生まれ変わって直ぐに殺されちゃう?
とある大きな町の一角にある大きな屋敷の一室。
「ああーー!」
「奥様頑張って、あと一息です」
「はい! 今よ、いきんで」
「はあ、はあ、ああーーー!」
「んぎゃー! おぎゃー!」
長い陣痛を経て、元気な男児がこの世界に生まれた。
男児は真っ白な髪、美しい金色の瞳の通常の赤子よりも少し大きめの元気な子だ。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
「見せて。ああ、私の可愛い坊や」
母は我が子を抱き寄せ、胸に寄せると、赤子は一生懸命、母の乳を飲み始めた。
そんな微笑ましい状況の中、一人の女性が無表情に誰にも気付かれる事なく部屋を出て行く。
部屋を出た女性はこの屋敷の使用人で、速足で別室に移動し、紙に何かを認め封をして、黒装束に身を包んだ者に手渡し、黒装束の者は姿を消した。
男児が生まれて1週間が過ぎ、母はいつものように優しく我が子を抱き乳を飲ませながら愛おしそうに頭をなでる。
「もう直ぐ旦那様もお帰りになりますね。もう、坊ちゃまのお名前は決めてあるのですか? ソフィア様」
「ふふっ、それがまだなのよ。あの人ったら生まれた子の顔を見てから考えるって聞かなくて」
初老の使用人の質問に嬉しそうにソフィアが答え、夫の帰りを今か今かと楽しみにしていた。
そんな中、ノッシノッシと重厚感ある足音が部屋の外から聞こえドアの前で止まり、静かにドアが開かれた。
「おかえりなさい、あなた」
部屋に入ってきたのはソフィアの夫。この屋敷の主であり、この国の騎士団長を務めるバルカス。
身長は凡そ2m、引き締まった強靭な体をもち、精悍な顔立ちの口髭の似合う男だ。
バルカスはソフィアに返事を返すことなく部屋を見回し、ソフィアの腕に抱かれた男児に視線を止め、凍り付くような目つきで睨む。
「どうしたの? あなた。何かあったの?」
バルカスの様子がおかしい事に直ぐに気が付いたソフィアはその冷たい視線に冷や汗をかきながらも表情には出さず、優しく諭すようにバルカスに声をかけた。
「くくっ……「なにかあったの?」だと? ぬけぬけと、よくもそんなセリフが吐けたものだな」
「なにを言ってるの? ちゃんと説明してくれなければ解らないわ」
「貴様はいったい誰の子を生んだんだ! ええっ!?」
バルカスは怒りに満ちた表情を浮かべながらソフィアを怒鳴りつけた。
「何をバカなことを言ってるの? あなたの子にきまってるでしょう?」
ソフィアは毅然とした態度でバルカスを諫める。
「俺の子だと? 俺の子がそんな白い髪のわけないだろうが! 俺の一族もお前の一族も過去を遡っても全員黒髪だ! そんな白髪の子が生まれる事はないんだ! お前が身ごもる少し前から噂を耳にしていたんだ。お前が他所に男を作っているとな……最初は俺も信じなかったさ、でもな、目の前にそんな疑いようもない証拠が現れては信じる他あるまい」
そう説明しながらバルカスの表情は苦渋に満ちて行く。
「誰がそんな根も葉もない事を━━」
「聞く耳もたぬわ! その汚らわしいガキも、俺を裏切った貴様も八つ裂きにしてくれる!」
「話を聞いて、バルカス!」
バルカスを何とか落ち着かせようと声をかけるソフィアだったが、バルカスにその声は届かず、ついには剣を抜き放った。
「お逃げ下さいソフィア様。バルカス様は正気ではありません」
ソフィアの世話をしていた初老の使用人は暗器を両手に持ちバルカスの前に立ちふさがりソフィアを逃がそうとする。
「エリザ! ダメよ。あなたが殺されてしまう」
「大丈夫でございますよ。貴女様をお守りして22年、これでもそれなりに腕に覚えはあります……さあ! 私が時間を稼いでいる間に早く!」
エリザの本気を受け、ソフィアは我が子を抱きしめ窓から外へと飛び出した。
ソフィア達の居た部屋は屋敷の3階にあったが、元魔法騎士であるソフィアは浮遊魔法で落下速度を軽減し、赤子に負担がかからぬよう防護魔法で守りながら町の外へと走り去る。
「じゃまだ!」
「ぐぅ……ソフィア様、どうかご無事で……」
ソフィアが部屋から逃げる時間を稼いだエリザは、バルカスに切り捨てられ崩れ落ちその意識を永遠の闇の中へ落とした。
「追え! 5体満足でなくとも構わん。あの裏切り者を生きて俺の前に連れて来い」
「「「ははっ!」」」
バルカスに命じられた黒装束の男達がその場をあとにし、ソフィアを追った。
町を飛び出したソフィアは、我が子を守りながら追手の攻撃を魔法で防ぎながら裸足の足から血を流し必死に逃げる。
馬に乗る追手の足を緩めるため、馬を潰し、時には追手に直接魔法を放つが、赤子を抱いているため、強力な魔法は放てない。
魔法の防御を貫き、追手の矢が肩や背中に刺さるが、足を止めず走って走って走り続け、深い森の奥に入り込んだ。
ソフィアが森の奥に逃げ込むと黒装束の男達は、森の入り口で追うのを止めた。
「ちっ! 不帰の森に逃げ込まれたか……まあ良い、バルカス様に報告するぞ」
ソフィアが逃げ込んでのはこの辺りで不帰の森と呼ばれる樹海で、一度足を踏み入れた者はたとえどんな強者であっても出ることは叶わないといわれる凶悪な魔物の住む場所だった。
ソフィアもその事は知っていたが、追手に捕まれば確実に我が子の死が待っていると、ある御伽噺に賭け森に入ることを選んだのだ。
奥へ奥へと進み、怪我と疲労で動けなくなる寸前まで走り、自身の限界を悟ったソフィアは、眠る我が子を優しく抱きしめ、最後の言葉をかける。
「育ててあげられなくてごめんなさい。叶うなら幸せな人生を送ってほしい……」
直後、ソフィアの体は強い光を放ち、光は天を貫き、優しい光が赤子を守るように、赤子を中心に半径10mを囲んだ。
「ほう、生命の防護陣とは珍しいな、数千年ぶりかのう」