第2話 ファーマ君、家を探す
王都から南に進むこと1時間と少し。町から見えない位置で飛行車を収納してアインスに到着した。町の北側には入り口が2つある。片方は貴族街に直接入れる門なので僕達が行っても入れてくれない。僕達は向かって左側に設置されている門に並んで順番を待った。
「女2人での歩き旅は止めた方が良いぞ?」
30分ほど並んで僕達の番になって、検問で正騎士さんにそう忠告された。この世界に来て7割ほどの人は僕を女の子と間違えるので、もうすっかり慣れっこなのだけれど、たった今、身分証(グラダの住民証)を見せたばかりなのに何故間違えるんだろう? 不可解でならない。
それと3人いるのが見えていないのか? あ、ひょっとして女2人というのはエミルとレオナの事? って、そんな訳あるかい! 僕が代表して身分証を提示しているのに無視するとかありえない。おそらくレオナを数に入れていないんだろう。
まったく、この国の亜人差別は酷いものだ。日那国は差別がなくストレスフリーだったのに帰って早々気分悪いな。
「ご忠告ありがとうございます。暫くはこの町に滞在する予定なのでご心配なく」
まあ、怒ってもどうしようもない事なので気にしない事にした。
門番さんに場所を聞いて最初に向かうのは当然商業ギルド。マルガンさんに顔を出すように言われていたのもあるけど、宿探しはギルドを頼らないと出来ないので、もう定番になっている。
北門から中に入ると平民でも裕福な人が生活する区域だ。町並みはとても綺麗でグラダの東街とは比べ物にならない。白壁の家で屋根はオレンジっぽい瓦で統一感がある。道行く人達の服装も清潔感があり、道は馬車や牛車が通る車道と、自転車や歩行者が通る歩道に分かれていて安全に配慮されている。
ちらほら武具を身に着けた厳つい人を見かけるので冒険者も多くいるようだ。まあ、知ってたけど……
グラダにいた時にマルガンさんから情報は聞いていたけど、本当に綺麗な街並みだ。
因みに町の土地面積はグラダよりアインスの方が狭いらしいのだけど、アインスには農業区がなく居住区ご多いので人口はグラダより多い。農作物は近隣の村や町から仕入れるようになっているらしい。王都も同じだ。
ただ、表向き綺麗なこの町にもスラム街のような場所があるらしい。マルガンさんの話では農地が無い分、技能を持たない平民の仕事が限られるので、まともな生活が送れない人はグラダより多いのだとか。
そういった人達は、アインスの南東部の区域にある一般平民が生活する区域の更に東側の壁で区切られたところにある貧民街と呼ばれている場所で生活している。
貧民街に住む人の多くは元犯罪者やその家族、親を失った孤児など生活に困り税金を払えなくなった人だ。それと、犯罪者ではないけどグレーゾーンに足を突っ込んでいるような素行の悪い人も住んでいるらしい。
アインスのような農場のない町では、特別な技能を持たない平民はジョブギルドでもありつける仕事は少ない。元犯罪者やその家族は、ジョブギルドで仕事を得ようとしても、町内部の安全な仕事は他の人に優先的に回されてしまうので、余計に仕事にありつけない。
受けられるのは野草や木の実の採取の仕事ぐらいなものなんだけど、町の外は危険が多いし採取量が安定しないので、あまりやりたがる人は居ないらしい。冒険者を護衛に雇うという手もあるらしいのだけど、護衛料分以上に採取できない事もあるので赤字になる事も多いのだとか。
ジョブギルドを通さずに仕事を探せばとも思ったけど、この国ではギルドを通してじゃないと中々雇ってもらえない。理由はフリーの人はギルドにも加入できない信用できない人間だと思われるから。よく知っている人なら兎も角、見ず知らずの人は直ぐに信用できないんだそうな。
その為、税金を払う事ができず貧民街での生活を余儀なくされてしまう人が増えてしまう。
貧民街は非納税者のたまり場なので町の警備をしている正騎士さん達もほぼ放置している場所らしく、危険だから出来る限り近寄るなと言われている。
危険だと言われているのにどうしてそんな場所があるのか。それは生きる権利は誰にでも与えられるべきという考えの下で税を払わなくても生活できる場所を残しておかなければならない、というのが理由らしい。
だけど、エミルから聞いた話だと貧民街というのは大抵、どの国でも使い捨てにできる都合のいい人間を置いておく為に、作られているんだそうだ。
貧民は食うに困っているから食料の為なら多少無茶な仕事もする。奴隷が悪さをすれば主人の責任だけど貧民が何かやった場合、雇った側が知らぬ存ぜぬを通せば責任逃れが出来る。処罰されるのは雇われた貧民だけなのだ。勿論、明確に命令した人間が分かる証拠でもあれば雇った側も罰せられるのだけど、証拠の残るような雇い方はしないので雇う側が捕まる事はほぼないそうだ。
この町の綺麗なのは表向きだけで、中は真っ黒という訳だ。まあ、この町に限った話ではないらしいけど。
景観を楽しみながら歩く事1時間、北門前の大通りを抜け、西門と東門を繋ぐ大通りとのT字路を西側に向かい歩いて、商業ギルドアインス支部に到着。大通りを挟んで斜め向かいには冒険者ギルドが見える。
結構遠かったな。
アインス支部はグラダと同じぐらいの規模の大きなギルドだった。見た感じは大きな倉庫だけど、中に入るとやっぱり倉庫にしか見えなかった。
ギルドの中を、大荷物を積んだ牛車が行きかっているのはグラダと同じだ。この倉庫の1角が事務所や従業員の待機室、応接室などとして使われている。
「こんにちは、ギルド会員のファーマと言います。お願いしたい事があって来ました」
「こんにちは、ファーマさんですね。……ええっ!? 今、ファーマさんって言いました?」
受付嬢さんが僕の名前に驚いて大きな声を上げたので周りの人から注目が集まる。何をそんなに驚いているんだろう?
「はい、ファーマです」
「もしかして、エンドール家の家証をお持ちですか?」
「はい、これですか?」
確認されたのでとりあえずタグを見せると、受付嬢さんはタグと僕の顔を何回も見直している。
「しょ、少々お待ちください」
受付嬢さんは慌てて何処かへ走り去ってしまった。
「どうしたのでしょうね?」
「うん、なんか慌てていたよね」
「お腹痛くなったのかな?」
レオナ、流石にそれは違うだろう?
10分ほどで戻って来た受付嬢さんは、30代くらいの男性と一緒だった。
「君がファーマ君だね。私は商業ギルドアインス支部のギルドマスター、マルコ・エンドールだ」
「初めまして、ファーマです。エンドール姓っていう事は、マルガンさんの息子さんのエンドール家の御当主様ですか?」
「いや、それは兄のことだね。私はマルガンの息子には違いないが家督は継いでいない。君もその家証を持つ身ならエンドール家の当主の名前くらいは憶えておきなさい」
「失礼しました。ちゃんと調べておきます」
これは不味い事を言ってしまった。これといって興味が無かったから聞いてなかったんだよね。因みに現エンドール家の当主の名前はグラヴァ・エンドールだと、マルコさんが教えてくれた。
僕達はマルコさんに連れられて、ギルドの応接室に移動した。
「父から話には聞いていたが、2年も音沙汰が無いから旅の途中に死んだものだと思っていたよ。どこか連絡の取れない場所に行っていたのかな?」
マルガンさんには日那国に行く事を手紙で伝えていたけど、マルコさんには伝わっていないのか。
マルコさんはとても穏やかな話し方をする人のようだ。さっき、僕がグラヴァさんの名前を知らない事を注意した時は少し厳しい表情を見せていたけど、こっちの顔が普段の顔なんだろう。
「はい、少しばかり国外の方に行っていまして、一昨日に戻って来たところです。マルガンさんへの報告はテルホイの町から手紙を送りました」
「テルホイからここまで2日で来たの? 確かウンバは持っていないよね?」
あっ、しまった。余計な事を言ってしまった。まあ、良いか。どのみちマルガンさんに会ったら飛行車の事は話すつもりだし。
「はい、滞在していた国で良い乗り物を手に入れられたので」
まあ、自分で作ったんだけど、嘘は言っていない。
「良い乗り物? その言い方から察するに、この国にはない乗り物だよね? 見せてもらっても良いかい?」
なるほど、さすがはマルガンさんの息子さん。濁した言い方をしただけでこの国には無い乗り物だと判断できるのか。
「最初にマルガンさんに見せたいので、その時で良いですか?」
「ふむ、主人に忠実なタイプの子なんだね。うん、ではその時に一緒に見せてもらう事にするよ。テルホイから手紙を出したのなら一月以内にはここへ来るだろうからそれまではゆっくりすると良い」
「はい、ありがとうございます。それで、不躾なお願いなんですが、この子と一緒に宿泊できる宿をギルドの方から紹介してもらえないでしょうか? 出来ればお風呂が付いている宿を」
僕がそう言うとレオナはフードを下ろして顔を見せる。
「ああ、そういえば亜人奴隷を持っていると聞いていたっけ。ふむ、君は確か王立学院に通う為にこの町に来たのだったね。それなら気を使って宿に泊まるより、一軒家を借りるというのはどうだろう? まあ、魔人と一緒だと、あまり立地の良い場所は借りる事ができないけど、宿で生活するよりは気を使わなくて済むよ」
おお、そういう手は思いつかなかった。有難い助言だ。
「助言ありがとうございます。確かにその方が良さそうですね。家を借りる事にします」
マルコさんがギルド職員さんに指示して何件かの物件を紹介してくれ、その中で間取りの良さそうな家を3軒選んで職員さんと身に行く事になった。
一緒に来てくれる職員さんの名前はエーブルさん、女性で17才の新人の職員さん。この人は貴族令嬢とかではなく平民の出なんだとか。名前がどこかの不動産屋さんみたいだなと思ったのは内緒。
案内されたのはアインスの町の南東側にあるグラダでいうところの東街(リリの家がある地区)と同じ一般平民が生活する居住区。大通りから少し奥に入った場所で、富裕層が生活する区域とは違って白壁が黒ずんで灰色っぽくなった家が立ち並んでいる。
1軒目は貧民街への入り口の前の庭付き平屋。壁の向こうに行かない限り貧民に悪さをされることはないのだけど家の窓からスラムの街並みが見えてしまう事から借り手がいないらしい。玄関は貧民街の入り口とは反対方向についている。
水は水道が通っているので水道料金を月30デニール払えば使い放題。お湯は出ないのでお風呂は薪で沸かす方式。キチンも薪式。浴槽の大きさは1人が浸かれる程度(足は延ばせない)。トイレは水洗式、蛇口を捻ると水が出て、一定の重さになると蓋が開いて流れていくリリ達の家と同じ様式だ。
間取りは2LDK(4畳ほどの広さ2間と8畳ほどの広さのLDK)
建物は古く、壁にはヒビが入っていて隙間風が多そうだ。窓はガラスではなく立て板式。庭は一応手入れされているようで雑草がボウボウという事は無い。地下の保管庫には庭から入れるようになっているのだけど、柵がないので誰でも入り放題だから、盗まれるのが嫌ならカギを自分で用意して付けろという事だ。
2軒目は貧民街の入り口から壁沿いに100mほど北に歩いた場所。住宅密集地のようで庭は無い。平屋でお風呂、キッチンはさっきの所と同じ薪式、トイレは水洗、部屋は10畳ほどのワンルーム。場所が貧民街の入り口から少し離れているからかこちらの方が月の家賃が高い。建物の程度は1軒目と似た様なもの。
3軒目は2軒目とは真逆に貧民街の入り口から200mほど南の場所。こちらも庭なしだけど、2階建て。1階はお風呂とトイレとLDK。LDKの広さは10畳くらい。ここもお湯は出ない。お風呂は1人なら足が延ばせる程度の大きさ。2階は6畳ほどの部屋が1室だけで、ドアをあけると物干し場がある。
「エミルとレオナはどの家が良い?」
「私はファーマ様と暮らせるのならどの家でも大丈夫です」
「レオナもだよ」
うーむ、1番困る回答が返って来た。どこでも良いというのは本当に困る。選択肢が絞れないから。でも、こういう場合2人の返事は大抵変わらないので尋ねるのは止めにした。
さて、どの家にしようか? どの家も隙間風が多そうだから改装は必要だよね? 入る前に修繕してくれる事はないみたいだから自分でやって良いのだろうか?
「エーブルさん、家って勝手に改装とかしたら怒られますか?」
「改装ですか? そうですねぇ、改装したいのなら1軒目に見た家なら文句は言われないと思います。とりあえず3軒とも、どうなのか大家さんに確認してみますね」
と、いう事で一旦ギルドに戻る事になった。




