第26話 ファーマ君、再びグラダへ行く その5
朝、とても気分よく目覚めた。
やっぱり、いい布団は寝心地が良い。ラグナムート様のところのふわふわ布団に比べるとふわふわ感は足りないけど、充分満足できる寝心地だった。レオナは折角のいい布団なのにベッドから転がり落ちて床で寝ている。
ジャンケンで勝負してまで僕と一緒に寝たのにそれでいいのか? まあ、レオナの寝相の悪さは知っていたから、こうなるだろうとは思っていたけど……
レオナを起こさないように抱っこしてベッドに戻し、僕はそっとリビングルームに移動した。
「おはよう」
部屋を出てリビングに行くともうリリが起きてソファーに座っていたので声を掛ける。
「おはよう」
「早起きだね。どうしたの? 明かりもつけずに」
今、午前五時。まだ外は暗く、空はまだ日の出前で薄っすら光が差し始めたくらいなので、部屋には街灯の明かりが差し込んで居る程度でかなり暗い。
「布団が柔らかすぎて落ち着かなくて早く起きちゃった。明かりは点け方が分からなかっただけよ」
なるほど、慣れていない布団だとそういう事もあるよね。って、たぶん違う。寝心地の違う布団は兎も角、部屋の明かりはボタン1つでつくので分からない筈はない。やっぱり、あんな親とはいっても縁切りしたのは辛いのかも知れないな。
「あ、でも起きたのは1時間くらい前だよ?」
って事は6時間くらいしか寝ていないのか。ちょっと短いな。
「お茶入れるけど飲む?」
明かりを点けながらお茶に誘う。
「うん、ありがとう」
やっぱり返事にいつもの明るさがない。ちょっと元気づけてあげようか。
「マルガンさんに王都に連れて行ってもらった時に貰った秘蔵の甘味料があるんだけど、使ってみる?」
グラヴァさんがお土産で持たせてくれたビースウィー。落ち込んでいる時は甘いものを食べるのが良い。まあ、リリも同じだとは限らないけど。
「秘蔵の甘味料?」
「うん、普通は上級貴族しか手に入れられないんだけど、お世話になっている人から貰ったんだよ」
「えっ? そんなに凄いものだったら大事にとっておいた方良いんじゃない?」
「痛んじゃう前に使わないと勿体ないから問題ないよ。食べ物は美味しく食べられるうちに食べなきゃね」
まあ、異空間保管庫に入れておけばそうそう痛む事はないけど、高級品だからと気にしていたら本当に何年も入れっぱなしになりそうだからこういう時に活用しないとね。
「ふわぁー、なにこれ? 凄くいい香りだし少ししか入れてないのにお茶の味が全然違う。美味しいね」
とてもいい笑顔になった。やっぱり落ち込んだ時は甘いものだよね。
「おはようございます」
「おはようエミル」
お茶の匂いに誘われて起きたのか、エミルが部屋から出てきた。
「んー、おふぁよー……」
「おはようミミ」
エミルの直ぐ後から眠そうにフラフワしながらミミが起きてきた。のは良いのだけど、ソファーに座るなり倒れ込んで、また寝てしまった。ソファーもフカフカのスベスベなので寝心地は良いよね。
この後、9時の朝食までは僕、エミル、リリの3人でゆっくりお茶を楽しみながら、この2年間のお互いの話をして、レオナ、ミミ、セトは朝食前に僕達が起こすまでグッスリだった。
「さて、今日の予定だけど、最初に役所で手続きを終わらせてから、デオドランやリリ達の職場に挨拶に行こうか?」
「そうよね。グラダから出て行くんだしお別れは言っておかないとね」
「ずっと会ってないけどアンちゃん元気かな?」
「あれ? リリとミミも会ってないの?」
「うん、あの人達がうちに来てから色々忙しかったから会う暇がなかったのよね」
リリは昨日の話し合いの後から父親の事を〝お父さん〟と呼ばなくなった。あえて呼ばないようにしているようだ。
「あのおじさん金稼げー、飯作れーってうるさかったもんね」
以前に聞いた話では父親はミミが生まれて間もない頃に家を出て行ったらしいので、ミミは父親の事を父親として認識できないらしく〝おじさん〟呼びがデフォルトらしい。家にいる時には〝おじさん〟と呼ぶと怒られていたので無理してお父さんと呼ばせていたらしい。
「もう、そんな心配はしなくて良いからね? 仕事は結構大変だと思うけど、ちゃんと週に1日か2日は休日も取ってもらうから」
「そんなに休みはいらないわよ? 月に1日か2日あれば大丈夫だから」
「そうだよね。お休みばっかりでもやる事ないし」
それは働きすぎだろう? どこのブラック企業だ。いや、これがこの世界の普通か……
食後に30分ほど会話を楽しんで宿を出て、役所でセトの保護権移譲と3人の親との縁切りの手続きを終わらせてデオドランに向かった。
「……おかしい。デオドランが飲食店になってる」
デオドランがあった場所は何故か食堂になっていた。店名はラフレシヤン。とても臭いそうな名前だな……
「なんで? どうして? 聞いてないんだけど?」
「アンナとおじさんは居ないね」
「経営が思わしくなくて畳んでしまったのでしょうか?」
エミルが不吉な発言をしている。けど、店が無くなっているという事はそうなのか?
「なに店の前で騒いで……おりょ? おめぇさんひょっとして前にデオドランで働いてた兄ちゃんか?」
食堂を覗き込んでいるとお店の人が気付いたようで声を掛けてくれた。見覚えのある人だ。
「あれ? 前にデオドランの隣で串焼きの露店をしていた人ですよね? なんでデオドランがおじさんのお店に?」
「ああ、ワックスの旦那が移転するってんで俺がここを借りたんだ」
「移転?」
「おう、西街のダンキー・ホテイって店の近くで新しく店を構えるって言ってたから、その辺りでやってると思うぞ?」
とんだ無駄足を踏んでしまった。まさか泊まっていた宿から徒歩10分ぐらいのところにいるとは思ってなかったよ。まあ、しょうがないか。
「教えてくれてありがとうございます。そっちに行ってみます」
「おう、ワックスの旦那に宜しくな」
と、いう事で僕達は再び西街に行った。ダンキー・ホテイ付近で道行く人に尋ねる事10分、あっさりとデオドランに到着。店の名前が変わってなかったのは幸いだった。
デオドランがあったのは西街の大通りから裏通りに入って裏道を2本過ぎたあまり目立たない場所。人通りも少なく良い場所とは言えない。
「こんにちはー」
「いらっしゃぁ……ファーマ君!?」
「ファーマ君だって!? ほんとだファーマ君だ」
アンナが僕に気が付き、声を裏返しにしながら僕の名前を呼ぶと、奥の部屋からワックスさんが走って出てきた。
「お久しぶりです。僕だけでなくエミルとレオナ、それにリリとミミも一緒ですよ」
「キャー! リリ、ミミ、久しぶりじゃない。元気にしてた? どうしたのその服? こんな良い服が着られるようになったの?」
僕に言われてリリとミミに気が付いたアンナは大喜びでリリに飛びつくように抱き着いてはしゃぎ、一気にまくしたてる。
「アンナ、久しぶり。『元気にしてた』かと聞かれると、ちょっとそうだとは言えないけど、今は元気よ。この服は昨日ファーマに買ってもらっちゃった」
それに対してリリは少し苦笑いで返事をしている。まあ、色々大変だったんだから返事に困るよね。
「あれ? その子は? いつの間にか子供産んだのよ?」
「なにボケた事言ってるのよ。1年ぐらいでこんな大きな子ができる訳ないでしょ? 弟よ、弟」
「弟? ……ひょっとしてあのクズ親父が帰ってきたの?」
直ぐにそこに結び付くとはアンナの勘は鋭いな。
「そうなのよ。でも、もう縁を切ったわ──」
父親の話になってから再会の喜びムードは一転、愚痴大会が始まった。僕やエミルと話す時とは違ってリリは生き生きと父親への愚痴をこぼしている。やっぱり、親友と話すのは僕達と話すのとは違うようだ。こういう友達って大事だよね。
「ファーマ君はどうしたんだい? 旅はもう終わったのかい? 確か王立学園に通うって言ってたよね?」
おお、覚えてくれていたんだな。
「はい、年明けから通う事になっています。今回は向こうで新しく事業っていうか、農場を始めるんでリリとミミに手伝ってもらおうと思って誘いに来たんですよ」
「はぁー、うちで働いていた時から凄い子だとは思っていたけど、たった2年で事業を始められるようになるとは驚きだねぇ」
「色々と都合よく事が運んだだけですよ。運が良かったんです」
本当にご都合主義のラノベのように……
「ワックスさんも店も大きくなって順調そうじゃないですか」
僕がそう言うと、ワックスさんが苦笑いしながら目を逸らした。
「順調じゃないんですか?」
「あはは、実はそうなんだ。ファーマ君がいた頃に結構儲けて、女性用下着のマージンで収入がかなり増えたから店を移転して大きくしたんだけどねぇ。こっちは家賃も高いし、向こうとは売れ筋が違うから全然儲からないんだよ」
前のところが月に500デニールで今のところが月に5000デニールの家賃らしい。思いっ切ったな……
「ほんと、ブラジアとパンテイのお金が入らなかったらとっくに潰れているところよ?」
リリとの会話が終わったのかアンナもこっちの話に混ざってきた。
……なるほど、こっちもかなり大変だったんだな。
詳しい話を聞くところによると、前のデオドランは住宅地の近くだったので一般的な服がよく売れていた。けど、新店舗は正騎士ギルドの一般騎士や冒険者が集まる地域なので日常的に着るような服はあまり売れないらしい。デオドランで売れるのは肌着や下着くらいで服はあまり売れないらしい。
ワックスさんもアンナも武具は作れないけど、正騎士や冒険者相手に商売するなら服に近い鎧下なら作れるだろうと他所の店から鎧下を買ってきて研究して作ろうとしたらしい。
「それで、鎧下は作れそうですか?」
「うーん、それが結構難しくてねぇ」
「見た目は似たようなのが出来るんだけど、やっぱり他所のより動きにくいらしくて滅多に売れないのよね」
材料は同じものを使っているから性能は似たようなものが出来るらしいけど、日常に着る服と戦闘時に着る服では仕様が違うので、その辺りで難儀しているらしい。しかもこの近辺には専門の防具屋さんが多いらしく、普通の服屋がそれに対抗しようと思ったらかなり大変なんだそうだ。
「もう、ここを畳んで東街に戻ろうかって考えているんだけど、前の場所はもう空いてないからねぇ」
「立地の良いところなんて中々空きが無いし、今思えばあそこっていい場所だったわ」
だいぶ参っているようだ。あっ、それならいい事を思いついた。
「ワックスさん、ものは相談なんですけど」
「なんだい?」
「うちの農場で店を開きませんか?」
「はい?」
「そこで仕事をするのは殆どが一般奴隷になる予定なんですけど、やっぱり何か楽しみがあった方がみんなやる気が出ると思うんです。だから一般奴隷には毎月決まったお小遣いを渡して、買い物をする楽しみを持たせてあげたいなって今思ったんです。リリとミミもアンナが一緒に来てくれたら嬉しいだろうし、来てくれるなら店を新築します。家賃は最初の1年は頂きません。どうですか?」
親友のアンナがいればリリも落ち込んだ時や辛い時に心の支えになってもらえるだろうし、逆もまた然りだろう。良い考えだと思う。
「いやいや、そこまでやってもらうのは悪いよ」
「でも、新天地に引っ越すっていうのは悪くない話ね。場所はどの辺りなの?」
さっきワックスさんには言ったけどアンナには聞こえてなかったようだ。
「王家領地のアインスって町は知っています?」
「勿論、知ってるわよ。大きな町じゃない」
「でもあの町は確か農場を作れるような場所はなかったはずだけど?」
「農場はアインスの町から10㎞ほど離れた廃村があった場所に作ったんですよ」
「うーん、その農場って何人ぐらい人がいるの?」
「予定では50人ぐらいの一般奴隷とマルガンさんが紹介してくれる兵士さん、僕達と従業員を合わせて70人ぐらいになると思います」
「70人かぁ……服屋を開くには難しい人口ねぇ」
人数を聞いてアンナは渋い顔をしている。
「それなら距離も近いし、アインスに行商に行くって手もあるよ」
今度はワックスさんが結構乗り気のようだ。
「簡単に言うけどお父さんの作る服がアインスのお金持ちに売れるとは思わないんだけど?」
「ひ、酷い言われようだな。良い生地さえ手に入れば私だってそれなりの服は作れるんだよ?」
──暫く3人で(主にワックスさんとアンナが)話し合った結果。
「どうせ失敗するなら大きくやろう」
「失敗する前提で言わないでよ。次は成功させるわよ」
デオドランは農場に移転する事が決まった。流石にワックスさん一家まで飛行車には乗せられないのでワックスさん一家3人は後日、ダン達と同じ馬車で運び屋さんに連れて行ってもらう事になった。
因みにワックスさんの奥さんのテシアさんは農場で働いているので、移住する事は帰って初めて知らされた。勝手に移住を決めたワックスさんとアンナが酷く怒られる事になる。




