第10話 ファーマ君、おもてなしする その2
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「レオナちゃん、コテツちゃん、お話しましょう」
おやつを食べ終え会話が一段落したところで、ターニャは再びレオナ達と触れ合おうと席を立ちレオナとコテツの傍に寄っていくと、ワシワシの件で警戒しているレオナとコテツは近づいてきたターニャを避けるようにテーブルを挟んで反対側へ移動する。
更にターニャが近づく、同じ距離だけ2人が移動する。お互いに向かい合った状態で一定距離を保ち、テーブル周りをグルグル回って鬼ごっこが始まった。
……逃げられているのに何故かターニャが楽しそうだ。
「さて、ここでずっと会話を楽しむのも一考だが、折角だからこの農場も見て回りたいな。ファーマ、農場を見せてもらう事は出来るか?」
そんな中、テレスティナさんが立ち上がり、僕に尋ねる。
「大丈夫ですよ。ギルドの研究室だけはエンドール家の機密になっているので見せる事は出来ませんけど、他は自由に見てもらって問題無いです」
「俺も少し外に出たいな。伯母上一緒に見て回りましょう」
テレスティナさんに続いてグレイシス君も立ち上がりついて行こうとしている。
「それならみんなで見て回りましょうか? 案内しますよ」
ターニャ達の鬼ごっこも一段落したようでターニャから逃げ切ったレオナとコテツが僕の所に戻ってきたので全員で外に出る事にした。
レオナもコテツも逃げている内に楽しそうな顔になっていたので、だいぶ警戒は解けてきたのだろう。
みんなで家から出て、エミルが農場の説明をしながら案内を始める。外で待っていた護衛の2人も付いてきた。
「ファーマ、あれは何をやっているのだ?」
食堂の裏でドッジボールをやっている子達を見てグレイシス君が尋ねてきた。
「あれはドッジボールっていうボール遊びだよ」
今、農場で一番流行っているのがドッジボール。レオナがみんなに教えてから毎日、昼食後の休憩時間と仕事終わりに子供のほぼ全員が、幾つかのコートを地面に描いて遊んでいる。今日は半数が休日なので朝からみんなで楽しんでいるようだ。何人か大人も混じっている。
農場を始めたばかりの頃には、仕事の疲れも抜けていないのに大丈夫なのか? と、心配もしたのだけど、今は体力も付いてきたので問題は無い。従業員曰く『仕事の体力とドッジボールの体力は別』だそうだ。
グレイシス君はドッジボールを興味深く観察し、ターニャは懐かしそうな顔で見ている。
「あっ、ファーマ様だ」
「ファーマさまー」
僕達に気付くと子供達が僕達のところに駆け寄ってきた。
「ファーマ様、今日はどうしたの?」
「お客さん?」
「うん、学園で仲良くなった友達が遊びに来ているんだよ。この子が僕の友達で、こっちの男の子がそのお兄さん、この女の人が2人の叔母さんだよ」
尋ねてきた子に簡単に説明をすると子供達はターニャ達の顔に目を移す。
「ファーマ様のお友達?」
「綺麗、お姫様みたい」
「ふふっ、ありがとう。嬉しいわ」
ターニャを見た子達は目をキラキラさせてターニャを褒める。ターニャは微笑み返して礼を言った。
「お兄さんも凄くかっこいいね」
「そうか? お前もちゃんとした格好をすれば見栄えすると思うぞ?」
「みばえするって、なに?」
グレイシス君を褒めた子が褒め返されたのだけど、まだ言葉をちゃんと覚えていないので言葉の意味が解らなかったようだ。
「簡単に言うと綺麗な服を着るとミルルは可愛から似合うって言ってるんだよ」
「ホントに? えへへ、ありがとう」
褒められて嬉しかったのかミルルは照れたように笑顔を見せる。
「みんな遊びの途中だったのでしょう? 私達の事はいいから遊んでらっしゃい」
「じゃあ、お姉ちゃんも一緒にやろう?」
ターニャが子供達を促し、ターニャの事を『お姫様みたい』と言っていたセラがターニャを誘おうと手を伸ばした時
「汚い手でタータニヤ様に触れないで」
ターニャの傍付きの使用人さんがセラの手を叩き落とし、睨みつける。セラは突然の出来事に驚き怯えた目で叩かれた手を握り、その場に立ち尽くした。他の子達も使用人さんの言動に驚いて静まり返る。
「なんて事をするの!」
次の瞬間、ターニャが使用人さんを一喝し──
「うちの者がごめんなさい。怪我はない?」
──セラの手を握り優しくさすりながら謝る。
「うん、だいじょ──」
「タータニヤ様、そんな泥だらけの汚い者に触れては御召し物が汚れます」
セラがターニャに笑顔で返事をしようとしたのを邪魔するように使用人の女性が割って入る。
「いい加減にしなさい! 服が汚れるからどうしたというの? 服なんて着ていれば汚れるものよ。貴方がこの子を害した正当な理由にはならないわ。この子に謝りなさい」
ターニャは本気で怒っているようだ。
「……お、お断りします。私は何も悪い事をしていません。ステイール家の使用人として当然の対応をしたまでです」
使用人さんは真顔で真っ直ぐターニャの目を見てそう返した。
「止めないか馬鹿者! 『ステイール家の使用人として当然の対応』とは聞き捨てならんな。ステイール家では不当な理由で民を害するような行為を正当だとは教育していない。今すぐ言を撤回し、この子に詫びるんだ」
使用人の態度に腹を据えかねたのか、テレスティナさんが割って入り、切り捨ててしまうんじゃないかと思う程の厳しい表情で使用人さんに注意する。
「……い、行き過ぎた発言は撤回します。ですが、私は貴族家の子女として平民に下げるような頭は持ち合わせてはおりません。頭を下げるのだけはお断りします」
うーむ、悪い事をしたなら謝るのは当然の事、そこに貴族も平民もないと思うんだけど? この人の実家ではそういう教育をしていたのかな?
「そうか……ならば貴様は、この場にいる資格は無い。屋敷に戻って謹慎していろ。カレナ、お前も屋敷に戻れ、理由は言わなくても分かっているな?」
「……はい」
「レクシス、ジーマ、お前達は2人を屋敷まで送って行ってくれ」
「しかし、グレイシス様とタータニヤ様の護衛が」
「心配するな。この農場内にいる間は私1人いれば護衛は足りる。手間をかけてすまないが頼む」
テレスティナさんが丁寧に頭を下げて護衛の2人に頼むと
「テレスティナ様に頭を下げられては仕方ありませんね。では、暫くの間グレイシス様とタータニヤ様をお願いします」
少し困った顔をしながら使用人の2人を馬車に乗せて農場を出て行った。
「ファーマ、すまなかった。ベロニカ達の態度の悪さには気付いていたのだが、ファーマが気を使って見逃してくれている事に甘えて注意しなかった私にも責任はある。許してくれ」
いや、口に出しての注意はしていなかったけど、対応はしてくれていたのでテレスティナさんに責任はない。
「大丈夫ですよ。許すも何もテレスティナさんは場の空気を壊さないように気を使ってくれて、今もみんなの為に本気で怒ってくれました。セラにも怪我はありませんから気にしないでください」
多少、手は赤くなっているようだけど、ターニャに手をさすってもらって嬉しそうにしているし、お詫びにと言ってターニャからお菓子の小袋を渡されて飛び跳ねて喜んでいるので、セラはもう気にしていないだろう。他の子達もターニャからお菓子を貰ってすっかりご機嫌になったようだ。
それにしても、ターニャはよくあんな数のお菓子を用意していたな。普段から持ち歩いているのか?
因みにテレスティナさんが割って入る直前にグレイシス君もベロニカさんの行動に思うところがあったようで口を開きかけていた。タイミングを逃して何も言えなかったみたいだけど。
気を取り直して農場案内を再開した。
「それにしてもここは子供が多いな。それも女児ばかりだ。大人や男は何処か別のところにいるのか?」
テレスティナさんが農場の様子を見ながら質問を投げかけてきた。
「いえ、ここで働いている約9割は成人前の子供で、7割が女性なんですよ」
「何故そんなに偏っているんだ?」
「この農場で働いているのは殆どがアインスの貧民街で生活していた貧民、つまり一般奴隷なんです。ほら、みんな同じ服を着ているでしょう? 男性や男の子は冒険者の荷物持ちや建築関係などの力仕事で一般奴隷として契約してもらえますが、体力的に劣る女の子は一般奴隷としては中々契約してもらえないので、募集を掛けた時に集まったのが殆ど女性だったんです」
「奴隷? この子達は奴隷なのか?」
僕とテレスティナさんの会話を聞いていたグレイシス君が驚きの声を上げる。まあ、服を脱がない限り奴隷紋は見えないから奴隷とは思わなかったんだろう。
「こんなに生き生きとした奴隷を見たのは初めてだぞ。奴隷というのはもっと死んだような目をしているものだろう?」
テレスティナさんも驚いたように奴隷の子達を見ながら不思議そうにしている。
「うちでは奴隷を粗末に扱ったりしていないので、みんなこんな感じですよ。以前、マルガンさんに奴隷を買う事を薦められた時に、奴隷にするのは可哀そうだからという理由で買うのを拒否しようとしたら、マルガンさんに言われたんです『可哀そうかどうかは扱う者次第じゃ』って、だから僕は奴隷と契約しても普通の人として接しようと決めています。この子達も望んで貧民に落ちてしまった訳じゃないですからね」
「なるほどな。しかし、普通に税金を払っていれば貧民に落ちる事もないだろう? 望んでいないとは言っても怠慢で貧民になったものは自業自得ではないか?」
グレイシス君はそう疑問をぶつけてきた。
「確かに普通に働いていたら、そうそう貧民になってしまう事はないと思うけど、その普通の状態が当たり前に続くとは限らないんだよ。怪我や病気で親が死んでしまったら働ける年齢の人が少ない家庭だと税金が払えなくなる事もあるし、この子達の中には貧民街で生まれた子だっている。1度貧民になってしまうと、まともな収入は得られなくなるから一般平民と同様の生活に戻そうとしても中々戻す事は出来ない。この子達の中には税金どころか、その日食べるお金にも困って身売りに出された子もいるんだ。グレイシス君みたいに裕福な家庭に生まれた子なら住民税くらいは安いものだろうけど、一般平民の稼ぎなんて片親でもいなくなれば破綻しかねないギリギリのものだよ? みんながみんな怠慢で貧民に落ちている訳じゃないからね? 僕から言わせれば成人にも満たない子供が住民税を納められないからと言って住民登録を抹消される仕組みが間違っているんだよ」
僕が言いたい事を言ったらグレイシス君は黙り込んでしまった。ちょっと言い過ぎたかな? と、思ったけどグレイシス君に不快な感じは見られないので問題はないだろう。
考え込んでいるグレイシス君を見て何故かテレスティナさんは微笑んでいる。うーむ、何処に喜ぶ要素があったんだろうか?
このあと、一般奴隷の子達の家や食堂、共同トイレ、共同風呂も案内したらかなり驚かれた。曰く『これは一般平民より良い暮らしだぞ』だそうだ。まあ、否定はしないけど特別贅沢はさせていない。僕基準の最低限の生活だ。
多少ツッコミは入れられたけど、グレイシス君に『色々と参考になった礼を言う』と、お礼を言われた。因みに、その間ターニャはと言うと、ずっとレオナとコテツにご執心だ。
お菓子をレオナとコテツにも渡したら、すっかり懐かれたようだ。……前々から思っていたけど、キャッツって食べ物に弱いよね?
一通り農場を見て回り、お昼の時間になったので家に戻って昼食にする。
昼食もターニャの為に和食に近い物を用意した。多少材料が違うので前世の味とは違うと思うけど、懐かしい食事にはなるだろう。
出した料理は白米、味噌汁、野菜と川魚の天ぷら、山葵(水辛草)の酒粕漬、食後のデザートにはわらび餅モドキを用意している。
僕達以外はお箸に慣れていないのでスプーンとフォークとナイフを用意して、器も茶碗やお椀は使わず料理はお皿に盛りつけている。
あまり顔には出していないけど、明らかにターニャが嬉しそうにしている。まあ、久しぶりの和食だろうから気持ちは分かるよ。
お茶の時間以外の食事は無言で食べるのがデザリアの貴族のマナーなので昼食中は全員無言。エミル達にも前もって説明してあるのでレオナとコテツも静かに食べている。
まあ、レオナとコテツは言われなくても食事中は食べるのに夢中で殆ど喋らないんだけどね。
食事が終わり、お茶の時間。食後にも渋茶を出した。わらび餅モドキとの相性もいいからね。
「今日は驚きの連続だな。まさかライッシーが食べられるとは思っていなかったぞ」
「あんな貴重な物よく用意できたな?」
テレスティナさんとグレイシス君はお米を出された事に驚いていたようだ。
「今日出したのは帝国産のライッシーじゃなくて、今朝話したドラグーンの国、日那国産の米っていう食べ物なんです。今年からこの農場で試験的に生産するから、上手く育てば今日出した物は全て数年後にはデザリアでも安価で流通する事になりますよ」
「本当!?」
ターニャが嬉しそうに目を輝かせる。
「それは楽しみだな。今日出された物の中では、私は付け合わせにあった鼻がツンとする野菜が気に入ったぞ。あれは酒に合いそうだ」
「あれは農場案内中に見てもらった水辛草という棘の生えた植物を日那国産の酒粕に漬けた物です。お酒造りに成功すればデザリアでも作れるようになりますよ」
まあ、正確には酒粕以外の材料もはいっている。因みに今日出したのは日那国で買ってアイテムボックスに保存していたものだ。
「酒粕? 泡酒やグレップ酒を造る時に出る粕の事か? そんなものであれが作れるとは信じられん」
「いえ、日那国では米を発酵させてお酒を造るので、僕が言った酒粕は麦やグレップの絞り粕とは全く別物になります」
「ライッシーで作った酒か。それは贅沢な酒だな。機会があれば飲んでみたいものだ」
まあ、この国ではお米が高級品だからそういう感覚になるよね。でも、日那国では普通に流通している物なのでそれほど贅沢品でもない。日那国から買って帰ったお酒はマルガンさん達に全部あげてしまったので生産に成功したらプレゼントしてあげよう。エミルがかなり乗り気なので成功はする筈だ。
「俺はスープが気に入った。少し癖は強いが、不思議とまた飲みたくなる味だ」
味噌汁に目を付けるとはグレイシス君とは味の好みが合いそうだな。ただ、農場で作る味噌が今日使った物と同じ味に出来上がるかはやってみないと分からない。これもエミルが生産に乗り気なので成功はすると思う。
「私はどの料理も気に入ったわ。ファーマ、絶対に成功させてね?」
ターニャがかなり期待の眼差しを向けてくる。製造工程は教わってきたし、エミルがかなり協力してくれているから期待には応えられるだろう。僕としても米や味噌や山葵は安定して持っておきたいから絶対に成功させたい。




