で爆ぜる破裂音が、そこかしこで起こる。

 成人の儀の直後に使った同じ雷撃魔法は、山を削り取る天災級の破壊をもたらしたが、その後の一年の特訓により、市街戦で使えるレベルまでには調整が可能になった。


 更に雷撃は、後ろに控えていた、肉の皮を被ったスライム達に襲い掛かり、核ごと内部から沸騰もしくは破裂させてゆく。


「流石はアルくん。初級雷撃魔術で、上級魔術以上の威力が出てますよ? 初めてアルくんの攻撃魔術を見ましたが……何でしょうか、私まで(しび)れてしまったみたいです☆」


 うっとりと俺を見つめながら、ソフィアがただ五本の指を突き出しただけで、その直線上のスライム達が細切れに散る。


「これが魔族? ただの魔物じゃないか」


 向こうでは、ティフォが広げた掌を握り締めただけで、その目前に迫る数十体の人影が、一瞬にしてコイン程大きさの塊にまで圧縮され霧散(むさん)した。


「広義で言えばそうです。正しくは魔族との契約下にある、手足となった魔物。まあ、契約しているとは言え、所詮はスライムですから、戦闘能力はたかが知れています。

……でも、これ程の数のスライムが、人を取り殺すなど、まして操るなど聞いた事はないでしょう?」


「た、確かにそうだな!」


 普通のスライムは、魔物では最弱だ。

 体に取り込んだ肉を、酸性の唾液で溶かすか、体当たりするくらいしか攻撃能力はない。

 または、鼻や口にたまたま貼りついた事で、窒素する事故が起こるくらいだろうか。


 と、いうより、そもそも戦う程の知能はない。

 植物の習性に近く、栄養分や魔力を求めて現れる以外、普段は湿った暗所で静かにしている魔物だ。

 戦う種類とは言えない。


 極稀にだが、体内に入り込まれ、内側から溶かされて(むさぼ)られ、皮膚の表面をうようよと(うごめ)かせている動物の死体を見る事はあった。

 それくらい、里でも見られるありふれた生命体ではある。


 里の周りにいたスライムの上級種では、魔力を持ち、瞬時に硬質化したり、俊敏に動き回りながら魔術を駆使してくる巨大種のギガントスライムはいた。

 しかし、それも反射で動いている範疇(はんちゅう)で、戦略的に行動する芸当は、持ち合わせてなどはいなかった。


 スライム種が、他の生物に寄生する事がある。

 そう聞いた事はあったが、それは単にこの弱い魔物に油断しないようにさせるための、突拍子もない迷信だと思っていた。



 だが今、この普通種のスライムが、人の体を乗っ取り、武器を持って戦っている。



 最初に現れた個体は、確か鼻で匂いを確かめていたし、眼球で視界を確かめようともしていたのだ。

 人間の五感や器官を使おうとしている? そんな知能は到底有り得ないはずだ。


「魔物は魔物。魔族は魔物と一緒くたにされがちですが、魔族は人と同じように肉体を持った種族です。そして魔族は何らかの方法で、魔物と契約して従える。中には魔物を取り込んで、特殊な力と外見を持つ魔族もいましたが……。

かつて魔族とそれに使役された魔物が、同時に攻め込んで来た事で、人々にそう思われたのでしょう」


「……!! 魔族は人なのか!?」


「亜人種。性質は人間と呼ばれる人族とは大分違いますが、人ではありますね。エルフと人間が精霊族に近い種族とすれば、魔族と魔人族は魔神族に近い人類です」


 かつて人間社会に攻め込んで来た魔族。

 勇者との聖魔戦争を起こした彼らは、大陸の最北東に海を挟んで存在する、魔大陸から来たと言われている。

 その海峡は常に荒れ狂い、瘴気(しょうき)に閉ざされた魔物の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する人外魔境、そう聞いていた。


 魔王の宣戦布告の後に、彼らは各地に突然現れ、直接もしくは人を依代(よりしろ)にして人界を滅ぼそうと企んだと、勇者伝ではそう伝えられている。


 魔族、それが得体の知れない化け物ではなくて、亜人種……しかも、魔物を使役していたとは。

 単に勧善懲悪の物語だった勇者の伝説が、俺の中で急に、人種間の生々しい戦争だったように思えてしまった。


 淡々と話しながらも、俺達はすでにほとんどのスライムを片付けていた。

 それだけスライムは弱い魔物だ。

 でも、乗っ取られた人々は、その数だけ、紛れも無く死者数となっている。


 そして、果たしてこの街の一般人が、普通の人間と同じ程度の戦闘力を持った、それも武装込みのこの人数と戦えるのだろうか?


 これが魔族との戦いの恐ろしさか……。


 魔族は人と同じく知恵を持ち、その知能で魔物を動かす事で、戦略的に動く魔物を量産する。

 一定以上の力を持つ魔物には、よく鍛えられた冒険者のパーティや騎士団でも、時には簡単に敗走すると聞く。

 その魔物が、人並みかそれ以上の知恵を持って、戦略的に大挙してきたら?


「なんだ、ただの戦争じゃないか。『聖魔大戦』なんて言うから、俺はてっきり人を殺す怪物の討伐その戦いだと思ってた……」


「人も人を殺しますよ?」


「…!?」


「人が人に殺される時、あるいはそれが、怪物にも見えるかも知れませんね」


 溢れ出たスライムを淡々と処理するソフィアの背中が、酷く哀しそうに見えた。

 俺はガキの頃に絵本で読んだ、胸のすくような勇者の冒険譚(ぼうけんたん)が、音を立てて崩れ落ちるのを感じて、言いようのない喪失感を味わっていた。



 そうだ、()()()()()()



 聖魔戦争以降の亜人種迫害だって、迫害された側は、人族が悪魔にも見えただろう。


「勇者って、適合者って何だ? 世界は何を調律してたって言うんだ……?」


「それは…………

ッ! 新手が現れます、アルくん。上空に何かが迫って来ています」


 ソフィアの言葉が終わる直前、東の方角の空から、強い魔力が迫るのを感じた。

 俺はそれを確かめるように空を(にら)み、曲刀を握り締め、全身の魔力を循環させて備えた。




 ※




 遠くの空から、何条もの光の筋をたなびかせ、それはペタスに降り立った。


 こちらに着地したのは三人。

 それ以外は街の何処かへと、分散して降りて行ったようだ。


「これは……(おびただ)しい数の肉片が散らばっているが……。これはお前達の仕業か!」


 そう言って、腰に()いた剣を抜き、こちらに構えているのは、白に統一された装備の女だった。


 青い装飾が模様のように施された白い軽鎧に、首まで覆った詰襟(つめえり)の白いチュニック。

 グローブは黒っぽい素材で強化されているが、籠手(こて)(もも)からつながる臑当(すねあて)、鉄靴の先まで全てが白を基調に青い装飾がなされていた。

 バイザーのついた白兜は、顔を覆っておらず、整った目鼻立ちが確認できた。


「急に出てきて……何だお前ら」


「禍々しい鎧姿に、兇悪な髑髏(どくろ)の兜……。何よりも、貴様から発している異様な魔力。人間ではないな?」


 話を聞かないタイプか。

 勝手に話をしては、勝手に何かを納得している。

 とは言え、一瞥(いちべつ)しただけで俺の隠蔽(いんぺい)された魔力を見抜いたのには、それなりの技量があるのだろう。


「……ッ⁉︎ そこの女は『龍殺しの聖女』か! 何故、お前程の者がこんな所にいる?」


 女騎士はそう言って、剣を今度はソフィアに向ける。

 一緒に降り立った残りの二人は、即座にスライム掃討を始めていた。

 かなりの手際で、相当な手練れだと分かる。


「ま、待ってくれ! その人達は俺たちを守ってくれてたんだ!」


 俺達の居た屋台の店主が、召喚魔術に守られた領域から、大声で言った。


「ふむ。間違いがあっての正義は、我ら『極光星騎士団』の名汚しか。

よし、確かめよう……【真光の鑑定(レイテ・レイテ)】」


 女の目が光り、俺の体に微弱な魔力の波が通り抜けて行った。


「うむ、確かに魔族の類ではないようだ。守護神との契約がされている。しかし【触手と美女】とは、ぷっ、何とも面妖な契約主だが……フフフフ」


 契約を鑑定された!? しかも鼻で笑われた。


「おい、何のつもりだお前らは!」


「これはスマンな、いやなに、タッセルで魔族の存在が確認されたのだ。それも貴族の中から数人な。その供述から、このハリードの首都にも魔族がいると判明している。魔族専門の我々は、この地に手を貸しに来ただけだ」


 タッセルはこのハリード自治領を実質支配している国、ハリードの東側に位置している。

 そこにも魔族が……?


「極光星騎士団……あなた方エル・ラト教の精鋭が、なぜ大陸の北端から、わざわざこのような辺境にお越しになられたのでしょうねぇ?」


 ソフィアが素っ気ない口調で尋ねる。


「左様、我々は教団の盾であり剣。このハリードの太守との取り決めで現れた、魔族からの守護者だ」


 そう言って女騎士は、自分の胸を叩いた。

 その背後では、通りの向こう側で発せられた閃光が、何度となく暗い空を引き裂いている。

 女騎士の属する騎士団が激しい交戦をしているのだろう。

 足裏と空気から、断続的な重低音を感じていた。


「この辺りの魔族は片付いたようだな。移動だッ! 他班と合流する!」


「おい、待て! ここに来たお前らのタイミングが良過ぎる。何を企んでいる!」


 女騎士は胸元で十字を切り、(おごそ)かに言った。


市井(しせい)の者が預かり知る事ではない。

─── 全ては光の神ラミリア様の思召(おぼしめ)しだ」


 そう言って飛翔魔術を行使し、女騎士は二人の騎士と共に飛び去っていった。


「エル・ラト教。やはり帝国が噛んでますか……」


 ソフィアが吐き捨てるように(つぶや)くのが、微かに聞こえていた。

 それから間もなく、続いていた街の戦闘の気配が消え、静寂が訪れた。




 ※ ※ ※




─── スライムの襲撃から三日


 街には厳戒態勢がしかれ、首都ペタスはその門を固く閉ざしていた。

 駐留していた極光星騎士団も、昨日までは街を巡回していたが、今はすでに撤退したようだ。


 短時間の戦闘だったものの、スライムによって殺された犠牲者の数は四百を超えていた。


 傀儡(くぐつ)とされていた者達は、流れ者の冒険者や賞金稼ぎだったようで、生前の目撃証言と冒険者証を持っていた者達以外は、特に身元が判明するものはなかった。

 とは言え、装備や風貌(ふうぼう)は多種多様で、特定の地域から攻め入って来たのではないとすぐに発表された。

 彼らも犠牲者だったのだと。


「……実力者ばかりだったみたいだな」


 掲示板に張り出された、犠牲者の一覧には、傀儡にされた者達の内、身元の掴めた者達の情報が書かれている。

 冒険者に属していた者は、そのランクも書かれていて、低くてもD級、中にはB級の表記も見られた。

 少なくとも、高額報酬が受け取れるくらいの実力があったと分かる。


「この辺りは魔物も少ないですから、ギルドの依頼で来た冒険者ではないでしょうね。おそらく、賞金稼ぎ目当てに流れてきた中級から上級に届く者達だったのではないでしょうか」


「それがスライムに乗っ取られた。いや、それだけの実力があったのにも関わらず、最弱の魔物に遅れをとったとは、ちょっと考えにくいな」


「ハァ。それにしてもこれは……」


 ソフィアが溜息をついて、掲示板に集まった人混みから聞こえる噂話に、うんざりした顔をする。

 今やペタスは極光星騎士団と、その所属するエル・ラト教の話題で持ちきりだった。


 突然の魔族の襲来、そこに天空から白い騎士団が舞い降りて、自分達を救ったのだから仕方がない。

 勇者伝説も手伝い、白き騎士団とその教団、ひいてはその本拠地であるアルザス帝国の評価はうなぎ登りだった。

 ハリードの宗主国たるタッセルが、帝国に擦り寄ったと言う噂が流れる今この時期、これはタッセルの王の追い風になるだろう。


 それらについて懐疑的なソフィアは、こうした話題には、あからさまに嫌そうな顔をする。


「はぁ……こうやって何も確かめずに信じ込むから、人は何度も過ちを繰り返すんですよ」


「ソフィアは帝国関連の話題、本当に嫌いだなぁ。どうして?」


「大体ですねぇ、あの女騎士が『光の神ラミリア様の思召し』とか言いましたよね? 私でも遠い上司の上司ですよ? なんで直接、宗教に関わってるんですか。思召(おぼしめ)さないですよそんなもん。光とか言うから良さげだと思って、名を(かた)ってるだけなんですアレは。

……だいたい、光の神が人のあれこれに指図しませんよ。嘘、欺瞞(ぎまん)詐称(さしょう)、ハッタリです」


 ソフィアはそこまで早口でけちょんけちょんにした後、急に申し訳なさそうに眉を寄せて、言葉を選ぶようにたどたどしく言う。


「まあ、直近の理由はそれとして。大きな原因は聖魔大戦の真実と前オルネア。後は私の妹の事が絡みます。詳しい事は今はまだ……ちょっと」


 越権行為。

 俺が本当の両親に会うまで、そこで明かされる運命を受け入れるまで、ソフィアが話せない神々の(おきて)


「うん、待つさ。いつか聞かせてくれ」


「……はい!」


 ん? ソフィアの顔が(とろ)けたようになってる。

 ……あ、今のは俺が運命を受け入れて、ソフィアと共に進む事を、改めて宣言したようなものか?


─── むぎゅっ


 昨夜の戦闘で目立ち過ぎたから、今は鎧を着けていない。

 つまりソフィアの押し付ける体の感触が、俺の腕にもろに伝わるわけで……。


「……やくそく……です」


 ソフィアがそう囁いて、頭を寄せた。

 彼女の甘やかな匂いが鼻をくすぐる。


「あっ、ここにいましたか!」


 人々のざわめきの中、背後から若い女性の声がした。

 振り返るとそこには、ギルドの受付嬢が額の汗を拭って、息を弾ませていた。


「あら。貴女は確か、ギルドのメス猫……」


 ソフィアの体に神気が立ち込める。

 さっきまでの甘い空気は何だったのか、女の人はやっぱり怖い……。

 受付嬢はそれを完全にスルーして、慌ててソフィアに駆け寄った。


「私の事はどうでもいいんです! それより、大変です! 太守クリスティアン様から、ソフィア様に招集がかかってますよ!!」


「……太守? このハリードの首長がギルドを通して、私にですか?」


「あ、依頼とかではなく……。今回の事件でのご活躍と、多数の賞金首をあげた事に感謝を伝えたいと」


 ソフィアは全然嬉しそうにしていない。

 むしろ、面倒臭そうに眉をひそめた。

 まあ、無理もないだろう、翌日には事件の事情聴取でえらい長く時間を取られたし。


「興味が全くわきませんね。それはお断りできるのでしょうか? 大体、私達はバグナスへと先を急ぎたいと言うのに、門が閉鎖されて迷惑してるくらいです」


「そ、そうですよねー。で、でも太守の信頼が得られれば、門を通してもらえるかもしれないじゃないですか! 門の閉鎖は、不審人物の封じ込めが目的ですし」


 確かにそうかも知れない。

 流石は冒険者ギルドの職員だ、事態がよく飲み込めている。


「……ハァ〜。そう言う事なら、分かりました。伺うのはいつですか?」


「すぐにでも、との事です。すでに太守側に話は通っているので、いつでも入れるそうです。あ、お連れの方も是非に、との事でした」


 何とも手回しのいい。

 まあ、この緊急事態の直後だ、S級の冒険者が近くにいると言うのなら、協力関係を求めてくるのも不思議じゃあない。


「アルくん、よろしいですか?」


「かまわない。ティフォを回収したら、準備しよう」


 さて、この人混みの中から、小さな妹を探し出せるだろうか。

 人の多さが物珍しいのか、浮かれたティフォは絶賛迷子中だ。


 そうして、俺達の太守クリスティアンとの接見が決まった事だし、探し出すとしよう。

 とか思って少し歩いたら、ティフォは意外とすぐに見つかった。


 人混みの中で、触手でも踊ってやしないかと見回していたら、絡みつくような視線。

 その方向を目で追うと、それは確かに俺を見つめていた。

 身動きひとつせず、変化のない表情でただ俺を見つめてそこにいる。


 ティフォの背中に、背中合わせでおんぶ紐に縛り付けられた『オニイチャ人形』だ。


 ……あれ、やっぱ怨念とか入ってんじゃねぇか? 

 店主の言ってた『見られてる気がした』って、気のせいじゃねぇよ、絶対見てたよ。


 ティフォ本人は人混みに酔ったのか、ジト目をさらにじっとりさせていた。

 背中合わせだった背中の人形は、いつの間にか普通のおんぶの向きに直っていた。

 今度はティフォの肩の後ろから、俺をジッと見つめている。


 今度、教会でお(はら)いでもしてもらおうかしら。

 俺が【属性反転(グルスドラー)】とか【浄霊(フォデング)】を掛けてもいいけど、断末魔とか上げられたら、怖いから自分でやるのは止めておこう。




 ※ ※ ※




 太守館は少し想像していたものと違っていた。

 辺境伯の城のような建物を見ていただけに、さぞかし華美な建築だと思っていたら、そうではなかった。


 剛造りと言うのだろうか、白く堅牢(けんろう)そうな重々しい様式で、装飾はほとんどされていない。

 一階建ではあるものの、建物のは巨大で横に長く、無骨な柱が立ち並ぶ様は壮観だ。


 自治は認められているとは言え、属国に等しいハリードには、栄華を誇る事が許されていないと言う。

 質素な様式ながら、威光を出すための工夫なのかも知れない。


 門の前に立つ兵士は、ソフィアの名前を出すとすぐに俺たちを通し、使用人の案内がついた。


 太陽は真上からやや傾いた時間であったが、建物内は開口部が少ないからか薄暗く、魔石灯がぼんやりと光っている。

 奥まった所の、一際大きな扉の前で、案内が声を張り上げると、内側から重々しく開け放たれた。


 長く続く絨毯の先に、見慣れぬ民族服に袖を通した男が、装飾の施された黒檀(こくたん)の椅子に腰掛けている。


「ようこそ、ハリード太守の館へ。私はここの太守、クリスティアン・サインディアスだ」


 そう言って、茶色がかった黒髪を、長く垂らした男が立ち上がった。


 玉座ではなく、椅子。

 そしてその椅子は、俺達の立つ床と同じ高さにある。

 この男が王ではなく、この地域を任された太守の立場である事がうかがえる。


「お初お目にかかります。クリスティアン太守。私はバグナスの冒険者ソフィア。こちらにあるのは、私の付き人の二人です。本日はお招き下さり、光栄です」


 慣れた調子で口上を述べるソフィアは、太守に敬意を表しながらも、頭を下げ過ぎぬ一定のバランスを取っていた。


「此度の魔物の襲撃事件、君達の活躍は耳にしている。自治領の太守として礼を言おう。感謝する」


 豊かに蓄えられた(ひげ)で隠され、その表情は読み切れないが、声のトーンが一定なために何処か冷ややかにも聞こえた。


「それと、この街に向うにあたり、周辺のならず者等を、未だかつてない規模で捕らえたそうだな」


「はい。すでに身柄は引渡し、報酬も頂いております。柔軟な対応をして下さったハリード領ギルドの皆様には感謝しております」


「そうか、それに関してもこちらに話は届いている。よくやってくれた」


 太守がそう言いながら、スッと片手を上に挙げた。

 背後の護衛兵と使用人の動く気配がする。


「此度の君達の働きは、大いに私達の心を惹きつけている。この時期にまさか、S級の冒険者が現れるとは、神の思召しかな?」


 太守の声にわずかに変化があった。

 笑いを噛み殺すような、奥歯に力の入った声の緊張が見られた。


「思召し……ですか。そうかも知れませんね。今、ここに私達が来たのは、恐らく運命のひとつなのでしょうね太守様」


 ソフィアの淡々とした声に、太守の頰が持ち上がり、髭の間から白い歯を見せた。

 笑っている? 何故?


「所で太守様。……どうした事か、先程から魔力が隠し切れておりませんよ? その程度では、いつか化けの皮が剥がれてしまいます」



─── ジャキッ!



 突如衛兵が複数人現れ、俺達に槍を構えて囲んだ。


「ククク……フッ、ハァーハハハハハッ! 流石だな『魔狼狩りの聖女』! この段階で俺の正体に気がつくとは、恐れ入る! その()、実に魅力的だ」


 太守が笑いながら自らの顔を掴むと、顔の形が歪んだ。

 指と指の間から、あり得ない形で肉がはみ出し、眼球は左右別々に狂ったような動きをみせた。


「……スライム……なのか!」


 思わずそう(つぶや)くと、太守の片目が俺を見据えた。


「スライム……ああ、俺はスライムの最上位種と交わったゼラチナマスター。

魔将公オルタナス─── 魔族だよ」


 オルタナスはそう言って狂ったように(わら)うと、口から黒い霧を吐いた。


「─── 【魔素撹乱(スン・ヒード)】」


 一瞬にして霧が室内に拡散すると、魔力に干渉を始める。

 動かす先から魔力と霧が反応して、チリチリと小さな光を生み出しては消えて行った。

 魔術の発動が妨害されている!?



「魔術は封じた。そして、俺には武器は通用しない……。さあ、どうする? ()()()



 オルタナスの嗤笑(ししょう)が、湿った室内に響き渡った。

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