第14話 ファーマ君、奴隷を買う
家に帰った僕は、その日の夜にリリとミミに今日あった事と旅を再開させる事を話した。
「なんで? なんで行っちゃうの?」
「ちょっと偉い人と喧嘩しちゃって町に居づらくなっちゃったんだよ。ごめんねミミ」
「ファーマって本当に考え無しよね。嫌な相手でも、とりあえず雇われておいて、損害を出さない程度に役立たずの演技でもすれば勝手に解雇してくれるのに」
リリ……腹黒いな。その方法は思いつかなかった。まあ、でもお金が溜まったら次の町に行くつもりだったし、少し早くなっただけで結果は変わらないんだよね。仲良くなってくれた人と別れるのは辛いけど、もっと色々な場所を見てみたいし。
「まあ、旅をしているって最初に言っていたから、いつかは居なくなる事は分かってたんだし、それが早くなっただけの事よ」
突き放すように話しているけどリリは少し寂しそうにしている。僕が未練を感じないようにしてくれているんだろうな。
「急な話でごめんね。でも、ずっと会えない訳じゃないから。色んな所を見て回ったらまた、きっと遊びに来るから」
「うん、わかった。いってらっしゃい」
「ミミ、いってらっしゃいはまだ早いわよ。もう何日かは準備とかで家に居るんだから」
「そうだね。もう暫くはお世話になります」
僕がそう言うと2人は「お世話になりますだって。変なのー」と笑ってくれた。
2日後。マルガンさんと一緒に奴隷商の所にやって来た。店に入ると直ぐに1人の男性が声を掛けてきた。
「これはマルガン様、ようこそおいで下さいました。今日はどういった奴隷がご入用で?」
「ふおっふおっ、久しぶりじゃのうデニス。今日はワシではなくて、この小僧に見せてやってほしいのじゃよ」
「子供が奴隷を、ですか? それは珍しいですな」
奴隷商のデニスさんは怪しげな顔をした小太りのおじさんだ。悪い人ではなさそうだけど、良い人でもなさそうな微妙な感じの人だ。
「買うかどうかは決めていませんが、奴隷がどういったモノなのか気にはなっているので、今日は宜しくお願いします」
「さすがマルガン様が連れてくるだけの事はありますな。まだ、小さいのにしっかりした挨拶をしなさる。ではこちらへどうぞ」
最初に案内されたのは一般奴隷が居る部屋。広い部屋に仕切りがあって、仕切りの向こうには、ぼろぼろの服を着た痩せた子供が30人くらい居た。
「戦闘には向きませんが、小間使いや雑事を安価でやらせることが出来ますよ」
この町の最底辺の地域に住んでいる人の一部らしい。買ってほしそうにしているけど、命の危機に遭遇するかも知れない旅に行くよりは他の人の奴隷になる方が良いと思うから一般奴隷は止めておこう。
「お気に召しませんか? では、借金奴隷を見てみますか」
借金奴隷は、大人が多い。強そうな人も居たけど、借金を抱えた理由が、酔って暴れて物を壊しただとか、お金がないのにツケで買い物をしまくって返済できなかったとか、人として信用できない人達だったのでここは素通りした。
次に、犯罪奴隷の所へ案内してくれようとしたけど、犯罪者と旅をするのは怖いからお断りした。
「次は戦争奴隷ですが、値は張りますが今日は良いのが居りますよ。おもしろい一品もございますので、戦争奴隷と一緒にご覧ください」
案内されて入った部屋はさっきまでとは違い、嫌な臭いもせず、綺麗な装飾がされた広い部屋だった。応接室かな?
「商品を用意しますので、こちらでお待ちください」
そう言ってデニスさんは僕達にお茶を出してくれて、僕達は椅子に座って出されたお茶を飲んで待った。暫くすると従業員さんが首輪と鎖に繋がれた3人の男女を連れて部屋に入って来る。
最初に紹介されたのは、2年ほど前に戦争で負けて、滅ぼされた小国の元第3王女様。年齢は21才、武術は使えないけど魔法は風、光の2属性使える。知識も豊かで魔法道具の開発なんかもやっていたらしい。値段は250万デニール。
説明だけでは不足なので鑑定で見てみた。
名前 エルミナ・フレウス・ジャバルタス
生命力75
筋力43
神力133
瞬発力32
耐久力8
属性 天、聖、纏
神眼で解る属性と、この国の属性の呼称は違う。この国では天=風、聖=光になっている。纏という適性もあるから、この子は錬金も使える筈だけど、鑑定した時には適性を持っていなかったのかな? 後天的に目覚める適性もありって神様が言ってたよね。
「どうです? 希少な光魔法持ちで、魔法道具造りにも精通して、この値段なら買いでしょう?」
「ほう、魔法道具はどの程度の物を作っていたのじゃ? ファーマが買わぬのならワシが買っても良いかも知れんのう」
「僕は予算オーバーで買えませんよ」
日本円にして約2億5千万円……これから開発出来る魔法道具次第では妥当な値段なのか? 戦争奴隷は高いと聞いていたけど、これは予想以上だったな。
次は、さっきの人と同じ国の元騎士長。年齢は41才。剣術、槍術の達人で、魔法も火と風の2種を使える猛者らしく、値段は75万デニール。
名前 ザンガス・ロウストイ
生命力721
筋力662
神力121
瞬発力343
耐久力58
属性 炎、天
……強すぎないか? リミッター×10の状態の僕より高いステータスの人も少なくないとは聞いていたけど、こんなに早く出会うとは思っていなかった。特に筋力値が異常すぎるよね……
「どうです? かつては他国にまでその名を轟かせた猛者ですぞ。多少は衰えたとは言っても、護衛にするなら十分すぎるでしょうな」
「確かに強そうですけど、ちょっと僕には手が出せませんね」
元王女様に比べると安いけど僕の持ち金では手が出ないな。これだけ強い人が仲間になってくれたら心強いけど、無理だ。
そして、3人目の奴隷の説明を奴隷商さんが始めようとした時━━
「おらっ! さっさと歩きやがれ!」
「あぐッ!」
━━カーテンの奥の部屋から怒鳴る声がしたかと思うと、鉄の首輪に鎖で繋がれ両手を拘束具で固定された全裸の子供が引きずられるように部屋に連れて来られた。
その子供は、日常的に暴力を受けているのか全身痣だらけで、よく見ると子供は僕達とは少し違う容姿をしていた。頭の上に猫か犬のような耳、両腕は肘から先がネコ科の動物のような形をして毛に覆われていて、お尻の辺りには長いしっぽが生えている。その他は人間と変わらない。たぶん亜人と呼ばれている種族なんだろう。この町には居ないって話だったけど居たんだな。
「馬鹿野郎! お客様の前で大声出すんじゃねぇ!」
「す、すいません。」
「ちょっと、この子はなんでこんなに傷だらけなんですか? それに服ぐらい着せてあげないと病気で死んじゃいますよ?」
女の子に服も着せないなんてとんでもない人達だ。
「何を言っているのですか? 魔人は訓練に使う動く木偶であり、新薬の実験動物なのです。言わば物です。普通、服は着せませんよ?」
本心からそう思っているようで、嫌みな感情は全く見えない。周りに居る他の人達も特に何も感じていないのか止める様子も嫌悪している様子もない……この世界では、これが普通で僕がおかしいのか? いや、1人だけ表情には出していないけどデニスさんと連れてきた従業員さんに対して敵意の感情を向けている人がいる。やっぱり僕がおかしいのではなくて、この国の人がおかしいんだ……僕は絶対にこうはならないぞ。
「いくらですか?」
「はい?」
「その子は僕が引き取ります。いくら払えば譲ってくれますか? と聞いているんです」
「おお、お気に召して頂けましたか。お買い上げありがとうございます。値段は1万デニールになります」
気に入ったから買う訳じゃないよ! ……この人には言っても理解できないだろうから、苛立つのはよそう。平常心、平常心だ……
僕は収納魔法道具から財布とフード付きロングコートを取り出し、お金を奴隷商に渡してから、魔人の子にロングコートを羽織らせ抱き寄せた。魔人の子は不思議そうにしていたけど、コートの肌触りが気に入ったのか、気持ち良さそうに裾にスリスリしている。
「さて、もう1人の説明がまだでしたな」
デニスさんは、僕の行動を不思議そうに見ていたけど、気にせず3人目の説明をし始めた。最後の1人は、元王女達と同じ国の貴族の娘で年齢は15才。体のあちこちが膿む奇病の所為で容姿は醜く体も貧相だが、貴族の子だけあって教養はある。武術は多少、剣が使える程度で、魔法は適性が無く使えないらしい。
身体は服を着ているから分からないけど、顔はニキビの酷い人みたいな感じになっていて、顔中ぶつぶつと膿で酷い状態だ。今は酷い状態だけど、それさえなければ、たぶん、かなり美人だろう。髪は淡いエメラルドグリーンで瞳は薄手の茶色系、体型は貧相と言っているけど15才なら標準なんじゃないだろうか?
この子も鑑定してみた。
名前 エミル・メディス
生命力136
筋力53
神力485
瞬発力122
耐久力11
属性 天、水、聖、邪、合
かなり優秀なんだけど? 神力値も高いし、属性の適性値だってどれもそこそこ高い。なんで適性がない事になっているんだろう? ……人界にも僕に付いているリミッターみたいな魔法があって隠蔽していると考えるのが正しいだろう。
「安かったので仕入れたのですが、やはり、どの方も気味悪がって購入してくれないのです。どうです? 仕入れ値で良いですから買いませんか? あ、移る病気ではないので、その点はご安心ください」
「参考までに聞きますけど、値段は?」
「仕入れ値は1万デニールでしたが、坊ちゃんには魔人も買っていただきましたし、9千デニールでどうでしょう?」
赤字にしても売りたいのか、もしくは仕入れ値が嘘なのか……能力的には申し分ないと思う。だけど、訳ありって感じだな。1番気になるのは、この子の種族……
そう思って、エミルさんに目を向けると、何故か頷いてきた。あれは買ってくれという意思表示なのかな?
「ものは相談なんですけど、さっきこの子買っちゃったから、もう予算が8千デニール程しかないんです。この値段ではダメですか?」
「うーん………………良いでしょう。その値段でお売りします」
ずいぶん長い時間考えていたという事は、本当に赤字だったのかな? いや、違う。たぶんこれは演技だ。でもまあ、得したのは僕の方で間違いないだろう。
僕は奴隷を2人購入し早速、契約に移る。
奴隷契約には、マルガンさんと交わした契約書の時と同じ溶かした魔鉱を混ぜたインクに僕の血を数滴まぜ、それを使って背中に術式を書くという方法か、専用の首輪の様な魔法道具を嵌める方法の2種類。効果はどちらも同じなので買う側の好みで選べるそうだ。
術式の方は書かれた本人の魔力を消費して発動し続けるので、術式を解除しない限り、死ぬまで解ける事は無いらしい。僕は見た目に奴隷と分からない術式契約を選んだ。
契約時に僕の奴隷になるにあたっての禁止事項を決める。僕が2人に与える禁止事項は【僕に危害を加えない、僕の不利益になる言動は行わない、人の迷惑になるような行動をしない】この3つだ。
禁止事項を破った時の罰則は、ショック死するほど激しい痛みに襲われるというモノ。本当に死んだりはしないらしいけど、それは可哀想だから2人が禁止事項を破らないように気を付けないといけないな。
「本当にそれで良いのですか? あまり甘くしていると、奴隷が付け上がりますよ?」
「はい、その3つだけで良いです。なるべく自由は奪いたくないので」
「坊ちゃんは変わり者ですな」
それは最近よく言われている気がする。
滞りなく契約は成立し、僕は2人を連れて店を出た。今回、契約した2人と少し話をした感じだと、エミルさんは落ち着きのある大人って感じで話し方も態度もクールな女性ってイメージ。魔人の子はまだ警戒されているのか大人しく、まだ本当の所は見えない。ただ、言葉を殆ど教えていないようなので話し方がたどたどしい。これは、少しずつ教えて普通に話せるようにしないとな。
余談だけど、マルガンさんはエルミナさん(元王女)と色々話した結果、多少(デニスさんが涙目になるくらい)の値引きをさせて購入したようだ。
なるほど、交渉はああやってすれば良いのか。参考になった。