第2話 ファーマ君、タータニヤと友達になる
感想頂きました。ありがとうございます。
今回は話の切りどころが難しく、いつもより文字数が多いです。
予想もしなかった発言を聞いて、僕は思わず口に含んだお茶を吹き出してしまった。
「ちょっと、汚いわね」
いやいや汚いじゃなくて、なんで僕の前世の苗字を知っているの? 聞き間違い? ……じゃないよね?
この話を誰かに聞かれるのは不味いと思い、僕は悟られないように直ぐに僕達の周りに天属性神術で遮音結界を張る。部屋にも同じ術式が掛かっているけど、万が一にも漏らすわけにはいかないのでこれは必須だ。
ついでに神眼で周りをしっかり確認し、更に探知の神術で室内に他に誰もいない事を確認、感知の神術も使い変な空気や神力の動きがないかも調べつつ、最大限警戒をしながら話を続ける。
「い、今、なんて言ったの?」
「だから汚いって」
「そうじゃなくてその前」
「ふふっ、気になる?」
そりゃ、勿論……
「いや、別に……たぶん聞き間違いだし」
『あなた柳君よね?』
……やはり聞き間違いではなかったようだ。今度ははっきりと日本語で伝えてきた。
「や、やなぎって誰の事かなぁ……」
「今更誤魔化そうとしても無駄よ。日本語を理解しているのだから、あなたが転生者だっていうのは明白よ?」
タータニヤちゃんは、どこかの頭脳は大人の子供名探偵の様なポーズで、僕に向かってビシッと人差し指を向け、どや顔をしている。
「い、いや、違うよ。さっきのは日那国語だよね? 僕は日那国語が話せるから聞き取れただけどぁよ」
不味い、誤魔化そうと焦っていたら噛んでしまった。これじゃ余計に怪しまれてしまう……
「えっ!? 日那国語って日本語なの? って、危うく話を逸らされるところだったわ。往生際が悪いわよ? 白状なさい。その焦り方を見れば誤魔化そうとしているのは分かるんだから」
くっ! ポーカーフェイスって難しい……ってか、はっきり日本語って言ったな。僕の前世の姓を知っているし、タータニヤちゃんも同じ世界からの転生者、それも僕の身近な人って事だよね?
誰なんだろう? もうここまでバレているなら誤魔化せそうも無いし聞いてみるか。
「……僕の事を知っているって事は、前世で知り合いだった人だよね? タータニヤちゃんは誰だったの?」
タータニヤちゃんの誕生日は僕より半年ほど後だと前に会った時に言っていた。と、いう事は、前世で僕の半年後に死んだ人って事になる。しかも、僕の事を〝柳君〟と呼ぶという事は、血縁者ではない身近な人間の可能性が高い。
「やっと白状したわね。誰だと思う? 当ててみて」
困っている僕を見て楽しそうにしている。解る訳ないよね?
「うーん、たぶん身近にいた人だと思うけど少しくらいヒントが無いと分からないよ。ヒント頂戴」
「どうしよっかなぁ」
タータニヤちゃんは、からかう様にニヤニヤしながら顎下に人差し指を当て左斜め上に顔を背けながら僕をチラ見する。
……ちょっとムカつく。
「じゃあ、教えてくれなくて良いよ。もう帰るから」
「うそ、うそ、ヒント教えるから怒らないで」
席を立とうとする僕の腕を掴み引き留めるタータニヤちゃん。まあ、本当に帰る気はないけどね。
「ヒントその1、前世も女の子です」
それはあまりヒントにならない。転生者は特別な理由が無い限り前世と別の性にはならないとクレイエ様が言っていたから。性別が逆転してしまうと精神的に不具合が起こってしまうというのが理由らしい。
なので、前世も女性だという事は予想が出来る。でも〝女の子〟って言い方をしたという事は若い子なんだろう。
近所のお店のお姉さんか学校の若い先生か同級生か……その中で僕の事を〝柳君〟と呼んでいたのは先生か同級生くらいだ。
「ヒントその2、同じ学校に通っていました」
〝通っていた〟という事は生徒だな、先生なら勤めていたというはずだ。
僕に話しかけてくれた女子生徒は少ない……まあ、男子も少ないけど。クラス委員の斎藤さんと保健委員の二階堂さん、それと同じ図書委員の早瀬さん。いや、早瀬さんは〝やなっち〟だったから違うな。
委員の仕事をさぼる時だけ僕に『やなっち、代わり行っといて』って、話しかけてくれたのは懐かしい思い出だ。まあ、言われなくても毎日、昼休みには図書室に入り浸っていたけどね。
あっ、そうだ。図書委員なら真面目に来ていた子は、みんな僕の事を柳君って呼んでいたな。でも、僕の半年後に死にそうな体の弱い子はいなかった筈。僕と同じで事故死だったのか?
「まだ分からないの? もうっ、大ヒントよ。ラノベ貸してあげたでしょ?」
「委員長!? 図書委員長の藤島綾香さんなの?」
「大正解。そう、私の前世の名前は藤島綾香です」
なんで? どうして委員長が? 小さい頃に遭った事故で少し身体が不自由なのは知っていたけど、命がどうこうって事は無かったはずだよね?
「なんで委員長がこの世界に? 誕生日が半年違いって事は僕が向こうで死んだ半年後に死んだってゅ事だっゆね?」
驚き過ぎてまた噛んでしまった……いや、今はそれどころではない。
「そうなのよ。話せば長くなるんだけど──」
そういって、タータニヤちゃんは自分に何があったのかを話してくれた。
――――――――――
藤島綾香は5才の頃、父の運転する車でチャイルドシートに座り親子3人で旅行先に向かう途中の高速道路の出口のETCゲートで、トラックに追突され両親を失った。
綾香自身もその時の事故の後遺症で左半身に軽度のマヒが残ってしまうが、綾香はその後、母方の叔母に引き取られ、叔母夫婦には子供がいなかった為、我が子のように大事に育てられた。
しかし、平穏な日常は長く続かなかった。綾香は日常生活に大きな支障はないものの、マヒの影響で激しい運動が出来ず、いつも体育の授業を見学していた。
そんな綾香を快く思っていなかった同級生の女子からの嫌がらせは小学2年生の時に始まる。
最初は態と聞こえるように嫌みを言われたり話しかけても無視をされたり程度だった。しかし、その子達以外は普通に接してくれていた為、綾香はそれほど気にしなかった。
嫌がらせは少しずつエスカレートしていき、お調子者の男子を煽って綾香のマヒをからかって足を引きずったり、少し歪んだ笑い方をしたり。
綾香は幼い頃に両親を亡くした影響で他の子より少し大人びた性格だった為、子供じみたいたずらにあまり反応を示す事はなかった。が、反応を見せない綾香が余計に癪に障った相手は、嫌がらせをエスカレートさせ、机に落書きをしたり教科書を隠したりが始まる。
最初の内は仲の良い友達が綾香を庇ってくれていたのだが、少しずつ嫌がらせをする女子のグループの人数が増えてきた為、庇っていては自分も同じ目に遭わされるかも知れないという意識が芽生え、友達は綾香から離れてしまった。
小学校の高学年になる頃には直接的な暴力を受けるようになっていった。
突然、背中に蹴られたような衝撃が走り振り返ると、そこには何事もなかったかのように数人が雑談をしている姿があり「どうしてこんな事をするの?」と訊ねると「何の事? 証拠もないのに決めつけるなんて、ひどーい」と返され、しらを切られることや、態と綾香の近くで騒いで偶然を装って体当たりをされ「ごめーん、態とじゃないのよ? 分かってくれるよね? きゃははっ」と馬鹿にしたように笑いながら言われる事も多くあった。
教師に訴えると「藤島の気の所為ではないのか?」「確認したが偶然ぶつかっただけと言っているぞ?」「協調性が無いから人を疑うんだ。少しは周りの子と仲良くしなさい」と取り合ってくれないどころか逆に注意される始末。
それでも綾香は叔母夫婦には余計な心配は掛けたくないと、2人の前では明るく振る舞い虐めに耐えていた。
中学校に進学し、クラスが分かれた事でやっと嫌がらせが治まるかと思ったのも束の間、授業合間の休憩時間に態々綾香のクラスまでやってきて嫌がらせをされたり、悪い噂を流されたり、学校帰りや教師の目の届かないトイレや校舎裏などの場所に連れ込まれ集団で暴力を振るわれる事も少なくなかった。
そんな綾香が逃げる先に選んだのが図書室。図書室には本の貸し出しをする為に図書委員と委員会担当の教師が必ず一緒に居る。流石に教師の目の前で虐め行為を行う度胸のある者はいなかったので、人がやりたがらない図書委員の仕事を綾香は率先してやり、昼休みの安全を確保した。
学校終わりには虐めっ子に見つからないよう、なるべく早く教室を後にし、相手に見つかり難い裏道を抜けて家に帰り、それでも捕まり暴力を振るわれる事も多かったが、叔母夫婦の前では『躓いて転んじゃった』と誤魔化し、何事もなかったかのように振る舞っていた。
この時期、その虐めっ子達の所為で綾香に友達と呼べる人はおらず、校内で図書室だけが好きな話題について誰かと話しが出来る憩いの場だった。
特に多く話をしたのは柳太郎、前世のファーマだ。他の図書委員の子達とも多少の会話はあったが、綾香に目を付けている連中の目を気にしてか、あまり綾香との会話に乗り気ではなかった。
太郎は口数も少なく無表情で自分から話を振ってくる事は無かったが、周りの目を気にせずに接してくれる。それと太郎には〝柳に手を出すと親に慰謝料を取られる〟という噂が流れていた為、仲良くしておけば自分にも手を出されなくなるのではないかという打算もあった。
勿論、打算的だったのは最初の内だけで、接している内に少しずつ心を許せる友達の様な感覚になっていた。その頃に利用しようとしていた事を詫びたかったのだが、それを話すともう友達として接してもらえないのではないかと不安が頭を過り、詫びる事は出来なかった。
中学3年の卒業を間近に控えていたある日、柳太郎は事故により死亡する。
綾香は酷く落ち込み、その日から引き籠りがちになり、合格していた高校にも通う事が出来なくなった。しかし、叔母夫婦の献身的な世話により立ち直った綾香は、通信教育で高卒を目指し始める。
昼にアルバイトをしながら、夜は家に帰って送られてきた教材で勉強をする。忙しい毎日を送り、秋を迎えたある日。
アルバイト先から家への帰り路、歩道橋で階段を下りようと右足を踏み出した時だった。
聞き覚えのある声で『ふーじ、しまっ』と呼ばれると同時に背中に衝撃を受けバランスを崩し、咄嗟に手摺を掴んでいた手に力を籠め踏ん張ろうとしたが、右手の力だけでは体を支える事が出来ず、手摺から手を放してしまい階段の1番下まで転がり落ちた。
薄れゆく意識の中見えたのは自分の周りで何かを叫んでいる人達と、歩道橋の上で小学生の頃から綾香を虐め続けていた女子達が、近くにいた誰かに腕を掴まれ振り解こうとしている姿だった。
気が付くとそこは何もない真っ白な空間。何かに導かれるように進んだ先には真っ白な服に身を包んだこの世の者とは思えない中性的で美しい容姿の長い綺麗な金色の髪、全てを見通すような金色の瞳の男性? が座っている。
「やあ、いらっしゃい。よくきたね、藤島綾香さん」
ここで綾香の脳裏によく読んでいた小説のベタな展開が思い浮かぶ。
(いやいや、それは無いでしょ)
直ぐに頭を振って自分の妄想した恥ずかしい展開を否定するが
「君が想像した通りの展開だよ?」
目の前の男性は綾香が否定した妄想を肯定してしまい、綾香は唖然とする。
「残念ながら綾香さんは死んでしまいました。君には2つの選択肢があります。1つはこのまま魂の源流に乗って全ての記憶や人格を消され来世に向かう。もう1つは君がさっき想像していた通り、記憶と人格を引き継ぎ新しい人生を今までの世界とは違う世界でやり直す。どちらでも君の望む通りに叶えます。あっ、記憶を持ったままの転生の場合は少しだけ次の人生が有利になるように特典を付与するからね?」
「どこまでベタなのよ!」
あまりにも使い古されたベタ過ぎる展開を受け、思わず突っ込みを入れてしまう綾香。
「まあ、そう言わずに。好きでしょ? こういう展開」
「それは……好きだけど。突然、そんなご都合主義を発動されても戸惑うわよ」
「あはは、それはそうだね。でも、夢じゃないからね? ちょうど今、君の御両親が病院に到着したところだよ」
夢のような展開を前にして現実の事など頭からすっぽ抜けていた綾香に、軽いノリで現実を突きつける金髪の男。
「やっぱり、生き返るのは無理なのよね?」
「そうだね。残念だけど、あの肉体との繋がりは完全に切れているから、もう戻れないんだ。同じ世界に記憶を持ったまま生まれ変わると不要な弊害を招くから、それも無理。記憶を残すなら別の世界に転生してもらわなきゃいけないんだ」
その答えを聞いた綾香は弱々しく肩を落とす。
「お父さんとお母さんはどうなるの? 2人には子供が出来ないから私がいなくなっちゃったらとても悲しむと思うの」
「君の心配はもっともだね。でも、心配しなくて大丈夫だよ。あの2人はまだ気が付いていないけど、君のお母さんのお腹には新しい命が宿っているから」
「うそっ! お母さん達には子供は出来ないってお医者様が言ってたのよ?」
「確かに出来にくい身体みたいだけど、絶対にできないという訳ではないよ?」
死後知らされる衝撃の事実に綾香は戸惑いを隠せず動揺する。
「じゃあ、私が生きていたら来年には弟か妹に会えていたって事なの?」
「そうだね。今回の事で少し危なかったみたいだけど、来年には弟が生まれて来るよ」
「危なかった? 流産しかけていたって事?」
「流産しそうになるのはこの後だけどね。それが切っ掛けで妊娠に気が付くんだよ。その後は生まれてくる子を君が授けてくれたって都合よく解釈して幸せな人生を送る事になる」
「ちょっと言い方! 『都合よく』って何よ! っていうか、なんでそんな事分かるのよ?」
「だって、君の目の前にいるのは君達が言うところの神様だからね。その程度の未来が見えなくて神様は務まらないだろう? 言い方は少し悪かったかも知れないけど、彼らは君の死の悲しみを乗り越えて幸せな人生を送る事は保証できるよ。勿論、君の事も忘れたりはしない。老後に君の事を思い出しながら懐かしそうにアルバムをめくる姿が見えるよ」
「……言われてみればそうよね、神様だもんね。あーあ、待望の弟に会えないなんて悔しい……でも、お父さんとお母さんが幸せなら、それが1番よ。心置きなく死ねるわ」
「えっ!? 異世界転生はしないの? さっきまで興味ありそうだったのに?」
綾香の答えを聞いてお道化る神様。
「言い方が悪かったわね。あの世界での人生は終わりで良いって事。っていうか、神様なら分かってるんでしょ? さっきから人の心を読みまくってる癖に、今更なに言ってんの?」
「あはは、バレた? じゃあ、君が望む魔法がある世界に転生決定で良いよね。欲しい能力はある? とは言っても、規格外に大きな能力はあげられないけど、ある程度は希望に沿った能力を授けてあげるよ。折角だから心を読まずに聞いてあげよう」
「……今更感が強いんだけど? まあ、勝手に心を読まれて能力を授かるよりは、ちゃんと自分の口で伝えたいから素直に感謝するわ。その世界には人間以外の人種って居るの?」
「うん、君が今想像しているような種族は存在する世界だよ。人間以外になりたいの?」
『舌の根の乾かぬ内から、もう心を読んでいるじゃないか』とツッコミたかったが、綾香はスルーする事にした。
「いいえ、転生するなら人間がいい。獣人やエルフは愛でるものよ」
綾香は右手を胸の前でグッと握りしめ断言する。
「あはは、君は面白い子だね。現状に少し興奮している事を差し引いても、君みたいな子は初めてだよ」
「そう? でも、あの世界での心配事が完全にではないけど無くなったんだし、次こそは楽しまなきゃ損じゃない?」
「そうだね。君の言う通りだ。次の人生は好きなように楽しく生きると良いよ。それで、欲しい能力は決まった?」
「そうねぇ。折角、魔法の世界に行けるのなら色んな魔法を使ってみたいわ。それと今度は健康な体でいっぱい運動がしたい。あと優しい家族に恵まれたら最高ね。それ以外は特にないかな?」
「じゃあ、人間が使える魔法は全部使えるようにしてあげるよ。全部に適性を持たせると、習得が少しばかり大変だろうから成長に補正をかけておくね。あとは健康な肉体と優しい家族だね。これから魂を宿す肉体に丁度希望に沿ったのがあるから、そこに入れてあげるよ」
そう言って神様が綾香に向かって手を翳すと、綾香は自分の中に何かが入ってくるのを感じた。
「これで来世の君は訓練次第で人間が使える全ての魔法を使えるようになったよ」
「ありがとうございます」
「ああ、あとね。記憶を持ったまま転生すると、魂と肉体の記憶の融合の都合で少し弊害が出るから、その弊害をなくす為に物事の理解力を上げる才能も一緒に付与してあるから、人より物覚えが良い子になるよ。人格が覚醒するのは、新しい肉体と魂の融合がある程度終わってからだから、生まれて直ぐに『ここが新しい世界?』なんて感動する事もないからね。それと『覚醒したら突然それまでと人格が変わってしまって、家族が怪しむんじゃないかな?』って思っているみたいだけど、それはないからね? 覚醒前も覚醒後も自覚していないだけであって、君自身であることに変わりは無いから人格は変わらないよ」
「そうなの? それなら安心ね。これが本当は夢だったなんてオチが無い事を祈るわ」
神様の説明を聞いた綾香は少し悪戯っぽく笑ってウインクすると
「どんどん祈って、君の目の前にいるのは神様だからね。じゃあ、新しい人生を楽しんでね?」
神様はドンと自分の胸を叩いて、綾香を新しい世界に送り出した。
――――――――――
「──そういう訳で、この世界に転生したのよ。まさか柳君までいるとは思っていなかったわ」
一通り話し終えたタータニヤちゃんは、ゆっくりティーカップを手に取りお茶を啜る。
「僕も驚きだよ。こんな偶然があるんだね」
まあ、前世で近い時期に死んでしまったのは偶然だろうけど、僕達からすれば無限に近い数の世界があるのに、前世の知り合い同士が同じ世界に転生するなんて普通はあり得ない。
クレイエ様なら僕達が知り合いだと分かっていて、この世界に転生させた可能性はあるな。まあ、もしそうだとしても僕としては有難い。委員長にはもう1度会いたいと思っていたから。
タータニヤちゃんから聞いた話で、絶対にはタータニヤちゃんに知られると不味い事がある。
いくらクレイエ様の未来視でも未来に起こる出来事を正確に見抜くことは出来ない。以前、本人から聞いた話なのだけど、未来というのは幾つもの分岐点があり、複雑に絡み合っている。どの道をどう辿るのかは決まっていないし自分以外の人の選択で自分の未来が変わってしまう事も多い。極端な例えで言えば、誰かが投げた小石が元で誰かの、果ては世界の未来が変わる事もあるそうだ。
ある程度の未来予測(近い未来なら確率90%程度)は出来ても、完全な未来を見通す事は出来ない。創造主といっても全知全能という訳ではないそうだ。
つまり、クレイエ様がタータニヤちゃんに伝えた叔母夫婦の未来の話は、いくつもの分岐点の中で1番確率の高い予測された未来の話であって確定された未来の話ではないのだ。
まあ、そうでないと僕の身に起こったイレギュラーな出来事なんて起こる筈ないんだよね。
「でも、タータニヤちゃんが委員長だったとは思いもよらなかったよ」
「それは私も同じよ? 前世のファーマはもっと地味な容姿だったし、今と違って口数は少なかったし、声は小さかったし、死んだような目をしていたから、ファーマが本当に柳君かは賭けだったのよね」
酷い言われようだな……まったくもってその通りなんだけどね。確かに今の僕をみたら柳太郎とは結び付かないだろうな。
まあ、正確には柳太郎ではなくファーマ・リュミエールだ。前世の記憶や人格を引き継いでいるとはいっても、この世界で覚醒するまでの生活で身に付いた人格と混ざっている。クレイエ様は自分であることに変わりは無いとは言っていたけど、人格的にも新しい自分になったといえるだろう。
「予想が当たっていてくれて良かったわ。別の人だったら誤魔化すのも大変だっただろうし」
本当にその通りだ。もう少し慎重に行動しないとダメだよ?
「さっきも言ったけど、ファーマって今は凄く明るくて生き生きして見えるわ。この世界に転生してから、とても良い人生を歩んでいるのね」
「うん、そうだね。明るくなったのは特に母さんのお蔭かな?」
こっちの世界でも父親には恵まれなかったけど、ソフィア母さんもデーア母さんも僕の事を愛情いっぱい育ててくれた。ソフィア母さんと一緒にいられたのはほんの少しだったけど、真理の能力のお蔭でソフィア母さんが優しく僕を見つめる顔は今でも鮮明に覚えている。
愛情を沢山注いで育ててくれたデーア母さん、僕が生まれた事を心から喜んでくれて命を懸けて守ってくれたソフィア母さん、2人のお蔭で親の愛情というのがどういうものかも感じられた。僕はこの世界に生まれてくることが出来て本当に幸せだ。
因みにクレイエ様に言わせると僕とデーア母さんの性格はよく似ているらしい。デーア母さん程手は早くないと思うんだけどな? まあ、僕としては大好きなデーア母さんと似ていると言われるのは嬉しい。デーア母さんもまんざらではなさそうだった。
「そういえば聞いていなかったけど、どうして僕が柳太郎の転生者だって分かったの?」
切っ掛けはなんだったんだろう?
「……本気で言ってるの?」
「うん?」
何故か呆れたような顔で見られた。
「はぁ……デオドランって名前の、あなたが働いていた服屋があるわよね?」
「うん」
「あの店で三中の制服を売っていたから、ちょっと調べたら作ったのが貴方だってわかったのよ。作られた時期を考えると、その頃に前世の自分を自覚したって事でしょう? そんなの柳君しか考えられないじゃない? あれを見つけた時は『あいつ隠す気ないな』って呆れたわよ」
中々鋭いな。まあ、覚醒はその2年前だったんだけどね。
「まあ、最初に制服を見つけたのはグラダの中央通りだけどね。制服着て歩いている人を見つけた時は、目玉が飛び出るほど驚いたわよ?」
……そりゃそうだよね。逆の立場なら僕でも驚くよ。
「私もファーマに聞きたい事があるんだけどいい?」
「なに?」
「あなたドラグーンの国に行ったって言ったわよね?」
「うん」
「ドラグーン以外の亜人にもあった事あるの?」
タータニヤちゃんの目が、すんごい期待に満ちている。まあ、前世の彼女を知っているから、これも納得の反応だ。エルフとケモミミが特に好きだったよね。
「あるよ。って、いうか一緒に生活てる」
「本当!?」
タータニヤちゃんが立ち上がって机越しに前のめりに顔を近づけてくる。……圧が凄い。
「うん、キャッツ族っていう猫っぽい亜人2人と一緒だよ」
本当はハーフエルフも一緒だけど、エミルの事がバレると、この国では色々不味いから前世からの知り合いとはいっても教えることは出来ない。
「会わせて、お願い。この世界に獣人やエルフがいるって聞いていたのに全っ然、いないのよ。リアルケモミミモフモフさせて」
そんなキラキラした目でお願いされても、モフモフさせてもらえるかはレオナとコテツ次第なのだが……まあ、会わせてあげるくらいは大丈夫だろう。あっ、でも……
「1つだけ注意事項があるんだけど」
「なんでも言って。ケモミミっ子に会えるなら大抵の事は聞くわ」
「この国では亜人や魔人って呼ばれている人達が迫害されているっていうのは知っているよね?」
そう尋ねるとタータニヤちゃんが少し悲しそうな顔になり──
「うん、知っているわ。これは私が前世の自分を自覚したばかりの事なのだけど」
──と、話し始める。
タータニヤちゃんは6才の頃から家庭教師に語学や算術や歴史など色々な事を学んでいた。その中で亜人や魔人と呼ばれている人達との確執についても教わったらしい。
現在、異種族がデザリアでどういう扱いを受けているのか、デザリアの人達が亜人に対してどういう感情を抱いているのか、貴族の中で育ったタータニヤちゃんは平民の僕よりも亜人差別の根深いところを見てきたようだ。
人格覚醒後、家庭教師に『今からでも亜人や魔人と共存共栄できないのですか?』と質問を投げかけた事があったそうだ。答えは否だった。
『汚らわしい混ざりものと共存なんて出来る筈がないでしょう?』と冷たい目で言われたそうだ。
その後も両親やお兄さん、叔母のテレスティナさん、それに仲の良い使用人さん達にも話をしたのだけど、誰からも前向きな答えは得られなかったそうだ。それどころか使用人さんの数人からは、おかしな子供を見るような目で見られる事もあったらしい。
因みに、そういう目を向けてきた使用人さんは暫くしてから家からいなくなったそうだ。タータニヤちゃんが追い出した訳ではないそうだけど〝壁に耳あり障子に目あり〟だもんね。誰かが侯爵様に密告でもしたんだろう。
何度も説得を繰り返していると、家族からは『いずれはそうなると良いね』と、少し前向きな発言はもらえたけど、家以外ではそういう話をしないように釘を刺され、それ以後タータニヤちゃんは異種族と共存共栄したいという気持ちを、あまり人前では言わないようにしてきたそうだ。
「でも、もう我慢できない。身近にいるなんて知ったらもう、会いたくて会いたくて震えるわ」
ん? どこかで聞いたようなセリフが……
このあと、レオナとコテツについての質問が凄かった。コテツの名前について、ちょっと突っ込みが入ったのはご愛敬。お互いの人格が覚醒してからの話や僕が神様に願った能力の話等々色々話をした。
因みに僕には話せない事が沢山あるので、その辺りは上手く避けて話をしているので、タータニヤちゃんは僕の事を普通の転生者だと思っている。アルビノだという事も話していない。健康的な心配事が無い理由を、どう説明するかが難しいから……この世界の人の体毛の色が多彩で良かった。
タータニヤちゃんの人格が覚醒したのは、僕とテルホイの近くで会って暫くしてからだったらしい。それと自転車を作ったのはタータニヤちゃんなんだそうだ。
まあ、自転車の件はタータニヤちゃんが転生者だって聞いて直ぐに想像できたけどね。
他にも前世の知識で幾つか簡単な便利アイテムを作って、親バカ父とシスコン兄は『我が娘(妹)は天才だ』と親バカ全開で、生産科に入学したのもそれらが理由なんだそうだ。
「あっ、聞きたいのだけど、ファーマってエンドール家の家臣なのよね? 飛行車って見た事ある?」
「うん、何度か乗せてもらった事もあるよ」
まあ、作ったのは僕なんだけど……流石に僕が作ったとは思っていないようなので、敢えて教えない方が良いだろう。緘口令の事もあるし。
「本当に? いいなぁ。流石は魔法の世界よねぇ、まさか車や電車や飛行機をすっ飛ばして、飛行車なんて物が出てくるとは思っていなかったわ。自転車の次に車でも作ったら便利とか考えていたのに、もう作る意味なくなっちゃったわよ」
「車の製造法なんて知ってるんだ? 凄いね」
僕も前世に読んだ本で多少の知識は多少あるけど、エンジンやモーターの仕組みまでは知らないから作ろうとも思わなかった。
「えっ? 知らないわよ?」
はい?
「製造法なんて知らなくてもアイデアを研究者や職人に伝えれば、あとは勝手に作ってくれるじゃない。自転車だって絵を描いて、ステイール家のお抱えの鍛冶師にこんな乗り物が欲しいって言ったら作ってくれた物よ? 私は簡単な設計図を書いて、あーしてほしいこうしてほしいって注文付けただけ。なんでか知らないけど名前がジテンサになっちゃったんだけどね」
……それはタータニヤちゃんが作ったとは言わないんじゃないだろうか? まあ、アイデアが無ければ作れなかった訳だから作ったとも言えなくはないけど。
因みに商標のマージンは、タータニヤちゃんと作ってくれた鍛冶師さんで折半しているらしい。まあ、そりゃそうだよね。
車かぁ、車もあれば移動はかなり楽になるよね。飛行車って量産できないし高額だし結構欠点もあるから、車が量産できるなら便利でいいよね。
でも、この世界で作るならオフロード車みたいな舗装されていない場所を走る車じゃないと直ぐに壊れちゃうな。自転車も町の外を走らせると痛みが早いし。
町から町への街道にアスファルトで舗装された道路を作る事が出来ればいいんだけど、作っても直ぐに魔物に壊されてしまうから無理だな。
壊されないように魔物除けの魔法道具で守るという方法もあるけど、あまりそれをやり過ぎると魔物達の縄張りに引っかかったり、住処を追われた魔物の災害、前世で借りて読んだ小説によく書いてあったスタンピードというのを起こしたりするから危険だ。
魔物除けの魔法道具は魔物の侵入を防ぐものではなく、魔物をその場に近寄り難くする為のものなので、魔物がその気になれば簡単に入って来られる。あまり追い詰めると結界を無視して町や村を襲ってくるから、町や村や街道を作る時はそういう事も考えて作らなくてはいけないのだ。
3時間ほど話をしたけど、積もる話がありすぎて話しきれない事が沢山あった。外にテレスティナさん達を待たせている為、あまり待たせては気の毒なので今日はお開きになった。みんなお昼ご飯も食べずに待っている筈だから。
部屋から出ると、テレスティナさん達はカフェの外のテーブルでお茶を飲んで待っていた。かなり待たせてしまったなと思いながら部屋を出たのだけど『なんだ、もう話は終わったのか? もう少しゆっくりしても良かったのだぞ?』とテレスティナさんに言われ、2人でちょっと苦笑いしてしまった。
「じゃあ、また明日ね。ファーマ」
「うん、また明日」
貴族街の入り口まで馬車で送ってもらい、僕は自転車にまたがる。
「あっ、そうだ。ファーマ?」
「なに?」
「これからは私の事、ターニャって愛称で呼んでくれる? 折角、仲良くなれたのだから、お友達になりましょうよ」
タータニヤちゃんの言葉は『〝この世界でも〟友達に』と言ったように聞こえた。
「うん、喜んで。これからも宜しくね。また明日ターニャ」
「うん、宜しく。また明日ファーマ」
僕の返事を聞いて嬉しそうに馬車の扉を閉めたターニャ。何故だか分からないが別れ際にテレスティナさんがやたらとニヤニヤしていたのが少し気になる。まあ、気にしない事にしよう。




