第24話 ファーマ君、再びグラダへ行く その3
カナイ村からグラダまでは飛行車で2時間ほどなので、その日の夕方にはグラダに到着した。ここでも他の町と同じで人々の注目を集め、騒ぎになっている。流石にマルガンさんが乗っているので道を塞いで通行の邪魔をする人はいないけど、目立ってしょうがない。
「やっとお戻りになられたのですね。まったく、いつまでも帰って来ないから仕事が溜まってしょうがないですよ。マルガン様にはもう少しギルドマスターとしての自覚を──」
商業ギルドに到着し中に入ると、マルガンさんの秘書のステイシーさんがマルガンさんが戻って来たという報告を受けたのか、ものすごい勢いでギルド奥から走って来て、マルガンさんの前に立ち威圧感たっぷりに能面のような無表情でお説教を始めた。
「わ、分っておる。溜めた仕事は直ぐに片付けるからそう怒るな。ファーマ、5日ほどで仕事を片付けるから6日後に迎えに来るんじゃぞ」
僕に一言言い残してマルガンさんはステイシーさんに引き摺られるようにギルドの奥に入っていった。
「ファーマさん、お迎えには来なくて良いので、ファーマさんの用事が終わったらアインスへお戻りください」
マルガンさんが連れていかれるのを見計らって、オリビアさんが僕にそう伝えてきた。
「えっ? でも、そんな事をしたらマルガンさんに怒られるんじゃ?」
「問題ありません。マルコ様には最低半年は、こちらで真面目に業務をやらせるようにと仰せつかっております。これはグラヴァ様のご命令でもありますので、連れて戻ってしまうとファーマ様がお叱りを受ける事になるでしょう。顔を合わせてしまうと、貴方ではマルガン様に言いくるめられてしまう恐れがありますので、そのままお帰り頂くのが良いのです」
連れて戻るとマルコさんとグラヴァさんから怒られる。置いていくとマルガンさんから怒られる。どちらにしても怒られるじゃないか……でも、当主の命令で仕方なくという事なら、マルガンさんも文句は言っても酷く怒ったりはしない筈。マルガンさんごめんなさい。
「わかりました。グラヴァ様の御命令なら仕方ないですね。マルガン様には何も言わずアインスに戻る事にします」
「はい、お願いします。私もマルガン様と共にグラダに滞在しますので、お気をつけてお帰りください」
「オリビアさんも残るんですね。分かりました。ここまでの道中お世話になりました」
お礼を伝えるとオリビアさんはクールな笑顔を見せ、会釈してマルガンさんのところに行った。
オリビアさんとの話が終わった後、僕達は運び屋さんの手配をする為に受付の方に向かう。受付には以前と同じくニーナさんが立っていたのでそのカウンターに向かった。
「あら、ファーマ君じゃない。大きくなったわね」
「お久しぶりです、ニーナさん。お元気でしたか?」
「ええ、とても元気よ。ファーマ君は色々大変だったみたいね。マルガン様に手紙見せてもらったわよ」
僕の手紙はどうやら、顔を知っているギルドの職員さん全員に共有されていたようで、みんな僕がどういう状況だったのか知っているらしい。戻ってからの事も何故か知っていたのでマルガンさん辺りが近況を知らせたのだろう。(勿論、緘口令の敷かれている事柄は伝えられていない)
「今日は運び屋さんの手配をお願いしたいと思いまして」
「運び屋? 何を送るの?」
「カナイ村で雇った人をアインスの近くに新しく出来た農場に運んでほしいんです」
2人分席が空いたからリリ達が来てくれるなら一緒に行けばいいよね。
運び屋のポー車2台での運び賃1万5千デニール、護衛の星3~4ランク冒険者に払う護衛料10人で10万デニール、これは全員無事に送り届けられた時成功報酬として渡されるお金で、それとは別に前金で旅費や食費等、旅にかかる諸費用2万デニールを僕の口座からギルドに預ける。今回は9人を送ってもらうのでこの値段だ。
送料は距離や送ってもらう人数によって変わる。大体ポー車1台に大人4人乗れるので子供なら2台で9人は楽に乗れる。普通であればポー車1台につき護衛は4人ほどなのだけど、今回はより安全に運んでもらう為に護衛の人数を増やしてもらった。護衛の冒険者も星4ランクを中心にしてもらって、最低でも星3ランクまでと限定付けたので少しお高めだ。
まあ、アインスまで凡そ30日ぐらいかかるので、その間、安心して送ってもらえると考えると高くはない値段だろう。
「手続きはこれで完了よ。人員の手配に数日かかるからカナイ村へは10日後くらいに到着すると思うわ」
ダン達に教えていた予定通りに迎えが到着しそうだな。良かった。
「お願いします。それと、これとは全く別件なんですけど、ディアスキンさんって今ギルドにいますか?」
「ディアスキン? 今日はいると思うけどどうしたの?」
「いえ、カナイ村に寄った時、ディアスキンさんが結婚したという話を聞いたので、お祝いの挨拶をしておこうかと思いまして、ディアスキンさんにも奥さんのライラさんにも以前お世話になっていますし」
「ああ、そういう事ね。でも、今は止めておいた方が良いと思うわよ」
「どうしてですか?」
「あの2人の結婚は色々あったからね。ライラさんは良い人なのだけど、立場が立場だから毎日お姑さんに押しかけられて参っているらしいのよ。ディアスキンもだいぶ庇ってはいるようだけど、やっぱり母親には大きく出られないから」
「なーに勝手な事言ってやがんだ、ニーナ」
「ディアスキンさん?」
噂話をしていると突然ディアスキンさんが僕達の後ろからやってきた。
「おう、ファーマ君。久しぶりだな」
「お久しぶりですディアスキンさん。聞きましたよ、結婚おめでとうございます」
「ありがとな。あの時ファーマ君がライラと引き合わせてくれたおかげだ。言っておくが母とライラの関係は良好だからな?」
「本当に~? 最近、お母様が入り浸ってライラさんが参っているって聞いたわよ?」
「あのなぁ、ライラが参っているのは母が入り浸っているのが原因じゃないぞ? 誰から聞いたのか知らないが話をごっちゃにするな」
どうやら嫁姑問題は噂元の勝手な妄想だったようだ。前世で嫁姑戦争を題材にした本を読んだことはあって、現実にそんな話があるのかと驚いたけど、違ったのなら良かった。
「じゃあ、本当の話はどうなのよ?」
「ライラが参っているのは悪阻が酷いからだ。母はライラの体調がすぐれないから使用人を連れて家の事を面倒見てくれているんだよ」
悪阻?
「子供が出来たんですか?」
「おう、新婚4カ月で父親になったぜ」
「ちょっと、聞いてないわよ?」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます。 私もいつかファーマ様の……ふふっ」
僕に続いてエミルもお祝いの言葉を掛けた。そのあとに小声で何やら呟いているのは聞かなかった事にしよう……
ライラさんは今、妊娠3か月らしい。直ぐにでもライラさんにお祝いをしてあげたいところだけど、ディアスキンさん宅にはディアスキンさんのお母さんがいるそうなので、いきなりお邪魔は出来ない。と、いう事で明後日、ディアスキンさんが非番の日に待ち合わせてお邪魔させてもらう事になった。
「では、また明後日にギルドに顔を出しますね」
「おう、9時にそこの入り口に集合な」
ディアスキンさん達と別れ、僕達はギルドを出てリリとミミの家に向かった。
「今日は驚く事ばかりだね」
「そうですね。まさか子供まで出来ているとは思いませんでした」
「レオナも子供欲しいな」
いやいや、レオナはまだ8才だから子供は早すぎるだろう? 女の子の日も来てないよね?
「ライラさんの事を話しているディアスキンさんはとても幸せそうでしたね。私もいつかあんな風に幸せになりたいです」
ライラさんと生まれてくる子供の話をしている時のディアスキンさんは、それはそれはデレデレしていた。こっちまで幸せな気分になるほどに。
「そうだね。エミルも適齢だし良い人を見つけなきゃだね」
「んもうっ、ファーマ様は意地悪です」
エミルが珍しく拗ねている。頬を膨らませて拗ねるエミルはちょっと新鮮だな。
すっかり日も傾き、夕暮れ時になる頃、僕達はリリとミミの家の近くに到着した。今は11月の頭なのでリリとミミは前と同じ農場の手伝いをしているなら麦の植え付けの仕事が忙しい時期なので、丁度今頃の時間に家に帰ってくるか、帰ったところだろう。
もう帰っているかな? なんて考えながら玄関のドアをノックしようとした時──
「誰に向かって言ってやがる!」
──家の中から男性の大きな怒声と何かが壊れるような音、小さな子供の泣き声が聞こえてきた。
「取り込み中のようですね」
「この家はリリとミミの2人暮らしだったよね? 今の声はどちらの声とも違っていたんだけど」
「違う人が住んでるのかな?」
なるほど、2年も会っていなかったら引っ越している可能性もあるよね?
「居候のくせに偉そうにしないでよ! お父さんはもうこの家の人間じゃないのよ!?」
あ、リリの声だ。
「ふざけんな! ここは俺の名義で俺の家だ!」
「何年も帰って来なかったのに勝手な事言わないでよ! ここはおじいちゃんの家よ! 生活できないから少しの間だけ置いてくれって泣いて頭下げたのもう忘れたの!?」
うーむ、複雑な家庭事情が丸聞こえだ。訪ねても大丈夫なんだろうか?
「んな昔の話してんじゃねぇ! 文句があんなら出ていけ!」
リリ達の父親らしき人の怒声と共に、何か小さな物がどこかにぶつかるような音と、リリの短い悲鳴が聞こえてきた。
数十秒後、勢いよく玄関の扉が開かれ、リリとミミが出てきて玄関の前に居た僕達と目が合った。リリの腕には小さな子供が抱きかかえられている。
「えっ、ファーマ?」
「エミルとレオナも」
リリ達は直ぐに気が付いて驚きの声を上げる。
「ひ、久しぶりだね。リリ、ミミ」
「お取込み中の様でしたので出直そうかと話していたのですが、何があったのですか?」
「リリ、頭から血が出てるよ?」
レオナの言う通り、リリは頭に怪我を負っている。それだけではなく腕や足にも酷い痣があり、それはリリだけに限った事ではない。
「色々あってね。ここじゃあれだからどこかで話さない?」
リリに促されてリリ達の家から少し離れた空き地に移動した。
「酷い怪我だね。直ぐに治療するよ」
3人とも顔や腕や足が酷い痣と生傷だらけだ。初めて出会った頃のレオナがこれぐらい酷い状態だったな。それに随分と痩せてしまっている。神眼で生命力値を確認して問題なさそうなので回復神術で傷を治し、病気等の状態異常はなかったけど浄化神術で除菌もしておいた。
「少しだけ、話が聞こえたんだけどお父さんが帰ってきたんだね」
「帰ってきたっていうより、押しかけて来たっていう方が正しいわね。ファーマ達が旅に出てから丁度1年ぐらいたった時なんだけどね──」
リリは僕達が旅に出た後の事を詳しく話してくれた。あのあと、リリ達は農場で正式に雇ってもらえる事が決まり、2人で生活するには困らない安定収入が得られるようになって、少し贅沢も出来るようになったそうだ。
1年ぐらいは何事もなくゆとりある生活をしていたんだけど、ある日父親が新しい奥さんと小さな子供を連れて帰って来て、生活に困っているから仕事と住むところが見つかるまで家に置いてくれと頼み込んできたんだそうな。
父親と奥さんの2人だけなら追い返していたところなのだけど、奥さんに抱かれていた子供(異母弟)のセトは痩せて元気もなく、ぐったりしていたので放っておけなかったらしい。
半年ぐらいは父親も奥さんも申し訳なさそうにしていたのだけど、その頃から段々態度が横柄になっていったんだそうだ。
最初は小さな揉め事から始まって、次第にお酒を飲んで暴れるようになり、今では弟の面倒はリリとミミに任せっきりで毎日のように暴力を振るうようになったんだとか。
「そこまでなら弟のセトだけ引き取って追い出せれば良かったんだけどね。私が知らない間に家の名義がお父さんに変わってて追い出すことも出来ないし、仕事をしていると思ったらずっと借金して遊んでたのが分かったのよ」
「勝手に名義変更なんてやったらダメだよね?」
「それが他人だったら出来ないらしいんだけど、お役所で話を聞いたら手続きに不備は無いし、実の父親だから問題ないって言われて戻してくれなかったのよ」
なるほど、この国の法律なら問題はない訳か。
「それで喧嘩になって飛び出してきたんだね」
「家を飛び出すのはいつもの事なんだけど、とうとうお父さんの借金が返せなくなってね。口減らしでミミを身売りさせる、なんて言うものだから今日は本気であの人達から離れようと思ったわよ」
マルガンさんやミッキィさんには聞いていたけど本当に口減らしで子供を奴隷商に売る人がいるんだな。
余談だけど、親が子供を奴隷商に売れるのは子供が成人するまで。成人後は親の義務がなくなるので生活の面倒をみる必要もなくなる代わりに口減らしで奴隷商に売る事も出来なくなる。育てる義務があるのに口減らしはしても良いとか矛盾した法律だな。因みに契約条件は売られる子供が決めても良いし、どうしても奴隷になりたくない場合は拒否できるらしい。でも、その場合大抵は大事に育てられず酷い扱いを受けるらしいので、どの道奴隷になる道を選ぶ事になるんだとか。
閑話休題。
「大変だったんだね」
「そうね。ほんと、なんでこんな事になっちゃったのかしら……」
リリはセトの頭を撫でながら少し涙ぐんでいる。
「ファーマはどうしてうちの前にいたの?」
リリの話が終わるとミミがそう問いかけてきた。
「そうそう、今日はリリとミミを誘いに来たんだよ」
「「誘いに?」」
「うん、僕は今アインスに住んでいるんだけどね。アインスの町から少し離れたところに農場を作ったんだ。それでリリとミミに手伝って貰ええないかな? って思って誘いに来たんだよ」
「家に帰るのが嫌でしたら私達とその農場で一緒に暮らしませんか?」
「行こうよ。レオナもリリとミミが一緒は嬉しいな」
僕達の話を聞いてミミは嬉しそうな顔をしてリリの顔を見たのだけど、リリは浮かない顔をしている。
「誘ってくれるのは嬉しいけど、セトを置いては行けないわ。そうだ、ミミだけ連れて行ってもらっていい?」
「お姉ちゃんが一緒じゃなきゃ嫌だよ」
「セトも一緒に連れておいでよ。歓迎するからさ」
「そういってくれるのは嬉しいけど、セトはお父さん達の許しがないと連れていけないのよ。そうじゃなかったらとっくにセトを連れて家を出ているわ」
なるほど、保護権の問題か。デザリアの法律では保護権という前世でいうところの親権と養育権は、父親が最優先される。父親がいなくなれば母親に移る。両親がいなくなるか放棄すれば兄姉に権利が移る。保護者がいる子供を勝手に連れて行くと誘拐になってしまうのでセトを許可なく連れては行けないという事だ。
因みにミミは1度父親が放棄しているのでリリが保護権を持っている。
「それなら僕が話をつけてあげるよ。セトを両親と離したくない、セトが両親と離れたくないって言うなら無理にとは言わないけど」
「それはどっちもないわ。セトは私達には懐いているけどお父さんやセトの母親には近づくのも怖がっている状態だから」
セトにも聞いてみたら「おとしゃんいたいいたいする。おかしゃんきらい。おねしゃんいっしょがいい」と泣きそうな顔で言われた。3才の子供にこんな事言われるんだから、かなり酷い目に遭わせていたんだろう。
許せない。まあ、だからと言って暴力的に排除はしないけど、リリ達は僕が連れて行く。2度と合わせない。
リリ達の意思確認は出来たので、あとは両親と引き離す方法だ。まあ、情報を聞いた限り難しい交渉にはならないだろう。
次回更新は6/5になります。




