1, 4:00
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日が昇る前の冷え込む時間帯。着こんでいても寒さを感じてしまうため、眠りが浅いこの時間は、どうしても寒さに負けて目覚めてしまう。少し動いたことで、寝具から温もりが消え、余計に寒さを感じる。もう一度夢の世界に行くのは厳しそうだと諦める。
「うーん…もう少し寝れたのに。仕方がないわね」
キャットニップはいつもより早いが、起きることにした。部屋を暖かくして寝なかった自分も悪い。このアジトがエコだとか省エネだとかを推奨しているわけではないが、真冬でもないのに暖房機器に頼っているのは、自分の根にある幼いころの貧困生活が許さない。変な意地を張ってるとキャットニップは自嘲する。
「体でも動かせば少しは温かくなるでしょ」
クローゼットを開ける。片手で数えられる程度の洋服たちが並んでいる。キャットニップにとってはこれでも多い方なのだ。先ほど、夢から目覚めたはずなのに、夢の中にいるような気持ちになる。まるで、シンデレラだ。自分はシンデレラになった。ぼろ雑巾のような人生が一変して、こんなふかふかの寝具で寝られて、かわいい洋服を纏えるのだから。「今日はコレにしよう」と選ぶことが出来る喜びに感謝しよう。今日も今日とていい日になる。キャットニップは、そう確信しながら服を着替え、部屋を出るのだった。
しかし、この後に怒鳴ることになるなど、彼女は予期できなかった。
部屋から出てアジト内を歩く。誰もいないのか、静かだった。慣れ親しんだ場所ではあるが散策でもしてみようと歩いていたが、目の先で何かチカチカと光っている。扉に嵌めてある半透明の硝子から光が漏れている。
「ここは、確か打合せルームのはず」
誰か任務でもあるのか。楕円状のテーブルとそれを囲む椅子と扉と反対側にスクリーンがある。大きな任務で大人数が投与される際に使われるところだが、そんな任務はないはずだ。では、誰かが任務で必要な資料を見る為に使っているのだろう。ならば、朝の挨拶をしよう。アジトを一人でぶらぶらしているのも淋しいと感じていたころだった。
キャットニップは、打合せルームの扉を開けた。
打合せルーム内は、モニターを眺めるコンフリーとセージ。そして、モニターに映る映像と連動するように左右に設置したステレオから流れる女性の喘ぎ声。
現状を正確に把握しようと頭をフル回転するが、状況全くついて来ていない。そして、暫くして理解した脳は、悲鳴をあげろと命令した。
「いやあああああ!!!信じらんない!!!!!」
キャットニップは、顔を手で覆い赤面するが、音は否応なしに耳に入ってくる。
「何なのよ!それ!」
「あ?何って見りゃわかんだろ、AV」
気だるそうにコンフリーがキャットニップの方へと体を向けた。コンフリーの前には白紙の報告書が置いてある。任務明けだったのは理解できる。ただ、ここで何故ソレを見ているのか全く理解できない。
「さいってい!!!!」
キャットニップは、勢いのまま打合せルームを出ようと扉を押した。廊下側へと開く扉が何か障害物に当たった為に人一人がギリギリ通れるくらいしか開かなかった。
「あいたたた…」
開いた扉に当たったのは物ではなく、人だったようだ。
「あらあら、運が悪いわね、ジュニパー」
扉を引いて確認すると、尻もちをしているジュニパーとその後ろで笑みを浮かべているシトロネラだった。彼らにしては随分と早い時間にアジトにいる。
「ごめんなさい。ジュニパー」
「だ、大丈夫」
ジュニパーに向けて手を差し伸べる。ジュニパーはキャットニップの手を掴み立ち上がった。
「どうしたのかしら?そんなに勢いよく開けて。それに、顔が赤いわよ?」
シトロネラが、ゆっくりとキャットニップに近づいてくる。胸が大きく開いたワンピースを纏い、動くたびに大きな胸が揺れる。優美で艶やかで、あのモニターに映る女性とは比べられぬほどの色気を持っている。そんなことをぼんやりと考えてまた赤面する。
(何を考えているの、私!)
「あらあら、どうしたの。顔を赤くして、可愛いわね。そんなに私が美人?」
シトロネラは、キャットニップへ向けて手を差し伸べた。その手を右手で握り、左手は顔を隠す。シトロネラは、不思議そうにキャットニップの手を掴み、引き揚げた。そして、キャットニップの後ろの扉の奥から漏れる光と音に感づく。キャットニップの手を放し、彼女の横を通り抜け、打ち合わせルームへ入っていく。
「あ、シトロネラ。そこは…」
キャットニップの制止の声がシトロネラに聞こえていたかは定かではないが、聞こえていても彼女は止まらなかっただろう。
「朝から、随分と堪っているのかしら?コンフリー」
コンフリーは、シトロネラを見て舌打ちをした。そして、真っ白の報告書の横に置かれたリモートコントローラーを乱暴に取って、停止ボタンを押した。
「ちょっと!セージ貴方まで一緒に観ていたの!?」
「…え?えー…何をだ?」
シトロネラが、セージの顔を見ると、セージの白い顔には似合わないほどの深い深い隈が目の下に出来ている。これを見て、シトロネラはため息をついた。この男、多分だが、任務中一睡もしていない。そして、任務完了し、アジトまでは正常に動いていた脳がここでシャットダウンしたに違いない。
「セージ!貴方は休憩室で仮眠を摂りなさい。キャット、ジュニパー、彼を休憩室まで運んであげてもらえる?」
二人が打ち合わせルームへと入ってきた。キャットニップの方は手で顔を覆いながら現れた。
「もう大丈夫よ。ほら、セージ立って」
ふらふらと立ち上がったセージをキャットニップとジュニパーが両脇に抱え、部屋を出ていく。その後ろ姿をシトロネラは手を振りながら見送り、彼らの姿が見えなくなったのを確認し、振り向く。もちろん、そこにはコンフリーがいる。若干、不貞腐れている。
「朝からそれ見て抜いてたのかしら?引く手数多のプレーボーイは、今日は誰も添い寝してくれなかったのね」
シトロネラは、皮肉満点に言ってやった。可愛い妹または娘のようなキャットニップを傷つけたのだから、このくらい言ってやらねば彼女は満足しない。
「はっ、寝たさ。で、殺した。胸糞悪い女だった」
「…惚れてた?」
シトロネラがそういうと、コンフリーは大声で笑いだした。シトロネラはそれを見てため息をついた。それはない。シトロネラは分かっていた。しかし、聞いてみた。彼は、興味がないのだ。彼は、その日の寝床としか、女性を見ない。この顔と体だけいい男に惚れた女を不憫に思ってしまう。
「悪いが顔なんか覚えてない。顔も名前も……覚えてるなら糞女だったことくらいだ」
今日のコンフリーはかなりご機嫌斜めなようだ。基本的に、徹夜明けでアジトに帰ると機嫌が悪いが、今日はいつにも増して機嫌が悪い。
(珍しい……)
「そんなDVDをここに持ち込むくらいのクソ女だったことは分かったわ」
「あ?俺がこの趣味の悪いAVを持ってるとでも?はっ笑わせる。それは、そのCDROMデータの中に埋もれてたやつだ」
過去のデータをCD-ROMに入れて一部保管してある。とは言っても、大した内容のものではない。だからこそ、CD-ROMにしているわけである。
「あら、貴方じゃないのね。でも、いやね。そんな所にそんな物が入っているなんて…」
子供たちの教育によくないわ。などと、母親にでもなったかのような物言いをするシトロネラに、コンフリーはじっと彼女を観察するように見つめていた。
「あら、熱心に見ているのね。貴方から見てもいい女ってことかしら」
「さあて、どうだかな」
コンフリーは、着ているブルゾンの胸ポケットから所々塗装の剥がれたボールペンを取り出し、真っ白だった報告書に任務時の状況や時間帯等を書き込む。内容は明確だが、文字は走り書きで見た目が綺麗ではなかった。そして、お粗末ではあるが出来上がった報告書を持って、何も言わずに打ち合わせルームを出て行ってしまった。
「…はあ。とりあえず、このDVDは破棄しておきましょう」
打ち合わせルームに一人取り残されたシトロネラは、DVDを取り出して素手でそれを真っ二つに折ってごみ箱に捨てた。そして、用事のなくなった彼女も打ち合わせルームを後にした。この部屋に残ったのは、女性ものの香水の匂いだけだった。
ヘルバアジト地下2階。ランドリールームが設けてある。洗濯機と乾燥機が2台ずつ設置してある。汚れの酷いものは業者に頼むか、破棄するが、少しの汚れはここを利用する者が多い。家に洗濯機を置いていないメンバーは、ここへ1週間分の洗濯物を持ってきている者もいる。そして、先ほど、雑に衣類を詰め込んだ大袋を抱えてチャイブが現れた。
「さてと、この時間なら誰も使ってないよね」
チャイブは、洗濯機の扉を開き、衣類を詰め込んでいく。すべて入れ終わると、洗剤と柔軟剤を一緒くたにして入れた。そして、扉を閉めてスタートのボタンを押した。
「これで良し。これが終わるまで、エルダーのところでハンバーガーでも良いね~」
洗濯機に表示されている仕上がり時間を確認してから、ランドリールームを出る準備をしていると、ランドリールームの扉が開いた。こんな時間に人が来るとは珍しいと、扉の方を見ると、眉間に皺を寄せた男が立っていた。
「hello.コンフリー」
とりあえず、挨拶をしてみる。彼の顔は見るからに不機嫌と書かれている。彼が任務終わりの朝が、機嫌が悪いのは皆分かってはいる。しかし、子供でもあるまいし、いい加減、自分で機嫌をとって欲しいものである。
「…hello」
挨拶は返ってきた。
(うーん。いつもより機嫌が悪そうだね。“多一事不如少一事”かな?)
コンフリーは、洗濯機の前まで来ると、着ていたブルゾンを脱ぎ、ポケットに入れていたボールペンとぼろぼろの手帳を抜いて、ブルゾンを空いている洗濯機の中へ乱暴に投げ入れた。そして、洗剤を適当に入れて、乱暴に洗濯機の扉を閉めて、スタートボタンを押した。
(随分疲れているのかね)
「コンフリー、君少し横になったらどう?」
そんな顔をティートリーが見たら泣き出してしまいそうだ。顔が凶器はまさに今の彼のことではないだろうかとチャイブは思っていた。
「…寝ると夢を見る」
まあ、そうだろう。と言いそうになったが、止めた。彼は、きっと夢が嫌いなのだろう。
「君の気分が少しでも晴れることを切に願うよ」
チャイブは、コンフリーにそう告げて、ランドリールームを出て行った。
(多分、コンフリーはこのまま、あそこで仮眠をする。彼がしたいと思わずとも、彼の体がそれを望んでいる。それが、彼の心を傷つけるとしても)
「難儀なものだね…アー、皆そうか」
+登場人物紹介
・コンフリー
性別:男性 年齢:20代後半 出身:欧州
元軍人。肉弾戦向きの脳筋タイプ。または、女性と寝て情報を得る手法を取る。
基本的に、色んな女性と夜を共にする。自宅へはほとんど帰らない。
・キャットニップ
性別:女性 年齢:15~20歳 出身:---
ヘルバに住む少女。
・セージ
性別:男性 年齢:20代後半 出身:欧州周辺
・シトロネラ
性別:女性 年齢:20代後半から30代前半 出身:欧州
・ジュニパー
性別:男性 年齢:15~20歳 出身:米国
アンラッキーボーイ
・チャイブ
性別:男性 年齢:20代後半から30代前半 出身:東アジア




