第30話 エミル、経理担当を選ぶ
ファーマ達が奴隷契約を行っている頃、エミルとアリッサはジョブギルドの一室で集められた経理担当を希望する男女17名の試験を行っていた。
今回、経理を雇う事になった理由はファーマが金銭的利益をあまり考えないタイプの為、農場の経営が上手くいくよう、マルガンやマルコが商売的な考えが出来る経理を雇えと指示したからだ。商業ギルドから経理を出向させるという事も考えたのだが、それではファーマが経営している事にならないのでファーマの成長の為に経理を雇わせる事にしたという訳だ。
まず初めに集められた17人に簡単なペーパーテストを受けさせ、その後面談を行う。試験内容は簡単な和、差、商、積。最低これくらいは出来ないといけないという問題を商業ギルドで手渡され、それを30問ランダムに抜き出してエミルが作り、ファーマも確認している。
『やはり、計算の出来ない人も混ざっていましたね』
エミルは試験会場を歩いて見て回り、試験を受ける者達の様子を見て回る。
試験を受ける者の中には2桁程度の足し算と引き算は出来るが掛け算や割り算が出来ない者、それと文章問題が理解できていない者が多く混じっていた。それを見てエミルは小さなため息をつく。
試験が始まり15分ほど経った頃、意を決した表情をしたアリッサが
「……エミル様、少し内密にお話ししたい事があるのですが?」
と、少し気まずそうにエミルに小声で話しかける。
「内密な話ですか? でしたら筆記試験後、面接の前にお聞きします」
試験は全員がライバルなので他人に答えを教えるような者はいないが、試験管の隙を見て他人の回答を覗き見る者はいるかもしれないので、試験中に部屋を出る事は出来ない。
案の定、試験中に1人だけエミル達の目を盗んで隣の者の回答を覗き見ようとした者がいたが、直ぐにエミルに気付かれその場で退場を言い渡された。
「お疲れさまでした。採点が終わるまで暫くここでお待ちください」
1時間の筆記試験後、就職希望者を部屋に残しエミルとアリッサは廊下に出て、エミルが自分達の周りに遮音神術を使い声が漏れないようにして会話を始めた。
「実は、試験を受けている者の中に先日、私と共にファーマ様に助けて頂いた者が2名いるのです。あの2名を合格にしてしまうと、ファーマ様が黒衣の騎士様である事が人に知れる可能性が高くなってしまうので、どうしたものかと思いまして」
「なるほど、あなた以外にもこの町に残った方がいたのですね」
「私としては同じ苦労を味わった者同士、優遇してあげたいという気持ちはあるのですが、ファーマ様のリスクを考えると今回は見送るという形が良いかと」
アリッサも気持ちの上では合格にしてあげたいとは思っているのだが、今のアリッサはファーマに忠誠を捧げる身。ファーマのリスクは出来るだけ回避したいという思いを持っている。
「因みにどの方と、どの方ですか?」
「はい、ミルムとケイトという少女達です。座席は右から2番目の列の後ろから2番目と3番目です」
「ああ、あのお二人でしたか。今回、名乗りを上げた者の中で特に問題を解くのが早かった二人ですね。回答は……ほう、全問正解ですか。優秀ですね」
今回のテスト問題は商業ギルドでも確認してもらい、正解率8割以上を出せる人でないと役には立たないだろうと言われていた為、ミルムとケイトは基準を充分に満たしている。
「二人とも元は行商人の娘ですので、こういった計算には強いのでしょう」
「ふむ、元行商人ならばマルガン様のおっしゃっていた条件には適していますね。優秀な人材をみすみす見逃す手はありません。それに恐らくこの2人もアリッサに気付いているでしょうから、手元に置いておいた方が他に広まる可能性は低くなるでしょう。ファーマ様にお仕えさせるには人間性も重要なので、この後の面接の結果次第ですが前向きに検討した方が良さそうですね」
「雇い入れて貰えるのですか?」
「そうですね。人柄を見て良さそうなら2人を合格にしたいと思います。義理堅い者であれば、恩人であるファーマ様に迷惑の掛かるような行動はしないでしょうし、仕事も他の者より直向きに頑張ってくれるのではないでしょうか?」
「なるほど、そういうお考えもあるのですね。勉強になります。あそこで共に生活した感じでは、悪い方々には見えませんでしたから人間性に問題は無いと思います」
「共に支え合ったアリッサがそういうのなら人間性は良いのでしょうね。査定に入れておきます」
ペーパーテストの採点を終わらせ、この時点で12人が脱落。肩を落として帰って行った。残った5人を一旦廊下に待機させ、1人ずつ面接を行う。
まず1人目は30代の男性。
「四つ星ランクとは立派ですね。今回はどうしてうちで働こうと思ったのですか? 四つ星ランクの方ですと、もっと良い条件のものもあった筈です」
「はい、以前雇って頂いていたところが大きな損失を出したとかで給金が払えなくなったと言われ、お暇を貰いました。金銭的な条件は他に出されている依頼の方が良いものもありましたが、商業ギルドの実験農場という大きな場での経理を任せて頂けるというので、金銭よりやり甲斐を優先しようと思いました」
「なるほど、それは良い心がけですね。以前はどこで働いていたのですか?」
「はい、プラード子爵家です」
『ふむ、試験の正解率は9割で充分に合格ラインですが、表情を見る限り口で言っている程無欲という訳ではなさそうですね。それと、この口の軽さはいけませんね。ここは雇い主の名を伏せて話をするか、職業倫理に反するからと答えないのが正解です』
幾つかの質問を投げかけ、この人物には誠実さが見られないと感じ、エミルは不採用の決定を下した。
続けて面談をした2人目3人目は1人目に比べ誠実さや真面目さを感じ保留。4人目はケイトの番だ。
「ケイトさん、年齢は14才ですか。ギルドランクは1とありますが、以前は何か別の仕事を?」
「はい、父を手伝って行商をやっていました」
「どうしてこの仕事をやろうと思ったのですか?」
「はい、事情があって行商が続けられなくなったのでジョブギルドで仕事を得ていたところ、ランクに関係なく経理の仕事をさせてもらえるというので、以前の仕事の知識が役立てられると思い、希望しました」
「どういった事情で行商が続けられなくなったのですか?」
「まだ取り調べ中なので詳しい話は出来ませんが、悪い人に襲われて家族を失ってしまったので廃業を余儀なくされてしまいました」
「そうですか、辛い事情を聞いて申し訳ありません」
「いえ、行商をしていればよくある事だと教えられているので大丈夫です」
この後、幾つかの質問を繰り返し人間性を図る。面接から分かったケイトの性格は生真面目で誠実。少し硬いところはあるが人を裏切るようなタイプではないとエミルは判断した。
最後にミルムの順番が回ってきた。
「ミルムさん、13才。あなたもギルドランクは1なのですね? 以前は他の仕事をされていたのですか?」
「はい、前はお父さんの手伝いで行商をやっていました」
「先程のケイトさんと同じですね」
「はい、ケイトとは同じ境遇で仲良くなって今は一緒に暮らしています」
「なるほど、お友達同士でしたか」
「はい、でも友達というよりはケイトはお姉ちゃんみたいな感じです? 私があまりしっかりしていないので、しっかり者のケイトに支えてもらって何とか生活しています」
「ミルムさん、正直なのは結構ですが、自分の事をしっかりしていないと言ってしまうと面接では不利になりますよ?」
「あっ……今のなしで。で、でも、ケイトがしっかり者というのは本当ですよ?」
ミルムの受け答えを聞いてエミルはクスっと笑いが零れてしまう。この後幾つかの質問をして受けるミルムの印象は、明るく無邪気でおっちょこちょい。自分に関する失言はあるが、重要な部分で口は堅い。ケイトと合わせてエミルは好印象を持った。
面談を受けた5人中4人でエミルは悩んだ結果、合格にしたのはケイトとミルム。決め手になったのはアリッサから聞いた話と、2人が親しい仲だという点だ。手元に置いておいた方がファーマの秘密を隠しやすいという点と、同じ職場で働くなら人間関係に問題が生じ難い方が良いという点が大きい。
2人は選ばれると抱き合って喜んだ。
「今回、雇用できなかったお三方には大変申し訳ありません。また機会があれば是非もう1度挑戦してみてください」
不合格になった3人は肩を落として部屋を出て行き、部屋にはエミル達4人が残った。
「お二人とも少し話をして良いですか?」
「「はい」」
エミルは自分達の周りに天属性神術で遮音の結界を張り、会話を始める。
「あなた方2人はアリッサの知り合いという事で間違いはないですね?」
「はい、アリッサさんには以前お世話になりました」
「アリッサさんがいなかったら私達は今頃、生きてなかったかも知れません」
「いえ、私の力など微々たるもの。今こうしてあなた方が元気でいられるのはリュミエール神のお導きです」
2人の感謝の言葉にアリッサは首を横に振ってそう答える。この時アリッサは神教の祈りのポーズを取らなかった。それはファーマへの忠誠を表しているのだろう事は本人も気付いていない。
「薄々は気付いているかも知れませんが、アリッサは今、あなた方を助けたお方と一緒に生活をしています」
「やっぱりそうなのですね。教会へ戻ったはずのアリッサさんが試験官になっているので、そうではないかと思っていました」
「そうだよね。アリッサさんが教会を辞めちゃう理由って、あの人に出会ったからくらいしか考えられないもんね」
暫く4人で話し続け、ファーマについて話せる範囲の事を教え、ケイトとミルムに口止めをする。
「事情は理解しました。ご恩に報いられるよう真摯にお仕えさせて頂きます。勿論、ファーマ様の不利になるような発言は亡き父の名に懸けて致しません」
「偶然見つけたギルドの依頼で再会なんて運命感じちゃう。勿論、絶対に人には話しません。お父さんから商人に1番大事なのは取引相手との信頼関係だって教えられたから大丈夫です」
ケイトとミルムにしてみれば地獄から助け出してくれた救世主。ファーマは2人にとって白馬の王子様的存在になっているので、この時点で忠誠心は最高値だ。ケイトは内心ウキウキしながらも面には出さず、ミルムは分かりやすく喜んでいる。
声が掛かるまで宿で待機しておくよう2人に指示を出し、エミルとアリッサは家に戻った。
「ただいまー」
エミル達が家に戻り数時間後。ファーマが家に戻って来た。
「エミルの方はどうだった? 良い人雇えた?」
「はい、用意した問題を全問正解する者が2人いました」
「その2人を雇う事にしたの?」
「はい、あとの面接でも人間性に問題もなくマルガン様のおっしゃっていた条件に合う、経理を任せるのに適している人材だと判断し、その2人に決めました」
「そっか。エミルがそう判断したなら間違いないね」
ファーマはエミルの少しファーマに心酔しすぎという部分を除けば、彼女に全幅の信頼を寄せている。そのエミルが任せるに値すると判断したのならファーマからいう事は何もない。
素直に良い人が見つかって良かったと喜んでいるが、後日ケイトとミルムとの顔合わせで驚かされる事になる。
次回更新は6/12になります




