第23話 ファーマ君、竜の領域に行く
日那国に滞在してから2か月が過ぎ、日那国の皆さんは稲刈りの準備に大忙し。術式文字と術式構成の仕組みを書いた本の日那国語版も、家が出来て直ぐぐらいに完成して渡しているので、日那国の鍛冶師や研究者達は自分達の手で魔法道具を開発する為、日夜研究に勤しんでいる。
幾つかの魔法道具は僕がお手本代わりに作ったのだけど自力で術式が組めるようにならないと、僕達がデザリアに帰った後発展はないので、日那国の人達の希望もあり最近は少しお手伝いするだけで基本的に日那国用の魔法道具作りにはあまり口出しはしていない。(聞かれたらちゃんとアドバイスはしている)
自由時間が多くなった分は自宅でエミルと一緒に自分達用の魔法道具と新ポーションの研究に使っている。
五平太さんの錬成訓練はそこそこ順調で、2回に1回は鉄の形状変化に成功している。まあ、変化は出来てもまだ何かを作れるほどの錬成は出来ていない。けど、神力操作が苦手な竜人族がこの短期間でこれだけ出来るようになったのは凄い事だと思う。
僕の鍛冶修行も順調で、五平太さんから『もう六三郎の腕は抜いちまったなぁ』と言われ、六三郎さんを落ち込ませる事になってしまった。
神眼、真理、創造があるお陰で技術の伸びが早いんだろうけど、僕の所為で自信を無くされるととても後ろめたい……まあ、気にしてもどうにもならない事なので気にせず学ぼう。
そして、今日はこの日那国で誰よりもやる気に満ち溢れている人がいた。
『今日から拙者は1人前になるでござるー!』
そう、今日は新九郎さんの成人の儀の日。この日が待ち遠しくて昨日は一睡もしていないらしい新九郎さんが朝からハイテンションになっている。
『さあ、出発でござるよ』
浮遊島の南にある竜の縄張りには新右衛門さん、新九郎さんと日那国の成人男性20人が一緒に行く。目的は竜の卵の回収、親の居なくなった卵は孵化しても大抵は別の獣に食べられてしまうのでその卵を持ち帰って騎竜や農耕竜として育てるのが日那国建国以来、国の風習にしているのだ。親の居る卵に手を出すと大変な事(仲間を呼ばれ大乱闘)になるので絶対に手を出してはいけない。
基本的に竜の縄張りでは襲ってくる獣以外は相手にしない(戦闘を行わない)ので今回は僕達3人もご一緒させてもらえた。竜人族の集団相手に襲ってくる獣は滅多にいないそうなので危険はないだろう。
『良いでござるか? 竜の縄張り付近に住む獣は、それなりに竜と戦える程度に強いでござる。決して拙者達から離れてはいかんでござるよ?』
『はい、気を付けます』
僕達の目的は薬草や野草、木の実の採取、出来ればここでしか取れないような珍しい物や新しい物があれば尚良し。交流を深めていくうちに分かった事だけど、日那国に薬師はいない。竜人族は他の種族と違ってほぼ病気にならないそうだ。
なので怪我や極稀に病気になった時は治療系神術(日那国では仙術)が使える巫女(妃美華さん)もしくは巫女候補の人に治療してもらうらしい。だから日那国には薬草を採取するという習慣が無い、つまり薬草は無い(食用として置いてあるものの中に少しはあった)から自分達で採取しなければポーション研究が出来ないのだ。
神社と病院が一緒とは驚きだ。あっ、そういえば教会も同じ事をやってるな。この世界ではそれが常識なのか?
それともう1つの目的は竜の素材の回収。
術式の本を読んでいる時に発見した新しい情報で知った事がある。術式を組む時、発動媒体になるのは神鉱だけではなかった。実は動物の皮膚や鱗や骨なんかも術式を刻み込めば術式神術を発動できるのだ。(ものによっては植物も可)
よくよく考えてみれば特殊なインクを使っているとはいえ、エミルやレオナの背中に掛かれている隷属術式は書かれた人の肉体を媒体にして発動しているんだよね。
エミルのいた国では術式媒体は神鉱だけだったのでエミルも驚いている。デザリアでは解っていて秘匿している可能性が高いな。
何故エミルの故郷の研究者が生物の素材が使えないと判断したのか。それは、媒体に適した生物の素材を使っていなかった為、素材の強度と供給神力の量が合わなかったのと、術式の無駄が多かったのが原因だろう。
鉄を錬成して形状を変えるのでさえ馴染ませる神力が多すぎると塵に変わってしまう。術式は神力の特性を利用して術式を彫っている部分に神力を集中させることで発動する。なのでその部分に負荷が多くなり、素材の強度、神力伝導率が低い物は負荷に耐えられず使い物にならない。
研究者が聖域付近の生物や竜のような高い神力値を持つ生物を実験材料にしていたら生物を術式媒体にする実験も成功していたのだろうけど、竜1頭相手に300人の人員を投入しなければいけない程なので失敗して素材が消滅してしまうリスクを考えると使えなかったのだろう。神鉱で術式は発動できる訳だし。
浮遊島に来てから狩った生き物や鑑定した生き物で、最も媒体に向いていて僕達の防具として使い易そうな素材が竜の鱗。日那国にいる竜を調べてみた結果、天竜(天雷竜)と地竜(地角竜)の鱗は繊維質だったので、この鱗を加工して布を作り、どうにかして術式を付ける事が出来れば最高の防御力を誇る魔法防具になりそうなのだ。
水竜(水氷竜)の鱗は繊維質ではないけど竜の鱗だけあってかなり丈夫なので鎧を作るには良い素材だ。だけど、動きやすさに重点を置いている僕達の防具には部分的にしか使えないだろう。因みに聖天布は竜の素材よりも術式媒体に適した素材なのだけど量が少ないので、聖天布で服以外を作るつもりは無い。まあ、その服が最高級の防具になるんだけど。
竜の鱗は聖天布ほどではないけど丈夫で神術に対する耐性も高くミスリルと同程度の神力含有率がある。これで術式入りの防具を作れば、かなり良い物に仕上がる筈だ。
恐らく人界で採れる素材としては最高峰だろう。エミルとレオナの防具を竜鱗の繊維で作れば狩りの時の危険度が減って安心して狩りが出来る。
竜の縄張りには生え変わる時に抜け落ちた竜鱗や爪、牙が落ちている事があるらしいので、薬草採取ついでに運が良ければ手に入るだろう。竜同士が争って喰われた残りが落ちている事もあるのでそれを拾えれば素材は沢山手に入れる事が出来るかも知れない。
因みに竜とは、向こうが襲って来ない限り戦ったりしないそうだ。日那国の人達にとって竜は身近な生き物なので狩るのは忍びないらしい。だけど、襲われたら倒さないと自分達が危険なので、その時は仕方なしに倒すという事だ。
新しい場所にワクワクしながら新右衛門さん達に連れられて竜の縄張りがある浮遊島の南側にやって来た。竜の領域の東の端の中央付近で騎竜から下り、少し歩いたところにある大きな森に歩いて行く。
竜の領域を空から見た所、ラグナ山の梺から南へ10kmの所にラグナ山から流れる川の水が集まった大きな湖(南北約5km、東西約10km)があり、その直ぐ南に隣接するように広い森(凡そ10km四方)がある。森と湖西側には標高1000mほどの岩山があり、両方に隣接している。
新右衛門さんの話では、主に湖が水竜の縄張り、森が地竜の縄張り、岩山が天竜の縄張りになっているらしい。
住み分けられているのに何故縄張り争いが起こるのか? それは食料や水の問題。岩山には食料が殆どなく、天竜は食料や水を得る為に森や湖に行く。森には湖から流れる2本の川があるので水や食料を得るには困らないけど、岩山には地竜が好きな歯応えの鉱物があるし湖にも水分補給に行く。水竜の主な食事は湖の植物や魚なのだけど木の実や獣も食べるので森に行かなければ採れないし、甲羅干しするのに岩山が丁度良い。と、三者三様の理由があるのだとか。
竜は犬並みに知能が高いのだけど、野生の竜には他の2竜と共存するという意識は無いらしく、争いが絶えないそうだ。
自然界でも領土問題は大変なんだな。まあ、文明社会になっても領土争いは無くならないんだし、それが生物の本能なのかも知れないな。
暫く歩いて地竜の森に到着した。場所は湖から南へ5km辺りだ。
『では、行ってくるでござる』
『気楽にやるでござるよ』
『頑張ってくださいね』
新右衛門さんと僕が一声かけると、新九郎さんは、5人の見届け人を引き連れて岩山へ向かい森の奥へと歩いて行った。
『では、拙者達は森の探索をするでござる。拙者達から離れてはいかんでござるよ?』
『はい、宜しくお願いします』
新右衛門さん達は辺りを警戒しながら親無し卵を探し、僕達3人は新右衛門さん達に付いて歩きながら薬草や野草、木の実などを採取して回る。湖の方も見てみたいので、森の中を北北西ぐらいの方角に進む事にした。
「ファーマ様、この森は希少な薬草の宝庫ですね」
「ファーマ様、美味しそうな木の実あるます」
エミルとレオナは希少な薬草や見た事のない木の実に目を光らせ採取しまくっている。レオナの持ってきた木の実はちゃんと毒性が無いかを鑑定で調べて大丈夫な物はレオナの収納魔法道具に収納、薬草の方はエミルが詳しいので任せて、僕は片っ端から植物を鑑定しながら歩き、エミルが採取していない薬草(たぶんエミルの知らない薬草)や食べられる野草を集めている。
最初に聞いていた通り、竜人族16人と一緒に行動しているので獣1匹寄って来ない。たぶん獣も本能的に竜人族には敵わないと悟っているのだろう。とても安全な採取作業だ。
『ふむ、ちと森の様子がおかしいでござるな』
1時間ほど採取をしたところで新右衛門さんと日那国の人達が集まって話を始めた。
『おかしいってどういうことですか?』
『あまりにも静かすぎるのでござる。拙者達が卵の回収に来る時は15~20人で来るので襲ってくる獣や竜は殆どいないのでござるが、少し離れた場所から警戒している獣はいるのが普通なのでござる。今日はそういった獣が1匹も見当たらないでござるよ』
なるほど、それはおかしい。
「ファーマ様、あっち、血の臭うします」
僕が新右衛門さん達の話を聞いていると、レオナが湖のある方角を指さしてそう教えてくれた。
『新右衛門さん、向こうの方から血の臭いがするってレオナが教えてくれたんですけど……』
僕は直ぐに新右衛門さんにそれを伝える。レオナが態々伝えて来たという事は、普通の状態の臭いとは違うんだろう。
『血の臭いでござるか? この森では絶えず獣同士が争っているでござるから珍しいものではないでござるが、今の森の雰囲気を考えると調べぬ訳にもいかぬでござろうな』
直ぐにレオナの案内でその場所まで移動した。
『これは……只の狩りの跡ではござらんな』
『殿、地竜や水竜の肉片も多く混じっているでござる』
『竜同士の争いの跡とも思えないでござる』
現場には夥しい血痕と少なくとも数頭の地竜や水竜の肉片と、それらのものではない大きな足跡が残っていた。血痕は数十mに渡って続き、かなり激しく暴れたかのように何本も樹がへし折れている。辺りを調べると、何枚かの真っ黒な竜鱗のようなものが落ちていた。
『これって、他の竜の鱗とは違いますよね? これも竜の鱗ですか?』
その鱗を拾って竜人族の人達に見てもらうと
『こんな鱗を持った生き物はこの辺りで見た事が無いでござるな』
『この辺りどころかこの島では見た事のない生き物の鱗のようでござる』
どの人も知らない生き物の鱗のようだ。暫く辺りを調べていると、東南の方角から大きな爆発音が響き渡り、森の一角で炎が上がった。
『あっちって新九郎さんがいる方ですよね?』
『何か不測の事態が起こったのかも知れぬでござるな。少し様子を見てくるでござるよ。5人程護衛で置いておくでござるからファーマ殿達はこの辺りで少し待っていてほしいでござる』
『僕達の事は良いので皆さんで行って下さい。自分達の身は自分達で守りますから』
こうして話している間も爆発音はなり続けて、最初より酷くなっている。もし、新九郎さん達が何かに襲われて苦戦しているのならここにいる竜人族全員で向かった方が良いだろう。
『いや、少し様子を見に行くだけでござるから全員で行く必要は無いでござるよ。弥太郎、団次郎、雪之丞、仙東丸、大黒は、ここに残りファーマ殿達を頼むでござる』
『『『『『御意』』』』』
新右衛門さんは上着を脱いで竜化し、それに続いて10人のドラグナが竜化する。
竜化後の姿は本当に竜人と呼ぶのにふさわしい姿だった。首は長くなり顔はワニのように迫力があり、背中から羽、お尻から尻尾が生え、全身が深緑色っぽい鱗に被われる。前世のファンタジー小説に出て来たドラゴニュートによく似ていた。
竜化後、直ぐに羽を羽ばたかせ宙に浮かび『では行ってくるでござるよ』と、南東の方に飛んで行った。




