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新米マフィアのリトグラフ  作者: 成瀬 あゆむ
第一章 就活の終わり、カタギの終わり
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第6話 お家に帰るまでがドロボー


 屋敷の中は月明かりのみが差し込む薄暗い空間が広がっていた。窓からのかすかな光を頼りに一歩一歩足元を確かめるように進んで行く。


 ここでリーダー格の男が声を潜めながら俺を含む三人に指示を飛ばした。


「みんな自分の役割は分かってるな? ここで二手に分かれるぞ。お前達は離れの書庫を。九条と俺は母屋にある伯爵の書斎を探る。いいな?」


 全員が無言でこっくりと頷いた。


「よし、さっさと終わらせてずらかるぞ――行け」


 男の合図とともに別グループの二人は暗闇の中へと姿を消した。


「九条、俺らも行くぞ。遅れずについて来い」

「了解」


 先輩と俺は息を殺しつつ足音を立てぬように通路を抜けていった。

 現在、俺達がいるのは屋敷の主要部分である“母屋”から少し外れに位置している“離れ”の建物内だ。

 これから一度母屋の方まで移動して伯爵の書斎に忍び込むつもりなのだが、ここで一つの難所が立ちはだかる。

 母屋と離れをつなぐ“連絡通路”というものが存在するのだが、離れの二階から母屋に渡ったとしても同じく二階にある伯爵の書斎までは直接つながっておらず、一階の大広間まで降りた後にもう一度別の階段を使って二階まで上がらなければならない構造になっていた。


 【 離れ(二階) → 母屋(二階) → 母屋(一階) → 母屋(二階) → 伯爵の書斎 】


 ――という流れになる。


 連絡通路は人の気配はなかったため何の支障もなく渡り終え、そのまま母屋の一階まで降りることができた。

 しかし、ここから先は発見される可能性がぐんと高まる危険地帯が広がっている。

 なぜなら伯爵の書斎に通じている階段は“母屋のど真ん中”に位置しているからだ。ミーティングでも話題に上がっていたが、ここがこの屋敷の中で一番人目に付きやすい場所なのだという。

 昼夜問わず屋敷の人間が行き交うため、俺は物陰に身を隠しながら周囲に細心の注意を払っていた。


 ………………


 付近に人の気配は感じられない。


 よし、大丈夫そうだ――


 そう判断して物陰から身を乗り出した。その瞬間だった。


「あっはははははは!」

「これが本当なんですよ! ひどい話でしょう?」


 俺は無言のままびくっと身を竦ませた。慌てて物陰に引っ返しながら周囲をキョロキョロと見渡す。音の発生源はどうやら階段のすぐとなりにある食堂から聞こえているようだった。


「女の声だな。ってことは今のはメイドの二人だろう。大丈夫だ。気づかれたわけじゃない」


 思いのほか冷静な先輩が小さく呟いた。

 悪事を働いている最中の悪党というのは存外に頼もしいものだなと感じつつ、俺は先を急ぐ先輩に黙ってついていった。


 気を取り直して俺達はゆっくりと息を潜めながら階段を上がって行く。前方と後方のそれぞれに気を使いつつ床を軋ませないように全神経を尖らせた。当然ながら他人の家にお邪魔するのにこれほどまでに気を使った経験なんて皆無だった。


 そんな俺の緊張を察したのか先輩が尋ねる。


「おい、新入り。お前もしかして盗みは初めてなのか?」

「ええ、窃盗童貞ですが何か?」


 先輩はため息混じりに肩を落とした。


「ったく。それじゃあ、まるっきりド素人って訳じゃねえか……」

「そう心配するなよ。これでも俺、先輩の後をついくことに関しちゃ既にベテランの域に達しつつあるんだ。そこは安心してくれてもいいぞ」

「ふん。調子の良いヤローだな。だいたいお前マフィアとして何ができんだ? 荒事が得意なようには見えないんだがな?」

「絵を描くことだよ」

「…………何だって?」

「絵だよ、絵。標的の特徴を俺の見事な筆さばきで表現してスピーディーな身柄確保に結びつけるとかに役に立つんじゃないか? 似顔絵もけっこう自信あるんだぞ?」

「ああ、そうかい。せいぜいスピーディーに逮捕されないように気をつけるんだな」


 呆れ顔の先輩とのトークを終えると目的の二階へとたどり着いた。そこにはただ静寂のみが広がっている。およそ人の気配というものが潜んでいるようには思えなかった。

 伯爵の書斎は廊下の一番奥に位置している。ここからでは目にすることはできなかったが、事前に屋敷の見取り図を入手していたため何処に行けばいいのか迷うことない。頼りになる先輩もいることだしな。

 そのまましばらく屋敷の奥へ進んでいると、他の部屋とは異なる重厚そうな作りの扉が目の前に飛び込んできた。どうやらようやくお目当ての部屋までたどり着いたらしい。

 目線で俺に合図すると、先輩はさっそく手にしたドアノブを回した。


 ガチャ……。


 俺の予想とは裏腹に扉はあっさりと開いてしまった。


「…………」


 ちょっとばかし驚く先輩。扉に施錠ぐらいはされていると思っていたのだろう。部屋の主の不用心さに少し驚きつつもその半開きとなった扉を今度はすっと静かに開け放った。

 この部屋は日中はとても日当たりの良い場所なのだろう。窓を大きく取ってあるため夜にもかかわらず月明かりが本棚をはっきりと映し出す。窓際に限れば文字を読むことだって可能なぐらいの視界が確保されていた。


「思ったよりあっさり入れたな」

「そうだな。よし、のんびりしてる暇はないぞ。さっそく帳簿を探せ。怪しいと思った本は片っ端から袋に詰めていけ。いいな?」

「よしきた」


 先輩の指示を皮切りに二人がかりで部屋に並んだ本棚や机の中を漁り始めた。

取りあえずは本を開いてみて数字がびっしり書かれているものをピックアップすることにしよう。



 ――しかし、先輩と部屋の中をガサゴソすることしばらく。



「…………先輩。思ったより帳簿っぽいものがないんだけど?」

「黙って探せ。そう簡単に見つかる分けないだろ」


 十分ほど本棚を探してみたが、帳簿らしきものはまだ一冊も見つけられていなかった。

 次第に焦りが込み上げてくる。


「なあ、先輩。俺、某先進国の犯罪白書的なもので読んだことがあるんだけどさ。泥棒って犯行に十分以上かかるとその大半が諦めて帰って行くんだってよ。これ、豆知識な」


 聞こえているのかいないのか。先輩は無言のままだ。

 ただ慌ただしく本のページを捲る音だけが書斎に響いている。


 そんな簡単に脱税を記した裏帳簿なんて見つかるもんかねぇ……。

 少なくとも俺ならそんなもんをこんな本棚に置きっぱなしにすることは絶対にないけどな。


 もし隠すとするなら……。


「……!? おい、新入り! お前何処に行こうってんだ!?」


 隣の部屋へと通じている扉のドアノブに手を伸ばそうとした時のこと。先輩が慌てて俺を呼び止めた。


「隣の寝室だけど?」

「勝手にうろちょろ歩き回ってんじゃねぇ! 見つかったらどうすんだ!?」

「だって、このまま書斎を探してても見つかりそうな気配がないし……。むしろ、俺の勘によると寝室のほうが臭いんだよな」

「ド素人の勘なんて当てになるかよ! お前は俺の言われた通りに書斎を探してりゃあいいんだよ!」

「いや、言われたことしかやらない奴ってのはこれからの時代生き残れないね。その点俺は違うぞ。言われたこと以上の仕事――“プラスアルファの付加価値”をつけた仕事をしてやるよ。良い部下持ったな。先輩、ツイてるよ」

「言われたことすらできねぇ奴がナマ言ってんじゃねぇ! あっ、おい! 待てって!」


 期待以上の仕事を達成すべく俺は寝室へと続く扉を開いた。

 書斎に入ったときと同じく鍵はかけられていなかった。


 部屋に足を踏み入れると見るからに高そうな絵画や壺、動物の剥製や絨毯が目についた。

 その広々とした室内やあつられられている調度品など、この大きな屋敷の主として相応しい佇まいがそこにあった。


「さて――」


 俺はさっそくと屈んでベッドの下を覗き込む。だが、暗くて何も見えない。試しに手を突っ込んでみて何かないかとまさぐってみる。しかし、その甲斐虚しく手に無数のとホコリがくっついてきただけだった。


「…………」


 さすがにここはベタすぎたか。なら、次は本棚だな。


 伯爵の寝室には書斎ほどではないが小さめの本棚があり、その中身も気になっていた。

 例えばこの分厚いカバーがついた本とかね。他にもあの壁にかかった額縁の裏とかね。

 俺はそれを手にとって裏返してみる。ずっしりとした重さに違わぬ本がきちんとカバーの中に収まっていた。他に怪しい本も見当たらない。額縁の裏もなにもない。


 ここでもないか。じゃあ、やっぱり……。


 俺はベッドの隣にある小さめの机に視線を向けた。

 全ての引出しを開けて二重底になってないか確かめてみもそんな仕掛けは存在しなかった。机の裏側も同じく。


「むぅ……」


 意外と出てこないもんだな。

 こんなのエロ本を隠すのと同じで定番の場合を何ヶ所か調べればすぐに出てくると思ってたのに……。

 しばらくすると、書斎で本棚を調べていた先輩が業を煮やした様子で寝室に顔を出した。


「おい、何か見つかったか?」

「残念ながら何も」

「だったらいい加減こっちを手伝え。書棚は量が多いから二人掛かりじゃないといつまで経っても終わんねぇぞ」

「うーん……寝室の方が怪しいと思ったんだだけどな」


 しぶしぶながら書斎に戻ろうとした。だが、その時だった――。

 俺は寝室を見回しているとまだ調べていない所があることに気が付いた。


「これ怪しいな……」


 俺の足元に広がるのは畳にして六畳分ほどはありそうな大きな絨毯だった。


 先ほどから視界には写っていたのだが、それがあまりに大きかったので、こうして入口から部屋全体を俯瞰してみるまでその大きさに気が付かなかったのだ。


「先輩、最後に一箇所だけ。ここ引っ剥がしたいんだけど?」

「あぁ?」


 俺はそう言って床の絨毯を指差した。

 先輩も少しだけ怪しいと感じたらしく、さっそくと引っ剥がしてみることに。


「端を持っといてやるからお前も一緒に引っ張れ」


 絨毯の上に乗っていた丸いテーブルセットをどかした後は先輩と共に勢いよく絨毯をめくり返した。すると――



「「おっ!」」



 絨毯の下から現れた“それ”を目にしては二人して驚きの声を上げた。


 そこにはノート一冊分ほどの大きさをした鉄製の扉が床に備え付けられていた。隠し金庫ってやつだろう。そのいかにもな怪しさに俺の気持ちは一気に昂ぶった。だが、俺はそこであることに気がついて、


「あっ。これ……“鍵付き”かよ」


 よく見ると蓋の端のに鍵穴が付いていたのだ。

 ダメ元で取っ手を引っ張ってみたものの鍵がかかっていて開くことはなかった。


「じゃあ、気を取り直して今度は鍵を――」


 そう言いかけて顔を上げたところに先輩が“バールのようなもの”を俺に突き出してきた。


「何これ?」

「チンタラしてる暇じゃねぇよ。これ使って一気にこじ開けろ」


 どうやら部屋の暖炉の横に置いてあった“火かき棒”を取ってきたらしい。


「さすが! デキる男は準備がいいね」

「早くしろ」


 先輩からそれを受け取ると、金庫の端のわずかな隙間に火かき棒の細い先端部を差し込んだ。


 そして体重を乗せながら梃子の原理を使い力ずくで金庫を開ける。

 すると、バキッという甲高い音と共に鉄扉がひしゃげて勢いよく開いた。


「よっしゃ! …………あ、あれ? 嘘だろ!?」


 さっそく中を覗き込んで見たものの金庫の中には何も入っていなかった。高まっていた気分が瞬時にして虚脱感に書き換えられ錘のように身体にのし掛かる。


 ため息とともにがっくりと項垂れていると、


「詰めが甘ぇぞ。中をよく見てみろ」


 先輩は何も入っていないはずの金庫の中に手を突っ込むと、内部の壁になっている部分を両手で押さえながらそのまますぽっと上に引き抜いた。そして、再度金庫の中に手を入れると中から黒い皮製のカバーで誂えられた手帳を取り出したのだ。


「やるじゃん、先輩! で? 肝心の中身はどうなんだよ?」


 先輩は手帳をパラパラと手早くめくると、途中まで読んだところでその手を止めてぱたんとそれを閉じてしまった。そして、ニヤリと笑みを浮かべた。紛れも無い悪党のスマイルだった。


「大当たりだ。お手柄だったぞ、新入り!」

「どういたしまして」

「よし、もうここに用はない。撤収だ。遅れずについて来いよ」

「お家に帰るまでがドロボーだもんな!」

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