第24話 ファーマ君、無双する
『皆さん大丈夫ですかね?』
新右衛門さん達が竜化で変身して飛んで行ってから15分ほど経ったけど、まだ森の奥からの轟音は鳴りやまない。それどころか激しさを増しているようだ。
『心配はいらぬでござる。今日、ここへ来ているのは日那国で上位20に入る強者でござる。この島の生き物で拙者達に勝てる者などいないでござるからな』
それは1対1での話だろう。確かに竜人族は人界でも最強の一角である竜種より強い。でも多対1の戦闘になった場合、竜化していたとしてもどうなるか分からない。竜化後の新右衛門さんのステータスは中でも飛び抜けていたけど、他の人は日那国の竜2頭同時に相手できる程強くはない。
この場に落ちていた(とりあえず全部回収済み)竜の肉片はたぶんあの黒い鱗の持ち主にやられた竜の物だろう。黒い鱗の持ち主の死骸が無いという事は地竜や水竜を相手に被害を出さずに倒せる実力があるという事。それが複数匹この森にいると考えるなら数によってはどうなるか分からない。
そうだ。【遠視】を使えば向こうの様子が見れるじゃないか。最近、あまり使っていなかったから忘れていた。
「ファーマ様、速いの沢山来るです」
僕が遠視で様子を見ようと思ったのとほぼ同時に、レオナの注意喚起があり直ぐに森の方から黒い影が飛び出してきた。
『ぐあああぁぁぁーーー!』
それとほぼ同時に弥太郎さんが黒い影の前に飛び出し、影とぶつかり合ったかと思うと、弾丸のような速さで湖の方へ弾き飛ばされ激しい水飛沫が舞う。
『戦闘態勢!』
雪之丞さんの一言で、団次郎さん、仙東丸さん、大黒さんが竜化して飛び出してきて黒い影に迫る。3人の同時攻撃を受けた黒い生き物は大きく後方へ吹き飛び樹木を薙ぎ倒しながら森の中へと押し戻された。
「ギョエエエエェェェェーーーー!!!」
「「「「「「「ギュエエエエェェェェーーーー!!!」」」」」」」
吹き飛ばされた黒い生き物が大きく鳴き声をあげるとそれに呼応するように複数の鳴き声が木霊する。森の奥からゾロゾロと合わせて8匹の黒い鱗に覆われた生物が出て来た。
現れた生き物は全長5m程のワニの様な顔をした2足歩行の生き物。前世で読んだ小説の挿絵に書いてあったリザードマンという生き物に似た生物だった。腕や足は丸太の様に太く、血の様に赤い瞳をしている、赤く染まった口から血のようなものを垂らしながら、せせら笑っているかのように僕達を囲み、僕達は湖を背に追い詰められたような状態になった。
直ぐにその内の1頭を鑑定してみる。
黒邪竜
生命力3250
筋力4260
神力1583
瞬発力1234
耐久力4122
属性 邪、炎
この世界に来て人種以外で2属性以上の適性を持っている生物は初めて見た。ステータスも日那国で見たどの竜よりも高く、どの個体も邪属性とは別に炎、水、天、地のどれかを1つ持っている。
黒邪竜は鋭い目でこちらを睨み大きな咆哮を上げた。咆哮を聞いた途端、エミルとレオナは震えだし蛇に睨まれたカエルのように動けなくなっている。
ただ気圧されているだけにしては様子がおかしい。状態鑑定をしてみると2人は恐怖状態とステータスダウン状態(筋力が1割程下がっている)になっている。邪属性の神術か? 他の人達を見てみたけど、状態異常を受けたのはエミルとレオナだけ、流石竜人族だ。
雪之丞さん達は僕達に黒邪竜を近付けまいと必死に抑えてくれている。
けど、どう見ても竜化した状態の雪之丞さん達でも1対1がやっとというステータス差の相手だ。更に言うと僕達を守ろうとしているので、まともな戦闘は出来ないだろう。
現に防戦一方になっている。やられてしまうのも時間の問題だろう。
『皆さんは僕達の事を気にせず戦闘に集中してください!』
僕はそう大声で伝えてリミッターを1つ外した。
リミッターを1つ外した今の僕のステータスは
生命力5842
筋力3563
神力10253
瞬発力3014
耐久力2331
筋力と耐久力で負けているけど武器の差で僕の方が遥かに強い。
開放と同時に地面にへたり込んでいるエミルとレオナに範囲結界(耐物、耐神)を掛ける。新詠唱で覚えた変換効率の良い神術で神力の約半分(5000)を使って作った結界なので万が一狙われたとしても破られる心配はないだろう。
「主人として命ずる。この結界の外には絶対に出てはならない」
そういうと、2人は苦しそうな表情で弱弱しく手を前に伸ばし首を振る。恐怖状態にありながらも僕がこれから黒邪竜と戦おうとしているのを止めたいという気持ちが伝わった。
奴隷契約をしてから本気の命令を使うのはこれが初めてだ。2人は結界から出ようとするだけで身動きが取れないほどの痛みを感じるので出てくる事は出来ない。本当は本気の命令なんて使いたくなかったけど万が一にも結界から飛び出して2人に何かあっては僕が耐えられない。
収納魔法道具からディグランザを取り出し、鞘から引き抜き〝ふっ!〟と強く息を吐いて飛び出し、雪之丞さんが抑えていた黒邪竜の1頭の懐に潜り込み、飛び上がりながら腹部を横一線に切断する。生命力の高い黒邪竜も真っ二つにされては生きられないようで、悲鳴をあげながらのた打ち回り数秒の内に絶命した。
相変わらず異常な切れ味だ。なんの手ごたえも無く切り裂いて、刃に血糊の1滴も付いていない。不思議なのはどう見ても刃渡りより幅の広い黒邪竜の胴体が綺麗に真っ二つになっている事。まあ、今はそれを気にしている場合ではない。
その光景を戦いながら視界の端で捉えた日那国の人達と黒邪竜達はこちらに視線を移し動きが止まる。
呆けている間にもう2頭を袈裟斬り逆袈裟斬りにする。ほぼ即死だ。
『『『『『ギヨエエエエェェェェーーーー!』』』』』
あっという間に3頭を殺された事で恐怖心が生まれたのだろう残りの黒邪竜が逃げ出した。
絶対に逃がさない。
黒邪竜が走り出したのは新右衛門さん達が向かった方向だ。未だ戦闘音らしき音が鳴り響いているそこへ合流されたら新右衛門さん達が危ないかも知れない。
逃げる黒邪竜を背後から1頭ずつ切り裂き、最後の1頭を仕留めたのは凡そ5秒後だった。
「ふうっ、とりあえず無事に片付いたな。新右衛門さん達は大丈夫かな?」
不思議な事に8頭も斬ったのにディグランザには血の痕すら残っていない。切れ味といい切れる範囲といい不思議な事だらけだ。倒した黒邪竜は収納魔法道具に入れて、エミル達が待つ湖の畔に戻ると、竜化を解除した雪之丞さん達が驚愕の目で僕を見つめる。
『ファーマ殿、なんでござるか? その異常な切れ味の刀は』
これは刀ではなく剣である。まあ、そこは小さな事なので訂正の必要はないだろう。さて、どう説明したら良いものか……いくら何でも竜人族が攻撃して(殴って)大きなダメージを与えられなかった黒邪竜をまるで豆腐でも切るかのように軽々切断できる剣なんて普通はこの世に存在しないだろうし……
「これは母から譲り受けた家宝の剣です。これで何かを斬るのは今日で2度目ですけど、この切れ味には僕も驚きですよ」
うん、何も嘘は言っていない。全部話してはいないけど。
『世の中には凄い武器があるものでござるな。いやはや、驚きでござる』
『ファーマ殿の動きも凄かったでござるな。あれがファーマ殿の本気でござるか?』
『以前に、竜人族並みに強いとは聞いていたでござるが、子供と同程度たと思っていたでござるよ』
『あの動きを見る限り殿と1戦交えても良い勝負をするかも知れぬでござるな』
やっぱり子供の竜人族と同程度って捉えられていたのか。実力が証明されたからこれからは僕たちだけで狩に出掛けても心配されないかも。でも、新右衛門さんとは戦いませんよ?
『ところで、弥太郎さんが湖に飛ばされたままなんですが、大丈夫なんでしょうか?』
あのまま、浮いて来ないんだけど?
『そういえば忘れていたでござるな』
『ちょっと見てくるでござるよ』
大黒さんが湖に飛び込み、3分ほど潜っていたかと思ったら気絶している弥太郎さんを肩に抱えて戻って来た。どうやら腕を骨折しているようだけど生きてはいるようだ。
『湖の底に刺さってのびていたでござる』
『なんと? たった1撃でのびていたでござるか?』
『情けないでござるな』
辛口だな……不意打ちだったし、僕達を庇って攻撃を受け止めてくれた人なので、責められるのは正直可哀想だ。鑑定したところ、気絶はしているけど、生命力値は3割ほどしか減っていないので回復神術で治療をしてあげた。
なるほど、確かに生命力値が減るな。今の治療で5%ほど生命力値が減っているので、複雑骨折くらいなら余程衰弱が激しくない限り、回復神術の影響で衰弱死したりはしないだろう。
『新右衛門さん達は大丈夫ですかね?』
『はっはっはっ、殿を心配するだけ無駄でござるよ。それに、恐らくは新九郎殿も一緒でござろう。今日成人とはいっても新九郎殿は日那国で殿の次に強いでござる。先程の黒い獣がいくら強いといってもあの2人を同時に相手して勝てる訳がござらん』
『うむ、数十頭同時に相手しても殿達が勝でござるよ』
流石にそれは無理だと思います。戦闘がステータスだけで決まる訳ではないけど、普通に考えて新右衛門さんでも黒邪竜2頭までしか同時に相手出来ないだろう。新九郎さんが新右衛門さんに近いステータスだったとしても4頭、上手く連携を取れても10頭同時に襲い掛かられたら勝てないと思う。
この人達、帯刀しているのに何故か素手で戦うし……その刀は飾りか?
とりあえず様子を見てみようと【遠視】を使って見ると、ここから南に5km東8km程の場所で世にも奇妙な光景を見た。新右衛門さん達はここに現れたのと同じ黒邪竜と交戦中だ。何故か日那国の人達はとても楽しそうに笑っている。竜化で表情が分り難くなっているにも拘わらずとても良い笑顔で黒邪竜と殴り合っているのだ。
動きを見る限り、邪属性神術で混乱している感じではない。正気のまま、あの表情なのだ。なんであんなに楽しそうなのか僕には理解できない。なんだか見てはいけないものを見てしまった気がする……
僕はそっと遠視を解除した。
『どうしたでござるか? ファーマ殿。突然、ビクッとして?』
『いえ、なんでもないです……』
1時間後、新右衛門さん達は全身痣だらけだけど、誰1人欠けることなく戻って来た。新九郎さんも一緒の様だ。
『皆さん、ご無事で何よりです』
『ファーマ殿、心配をかけたようでござるな。いやぁ、初めて見る獣でござったが、丁度良い手応えで楽しかったでござるよ。久しぶりに全力で戦ったでござる』
……えっ? 楽しかった? ……やっぱり、邪属性神術の影響ではなかったようだ。結論、竜人族は戦闘狂である。
『兄上の本気は初めて見たでござる。やはり途轍もなく強いでござるな』
『殿が本気を出したのは約1000年ぶりでござるからな。滅多にみられない貴重なものを見られて良かったでござるな』
かなりの死闘だったはずなのにまるで遊園地帰りの家族の様に満足げな顔で話している。
『こちらは何事も無かったでござるか?』
話が落ち着き、新右衛門さんがそう尋ねて来た。
『こちらにもこんな獣が襲ってきましたよ』
収納魔法道具から倒した黒邪竜を1頭、取り出して新右衛門さんに見せる。
『こちらにもこれが現れたのでござるか。よく無事だったでござるな』
『8匹も出たでござるよ。全てファーマ殿が一刀両断にしたでござるがな』
『そうでござる。不意討1撃で弥太郎がぶっ飛ばされ、湖の底に刺さって気絶した相手を、言葉通りの一刀両断にしたファーマ殿の雄姿を、殿にも見せたかったでござる』
大黒さんの厳しい一言を聞いて弥太郎さんが地面に沈み込みそうなほど落ち込んでいる。
『僕達を庇って盾になってくれたので弥太郎さんを責めないであげてください』
『ファーマ殿……』
僕が庇うと、弥太郎さんがちょっと嬉しそうに半泣きで顔を上げる。
『ファーマ殿、こういう時は下手に慰めてはいかんでござる。余計に落ち込むでござるからな』
えっ? そうなの?
『うむ、こういう時はおもいっきり笑ってやる方が良いでござるよ』
『よし、拙者が弥太郎に良い二つ名を送るでござる。〝生け花〟なんていうのはどうでござるか? 湖の底に刺さっている姿はまさしく生け花にしか見えなかったでござるよ。わはははははっ』
ひ、酷い……大黒さんに不名誉な二つ名を送られた弥太郎さんは『うをぉおー!』と叫びながら、何故か地面に穴を掘って埋まってしまった。
本当に慰めるよりこっちの方が良いのかは疑問だけど、誰1人、治療不可能なほどの大きな負傷もなく戻って来られて良かった。
次回更新は11/1になります。




