第11話 ファーマ君、通訳する
テルホイに到着した翌日、町に居た兵士さんや冒険者達は朝早くから山道を登ってルギイ山に入って行き、町はすっかり静かになった。
「やっと自由に町を見て回れるね」
テルホイは人口3000人程の小さな町で、今朝まで滞在していた竜狩りの一団は約350人(商人含む)。人口の1割以上の人が一気に押し寄せ、居なくなると、もう嵐の後の静けさって感じに町は静かになった。
「そうですね。ですが、開いている店も殆どありませんね」
宿や飲食店等もだいぶ忙しかったようで今日は殆どのお店が休日になっているようだ。町の名物料理とかあったら食べようと思っていたのだけど開いていないのだから仕方ない。少しの間町の中を散歩して宿に引き返した。
今のところ肉眼で見える距離に浮遊島は見えない。折角だから遠視は使わずにエミルやレオナと一緒に見たいから、今は神眼をOFFにしている。
部屋に戻った僕達は、それぞれが自由に過ごす事にした。僕は椅子に座ってゆっくり本を読み、レオナは大好きなボールを転がして遊んでいる。転がしては追いかけ、じゃれついてまた転がし追いかける。行動が猫みたいで見ていてほのぼのする。
エミルはというと、お茶やお菓子を宿の食堂から貰って(買って)きて、僕のお世話をしてくれている。お菓子はクッキーみたいな1口サイズの物で、甘さは控えめだけど、小麦粉とバタアの自然な甘みと少しの塩気が良い感じにマッチして美味しい。
「エミルも好きな事していて良いんだよ?」
「はい、ですから好きな事をしています」
ん? 話が噛み合っていない? でも、エミルは微笑みを浮かべて楽しそうにしている。僕のお世話が好きな事なのか? 僕としては有難いし嬉しいのだけどエミルにも体を休めてほしい。
「じゃあ、一緒に食べようか。ここ座って」
それなら一緒に休めば良いと思い、僕は椅子の空いているスペースをポンポンと叩いてエミルに座るように言った。
「いえ、そんな、とんでもございません」
「良いから座って」
2か月弱一緒に過ごしているのに、エミルはまだ僕に対して遠慮があるようだ。完全に打ち解けるには時間が掛かるんだな。僕はエミルの手を引いて空いている所にエミルを座らせ、ブレスレットからコップを取り出し、お茶を入れエミルに渡すと、エミルは少し嬉しそうに受け取ってチビリチビリと飲み始めた。
「折角だからおつまみも食べる? はい、あーんして」
ついでにエミルが持ってきてくれたおつまみも1つ手に取って〝あーん〟してあげると、エミルは恥ずかしそうに少し目を逸らしパクリとお菓子を口にした。
〝あーん〟は素直に受けてくれるという事は、遠慮しているのではなく、ただ恥ずかしがっているだけなんだろうか? うーむ、分からない。人間って難しいな……
「レオナも食べる、です」
エミルに〝あーん〟してあげると、それを見ていたレオナがボールを持って走って来て、僕の前で口を開けた。レオナはこういう素直に甘えてくれるところが良い。口の中にお菓子を入れてあげると美味しそうに咀嚼してエミルとは反対側の空きスペースに僕を挟むように座って嬉しそうに足をプラプラさせている。
椅子は他にもあるけど、この少し狭いながらもみんなでくっついて座る感じは一家団欒みたいで良い。天界でデーア母さんと過ごした日々を思い出すな。あの頃もよくこうして1つの椅子に2人で座っていたんだよね。なんて事を思いながら、この日は3人で椅子に座って本を読んだり何気ない話をしたりうたた寝したりしてのんびり過ごした。
翌朝。テルホイのほぼ真南から雲に紛れて浮遊島が町から見える位置まで来たようだ。
僕達は町の防壁の上に上がらせてもらい、浮遊島を見せてもらった。
「おおー、あれが浮遊島かぁ。本当に島が浮かんでるんだね」
「君はドラゴンの巣を見るのは初めてなのかい?」
「はい、3人とも初めてです」
「それは良い時期に来たね。あと5時間ぐらいしたらもっと驚くと思うよ」
「良い時期に来たね」と言われたんだけど、この100年ドラゴンが梺まで下りてきたことは無いとは言え、山には下りてきている訳で、危険な時期だと思うんだけど?
どうやら、この町の人にとってはそうでもないらしい。山にさえ入らなければ安全なので、テルホイでは年に1度の町の名物と化しているんだとか。僕達以外にも防壁から浮遊島を眺めている人や防壁の上で酒盛りをしている人まで居る。
さすがに酒盛りは不味いんじゃないか? と、思ったんだけど、この時期だけは許可が下りるらしい。前世で言うところのお花見と同じ感覚らしい事が正騎士さんの話で分かった。花見ならぬ島見だな。
━━5時間後。正騎士さんが言った通り本当に驚かされた。
5時間前は親指に隠れる大きさだったけど、今は近くにある積乱雲より大きく見える。島は雲の遥か上にあり、まだ全体が見えない。
「島っていうからもっと小さいのを想像してたけど、これは吃驚だね?」
「私もこれほど大きな島だとは思っていませんでした」
「あぃ、ドラゴン沢山、居るですか?」
エミルやレオナも驚いているようで3人で口を開けてポカンとしていたのだけど、島の方からこちらに向かって来る? 5つの影を見付けた。
ひょっとしてドラゴンがバチェル山脈にドラゴンフルーツを食べに下りて来たんだろうか? なんて思っていたらどうやら違うようだ。近づくにつれてはっきり、このテルホイの町に向かって来ているのが解った。
「ドラゴンが町の方に向かって来ているぞー!」
防壁の上で警備に当たっていた正騎士さんが、慌てて大声で他の正騎士さんに呼びかけ、警鐘が町中に響き渡り大騒ぎになる。町の人は酒盛りをしていた人達もみんな我先にと防壁から下り、家の中に避難し始め、正騎士さん達はドラゴンが向かって来ている方へ集まり臨戦態勢を取った。
僕達も避難しろと言われたのだけど、下りる為の階段はごった返しているので、ここで待機する事にした。今は人込みに近づく方が危なそうだから。
ドラゴンは前に見たプテラノドンみたいな生き物とは姿が違っている。今、見えるのはどちらかと言えばファンタジー小説の挿絵に描かれていたような4つ足で大きな翼の生えた長い首の竜で、色は苔っぽい緑。
前足と翼が分かれているのか、うーむ、どういう骨格をしているのかが気になる。ってか、あの体で、あの翼の大きさでは飛ぶのが難しいんじゃないだろうか? まあ、魔法の世界だから科学の世界の物理法則は当てはまらないのかも知れないな。
あっという間に町の直ぐ側までやって来たドラゴンにはどうやら人が乗っているようで、正騎士さんが陣形を取っている前まで来て、ふわりとドラゴンが下りてくると、ドラゴンから紋付き袴の大男とそれよりは少し小さい大男の鎧武者が3人それと巫女さんが下りて正騎士さん達の前で止まる。
全員が頭から2本の角を生やし服の下には爬虫類の鱗のような皮膚が見え隠れしている。どの人からもビリビリと途轍もないチカラを感じる。
エミルやレオナもこの位置から武者達を見て気圧されているのか、緊張の面持ちで小さく震えていた。
それにしても、なんで異世界に鎧武者?
『拙者は日那国国主、城ケ崎新右衛門。今、この町に滞在している白髪の少年に用があって参ったでござる』
紋付き袴の人が防壁の上まで届くほどの大声でそう言った。
日本語? ……ちょっと変だけどあれって日本語だよね?。
「お、おのれ魔人! 町を襲いに来たか!」
言葉が通じていないので、正騎士さん達は城ケ崎と名乗った男の人の大声を威嚇だと思ったのか、日那国の人達に向かって武器を構え、負けじと大声で怒鳴っている。
それでも相手の力を無意識に感じ取っているのか、やや腰を引き気味にして小さく震えているようだ。
敵対心を露わにして怒鳴る正騎士さん達に、鎧武者さんが前に出ようと足を1歩踏む出そうとすると、紋付き袴の城ケ崎と名乗った男の人が手で制して何か言っている。
一触即発って感じだけど、相手の5人+ドラゴン5匹に対して200人以上いる正騎士さん達が全員纏めて掛かって行っても、先ず勝ち目はなさそうだ。
防壁から日那国の5人を鑑定したところ、5人とも竜人族という種族だ。ステータス的には人間の数十倍といったところ。ドラゴンは天雷竜という種だ。
竜人族で1番高いステータスは紋付き袴の城ケ崎新右衛門さん
生命力2261
筋力1828
神力1010
瞬発力683
耐久力2375
属性 炎、天、変
1番低い人が巫女服の草乃薙妃美華さん
生命力1612
筋力961
神力1320
瞬発力462
耐久力1570
属性 天、聖、変、伝
ここに居る正騎士さん達も一般人に比べるとステータスが高いけど、それでも一般成人男性の2~3倍程度。日那国側で1番ステータスが低い草乃薙さんの足元にも及ばない。日那国の人達は全員が瞬発力以外のステータスが化け物レベル。
前にデーア母さんから教わった話だと、竜人族、猫人族、狼人族には竜化や獣化という変身能力があり、変身する事で筋力、瞬発力、耐久力が大きく上昇(個、種族によって上昇値は変わる)するらしいので、戦闘時は今よりも手に負えない強さになるんだろうな。
天雷竜は今の状態の竜人族の人達より高いステータスだけど、たぶん竜化後は竜人族の方が強くなるだろう。まあ、戦ったところで人間側に勝ち目はない。
相手側には戦う意思は無いようなのだけど、正騎士さん達には言葉が通じていない為、いつ攻撃を仕掛けてもおかしくない雰囲気だ。
「あの? まったく言葉が通じてないみたいですけど、あの人達は人探しに来ただけみたいですよ?」
僕は近くに居た正騎士さんに人の最前線を指さし、そう教えてあげた。
「君は奴らの言葉が分かるのか?」
「はい、知っている言葉を話しているので。それより、このままだと戦闘が始まっちゃったりしませんか? ドラゴンって一頭倒すのにも300人の人出が必要なくらい強いんですよね? 不味くないですか?」
と、注意してあげると、正騎士さんは「一緒に来てくれ」と、僕の手を引き、人込みを搔き分けて門の方へと走った。エミルとレオナには連れて行かれる時に「ここで待ってて」と言って、その場で待機してもらった。
「道を開けてくれ! この子は奴らの言葉が分かるらしい。通訳を頼んだから早まった真似だけはしないでくれ!」
僕の手を引いて走っている正騎士さんが門に着いたところで、陣を組んでいる正騎士さん達に声を掛けると、正騎士さん達の中央付近に陣取っていた中年の正騎士さんが「道を開けろ!」と、指示をだすと割れるように正騎士さんが道を空け、指示を出した正騎士さんまでの道が出来る。
「ワシは正騎士ギルド、テルホイ支部長のバザール・ディゴザールという者だ。君は、あの亜人の言葉が分かるらしいが何者なのだ?」
こんな時に不謹慎だけど、名前が……バザールで……ふふっ。笑っちゃダメ、笑っちゃダメ。
「僕はエンドール家に仕えているファーマという者です」
深呼吸して気持ちを落ち着かせてからバザールさんにエンドール家のタグを見せる。タグを見たバザールさんは何か納得したような顔で軽く頷いた。
「それで、奴らはなんと言っているのだ?」
「えっと、あの人達は日那国っていう国の国主一行で、この町に白髪の少年を探しに来たって言っています」
ん? それって僕の事か?
「白髪の少年? そんな者この町にいたか? 誰か町で白髪の少年を見かけた者はいるか!?」
と、バザールさんが周りの正騎士さん達に声を掛けているんだけど、目の前に居る僕の事は見えていないんだろうか?
「バザールさん、ここ、目の前に居ますよ? ほら、ここに白髪の少年」
自分で自分を指さしながらアピールすると、バザールさんが僕を見て首を傾げ、顎に手を持って行く。
「……おおっ、男の子だったのか? これは失礼。では奴らの所に行こうか」
やっぱりか……ここまで幾度となく女の子に間違えられ続けてきたけど、この非常時にそんなボケは要らないと思うよ? まあ、僕が言えた立場じゃないけど……バザールで、ふふっ。
僕はバザールさんに手を引かれて日那国の人達の前まで連れて行かれた。
『神託の御子様、お迎えに参ったでござる。拙者、日那国国主、城ケ崎新右衛門と申すでござる』
日那国の人達の前に着くと、日那国の人達は正座をして真の礼をしてきた。
『神託の御子ってなんですか? 本当に僕で合っていますか?』
神託という点で、なんとなく身に覚えがないわけではないけど、とりあえず間違いじゃないのか確認してみる。
『間違いではございませぬ。お初にお目にかかりまする、神託の御子様。私は日那国の神事を預かる巫女をしております草乃薙妃美華と申しまする。本日は我が神、羅呉那武斗様よりの神託で御山への案内に参りました。どうか御同行お願い仕りまする』
うーむ、かなり変な日本語を話す人達の様だけど、どうやら僕に用事で間違いなさそうだ。ラグナムトという名前の神様にも心当たりはある。僕の知っている(デーア母さんから聞いている)のはラグナムート様なんだけどね。
「少年。さっきから何を話しているのか教えてくれないだろうか?」
日那国の人と話しているとバザールさんが難しい顔をして事情を説明してくれと僕に声を掛けて来た。バザールさんに日那国の人達が言っている事をそのまま教えて、戦闘の意思は無い事を知らせると
「なるほど、事情は理解した。争う意思がないというのは分かったのだが、ドラゴンが町の目の前にいたのでは警戒態勢を解けないのだ。なんとかならないか?」
あっさりと受け入れられた。
「分かりました。聞いてみます」
簡単に納得してくれたけど、神託なんて前の世界じゃ絶対に納得してくれない理由だよね? 流石は異世界。まあ、それはさて置き、ドラゴンは何とかしてもらおう。
『あなた達が乗って来た生き物が怖くて落ち着かないから遠ざけてくれないかって言っています。お話はあとで聞きますからアレを町から離れた所に移動させてもらえますか?』
『それは失礼したでござる。お前達、御子様とは拙者と巫女殿で話をするから騎竜を町から見えない位置に連れて行き待機しておくでござる』
『御意に』
3人の武者達は5匹のドラゴンを連れてに山の方に入って行った。それを見た正騎士さん達は安心したようでバザールさんの指示で、それぞれの持ち場に帰って行った……のだけど、山は不味いんじゃないか? 今は竜を倒そうとしている人達が待ち構えているんだけど……
忠告しようと思ったけど時既に遅し、もう武者さん達は山の中へ消えて行った。まあ、ドラゴンが5匹も居る訳だし待ち構えている人達も無茶はしないだろう。と、無理やりそう思い込む事にして通訳に戻った。
バザールさんは少しだけ僕を介して城ケ崎さんと話をして、危険はないと判断したあと、賓客としてテルホイに入る事を許可してくれた。
貴族出身の正騎士さん達からすれば物に位置する亜人と呼ばれる種族だけど、これが一国の主となると話は別のようだ。更に言えば、ドラゴンを従えている種族なら尚更敵に回すのは不味いと思ったのだろう。心情的には嫌そうな感じだったけど、かなり紳士的に応対して、町の人全員に差別的行いをするなと通達が行ったようだ。
バザールさんは城ケ崎さん達の相手を僕に一任して通常業務に戻った。タグのお陰なのか亜人の相手をするのが面倒なのかは知らないけど、1国の国主の相手を子供に任せてしまうのは如何なものかと思う。
っていうか、テルホイの町長には会わせなくても良いのかな?




