女神さまに育てられる
赤子がソフィアの作り出した生命の防護陣に守られ2日が過ぎた頃。
不帰の森の遥か上空を、背中に白い翼の生えた1人の女性が樹海の中央にある、その頂上も見えないほど高い一山に向かって飛んでいた。
翼の女性は年のころは20才前後?、輝くような黄金色の髪、全てを見通すような深く美しい金眼、この世の者とは思えないほど美しい容姿で、どこか神々しさを醸し出している。
「ん? 妾の庭に何か落ちておるようじゃのう」
森の中に普段は感じない力を感じた翼の女性は、その力を感じる場所へと下降する。
「ほう、生命の防護陣とは珍しいな、前に見たのは数千年前だったかのう」
光に包まれる赤子を見つけた竜の女性は、防護陣に手を当て━━
「よく頑張ったな、あとは妾に任せるのじゃ」
━━と、優しく語り掛ける。
すると、光は砕け天に帰るように消え去った。
生命の防護陣。この世界の神術(魔法)の一つで、神力(魔力)ではなく、命を使って発動する結界。深い愛情と強い覚悟がないと使用することが出来ない特別な術。人がこれを発動する為には命の全てを使わなければならない。ソフィアが張った生命の防護陣にはデーアが解除するまでソフィアの魂が宿っていたため、デーアはソフィアの意思を読み取ることが出来たのだ。
「んぎゃー、おぎゃー」
「おぉ、よしよし、もう大丈夫じゃ。安心せい」
防護陣が消えると同時に泣き出した赤子を翼の女性は優しく抱き上げあやすが、赤子は一向に泣き止む気配がない。
「ふむ、腹が減っておるのかのう? ちょっと待っておれ」
翼の女性は赤子をいったん地面に下ろし、自分の胸に手を当て、意識を集中させる。すると女性の手が光り、その光は胸の中に吸い込まれていった。
「これで良しなのじゃ」
翼の女性は赤子を再び抱き上げると、服をはだけさせ乳房を露出させ、赤子に乳を飲ませ始めた。
「ふふ、やはり腹が減っておったのじゃな。必死に吸い付きおって、愛いのう」
翼の女性は、一生懸命、乳を飲む赤子を、微笑ましく眺めながら、その愛らしさに癒されていた。
数分の間、乳を飲み続け満足したのか、赤子は口を放し、翼の女性の顔をじっと見つめる。
「満足した様じゃな。お主の母と交わした約束は違えぬ。お主が独り立ち出来るまで妾の家に来るがよい。しかし、いつまでも名無しでは呼び難いのう。妾が名をやるのじゃ。そうじゃのう……ファーマ、ファーマでどうじゃ? ファーマ・リュミエール、それが今からお主の名じゃ」
翼の女性がそう言うと、赤子は理解したのか「きゃっ、きゃっ」と、嬉しそうに笑顔を見せた。
「そうか、気に入ったかファーマ。妾の名はデーア、デーア・リュミエールじゃ。宜しくのうファーマ」
デーアはファーマを連れ、最初に向かっていた、山の上空に帰っていった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
━━ファーマがデーアに育てられ始めて5年の年月が流れた。
ファーマが3つの年を迎えた頃からファーマの中に少しずつ、とある記憶が呼び起こされ、2年の歳月をかけて覚醒、統合され、ファーマは、前世の自分、柳太郎の記憶を完全に思い出した。
そして、この世に生をうけてから今日までの記憶も全て思い出す。
デーアから拾われた時の話は聞いていたものの、実感として自分は望まれて生まれ、命がけで母に愛されていた事をかみしめ、ソフィアを思い出し静かに涙を流した。
「デーア母さん、ちょっと話があるんだけど良いかな?」
ファーマは、意を決してデーアのところへ行き、デーアに自身の全てを話すことにした。
「ふむ、完全に覚醒したようじゃな。話すがよいファーマ」
「えっ? デーア母さんは僕の過去の事を知っていたの?」
何かを知っているようなデーアの返事に驚きを隠せず、ファーマは目を丸くして尋ねる。
「うむ、お主を拾った時から、お主の中に眠っているモノについては気付いていたのじゃ。詳しい事は解らぬが、おそらくお主は前世の記憶を持っておるのであろ?」
「うん、思い出し始めたのは2年ぐらい前からなんだけど━━」
ファーマは前世の自分の事、自分が死んでから転生するまでの事をデーアに話した。
「よく話してくれたのじゃファーマ。辛かったのう」
今世で深い愛情を受けて育った今だから解る前世の辛さ。しかし、ファーマは、前世での生活のおかげで、ソフィアやデーアに出会えた事に感謝さえしていた。
「辛くないよ。前世の経験があったからデーア母さんに出会うことが出来たんだから」
「ファーマ……馬鹿者、突然そんな事を言われたら泣いてしまうではないか。年寄りは涙腺が緩いのじゃ」
ファーマの言葉に感動し、思わず涙がホロリと流れたデーアは嬉しさのあまりファーマを抱きしめる。
「ちょっ、恥ずかしいよデーア母さん」
「妾達2人しかおらぬのじゃ。何を恥ずかしがることがある。愛いやつめ」
少し照れくささを感じつつも、ファーマはデーアに身を預け、されるがまま抱擁を受け入れた。
「ああ、そうだ。デーア母さん転生される直前に神様が気になる変な感じの事を言ってたんだけど、何か解らないかな?」
「ふむ、少々気になっておった事はあるのじゃが……本人に聞くのが手っ取り早いかのう」
「ほ、本人に? デーア母さん、神様と話せるの?」
しれっと話すデーアのセリフに驚きを隠せないファーマは思わず声が大きくなった。
「言っておらなんだかのう? 妾はこう見えてこの世界を統べる神の1人なのじゃ」
「ええっ!?」
もう驚きすぎてファーマの思考は停止寸前である。
「クレイエ、久しぶりじゃのう。少し話があるのじゃが今すぐ妾のところまで来てくれぬか?」
固まるファーマを他所に、誰かと話し始めるデーア。
「そうじゃ。今すぐじゃ。来れぬというなら神界に終末の矢を撃ち込むが、かまわぬか?」
「って良いわけないよ!!」
デーアがとんでもない事を言い放った直後、ファーマとデーアの目の前に、お笑い芸人のようなノリでツッコミながら創造神クレイエが姿を現した