2,数週間程前
コンフリーは、打ち合わせルームでセージを待っていた。いつも通りの新しい任務だろう。任務は基本的にボスへ依頼が来て、ボスの審査を通った物がセージに送られる。そして、セージがそれを各メンバーへと配るのである。何時しかこの構図になっていたらしい。コンフリーがココに来る前のことなので詳細は分からないが、古参であるヘリクリサムなどが文句を言わないので現在もこのままである。
「待たせたな」
セージが現れた。紙の束を持っている。それをテーブルに置いた。
「今回のだ」
コンフリーは中身を確認した。ある女の殺害。これが今回の任務であった。ある女についてはある程度この紙の束の中に纏めてあった。
「悪目立ちしているから消して欲しいらしい。確かに、彼女は有名だ。薬物で遊ぶ女と言われている。依頼主の女だったようだが」
「まぁ、ここまで好き放題してたら邪魔になるだろうな」
女は、縄張りを築き始めた。
「猿山の大将になって全てを手中に入れようとした。多少なりと組織の運営の障害となった」
「なるほど」
依頼主の組織が自ら手を加えないのは、何かしら理由があるのだろうが、考えたところでこちら側があれこれ干渉することではない。ただ、その組織の最下層にいる人間でもできそうな事を依頼してくるあたり、ボスと依頼主との間では何かあるのだろう。どちらにしろ、食いっぱぐれない程度に依頼があることはありがたい。
コンフリーは、紙束の一枚目に載せられた女の写真を見つめた。写真の中の彼女からは、妖艶さを醸し出している。きっと、多くの男どもを虜にしたのだろう。この美しい花の蜜を吸った虫どもはその花が毒蜜だと知らずにいたのだろう。中には、死んだ者もいるはずだ。
(趣味ではないな…)
コンフリーは、紙束を持って打ち合わせルームを出ていった。
ヘルバアジトから少し離れた繁華街。大きな橋を渡った場所に位置するそこにターゲットがいる。まずは、様子を見るところからだ。さっさと終わらせるのであれば、ターゲットが一人になるときがいいが、ターゲットにも取り巻きはいる。自分が狙われるという存在であることは理解しているようだ。ならば、2人きりになれる状態。コンフリーの場合は、"寝るとき"である。そのために、ターゲットを観察し、隙あれば近づく。
行動するならば夜の方がいいだろう。闇に紛れて様々なものが動き出す。日の下で生きていけぬ者が巣くうのが闇だ。
日が沈んでいく頃、徐々に人種が変わっていくのを感じる。スーツなどを着込んで忙しなく動く人々とは違う人種。肌の色だとか目の色だとは違う。住む世界の違う人種だ。路地裏で何かに怯える人や路上パーティ状態の若者たちや取っ組み合いを始める人々などなど、この街に眠りなどない。
夜の街を歩きながら、コンフリーはあるバーへ向かう。ターゲットの女が立ち寄る場所である。今日は、女に近づくのは目的ではない。近づければそれに越したことはない。まずは、様子を見ることにする。
6階建のビルの地下1階にバーはあった。地下へと繋がる階段は外に設けてあるようだ。コンフリーは、地下へと足を踏み入れた。
カランとドアに付けられたベルを鳴らしながら店内へと入る。
「いらっしゃいませ」とカウンターにいる店員がこちらへ笑みを浮かべた。コンフリーは、店内を見渡した。
(あの女は、居ないようだな)
店内には男しか居なかった。店の入り口で佇むコンフリーに店員が不思議そうに眺めている。それに気がついて、急いで席に座ることにした。テーブル席とカウンター席を交互に見て、カウンター席へと進む。カウンター席に1人座っているのを確信し、一つ席を空けて座った。
「何にいたしましょう?」
店員が声をかけてきた。コンフリーは、ちらりと横の客の手元を見る。ロックグラスの中にエメラルドの液体がキラキラと煌めいている。
「…じゃあ、あの」
コンフリーは、横の客のグラスを指差した。横の客は、コンフリーの動作を横目に見ながら笑い出した。
「やめとけよ、ジャガイモボーイ。お前には、カクテルなんてお洒落なヤツよりビールだろ……ってお前!デイビットか!」
「…アントン」
コンフリーにとって、その名は懐かしい名前であった。デイビット。久しく聞いていなかった名前だ。自分の中でコードネームである"コンフリー"が随分と馴染んできているのを感じた。
「お、お前、あのデイビット…だよな!?」
「…あのってなんなんだ」
「そりゃ、お前……」
アントンの言葉が吃る。そして、言おうと喉まできた言葉を酒で流し込んだ。
アントンが言わんとすることは、わかっていた。コンフリーの前に静かに置かれたエメラルドの酒が揺らめいている。
二人は、目を合わせることなく酒を煽った。数分の沈黙に耐えきれなくなったアントンがゆっくりと視線をコンフリーへと向けた。
「…なぁ、デイビッド。お前はいつの間にこの国にいたんだ?まさか、お前とここで会うとは思わなかったよ」
コンフリーは、アントンへと視線を向けることなくまた一口酒を煽る。コンフリーの様子をアントンは見つめながら、小さく息を吐いた。
「…あれは、お前のせいじゃないからな」
アントンは、コンフリーへ視線を向け続けていた。コンフリーは、その様子を横目に見ながら、極力ゆっくりとグラスを置いた。それを見たアントンは、コンフリーが聞く気になった合図だと認識した。
「戦線にいた奴から聞いた。あれは、上官の判断ミスだって。あの戦場で、お前は上官の判断の下戦った。だから…」
コンフリーが視線をアントンへ向けていた。彼の緑の瞳はどこか祖国の新緑を思い出させた。
(お前の目の奥にまだ祖国はいるんだろう?)
「…俺の事はいいだろ」
コンフリーの視線がアントンから逸れた。
「お前こそ、なんでここにいる?」
「え?あ、俺か?まあ、あれだ。ドリームを掴みに」
「…お前、そんな奴だったか?」
アントンの言葉にコンフリーは引き気味だった。
「兵役終えてさ、国にいたんだけどなんか平和だなって思ってさ…刺激を求めてっていうの?だから、ドリームってのも嘘じゃないんだよな」
「ドリーム…ねぇ…」
「あ、馬鹿にしてんのか?」
「別に馬鹿にはしてねぇよ。どうやってドリームとやらを掴む気なんだよ」
コンフリーは、店員に何か、酒に合うものをくれとメニュー表も見ずに頼んだ。
「まぁ、今に見てろって!」
店員が2人の間に割るようにつまみをテーブルにおいた。皿の底がテーブルに置かれる音と同じタイミングで店のドアがカランと鳴った。
2人は、ドアベルに釣られドアへと顔を向けた。そこには数人の男を引き連れた女が現れた。体のラインがしっかりと見えるケバケバしい紫のドレスを纏う女が2人の後を通り過ぎていく。女は通り過ぎる最中、掠めるようにコンフリーを見ていた。
ああ、あの女か。あの紙束の1番上に貼り付けられた写真を思い出した。
「きた」
女の後ろ姿を目で追うアントンが呟いた。
「知り合いか?」
コンフリーがアントンに声をかけると我に帰ったのか瞬きをしてからこちらを見た。
「へ?あ?」
「知り合いかって聞いたんだ」
こいつ、あの女に気があるな。そう思い、アントンの顔を睨む。
「おいおい、睨むなよ。あー、まあ、少し前に、ここであってさ。何回か喋っただけさ」
「ほーん…にしては、食い入るように見てたけどな」
コンフリーは、店員を呼び、ビールを頼んだ。
「あ、いや…」
コツン、コツンとピンヒールがワックスの効いた床を弾く。
「コンバンハ、お兄さん方。ええっと、アントンだっかしら」
「や、やあ、レディ」
店員がいつの間にか置いていった瓶ビールを見つけ、緊張で強張りながらも笑みを必死に浮かべているアントンを横目にビールを飲んだ。
「そこの彼は?お友達かしら?」
「あ、こいつ?こいつは」
「デイビッド。こいつのオトモダチだ」
少し強めに、瓶ビールをテーブルに置いた。ゴトンという音に特に驚く様子もなく、ニコリとコンフリーを見ていた。
「はじめまして、デイビッド。アントンとは、何度かここで飲んだことがあるけれど」
「俺はここに来たことがないからな」
「そうよね。アナタの顔、一度見たら忘れなさそうだもの。私の名前はジュエルよ。ジュエル・ベネット」
ジュエル・ベネット。紙束に書かれた名前を思い出した。確か、ジーン・スコットだったか。コンフリーは、紙束と目の前の女とを照らし合わせ情報の整理をした。
(“宝石”が今の名前か…)
この街の夜にキラキラと輝く宝石と言うことなのだろう。
「ジュエル。いい名前だ。誰よりも輝いている」
「あら、アナタ、ロマンチストなのね。でも、悪くないわ。私は、好き」
ジュエルは、コンフリーの言葉をお気に召したようだった。
ジュエルは、コンフリーの手にそっと手を添えた。いとも容易く獲物が釣れた。そう思った時、少し遠い所で大きな咳払いが聞こえた。そちらに目を向けると、ジュエルの取り巻き達がこちらを睨みつけていた。俺たちの宝石を返せと言わんばかりに。彼らの様子を見て、ジュエルは、嬉しそうにしている。
「残念、アナタと、もう少しお喋りしたかったけど、私も今日はオトモダチと飲むの。また、遊んでくれるかしら?」
「ああ、また、来るさ。その時は、もう少し“待て”が出来るオトモダチと来てくれ」
「ふふ、じゃあ、アナタは“待て”出来るのね?」
「試してみればいい」
俺を手懐けられるならな。と、心の奥で不敵に笑っていた。ジュエルは満足したのか、「楽しみにしているわ」と少しだけコンフリーの指に自分の指を絡ませてから離れていった。
「何だよ、お前、気に入られて。焼け酒だ、焼け酒!」
コンフリーとジュエルのやりとりを横で見せられていたアントンが声を上げた。そして、コンフリーの飲んでいた飲みかけのビールを一気飲みした。
「おい、アントン」
瓶ビールを奪い取ろうと手を伸ばすとすかさずアントンの掌がそれを弾き返す。
「うるせぇ、色男!あー、そうだよ、そうだったよ、お前は、色男だったよ!」
「何だよ、ヒステリックか?」
「非番に飲みに行ってもいっつもお前に女が寄る。引く手数多だった…けど、あれ?」
アントンは何か疑問に思ったのか、静かになった。宙を仰ぎ、考えているようだった。
「何なんだ、忙しいな、お前」
コンフリーは、呆れながら店員を呼び止め、追加の酒を頼む。
「デイビッド、お前、変わったか?」
「は?」
「何か、昔より積極的だ。前は寄ってきたから相手をしたって感情だったろ」
店員が静かに瓶ビールを置いていった。
「そうだったか?」
新しい酒を一気に体内へ流し込んでいく。
「そうだよ。だって、お前とルーはいつもモテてたけど、タイプが違ったし、お前は来るもの拒まずだけど、今のお前は、あいつみたいに」
ガタンと一気に飲み干し空になった瓶ビールをテーブルに置いた。
「悪い、酔った」
ブルゾンの胸ポケットから金を取り出し、乱雑にテーブルに置いて、アントンの制止を無視して、大股で店を出た。
まだ、夜が終わるには時間がある。夜の街は眠ることを知らず路上で若者達が安い酒を囲んで騒いでいる。その近くをコンフリーは大股で歩いていた。
(私情に、囚われず、任務を、遂行すれば、いい…)
一つ一つの言葉をゆっくり、慎重に、自らに言い聞かせる。自分へ言い聞かせているのに、言葉の間にノイズが走っているようだった。
「ルー…何でお前は…」
まだ、月が頂点に鎮座し、空を支配している時間。コンフリーは、1人だった。自分は何をするのだったか。我に帰り、顔を手で覆い、空を見上げた。ただ、街の光に負けぬほど煌々と光る月だけがそこにいた。
「ねぇ、ねぇ、そこのお兄さん」
「ちょっと、やめない?男1人とか変じゃん?」
「えー、かわいそうじゃん。ねぇお兄さーん」
(お兄さん…俺のことか)
コンフリーは、声の方を顔を向けた。
「え、イケメンじゃん!」
「ちょっと、ブランカ」
そこには、女が2人。1人は酔ってハイになっているようだった。
「お兄さん、暇ぁ?」
丁度いい。寝る所も無かったことだし、治安のあまり良くない所で野宿は、あまりいい選択ではない。
「…暇だな」
ハイの女がふらふらと寄って来た。
+登場人物紹介
・デイビット
性別:男性 年齢:20代後半 出身:欧州
コンフリーの本名。
・セージ
性別:男性 年齢:20代後半 出身:欧州周辺
ヘルバのメンバー。
・アントン
性別:男性 年齢:20代後半 出身:欧州
元軍人。ヘルバに入る前のコンフリーを知る男。
・ジュエル・ベネット
性別:女性 年齢:20代から30代
本名は、ジーン・スコット。コンフリーの任務の対象。




