第9話 ファーマ君、おもてなしする その1
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一週間が過ぎ、今日はターニャが農場に遊びに来る日だ。
学園生活は今のところ面倒事もなく楽しく過ごせている。ターニャ以外のクラスメイトとも少しずつ会話をするようになり、特に後ろの席のアシュトン君とは仲良くなれて、ターニャが一緒じゃない時によく話をしている。
因みに、ターニャが一緒の時は男の子が寄って来ない。たぶん、初日のグレイシス君が影響しているのだろう。アシュトン君の話では貴族界隈ではステイール家の過保護な父兄は有名なので、みんなターニャには怖くて近づけないそうだ。
ターニャと約束した時間になり、農場の入り口にエミル、レオナ、コテツを連れて待機していると、ターニャが到着したようで農場入り口の門が開く。
馬車が1台に警護の人が4人、今日もテレスティナさんが一緒だ。
「ようこそお越しくださいました。大したおもてなしは出来ませんが、今日はゆっくりしていってください」
僕が挨拶をすると、テレスティナさんが馬から飛び降りて僕の前までやってきた。
「今日は招待してもらって感謝する。あまり固くならなくて良いから気楽に接してくれ」
テレスティナさんと軽い挨拶をしているうちに他の警護の人達が馬車のドアを開け……不機嫌そうなグレイシス君が降りてきた。
「……どうしてグレイシス君が?」
「ごめんなさい、ファーマ。お兄様がどうしても付いてくるって聞かなくて」
続いて降りてきたターニャが気まずそうに謝る。
なるほど……まあ、過保護なグレイシス君なら付いてきてもおかしくないか。
「おはようターニャ」
「おはよう、ファーマ。本当にごめんね」
「俺には挨拶は無しか?」
「おはよう、グレイシス君。とりあえず、農場の子達が怖がるから、もう少し愛想よくしてね? 絶対に剣なんか抜いちゃダメだよ?」
貴族が冗談でも剣なんて抜いたら、農場のみんなが本気で怖がりそうだ。
「ん? どういう事だ? グレス。お前まさか、まだターニャに近寄る男を誰構わず脅しているのか?」
「いや、その……」
僕の言葉を聞いて、直ぐに察したテレスティナさんが睨みつけながらグレイシス君を問いただし、グレイシス君は生唾を飲み込んで目を逸らす。
「お前という奴は……分かっているのか? お前のその軽率な行動の所為で、未だにターニャに浮いた話の1つも上がっていないのだぞ? ターニャが行き遅れたらお前はどう責任を取るつもりなのだ?」
テレスティナさんも仕事上、ターニャに相応しくない相手は遠ざけるようにしているのだけど、グレイシス君の場合は相手が男であれば全員排除しようとするそうなので怒られるのは無理もない。
「た、ターニャは結婚などしなくても、ずっとステイール家にいれば良いのです。一生、俺が面倒をみます」
堂々とシスコン発言をするグレイシス君。テレスティナさんは額に手を当て頭痛に苦しむような顔で大きなため息を吐いている。
「お兄様……その発言は気持ち悪いです」
ターニャは行き過ぎた発言を聞いて本気で引いているようで、真顔でグレイシス君にそう言い、大好きな妹に『気持ち悪い』と言われたグレイシス君は石化したように動かなくなった。
家族漫才はさて置き、本題に移ろう。
「紹介するね。ターニャが会いたがっていたキャッツ族のレオナとコテツだよ。レオナ、コテツ、挨拶して」
「レオナだよ」
「あぅ、コテツ」
レオナがシュバッっと右手を挙げて挨拶するとコテツもそれにつられるように右手を挙げて挨拶をする。
「レオナちゃんとコテツちゃんね。宜しく、私の事は気軽にターニャって呼んでね?」
「いけません! タータニヤ様、魔物如きに愛称で呼ばせるなどステイール家の品位を疑われます。おやめください」
ターニャがレオナ達と握手を交わそうと笑顔で挨拶すると、ターニャの傍にいたステイール家の使用人の女性が口を挟んできた。
「失礼な事を言わないで。前もって忠告しておいたはずよね? 『差別的な言動をするのなら付いて来ないで』って。命が守れないというのなら此処にいる資格はないわ。今すぐ屋敷に戻りなさい」
「それは……申し訳ありませんでした」
ターニャは毅然とした態度で使用人さんを諫め、使用人さんは渋々といった態度で1歩下がる。僕も少し思うところはあるけど、ターニャが諫めてくれたので今回は聞かなかった事にした。
「ごめんね、レオナちゃん、コテツちゃん、気を悪くしないでね? 私の事は気軽にターニャって呼んでいいから」
「うん、大丈夫だよ。ターニャ、よろしく」
「あぅ、ターニャ、よろしく」
レオナとコテツは全く気にしていない素振りでターニャに笑顔を向けて握手を交わした。
「ねぇ、ファーマ。レオナちゃんとコテツちゃんって年はいくつなの?」
何故本人に聞かないんだ? まあいいか。
「2人とも僕達の1つ下で8才だよ」
「「えっ?」」
僕が答えるとターニャだけでなくテレスティナさんも驚きの声をあげてレオナの身体の一部を見つめている。
「本当に……?」
「うん」
「信じられない……」
再度聞き返すターニャに返事をすると続いてテレスティナさんが〝オーマイガー〟とでも叫びだしそうな顔をして右手を口に当てる。
「嘘よおおぉぉぉ!」
「んにゃあぁぁぁ!」
ターニャは余程ショックだったのかレオナの身体の一部を両の手で鷲掴みにして揉みしだきながら叫び。レオナは驚いてターニャを振りほどいて僕の所に走って来て背中に隠れるように回り込み「フシャー!」と猫のように威嚇している。
そのレオナの叫びに驚いたコテツもターニャから距離を取り、警戒するような目でターニャを見つめ尻尾を揺らしている。
信じたくないのも分かるけど、いきなり胸を鷲掴みにしたらダメでしょ?
「……あの大きさで8才?」
ターニャはレオナの感触を思い出すように手をワシワシ動かしている。
「くっ、これが種族差なのか……?」
テレスティナさんは自身の胸に手を当て暗い表情をしている。けど、種族の違いというよりは個人差だと思う。クレスティアさんは大きいわけだし。
「さてと、挨拶も済んだから家で軽くお茶でもしながら話さない?」
おバカなやり取りはこの辺にして家に移動しよう。
「ふむ、それもそうだな。ターニャ、伯母上、いつまでもそうしていないで移動するぞ」
いつの間にか復活したグレイシス君に促されて半分放心状態のターニャとテレスティナさんが歩き始める。僕達の後ろにはステイール家の護衛2人と使用人の女性が2人ついてきている。1人はウンバのお世話で残るようだ。
それにしても、ちょっと遊びに来るだけで、これだけの人が付いてくるなんて貴族は大変だな。
「うちに入る前に農場の代表の人のところに挨拶に行ってもらってもいい?」
「それは当然だ。是非、挨拶をさせてくれ」
ターニャとテレスティナさんがまだ正気に戻っていないのでグレイシス君が答えてくれたので、エルミナさんの研究室に寄り、エルミナさんに出て来てもらった。
「この人がエルミナさんといってここの管理を任されている人だよ」
「エルミナと申します。今日はお越しいただきありがとうございます。どうぞ、ごゆっくりお寛ぎください」
「これは挨拶が遅れて申し訳ありません。私はこちらの2人の叔母でステイール家の護衛騎士を務めているテレスティナと申します。今日は訪問を許して頂きありがとうございます」
流石に代表者との挨拶という事でテレスティナさんも正気に戻ってきっちりと挨拶を交わす。
「私はステイール家の嫡男、グレイシスと申します。突然の訪問、申し訳ありません。今日は宜しくお願いします」
「私はステイール家の長女、タータニヤと申します。今日はお世話になります」
ターニャもさっきまでワシワシやっていたとは思えないくらい丁寧に挨拶をした。
「ご丁寧にありがとうございます。私は普段は研究室に籠っておりますので、どうぞ私の事はお気になさらず、お寛ぎください」
お堅い挨拶が終わり、エルミナさんは研究室に戻って行った。
家に到着するとテレスティナさんが護衛の2人に「お前達はここで待機していろ」と指示を出し、護衛さんは玄関先に残り僕達は家に入る。
ターニャ、グレイシス君、テレスティナさんが席に着くと、使用人さん2人はターニャとグレイシス君の斜め後ろに待機し、エミルがターニャ達に用意していたお茶と茶菓子を配って回る。
今日はターニャの為に前の世界の緑茶によく似た日那国の渋茶と、餡子と白丸米で作ったおはぎを用意した。予定より人数が多いけど、余分に用意していたので何とか数が足りたので良かった。
配られたそれらをターニャは目を輝かせて凝視している。
「これは僕が国外でお世話になっていた時に作り方を教わった【おはぎ】というお菓子と、その国でよく飲まれている【渋茶】と呼ばれるお茶だよ。口に合うかは分からないけど食べてみて」
「ほう、他国の茶と菓子か。それは楽しみだな」
「お待ちください。先ずは私が毒見を」
グレイシス君がフォークを手に取りおはぎ手を伸ばそうとするとグレイシス君お付きの使用人さんがグレイシス君の手を遮り皿を取ろうとする。
「馬鹿者、それではファーマが俺達に毒を盛っていると言っているようではないか? 訪問先で失礼な事を言うな」
グレイシス君は使用人さんに厳しい視線を送り諫める。
「あなたもですよ。毒見はいいから下がっていなさい」
ターニャも同じように使用人さんを下がらせた。が、使用人さん達は「そういう訳には」と、困った顔をしている。
「ごめんなさいね? ファーマ。2人も悪気があっての事ではないから許してあげて」
「大丈夫だよ。貴族家の使用人なら当然の行動だってわかっているから。お2人にも気を使わせてしまって申し訳ありません。体に悪いものは入っていないので安心してください」
僕がそう言うと、ターニャ付きの使用人さんは一瞬、睨みつけるように僕を見てきた。が、直ぐに視線を逸らし壁際に下がる。
うーむ、どうも使用人さんにはよく思われていないようだ。
「ふむ、これは中々に美味だな。デザリアの菓子とは違って少し口に残る甘さだが嫌味はない。オハギの後にこのシブチャのなんとも相性の良いこと」
そんなやり取りの中、渋茶とおはぎを堪能しているテレスティナさんがニコニコ笑顔で感想を述べている。
「どうしたお前達、食べないのか?」
全員に注目を浴びたテレスティナさんが不思議そうに首を傾げる。それを見たターニャとグレイシス君は呆れたようにため息を吐いてフォークを手に取った。
一見、天然を装っているテレスティナさんだけど、僕は見ていた。さっき使用人さんが僕を睨んだ時、テレスティナさんが凍るような冷たい目で使用人さんを睨みつけていた。
使用人さんが直ぐに引き下がったのはそういう理由だ。たぶん、口に出して注意すると場の空気が完全に壊れてしまうから目で制したんだろう。
テレスティナさんのお蔭で少しピリついた空気は穏やかになり、そこからは落ち着いて会話を楽しんだ。
学園生活のあれこれや農場で作られている作物、それと日那国の話もした。
「ドラグーンにそれほどの文明を築くだけの能力があったというのは驚きだな」
みんな同じ事を言うな。
「人間以外の種族にも知能や理性があるんだからおかしな話ではないですよね?」
「まあ、確かにそうなのだが、言い伝えや文献で得た認識とファーマから聞いた話では違いが大き過ぎて簡単に受け入れられんのだ」
まあ、それは仕方のない事だろう。ドラグーンが暴れていたのは凡そ2000年前、その頃はデザリアの人達の認識通りの種族だったそうだから。でも、2000年もあれば普通は変わるよね?
……いや、待てよ。新右衛門さんがいなければドラグナは今でも当時と変わっていないかも知れない。何せ強いものが偉いという根本的な思考は今も変わっていないのだから。




