新しい人生の幕開けだ
神界にて━━
「やあ、デーア、君から伝心なんて珍しいね。どうっしたの?」
「ん? 話? 今すぐって言われても、これでも結構忙しいんだよ?」
「ふーん、終末の矢をねぇ。それは面白そ━━」
デーアから伝心で連絡をもらった創造神クレイエは、忙しそうに雑務に追われながら、話半分に会話をし適当な返事をしていたのだが━━
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「━━って良いわけないよ!」
━━デーアの宣言に驚き、デーアたちの前に瞬間移動で顕現した。
「か、神様?」
突然、目の前に現れたクレイエに驚き、ファーマは声を漏らした。
「ん? どちら様? ……って、ひょっとして太郎君? 柳太郎君だよね? なんで天界に?」
創造神クレイエはファーマを凝視し、それが数年前に自分がこの世界に送り出した柳太郎少年であることに気が付き、驚きで裏返りそうな声を出しながら少しパニックになる。
「やっぱり神様だ。お久しぶりです」
「いや、久しぶりじゃなくて……なんで君が天界に居るんだい?」
「ファーマは妾が拾って育てたのじゃ。それより━━」
「また、やっちゃったの? デーア、君ね━━はぶぉっ」
「まだ妾が話している途中なのじゃ。話の腰を折るでない」
デーアの話に割り込んで話始めたクレイエにデーアの右スマッシュが炸裂、クレイエは錐揉み状にぶっ飛び、ズサッと床に倒れこんだ。
「クレイエ、お主またやりおったのう」
「……な、なにがだい?」
頬をさすりながら起き上がったクレイエは目を丸くしながらデーアの質問の意味を考えた。
「『なにが』ではないのじゃ。ファーマの能力について心当たりがあろうが」
「ななな、なーんの事かなぁー」
「ほーぅ、もう1発喰らいたいようじゃな」
「ちょ、ちょっと待って……違うんだ、ちょっと力加減間違えちゃっただけなんだよ」
とぼけようとしたクレイエの目の前に握り拳を見せたデーア、クレイエはバタバタと急いでファーマの後ろに隠れ、肩口から顔を覗かせながら言い訳をする。
ファーマはその光景をぽかんとしながら見るしかできなかった。
「やはり、お主の仕業じゃったか。お主、ほんの1億5千万年ほど前に同じ失敗をして、この世界を滅ぼしかけた事を忘れたか! あの時あれを始末するのに妾達がどれほど手を焼いたか……しかも、今回は神眼に真理まで付与されておる。ちょっと加減を間違えたで済む話ではないぞ」
「いや、本当にごめん。でも、今回はあの時と違って基礎ステータスは並みの人間と変わらないから、そんなに力は出せない予定だったんだよ。せいぜいこの星の地上最高クラス程度だよ?」
「それのどこがちょっとなのじゃ。充分やり過ぎじゃ」
「それより。問題なのはデーア、君の方だよ」
「なにがじゃ」
「君、また人間に乳を飲ませて育てたんだろ?」
クレイエがそう尋ねるとデーアは明後日の方向に目を逸らし、へたくそな口笛を吹く。
「君、7千年ほど前に同じ事やって大変な事になったの、もう忘れた?」
「なんじゃ。その程度の事、お主に比べれば可愛いものではないか。生命の防護陣を使ってまで生かそうとした命を救って何が悪い」
「『可愛いもの』って……その結果、あの子今なんて呼ばれてるか知ってる? 魔王だよ、魔王。確かに命を救ったのは悪い事じゃないけど、君が育てる必要ないよね? 人間の世界には孤児院だってあるんだから」
ジト目でデーアに反論するクレイエに、お前に比べれば大したことないとすねたように返すデーア、それに対し、呆れてため息混じりに話すクレイエ。
「あれは、人間どもが勝手にそう呼んでおるだけじゃ。ナトゥアは優しい子なのじゃ。人間どもが人間以外の人種を迫害するから、他の人種を守っておるだけじゃろうが! なにを恥じることがある。だいたい妾がファーマ達の母の魂に独り立ちできるようになるまで育てると約束したのじゃ。他人任せにはできぬ」
「いや、そう言われると心情的に返す言葉もないんだけど……問題はその基礎能力にあるんだよ。ナトゥアは、君が半年もの間、神の体液を与えちゃったものだから、異常なほど強くなっちゃてるし、殆ど不老不死、この星のパワーバランス滅茶苦茶だよ? しかも太郎く━━」
「ファーマじゃ」
クレイエがファーマを前世の名で呼ぼうとした時、デーアは鋭い眼光を向け殺気にも似た圧をかけた。
「……ファーマ君のステータスを見る限り、あの子の時より長期に渡って与えてるよね?」
「うむ、ファーマは乳離れが遅かったからのう。ほんの3年ほどなのじゃ」
「『ほんの3年』って、気軽に言わないでよ。半年で魔王だよ? 3年も与え続けたらもう素の力だけで魔王どころの話じゃないよ。しかも今回は加護まで与えちゃって……ファーマって名前、授けたの君だよね?」
「うむ、中々良い名であろう?」
「いや、そんな嬉しそうに言われても……確かに良い名だとは思うけど」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
呆れ果てて溜息が止まらないクレイエに対し、自分の付けた名前を誉められ無邪気に喜ぶデーア。
ファーマは話に付いていけずにただただ呆然としている。
「はあ……やっちゃったものは仕方がないね。あとはこれからどうするかだけど……」
「問題ない、何かあれば妾が何とかするのじゃ。まあ、我が子に限ってそんな事にはならぬがな」
「親バカか!」
「あの、話についていけないんで、解り易く説明してほしいんだけど?」
ようやく呆然自失状態から回復したファーマが、説明を求めると、デーアとクレイエは順を追って説明を始めた。
その話を簡単にまとめると━━
転生前にクレイエが、ファーマの望む能力を与えようとしたところ、力加減を間違え、与えようとした能力の上位の能力を与えてしまった。その能力は、最初与えようとしたのが【鑑定、理解、錬成】の3つの才能で、実際に与えたのが、【神眼、真理、創造】の3つの力。
この力は並みの人間が使うとこの星の地上最高クラスになれる程の力だが、デーアが乳を飲ませた事(神の力を与えた事)により、地上最高どころか下位神に匹敵するほど強力な力になっているらしい。(ちなみにデーアは上位神に当たる)
そして、神であるデーアが名前を与えたことにより、デーアの加護が与えられ、ファーマはデーアの眷属化している。デーアの眷属になった事で、人が使用できる全ての神術(魔法)が使えるのは勿論の事、人には使う事の出来ない、あらゆる神術(魔法)まで使うことが出来るようになっている。
ということだった。
「それって取り外したり消したりは出来ないんですか?」
「出来ないことはないよ。ただそれをすると、ファーマ君、君の人格や記憶は失われる。せっかく転生までして幸せな人生を送ってもらおうと思っているのに、それはしたくないんだよ」
「そうですか……でも、世界を滅ぼせる程、危険な能力なんですよね? 僕はデーア母さんに充分過ぎるほどの愛情を貰いましたから、最高に幸せでした。だからこの世界に迷惑をかける前に、このまま消して━━」
「ダメじゃ!! 何が『幸せでした』じゃ。お主の人生は、まだまだこれからであろう。もっと世界を見て、もっと色々な事を知って、もっと楽しまなければダメなのじゃ。ここで過ごした刹那ほどの時間で満たされるほど、お主の命は軽いものではないのじゃ。消させはせぬ。妾が全てを賭してでも、ここで終わらせたりはせぬ」
ファーマがどこか悲しげな笑顔で消してくれと言おうとすると、デーアはファーマを力強く優しく抱きしめ、生きろと伝える。
ファーマは涙が溢れデーアの胸の中で泣きじゃくった。
「ふふ、君達がその心を持ち続ける限り、大丈夫だ。決して危険な能力にはならないよ。でも、ちゃんとした力の使い方を覚えなきゃね」
クレイエは2人の姿を見て、優しく微笑み2人の頭を優しく撫でた。
それから2年をかけ、ファーマはデーアとクレイエから能力の使い方を学び、人界で生活する為の一般教養を勉強する。
━━そして、ついにファーマが天界から人界へ旅立つ日がやってきた。
「デーア母さん、今日までありがとう。デーア母さんに教わった通り、今日からの人生を精一杯楽しむから」
「うむ、我が子が楽しんで幸せに暮らすのが妾の幸せでもある。人生を楽しむのじゃ。これから先、ファーマが天界に戻ることは出来ぬが、数十年に一度くらいなら妾も会いに行くことが出来よう。達者で暮らすのじゃ」
「うん、行ってきます」
ファーマの新しい世界での人生が始まる━━