第11話 ファーマ君、通報する
砦を後にした僕はキャッツの少女を抱きかかえたままアインスに向かって走る。すると、少女が妙な事を口走った。
「……ボボンガ、3番目、匂うする」
ボボンガ3番目の匂い? 何のことだろう? ひょっとしてレオナの知り合いなのか? 前にレオナが生物には種族や個人によって特有の匂いがあるって言っていたから、普段から一緒に居るレオナの匂いが僕に移っているのかも知れない。
「ボボンガの3番目って君の知り合い?」
「ボボンガ、3番目、家、近い」
確証はないけどたぶんレオナの知り合いだろう。さっきまで不安そうに耳を閉じていた少女の耳が立ち、少し緊張が解けているようだ。
30分後、アインスの町の南の防壁まで到着。重力神術で僕達の体重をほぼゼロにしてジャンプで飛び越える。
「ぴぃっ!」
空高く飛び上がると女の子は小さな悲鳴を上げ僕にしがみつく。また耳が閉じてしまった。
……生暖かいものが腰のあたりに染み込んでくる。この装備は防水使用にはなっていないのでしっかり下着までビショビショだ。まあ、突然20mもジャンプしたら怖いよね。
誰にも見つからずに家に到着。まあ、認識阻害を使っているから夜にこの格好だと、相手が余程の手練れじゃないと見つかる事は無いんだけどね。
「ただいまー」
暗がりの中、人に見られないように家に入ると、薄明かりが点いていた。家の入り口で待っていたエミルとレオナが出迎えてくれたので僕は小さな声でただいまの挨拶をする。
「おかえりなさいませファーマ様。お帰りが遅いので心配しましたよ」
「ごめんね。少し色々あったから」
「おや? その子は?」
「ドドンガの2番目?」
エミルは僕が抱っこしている子を見て尋ねてくる。そしてレオナは少女を見て声を上げた。どうやら知り合いで間違いなさそうだ。
「ボボンガ、3番目?」
「うん、そうだよ」
レオナは知り合いだと確信したのかとても嬉しそうに返事をした。それにしても、よく顔が見えないほど薄暗いのによくお互いに認識できるものだ。
「匂い同じ、見る違う、ボボンガ3番目、本当?」
匂いで判断しているのか。そういえばさっきも僕の匂いを嗅いで『ボボンガ3番目の匂い』って言ってたな。
「レオナ大きくなったけどボボンガの3番目だよ。ドドンガの2番目はちっちゃくなった?」
「あぅ、ごはん、少ない、やせる」
「積もる話もあるだろうけど、とりあえずお風呂に入ろうか? エミル、悪いけどお風呂沸かしてくれる?」
おしっこでベトベトなのでそろそろ洗い流したい……
「すでに準備は出来ておりますので、いつでも入れます」
流石エミル。気が利くな。
という事で、4人で入ることになった。先に女の子だけレオナに入れてもらうつもりだったのだけど、それはエミルとレオナに反対された。先に1人で入るのも気が引けるので、全員で入ろうかという事になったのだ。
お風呂の中でレオナ達の話を聞くと女の子はレオナと同じ年齢で命名式の時に一緒に捕まったらしい。どう見てもレオナの方が年上に見えるんだけど、どうやら栄養不足で成長が止まっていたようだ。
2人は家が3軒隣のご近所さんで同じ年齢という事もあって仲が良く、レオナは女の子と別れてからずっと気になっていたらしい。奴隷狩りから3年も経って再会とか奇跡としか言いようがない。
「さてと、僕はもう少し用事があるから先に寝ていて良いよ」
お風呂から上がり、早々に済ませないといけない用事をする為、僕は再び家を出る事に。
「いえ、ファーマ様のお帰りをお待ちしております」
「レオナも起きてるね」
エミルは真剣な顔で、レオナは笑顔でそう言ってくれた。レオナの幼馴染はレオナと再会できて余程安心したのか眠そうに頭を揺らしている。
認識阻害の神術を使い存在を希薄にして、正騎士ギルドに向かう。
正騎士ギルドに到着するとギルドの窓から光が漏れていて話し声が聞こえる。外には誰もいないけど夜番の正騎士さんが中で待機しているようだ。入口の扉をドンドンと強く叩き中の人を呼び寄せる。
「なんだ? うるさいな、そんなに強く叩かなくても分かるぞ?」
ガシャンガシャンと鎧の擦れる音と共に人の気配が扉に近づき扉が開いた。正騎士さんが出てくる前に証言を纏めた手紙を天属性風神術で大人の目の高さに浮かせ、僕は物陰に隠れる。
「うおっ! おい、来てみろ。手紙が浮いているぞ」
「はあ? 何馬鹿な事を言っているんだ? 寝ぼけて幻覚でも……本当だ、浮いている」
これだけ目立てば中身を読んでくれるだろう。
「送り主が誰かは知らんが顔も見せんとは不敬な奴だ」
「どこのバカのいたずらだ? 中は見なくても良いんじゃないか?」
えっ? それは困る。しまった、直ぐに気が付いてもらう事ばかり考えて、いたずらだと思われる可能性は考えていなかった。
「まあ、そういう訳にもいかんだろう? 悪戯だったとしても確認するのが仕事だ」
助かった。正騎士さんが仕事に真面目な人で良かった。次からは違う方法で失礼のないように渡そう。
「おい! 大変だぞ、神国の司祭が闇ギルドの双頭の毒竜って奴らに捕らわれているのを助けたって書いてある」
「はあ? やっぱり悪戯じゃないのか?」
「いや、悪戯に思えなくもないが、アジトの場所やら捕えられていたという者達の証言が、やけに真実味があるんだ。しかも、その司祭って人のサインが書いてある。アリッサ・フェアルデンって確か2年ぐらい前にシールズの町の神教教会に赴任予定だった人の筈だ。予定日になっても到着しないと捜索願が出されていたのを覚えている」
「そんな遠い町の事をよく覚えていたな」
「ああ、その当時シールズの屯所に配属されていたからな」
「まあ、それは良いとして、このサインが本物なら直ぐにでも隊を組んで保護に向かわなければ」
アリッサさんのサインは予想通り効果があった。正騎士さん達は直ぐに行動に移りギルド内は慌ただしく動き始めた。
アリッサさんに聞いた話なのだけど、デザリアと神国は同盟関係にあるらしい。思想や宗教の大きく違うこの2国間でどうして同盟が結ばれているのか、それは神国が同盟を結んでいる国に教会を建てて聖属性の神術が使える司祭を派遣しているからだ。亜人差別を行っているデザリアも聖属性の使い手が派遣されてくるなら無下には断らない。国の不利益になるような煽動をしない限り布教活動にも口出しはしない。それだけの利があるから。
司祭が派遣される時には前もってどのような人物をいついつ派遣するという書簡が配属先の町や村の長に送られる。だからアリッサさんが派遣先に現れなかった事は、正騎士ギルドには知っている人も居るだろうと予想して書いてくれた。上手く効果を発揮してくれて良かったよ。
僕は後を正騎士さんに任せて家に戻った。
もう明け方になってしまったけど、僕が寝ないとエミルとレオナが寝ようとしないので仮眠をとり、いつもより少し遅めに起床した。
「さてと、レオナの幼馴染はこのままうちの子にするけど良いよね?」
アリッサさんとの約束もあるし、何よりレオナの幼馴染を見捨てるなんて絶対にしない。
「本当? ありがとうファーマ様」
「そうですね。安全を考えるならそれが1番でしょう」
「あの? 話が掴めないのですが? どうして1人増えているんですか?」
ランカにはまったく事情を説明していないのでかなり困惑している。レオナの幼馴染は、まだレオナに抱き着いたまま幸せそうに寝ている。どうやらレオナに抱き着いているのが安心感に繋がっているようだ。ゆっくり安心して寝るのも久しぶりだろうから本人が目を覚ますまで起こさない事にした。
「この子はちょっと訳ありでね。詳しい事情は話せないけど今日から一緒に生活する事になったから宜しくね」
「はぁ……わかりました」
少し不安そうにしていたけどランカは事情を聞かずに受け入れてくれた。
レオナの幼馴染の奴隷紋は昨日のうちに消している。あとはミッキィさんにお願いして正式に僕の奴隷にしておけば問題は無い筈。やってくれるかどうかは賭けだけど。
お昼頃になってレオナの幼馴染が目を覚まし、みんなで一緒に食事をした。レオナの幼馴染は全員が食べ始めても、僕が食べて良いと言うまで食事には手を付けようとしない。食べている最中も度々僕の顔色を窺うようにこちらに視線を送ってくる。
恐らく、あの砦では眼帯男辺りが、食べている最中に食べるのを止めろとでも命令して邪魔をしていたのだろう。何年も酷い扱いを受けていたのだから、こういうトラウマは中々抜けないだろうな。早くご飯を安心して食べさせてあげられるように僕達も頑張らないとね。
食事を終えた僕達はミッキィさんの奴隷商に足を運ぶ。
「こんにちは、ミッキィさんはいますか?」
店に入ると女性の奴隷が受付にいたのでミッキィさんを呼んでもらった。
「これはファーマさん、ようこそいらっしゃいました。あれからランカは元気ですか?」
「ミックおじさん、私はここ、ここですよー。とっても可愛がってもらってます」
ランカはひょこひょこと飛び跳ねるように自己主張し、元気さをアピールしている。
「この通り、とても元気です」
「それは良かった。今日はどのような御用で? おや、魔人奴隷が1人増えていますね」
「そうなんですよ。この子の事でご相談がありまして、少し人に聞かれない場所でお話いいですか?」
僕がそういうとミッキィさんが察してくれ奥の部屋に通してくれた。
「実はこの子、盗賊のところで捕まっていた子なんです。そこからこっそり連れて帰った子で、奴隷紋が無い状態なので僕と契約を結ばせようかと思っているんですが、お願いできますか?」
「こっそり連れ帰ったというなら無いとは思いますが、討伐証明はありますか?」
討伐証明とは盗賊を捕獲もしくは討伐して正騎士に報告、引き渡し後、確認が取れた時に受け取れる。証明書の事で、これを発行してもらう事で盗賊の持ち物は捕獲、討伐した人の物に出来るのだ。討伐証明がない場合は本当に盗賊を退治して持ち帰ったものか誰かから盗んだ物かが証明できない為、最悪犯罪になってしまう事もある。
「いえ、盗賊を正騎士ギルドに引き渡したわけではないので討伐証明はないです」
「本来ならば受けられないのですが、ファーマさんにはランカを救って頂いた恩がありますし、真っ当な者から盗むような人ではないというのは分かっています。ですから今回は上手く手続きをしておきますね。ですが、こういった事は不正に当たりますのでこれっきりにしてくださいね?」
「申し訳ありません。ありがとうございます」
今回の契約は盗賊の持ち物だったと証明できない為、奴隷狩りで捕まえた亜人を直接自分の物にした。という事にするらしい。本来はやってはいけない事らしいのだけど、たまにこういう依頼はあるのだとか。
これは亜人奴隷だから出来る事らしい。奴隷紋の描かれていない亜人奴隷は落ちている物と同義で拾得物として扱われる。捨ててあった物を拾っただけなので罪には問われない。ただ、やり過ぎると商法違反で捕まる事があるので注意が必要なんだとか。
レオナの幼馴染はこれで正式に僕の奴隷という事になった。心配していたアリッサさん達も無事に保護され、今は正騎士ギルドにいる。
何故、アリッサさん達の現状を知っているのかというと、昼頃に双頭の毒竜を捕縛した正騎士さん達が保護したアリッサさん達を連れて帰ってきたのを目にしたからだ。あれだけの大人数を檻車に入れて帰ってきたのだから正騎士さん達が意図しなくてもかなり目立つ。
まだ、完全に心配事が無くなった訳ではないけど、これで一先ずは安心だな。




