第15話 ファーマ君、名付け親になる
帰りは、来た時と同じくマルガンさんの馬車に乗せてもらった。魔人の子を乗せるのを御者さんは嫌そうにしていたけど、マルガンさんが良いと言ってくれたので気にせず乗せてもらった。今、馬車の中に居るのは僕、魔人の子、エミルさん、マルガンさん、エルミナさんの5人。
4人乗りの馬車だけど僕と魔人の子が小さいので問題なく乗れている。
「お前さん、護衛を探しに行ったのに、その2人で良かったのか?」
「はい、充分過ぎるほどですよ」
魔人の子も鑑定してみたけど、この年(6才)で人間の成人男性並みにステータスが高いし、あの状況でも折れない心の強さも持っている。直ぐに旅に出るのは難しいだろうけど、とりあえず3人で町の外の魔物と戦って訓練してみよう。もし、2人が戦えなくても僕が居ればどうにでもなるしね。
「しかしのう、魔人は連れていても邪魔になると思うぞ? エンドール家のタグを見せても宿泊を断られる宿も多いし、変に目立ってしまうからのう」
「大丈夫ですよ。エミルさんも居ますから」
「ご主人様、奴隷に敬称は不要です。エミルとお呼びください」
「そうじゃな、主従関係は、はっきりさせておく方が良い。お前さんはエンドール家の家臣になったのじゃから特に気を付けねばならんぞ」
「解りました。気を付けます」
貴族家に属するのって面倒なんだな……ご主人様と呼ばれるのも背中がムズムズするし。
「まあ、お前さんが満足しているのなら問題はないか。じゃが、町の外は何が起こるか分からん。油断せんようにな」
「はい」
「それはそうと、お前達少しばかり臭うのう。エルミナ、前に風呂に入ったのはいつじゃ?」
「恥ずかしながら、風呂は7日に1度しか入らせてもらっていませんでした。前に入ってから今日で5日になります」
エルミナさんが恥ずかしそうにそう言った。
「エミルも同じくらい入ってないの?」
「はい、申し訳ありません」
「いや、エミルが悪いんじゃないから謝らなくても良いよ。君は?」
「あぅ……風呂?」
ひょっとして入った事ない? 聞き返されるとは思ってなかったよ……
「ギルドに戻ったら3人とも直ぐに風呂に入らねばならんのう。湯舟は置いておらんが、シャワーで良いじゃろう」
ギルドに到着すると、直ぐに3人ともシャワー室に連れていかれた。魔人の子はお風呂を知らないようなので、エミルに任せる。着替えはとりあえず、布を貰って3人分僕が作った。
━━暫くして、3人がお風呂から上がって、戻って来た。
「こらっ、ちゃんとこちらの服を着なさい。これはご主人様の服ですよ」
「あぅぅ、これ良い、これ着る」
エルミナさんとエミルは僕が作った町ではありふれたデザインの服を着ている。魔人の子はロングコートが気に入っているらしく下に服を着るのを嫌がっているようだ。
「そのコートは君にあげるから着ていても良いけど、ちゃんと下に服は着ようね」
「あぅぅ、これ、スベスベ、これ、良い……です」
なるほど、さっき作った服は普通の布だから肌触りが悪いのか……でも素肌にロングコートって、どこの変質者って感じになるよね?
「ダメ、ちゃんと服を着ないと、コートも返してもらうよ?」
「あぅぅ……着る……ます」
うぅっ、そんな悲しそうな顔で言われたら思わずコートだけで良いって言ってしまいそうだ。我慢、我慢だ。
「ご主人様、1つ質問をしても宜しいでしょうか?」
「何? 質問は、断らなくて良いから遠慮なく言って良いよ」
「ありがとうございます。服と一緒に置いてあったこれは何なのでしょうか?」
エミルが僕に見せてきたのはブラジアだった。ああ、そういえば2年も奴隷生活していたから知らないんだね。エルミナさんもマルガンさんに同じ質問をしている。因みに魔人の子にはまだ必要ないので用意していない。
マルガンさんに女性職員さんを呼んでもらい、2人にブラジアの説明をしてもらった。
「さてと、いつまでも君って呼んでいるのもダメだよね。君の名前はなんていうの?」
魔人の子は不思議な事に、神眼で鑑定しても名前が解らなかった。こんな事は初めてだ。契約書にも名前は無く魔人と書かれていたし、デニスさんに至っては【それ】とか【これ】で充分と、ろくでもない事を言っていた。
「名前、5才、1人、狩りする、もらう……ます」
解かり辛い説明だけど、事情は呑み込めた。詳しく話を聞いてみると、5才の命名式の狩りの最中に人間族の魔人狩りに遭って奴隷にされたから、名前はもらえていないという事だった。
大変だったね。なんて軽々しい言葉はかける事は出来ない。たった5才で親から引き離されて酷い扱いを受け続けて来たんだ。出来る事なら親元に返してあげたいけど、どこから連れて来られたのかが分からないから返してあげる事も出来ない。せめて、僕の側に居る間は辛い思いはさせないようにしないとな。
「でも、名前が無いままじゃ困るよね? どうしようか?」
「あぅ、ご主人様、付ける……ます」
「僕が付けて良いの?」
「あぅ、強い名前、良い……です」
僕が名付け親になるのか……責任重大だな。強そうな名前……種族はキャッツ族。キャッツで雰囲気は猫っぽい、毛色はややオレンジ掛かった黄色……
強そう……虎……タイガー……タイガ? それじゃ男の子みたいだな。じゃあ、ライオン……獅子座……レオ。レオも男の子みたいだし、女の子っぽい名前ならレオナなんてどうだろう?
「レオナってどう? レオナのレオは、百獣の王って意味があるんだよ。誰よりも強いって事だけど解る?」
「ドラゴンより強い……です?」
レオナは目をキラキラさせて嬉しそうに尋ねてきた。この世界にはドラゴンがいるのか……前に見たプテラノドンみたいな奴の事かな? どうやらレオナは強さにこだわりを持っているようだ。レオナの事が1つ分かって良かった。
「ドラゴンは見たことが無いから分からないけど、そうかも知れないね。」
「ひゃくじゅのおう、レオナ、強い、ご主人様、ありがと……です」
「百獣だよ。ひゃ、く、じゅ、う」
「ひゃ、く、じゅ、う?」
「そう、百獣の王レオナだ」
「ひゃくじゅうのおうレオナ、ひゃくじゅうのおうレオナ……です」
レオナは嬉しそうに自分の名前を何度も呟いている。気に入ってくれたのは嬉しいのだけど、女の子に百獣の王って付けて良かったのか? 本人が喜んでいるし良しとしよう。
「お待たせしましたご主人様。ブラジアというのはご主人様が開発されたのですね」
「まあ、一応そうだね」
開発者は前の世界の偉い人だけど、説明できないのは辛い所だね。
「敬服致しました。まだ、お若いのに素晴らしい発明です。ご主人様に買って頂いて嬉しく思います」
うーむ、誉めてくれるのは嬉しいけど、この堅苦しい話し方はどうにかならないものか? エミルのクールさと合わさって、余計堅苦しい感じがする。肩が凝りそうだよ。
「その、ご主人様って言うのは止めない? なんだかむず痒い。僕の事はファーマで良いよ。それともう少し砕けた話し方にしてくれると助かる。あまり堅苦しいのは僕が疲れるから」
「解りました。これからはファーマ様と呼ばせて頂きます」
「あぅ、ファーマ様……です」
本当は様も付けられたくないんだけど、いきなりは難しそうだな。ご主人様よりはマシだから我慢しよう。話し方は追々変えて行けば良いか。
「話は終わったようじゃな。それで、お前さん直ぐに出発するのか?」
「いえ、旅の準備もありますし、2人の体調も心配ですから、もう暫くこの町に滞在して準備が整い次第出発しようと思っています」
エミルもレオナもちゃんと食事を与えられていなかったのか、酷く痩せているし、レオナは全身痣だらけで見ているこっちが辛くなりそうだ。家に帰ったら回復魔法で治してあげなくちゃな。
「それが良いのう。ならば、出発前にもう1度ワシの所に来るようにな」
「はい、必ず挨拶にきます。それでは失礼します」
僕はマルガンさんに頭を下げると、エミルとレオナを連れて、商業ギルドを後にした。