第3話 ファーマ君、村を案内してもらう
━━ダン達の案内で着いた村は高さ2m程の丸太防柵に囲まれた村だった。
村は国内でも比較的弱い魔物が生息している地域に造られる事が多い。町というのは大抵、国の要所に建てられる為、危険な地域にある事も多いのだけど、代わりに防壁が頑丈に作られ出入り口には数名の正騎士さんが配置され安全に配慮されている。村というのは財政上そういう所にお金が掛けられないから危険地帯を避けて魔物の少ない地域に造られ、農業を中心にした生活をする人が集まるんだそうな。
村の広さは400m×400mくらい、家の軒数は100軒ほどで、村への出入り口は1か所、村の奥3分の2は農地で、穀物や野菜が作られているようだ。残りの3分の1が住居やら小さなお店、それと小ぢんまりとした教会らしき建物と、この村には似つかわしくない庭付きの屋敷がある。
「おっちゃん、旅人連れて来たぞ」
「旅人? 珍しいな、泊まる家は決まってるのか? うちに来るか? おっと、忘れるところだった。ダン、シスターが心配してたぞ」
「えっ? やっべぇ、もうバレたのか? また怒られるかも……」
「ああ、絶対怒られる。俺もさっき酷い目にあった」
この人は平民出身の正騎士さんなのかな? とても気さくで良い人みたいだ。
門番さんは子供達だけで村の外に行かせた事を、こっ酷い目に怒られたそうだ。まあ、それはそうだよね。魔物が少ない地域とは言ってもいない訳ではないんだから。でも2人の口ぶりだと度々同じ事を繰り返してるって事だよね?
村へ入る為の税は1人5デニール。僕達3人分の入村税を納めると、入村審査などはせずそのまま通してくれた。
「こらー! あんた達!」
村の教会にダン達を送って行くと牛車を下りたところで村の農地の方からドロドロに汚れた服を着たお姉さんが走ってくる。
「やべっ、シスターだ。仕事中なのになんでここに?」
どうやらあのお姉さんがこの教会のシスターさんらしい。シスターさんは20才前後くらいの赤茶色の髪の小麦色に日焼けした健康的な美人で、肩までたくし上げたシャツから見える腕が細いわりに筋肉質で、とてもシスターさんには見えない。
「子供だけで村の外に出ちゃダメでしょ!? 何考えてんの!? 死にたいの!?」
「だ、大丈夫だよ。あんまり魔物が通らない道通ったから」
「そういう問題じゃないの。もし魔物に遭ったらどうすんの? 逃げられなかったら食べられて死ぬんだよ?」
「まあ、まあ、そんな事より旅人連れて来たんだ」
ダンが話を逸らすように僕達の方をチラッと見ながら言うと
「あっ、これはお見苦しい所を見せてしまって失礼しました。カナイ村でシスターをやっているライラと申します。村には宿とか無いので良かったら教会にご宿泊下さい。あ、勿論宿代は頂きますけどね」
丁寧にお辞儀をして挨拶したライラさんは、その流れで宿の勧誘をして、てへっと舌を出しウインクする。
この村にはあまり旅人が来ないので宿泊施設が無いらしい。代わりに民泊が定番のようで、たまに来る旅人を宿泊させるのは結構取り合いになるらしい。なるほど、旅人は貴重な収入源なんだな。さっきからなんとなく村人達から熱い視線を送られているのはその所為か。ここで教会の宿泊を断ったらあの人達が押し掛けてくるんだろうな。
「じゃあ、お言葉に甘えて教会に泊めてもらおうかな。エミルとレオナもそれで良い?」
「はい、問題ありません」
「あぅ、良い……です」
僕達の宿泊が決まると、シスターさんは小声で「ぅしっ!」と声を漏らし小さなガッツポーズを決め、待ち構えていた村人たちはガッカリしたように帰って行った。
中々砕けたシスターさんだ。聖職者らしさは今のところ感じない。
「ダン、フーリ、お客さんの案内は宜しくね。私は仕事に戻るから」
「はーい」
「うん、任せといて」
シスターはダッシュで農地の方へ戻り、僕達はダンの案内で教会の中へ入った。この教会が祀っているのはリュミエール神、つまりはデーア母さんだ。グラダの町の教会もそうだけど、この国だけでなく世界の7割殆どの人はデーア母さんを信仰しているらしい。僕が姓を名乗らないのは、神の名をかたる不届き者とか言われて魔女裁判みたいな目に遭わない為なのだ。
エミルやレオナと出会った後、亜人について調べていた時、宗教と亜人差別は大きな関係がある事を知り、一緒に宗教についての簡単な知識も調べて少しだけ知識がある。デーア母さんを信仰する宗教は世界で1番多いけど、1つの団体ではない。僕が図書館で調べて知った大きな団体は5つ。
リュミエール神教(神教)
リュミエール神聖教(神聖教)
真リュミエール神教(真神教)
聖リュミエール神教(聖神教)
正リュミエール神教(正神教)
教えもそれぞれに違い、神教は生き物の命は等しく尊いという教え。神聖教は人間や亜人に区別は無いけど魔物は下位の存在という教え。真神教は人間、森人、山人は同格でそれ以外の人種は魔物と同じ下位の存在という教え。聖神教は人間が1番上位の存在で森人、山人は人間に使える者、それ以外の人種は魔物と同じという教え。正神教は人間絶対主義で他の人種は魔物と同じ下等生物という教えだ。
そもそもデーア母さんが人界の者に教えを説く事は無いので、どの宗教の教えも人間が勝手に作って広めているに過ぎない。けど、考えとしては神教が1番間違っていない。神様にも感情はあるから多少の好き嫌いは出来るけど、だからと言って優劣を付けたりはしない。
生物の性質的に、まったく争わないというのは無理なのだけど、デーア母さんは、どの生き物に対しても出来る限り争い無く平穏に過ごしてほしいと願っているのだ。
今、人間社会で1番多く信仰されているのは神教と神聖教なのだけど、ここ数百年で真神教や聖神教や正神教が神教や神聖教に迫る勢いで広まっているらしい。
同じ神を信仰しているのになんでこうも教えが違うのかは不思議なところだ。デーア母さん以外の神を信仰している団体もあるらしいけど、図書館に殆ど文献が置いていなかったので詳しくは分からなかった。
誰がどの宗教を信仰するのも勝手だとは思うけど、人種が違うだけで人を差別する教えは如何なものかと思う。デーア母さんも人間が他の種族を虐げている事を嘆いていたし、変な教えにデーア母さんの名前を使うのは止めてほしいものだ。
この村の教会は、直立で祈りのポーズをとっている女神像が置かれているので神聖教の教会、亜人と呼ばれている種族も人間と同じ接し方をしてくれる教えなので安心だ。
教会の中は入って直ぐ20人くらい入れそうな小さな礼拝堂がある。その奥が住居になっていて、8畳ほどのリビングダイニングキッチン、客間は2部屋あり、どちらも4畳半ほどで普段は子供達の寝室として使っているらしい。
この教会にはダン達以外に4人の3~5才の子供がいる。LDKは子供達の遊び場兼寝室兼お風呂にも使うらしい。村には水道が通っていないので、お風呂は大きな桶にお湯を張って中に座りタオルで拭くのが普通で、余程汚れが酷かったりする場合は、教会横の井戸で頭から水を被って洗い流すらしい。井戸の周りには仕切り板が置かれているので水浴び中はソレを立てておくのだとか。
水浴びは夏なら良いけど冬になると大変だよね……ちゃんとしたお風呂があれば良いのに。
宿代は食事なし1人1泊10デニール。ベッドも無く、布団は人数分貸してもらえる。この値段は村全体で統一されているのでとの家に泊めてもらっても同じらしい。ただし、ちゃんとした個室を貸してもらえるのは教会か村長宅だけ。他の家は村人と同室で寝るか、厩舎や納屋の一部を少し整理しただけの場所を無理やり宿として提供しているらしい。
村長さんの家は村でも別格の綺麗な部屋を用意してくれるのだけど、村長の家に泊まる人は居ない。
どうしていないのか。それは村長さんが貴族だから。この国は大きく分けて6つの領地に分かれている。その領地の中には小領地といって町や村を中心に一定範囲を管理している貴族がいる。小領地を任されるのは町なら伯爵もしくは子爵、村なら子爵もしくは男爵と決まっているらしい。
人口1万人以上の大きな町は伯爵、3千人以上1万人以下の町は子爵、千人規模の村は子爵、数百人規模の村は男爵が治めていると考えてほぼ間違いない。
貴族以外がこの村に来て村長の家に泊まるなんてありえないのだ。
そうなると選択肢は教会か民泊。村人と同室は兎も角、厩舎で寝泊まりは勘弁してほしい。まあ、前世では物置で寝起きしてたし、そう考えると厩舎も苦ではないか。でもエミルやレオナをそんな場所で寝泊まりさせるのは嫌だから、教会に決めて良かったな。
宿泊関係の諸事情説明が終わったので、ダンとフーリにお願いして村を案内してもらった。まあ、案内とは言っても特に見るところは無い。この村では殆どの人が猟師か農業をやっている。
男性が村の外で猟をしたり木の実や野草の採取をして、女性が農地で畑仕事。他の職業は農具や狩猟具を作る為の鍛冶屋、家や防柵を建てたり家具を作ったりする大工、服などの布製品を作る裁縫屋、仕事の疲れを癒す為の酒場と小料理屋、病気や怪我をした時に診てもらう薬師院がある程度。役所は村長さんの家。
ギルド関係は一切無い。村の警備は正騎士ギルドから派遣されて来た若手騎士さんと村長に雇われた村の男性が交代でやっているらしく、村の男性がやる場合は1日40デニールの給金が税金から支払われるそうだ。
今日会った門番さんは正騎士さんではなく村の人だったらしい。気さく過ぎると思ってたんだよね。
この村の農地は村長さんの経営。働いている女性は村に雇われている形になっている。猟師さん達の狩った獲物は基本的には自分の家で消費する物だけど、取れ過ぎた獲物は全部村長さんの所で買ってくれるんだそうだ。村長さんは農場で採れた作物や仕入れた肉を村の人達に売ったり、週に1度やってくる商業キャラバンと契約して纏め売りして利益を出している。
この国では、どの貴族もそうなんだけど、税収からある程度の給金は取るけど、基本的に税金は町や村の為に使って自分の生活費は自分で稼いでいるらしい。まあ、だから偉そうに出来るんだろうね。
カナイ村の村長さんは貴族だけど、全然偉そうにしないらしく、村の人達からかなり信頼されている良い貴族だとみんなが言っていた。グリンドさんとはえらい違いだ。
説明を聞きながら一通り村を見て終わったので教会に戻った。
「さてと、もう直ぐ夕方だしご飯の準備でもしようか。みんなも一緒に食べる? 一緒に食べるんならシスターさんが疲れて帰ってくるまでに作っちゃおうと思うんだけど」
「また、お昼みたいなの作るのか?」
「でも、あんまりいっぺんに材料使うと後で大変な事になっちゃうんだよ」
「材料は、お肉なら僕達が沢山持っているから心配しなくて良いよ」
旅の途中で襲ってきた魔物を狩っただけでも食べきれないほどのお肉を手に入れている。食べないと腐ってしまうので食べてもらえると有難い。
「「「「「「「「やったー!」」」」」」」」
お肉を提供すると言うと、みんな大喜びだ。調理場を借りて、ダン、フーリ、グイの年長3人と僕、エミルで料理を開始した。レオナは他の子供達と遊んでもらっている。みんなそれなりに調理は出来るみたいだけど丸肉からの解体は出来ないようだ。
「ほら、ここにこうやって通せば簡単に刃が入るでしょ?」
「ほんとだすげぇ。ファーマって年下なのに物知りなんだな」
年下とは言っても前世の記憶があるから頭の中身は年上なんだよね。大きな肉の解体はこの世界に来て覚えたけど、前世でも給食の無い夏休みとかに食べる物を得る為に山で鳥や小動物を捕まえて解体していたので基礎知識は前世から持っている。あの経験はこの世界で大いに役に立っているな。
今日の料理はお肉中心。硬くなったパンを砕いてパン粉を作り、肉を包丁で細かく叩いて作った挽肉と野菜の小間切れを混ぜ合わせ、魔物の脂を煮詰めて作った油で揚げたメンチカツ、味付けは下味を塩コショーで付けてあるのでソースが無くても美味しく食べられる。
固まり肉をじっくり煮込んで作った塩チャーシュウもどき。煮込み汁を布で濾して野菜を煮込んだ野菜スープ。野菜と一緒に串にさしてBBQ風焼き串。食べる前にトロトロに溶かしたチイズを掛ければ良い感じに美味しく食べられるだろう。主食は小麦粉に少量の塩、バタア、ミイルクを練り込んでフライパンで焼いたナンもどきだ。
「ただいまー。何だか良い匂いがするねー」
料理を作っているとライラさんが帰って来たようだ。
「おかえりなさい。シスター」
「今日はファーマ君が沢山お肉くれたからお肉パーティーだよ」
「え?」
リビングで遊んでいた子供達がライラさんにそう説明すると、ライラさんはパタパタと調理場に走って来て顔を覗かせた。
「お帰りなさいシスター。見て、お肉沢山だよ」
「おかえりなさい、調理場お借りしてます。……ん?」
僕達がライラさんに声を掛けたのだけど、ライラさんは料理を見つめたまま硬直している。お肉が余っているから沢山作ったんだけど多すぎたかな?
「こんなに材料を提供してもらっても払えるお金は無いのだけど?」
「そんなの貰うつもり無いですよ? 僕達のご飯作るついでに作ってるだけですし、お肉は食べきれないほど採れちゃったから食べてもらえると僕達の方が助かります」
「いや、でも、ダメよ。宿賃だって貰うのにここまでしてもらっちゃ」
「問題ありません。食べなければ腐ってしまうだけですので」
ナイスフォロー、エミル。子供の僕が言うよりエミルが言った方が素直に受け取ってもらえるだろう。
「感謝いたします。あなた方にリュミエール神のご加護がありますように」
エミルに言われて受け入れてくれたようで、ライラさんは胸の前で手を組んで祈りのポーズをしながらお礼を言ってくれた。
やっとシスターらしい一面が見れた。まあ、どろどろの農作業着でお祈りをしても様にならないけど。
「シスター、泥だらけで祈っても恰好つかないよ?」
「そうそう、体洗ってきたら?」
「あっ、あははははっ、ごめんなさい。ちょっと井戸で水浴びして来るわね」
ライラさんは、ダンとフーリにツッコまれ、慌てて外へ走って行った。忙しい人だ。
完成した料理をテーブルにぎっしり並べ、子供達を呼んでみんなで席に着く。5分ほどして、真っ白な修道服に着替えたシスターが戻って来た。
うん、これならシスターに見えるな。でも、今から食事をするのに真っ白な服は如何なものだろうか?
食事の前にシスターと教会の子供達が神への祈りを捧げる。僕達もそれに倣って一緒に教会流の祈りを捧げた。
「さあ、今日はお腹一杯食べましょう」
ライラさんのこの一言で子供達は我先にと料理を手にする。両手に串焼きを持ってかぶりつく子、塩チャーシュウもどきを切らずにかじりつく子、メンチカツを3段に積み上げ確保する子、様々だけど料理は気に入ってもらえたようだ。
エミルは溶かしチイズがお気に入りでスープ以外の料理全部に回しかけて至福の表情をしている。レオナは熱いのは得意ではないのでチイズは横に置いて冷めるまで待ち、その間にお肉に一生懸命かぶりつく。
ライラさんは大人なだけあって落ち着いた食事をしているけど、一口が結構豪快だ。
絶対に余るだろうと思っていた料理は残らず平らげられ、デザートに果物を切ってあげたら甘いものは別腹とばかりに一斉に手が伸びる。
賑やかな食事で楽しかった。




