第7話 ファーマ君、宿を探す
カナイ村を出発して2日後。僕達は最初の目的地にしていたグラダから北西の1番近くの町タンハに到着した。別の方角にはもう少し早く着ける町はあるんだけど、行きたい町の途中にある町では1番近い町だ。
タンハは、グラダの町に比べるとかなり小さい町で人口は約8千人。小さいと言ってもカナイ村に比べるとかなり大きい。町の門は北と南の2か所だけ、マルガンさんの話だと、ここは冒険者が多く集まる町だから、あまり治安は良くないという事だ。
その代わり冒険者は宵越しの金は持たない人が多いらしく経済は潤っているんだとか。そういう理由でこの町の商業ギルドはグラダほどではないけど結構大きいらしい。
入町の検問では身分証の提示を求められるので、僕はグラダの町の住民証とエミルとレオナの奴隷証を守衛の正騎士さんに手渡した。
「ほぅ、こいつは奴隷なのか……」
僕達の身分証を見た正騎士さんが、チラリとエミルの顔を見てそう呟いて僕を手招きして、少し離れた場所に連れて行かれた。エミルとレオナは少し心配そうにしていたけど「心配いらないから待っているように」と、指示した。
「嬢ちゃん、入町税を只にしてやるから、あの美人な奴隷を1晩俺に貸してくれ」
「はい? 何言ってるんですか? 貸すわけないじゃないでしょ?」
何、馬鹿な事を言っているんだこの人は? 「1晩貸せ」の意味を分からないとでも思っているのか? 貸すわけがない。まあ、身分証を見たうえで僕の事を嬢ちゃんと呼ぶ辺り、かなり頭が悪いのだろう。
「良いじゃねぇか、減るもんでもないだろ? 解った100デニールでどうだ?」
「馬鹿な事言ってないで入町審査終わらせてください。僕達は長旅で疲れているんです」
特にエミルはずっと牛車の運転で大変だったんだから早く休ませてあげたい。
「ちっ、欲張りだな、お前。解かった300デニールでどうだ?」
……何も解っていないな。お金の問題じゃない。もう、この町に入るの止めようかな? いや、次の町まで結構距離あるし、2人をゆっくり休ませてあげたい。
「いい加減にしないと怒りますよ? 例え100万デニール出されても貸す気はありません。さっさと仕事してください」
「ああっ? こっちが下手に出てりゃ調子に乗るなよ? 平民。黙って貸せば良いんだよ。俺の匙加減1つでおめぇをしょっぴいて、1晩牢屋にぶち込む事だって出来るんだぞ? 大人しく言う事を聞け」
ふむふむ、そういう言い方をするのか。そっちが権力を笠に着るなら、こっちも使わせてもらおう。
「そっちこそ、誰相手にものを言っているのか解ってますか?」
胸元からエンドール家のタグを取り出し守衛にみせる。
「……ぅえ゛っ!?」
なんか変な声が漏れたな。
「え、え、え、エンドール家の家証……」
守衛はタグを見つめながら真っ青になって滝の様な汗を流し始めた。
「あなたの身分証を見せてください。この事は、商業ギルドを通して正騎士ギルドとこの町の管理者に抗議をしておきます」
「申し訳ありませんでした。どうかそれだけは勘弁してください」
余程タグが効いたのか、人目を気にせず見事な土下座で謝りだした。このあと、この光景を見た別の正騎士さんがこちらにやって来て、僕達から事情を聴き、守衛の正騎士は何処かへ連れて行かれた。
厳重に注意しておくと言われて、入町税をタダにしてくれたけど、僕の方からも商業ギルドに話して抗議をお願いしておこう。これからこの町に来る平民の人が今回と同じ目に遭う可能性もあるしね。
治安が悪い原因は冒険者ではなくて正騎士なんじゃないだろうか? 治安を守る人が自ら悪化させてどうするんだ。
エミルに何があったのかを尋ねられたのだけど、理由を教えるのは可哀想なので誤魔化した。レオナは耳が良いから聞こえていたので、しっかり口止めしておいた。
無駄に時間を浪費して日も落ちてきているので先ずは宿探しだ。
丁度、大通り沿いにあった宿の前に牛車を停めて、またエミルを変な目で見られるのが嫌なので、レオナと2人で中に入る。
宿に入ると、直ぐに食堂があり多くの人が食事をしていた。その奥に受付らしき場所があったので真っ直ぐそこへ向かった。
「こんにちは、1晩宿泊したいんですけど、亜人の子も泊まれますか?」
レオナのような種族の子を隠して止まらせると、後で問題になるとマルガンさんに忠告を受けているから、先に宿の主人に話をしておかなければいけない。
「亜人? ……うーん」
亜人と聞いておじさんはレオナで視線を止め、次に食事をしているお客さんの方を見て考え込んでいる。
「悪いけど、うちでは魔人の子は泊めてあげられないねぇ」
フードで耳は見えないようにしているけど手は隠せない。それに気づいた店主さんは難しい顔でお断りを入れて来た。
「どこかこの子と一緒に宿泊できる宿って、この町にありますか?」
「あるわけねぇだろ!」
僕が店主さんと話していると、食堂の方から筋肉ムキムキの顔に傷のあるお兄さんが大声をあげてきた。
「魔物臭ぇっ! そいつ連れてとっとと出て行きやがれ! クソガキが!」
「ちょっと、お客さん。揉め事は困ります」
「ああっ!? だったらその魔物をさっさと叩き出せ!」
酔っぱらっているのか、やたらと「魔物、魔物」と連呼するムキムキの人。亜人とか魔人とかいう人は居たけど魔物と一緒にされるのは気分が悪いな。エミルに続いてレオナにまで難癖付けられるとは……嫌な町だ。
「どなたか知りませんけど、レオナは魔物じゃありません。キャッツ族という人種です。それに毎日体を洗っていますから、あなたよりは臭わないと思いますよ?」
返り血らしきものを、そのまま付けた服を着ている人に臭いとか言われたくない。
「んだクソガキ! 喧嘩売ってやがんのか!?」
「絡んでいるのはあなたでしょう? 僕はそれに対して事実ありのままを返しているだけです」
「それが喧嘩売ってんだよ!」
自分から絡んできておいて言い返されると怒るなんて勝手な人だな。続けざまに仲間を変な目で見られて少し腹が立つけど、これ以上騒がれると宿にも迷惑が掛かるだろうから相手にしないで外に出よう。
「仕方ない、お店の迷惑になるし出ようか」
僕はレオナにそう言ってお店の人に軽く会釈して出口に向かった。
「ガキ、俺に喧嘩売っといてタダで帰れると思うなよ?」
ムキムキの人が帰ろうとする僕達の前に立ち塞がって邪魔をしてきた。こっちが引き下がろうとしているのに大人気ないな。
「おい、やめとけ。ガキ相手になにムキになってんだ? すまねえな、コイツ酔うと見境ねぇんだよ」
「なに誤ってんだロイス。冒険者がガキに舐められちゃ終わりだろうが!」
「喧しい! ガキ相手に絡んでる方が舐められるだろうが黙ってろ!」
ロイスという人が一括するとムキムキの人は渋々といった感じで席に座った。止めてくれる人がいて本当に良かった。
「1つお尋ねしたいんですけど、なんで僕達はこんなに絡まれているんですか? 僕達はただ、宿泊できるかの確認で入って来ただけで何も悪い事はしてないんですけど?」
この国で亜人が物として扱われているのは知っているけど、何もしていないのに絡まれる意味が解らない。
「あっ? バカかてめぇは。魔物が悪い事しようが━━」
「あ、僕は今そちらのまともなお兄さんと話をしているので関係ない人は黙ってください」
「こっ、殺す!」
僕がムキムキの人の言葉を遮るように止めると、ムキムキの人が足元に置いてあった剣を手にして立ち上がり、抜く。それを見てレオナが身構える。
「ば、バカやめろ!」
「うるせぇ! もう我慢ならねぇ。こいつはぶち殺す!」
慌ててロイスさんがムキムキの人の後ろに回り込み羽交い絞めにして止めてくれて、ムキムキの人は真っ赤な顔をしてジタバタしている。
「おい、お前ら。こいつは俺が止めといてやるからさっさと宿から出ろ。これ以上騒ぎを大きくするんじゃねぇ」
「分かりました。ご迷惑おかけしてすいません」
騒ぎを大きくしているのはムキムキの人なんだけどね。聞きたい事はあったけど、ロイスさんがそういうので、大人しく宿を出る事にした。
「レオナ、いる、迷惑……です。ごめんなさい、ファーマ様」
店を出て直ぐにレオナは悲しそうな顔をして頭を下げる。
「レオナは全然悪くないんだから謝る必要はないよ。悪いのはあのムキムキの人……と、僕の対応も悪かったな」
続けて嫌な事があったから、少し苛立って冷静な対応が出来ていなかった。もう少し大人の対応を心掛けなきゃダメだな。
「ファーマ様、何かあったのですか?」
落ち込むレオナを慰め、深く反省しながら牛車に戻ると、エミルが心配そうに僕達に尋ねて来た。
「ちょっと、冒険者の人に絡まれちゃってね。対応を誤って騒ぎが大きくなっちゃった」
「それは危ない所でしたね。次からは私も同行しましょう」
僕達は牛車に乗り込み別の宿を探して回った。他の宿では絡まれることは無かったけど、どの宿でも宿泊は拒否されてしまう。仕方ないから4軒目の宿で、こっそり宿の主人にエンドール家のタグを見せてみたけど、困らせてしまっただけで宿泊はお断りされた。
困った。まさかここまで拒否されるとは思っていなかった。カナイ村みたいに教会で宿泊出来れば良いのだけど、普通は泊めてもらえたりしない。
「うーん、どうしよう。ポー車の中で寝るのは危なそうだし」
ある意味町の外より危険かも知れない。特にエミルは。
「ファーマ様、正面から行かずに裏から相談してみるのはどうでしょうか?」
僕が諦めて牛車で1夜を明かそうと言うとエミルが提案を出してきた。
「裏から? どういう事?」
「どの宿も、宿泊自体を嫌がっているのではなく、他の客の目を気にしているようでした。で、あれば、客の目さえなければ宿泊出来るのではないでしょうか? 幸いこの町には商業ギルドの支部がありますから、ギルドの方にお願いして話を通してもらい、裏口から他の客の目に入らないよう部屋に入れてもらうのです」
なるほど、確かにどの宿の主人も宿泊されるのが嫌って感じではなく、お客さんの目を気にして断っているように見えた。ダメもとでもギルドに頼んでみるのは良い考えかも知れない。
「それは考えつかなかった。さすがエミルだね。早速ギルドに行ってみようか」
僕が誉めるとエミルはどことなく誇らしげな雰囲気を醸し出している。善は急げとギルドに向かい、牛車置き場にポークンを繋いで3人で中に入った。
「こんにちは、グラダから来たファーマという者ですけど、少し相談したい事があるんですが、良いですか?」
ギルドに入り、受付のお姉さんに声を掛けた。
「ファーマさんと言いますと、ひょっとしてマルガン様から通達が来ているファーマさんの事でしょうか?」
たぶんそうだとは思うけど、何となくそうだとは言いたくない……まあ、言わなきゃ話は進まないんだけど。
「通達がどうとかは知らないですけど、ギルド会員のファーマです。これ、マルガンさんに貰ったタグです」
一応タグは見せておく。
「やはりそうでしたか。お噂は聞いております。今日はどういったご用件でしょうか?」
どういう噂が流れているのかは気になる所だけど、今は気にしないでおこう。
「宿に泊まろうと思ったんですけど、正面から交渉すると全部断られちゃうんです。泊まれる宿を紹介してもらう事は可能ですか?」
「あ、なるほど。確かにその子を連れて正面から交渉したのは失敗でしたね。分かりました直ぐに手配します」
受付嬢さんはレオナを見て直ぐに事情を察してくれたようだ。流石は商業ギルド、話が早くて助かる。
受付嬢さんの話によると、宿では貴族が泊まるような高級宿以外では亜人奴隷と一緒に泊るのは可能らしいのだけど、一般の宿の場合、亜人を嫌う人も居る為、正面から頼んでも泊めてくれる宿は無いと考えた方が良いらしい。特に冒険者が多いこの町では難しいと、教えてくれた。
「おおっ、君がファーマ君か、タンハの町にようこそ。私がこの町の商業ギルドマスターのポクリだ」
僕達がギルドの待合所で宿の交渉結果を待っていると、少しテンション高めの小柄なちょび髭のおじさんが歩いてきた。直ぐに死んでしまいそうな名前だ。と、失礼な事を考えてしまったのは内緒にしておこう。
「ポクリさん初めまして、ギルド会員のファーマです。今日は小事でギルドにお手数をおかけして申し訳ありません」
「いやいや、聞いていた通りしっかりした子だね。どうだい? 成人したらうちの娘を娶らないかい? まだ生まれていないけど、わはははははっ」
……初対面の子供にその冗談は笑ってもらえないだろう。
「ポクリさんは面白い方なんですね。せめて娘さんが生まれてからそういう話をしましょうよ。まあ、本気の話だったら返事に困りますけど」
「わははははっ、そりゃすまんな。じゃあ、娘が生まれたらもう1度話を持って行くよ」
……じょ、冗談だよね? どこまで本気なのか今1つ分からない。
連絡があるまで暫くポクリさんと微妙にリアルな冗談を交えた会話を楽しみ、この町の事を教わった。このタンハの町に冒険者が多く集まる理由は先日エミルから聞いた迷宮というモノが町の近くにあるかららしい。
国内に幾つか存在するダンジョンの中で、この近くにあるダンジョンは魔物が弱く低ランク迷宮と呼ばれていて、星2~3ランクの冒険者がお金を稼ぐために狩りにいくらしい。因みに星1が見習い冒険者で、星2は駆け出し、星3が中堅、星4がベテラン冒険者になるらしい。星5以上の冒険者は珍しく、人によっては貴族と対等の付き合いをしている人もいるらしい。
この町に滞在しているのは星1~3の人が殆ど、4以上になるとグラダの町や他の地域の高ランク迷宮が近くにある町を拠点にしているという事だ。グラダの町を星4以上の冒険者が拠点にしている理由は魔性の森付近の魔物を狩る為。リスクは大きいけど実入りも大きいらしい。でもグラダを拠点にしている星4以上の冒険者は少ないそうだ。
勿論グラダにも星1~3の冒険者もいる。町の近辺で魔物を狩っているのはそういう人らしい。
タンハは人口8千に対して冒険者の数は1000~1500(時期によって変わるらしい)。別名を駆け出し冒険者の町というらしい。
この国の冒険者ギルドに登録されている約半分は星2以下、2割が星3、1割が星4残りの1割が5以上なんだそうな。
ポクリさんは商業ギルドの支部長なのに、やたらと冒険者について詳しかった。まあ、この町の主な収入源だし詳しくないと商売にならないんだろう。
1時間ほどで宿泊させてくれる宿が見つかったのでギルド職員さんの案内で宿へ歩いて向かう事にした。牛車はポークンごとギルドで預かってくれるらしい。
レオナは手が見えないようにコートの中に腕を入れている。
「だいぶマスターに絡まれていましたね。お疲れになったでしょう?」
案内の職員さんが苦笑いしながら僕にそう言ってきた。ちょいちょい変な冗談は混じっていたけど面白かったし為になったし疲れてはいない。
「いつもあんな感じなんですか?」
「はい、冗談の中に本気の話も混ぜる事があるから、下手な返事すると後で困った事になったりするんです。マスターの話は適当に流しながら前向きな返事はしない方が良いですよ。知らぬ間に言質を取られている場合がありますから」
なるほど、あの会話も交渉術の1つって事なのか。商業ギルドのギルマスになるような人はみんな狸親父だと思っていた方が良さそうだ。下手な返事はしてないと思うけど次に話す時には充分気を付けよう。
職員さんの有難い助言を聞きながら宿に到着した。




