第13話 ファーマ君、後ろ盾を得る
「こんにちは」
「あら、ファーマ君。また来たのね。今日はどうしたの?」
「はい、中断していた旅を再開するので、お世話になったニーナさんとマルガンさんに挨拶しておこうと思いまして」
「はあっ? ちょっ、ちょっとファーマ君? ま、待っていなさいね。直ぐに戻ってくるから」
笑顔で最後の挨拶に来たというと、ニーナさんは慌てた様子で奥に走って行き、マルガンさんを連れて戻ってきた。そして、いつものように別室に通され、事情を説明する。
「お前さん、ワシが言った事を覚えておらんのか? 1人で解決しようとせずワシら大人に相談するように言ってあったじゃろうが?」
ああ、忘れてた……冷静に対処したつもりだったけど、僕も冷静じゃなかったんだな。でも、まあ良いか。
「すいません。すっかり忘れていました」
「やれやれ、じゃわい。1つ提案があるのじゃが。ワシがお前さんの後見に付いてやるからうちに来んか?」
「はい? 言ってる意味が解らないんですけど」
「つまりはエンドール家に籍を置けと言うておるんじゃよ」
「どうしてそういう話になるのかが解らないんですけど?」
「エンドール家に籍を置けばグリンドどころか大抵の者は手出しを出来なくなる。お前さんが不敬罪に問われる事もお前さんの身内に何かされる事もまずないじゃろう」
身内に手を出される事は考えてなかった……人界に身内はいないし。でもリリやミミ、それにワックスさんとアンナは交流があったから身内と判断される可能性はあるのか? それは危なかったな。それにしても━━
「エンドール家って凄いんですね」
「おや、知らなんだのか? ギルド員ならちゃんと頭に入れておけ、商業ギルドを仕切っておるのはエンドール侯爵家じゃぞ?」
……侯爵家? って、この辺りを納めている領主様と同格の貴族?
「まったく知りませんでした。でも、マルガンさんが勝手に僕なんかを侯爵家に引き入れて良いんですか?」
「ふおっふおっふおっ、家督を息子に譲ってこの辺境の町に来ておるが、まだワシはエンドール家で1番の権力者じゃからのう。誰も文句は言えんわい」
それは、凄い事を聞いてしまった……全然偉そうに見えない。
「でも、なんでそこまでしてくれるんですか?」
「ワシは、いや、ワシらは商業を生業にしておるからのう。利に繋がると判断すれば取り込もうとするのは当然じゃろう? ワシの見立てではお前さんは必ず大きな事を成し遂げる。家に引き入れておけばお前さんの功は、エンドール家の功になるからのう」
「なるほど。でも、なんで今のタイミングで? そう思っていたんなら、もっと早くに話が来てもおかしくないと思うんですけど?」
「ふおっふおっふおっ、お前さんの性格では、あまり貴族に属するのは好まんじゃろう? ワシは無理やりというのは好かん。上手く誘導して取り込もうとは思っておったんじゃが、丁度いい具合に揉め事を起こしてくれたからのう。今なら断り難いじゃろうて」
……ああ、この人は悪い人ではないけど狸親父だな。大人は恐ろしい……
「でも、僕は貴族の付き合いとか出来ませんよ?」
「それは心配せんでもええ。貴族になれと言っているのではない。職人としてエンドール家の名の下で働くんじゃ。お前さんは今まで通り精を出して物作りをしていれば良い」
「でも、僕は旅に出ますよ?」
「なんじゃ? 我が家に所属すれば、グリンドも手を出して来ぬというのに、旅をする必要はないじゃろう?」
「いえ、元々お金が貯まったら旅は再開しようと思っていたんで、いい機会だから旅には出ます。もっと色んな町や場所を見てみたいですしね」
「ふむ、なるほどのう。見識を広めようというのは感心な事じゃな。ならばエンドール家に名前だけ属しておけば、どこで功を成そうと構わん。何を作れと強要もせん。お前さんは命令して何かを作らせるより、自由にやらせておいた方が良い物を作るタイプのようじゃからな」
……恐ろしい。数回しか会っていないのに僕より僕の事を解っていそうだ。
「して、どうするんじゃ?」
うーん、悪い話ではないんだよね。所属さえしておけば、どこで何をしようと放っておいてくれるんだし……それに状況的に断わるって選択肢はないよな……こうやって意思を確認してくれるだけグリンドさんよりはだいぶ良い。
「言っておくが、あまり目に余る不敬を働いたり、大きな罪を犯したりすれば庇ってやる事は出来んからのう」
「はい、それは大丈夫です。僕も平穏が1番だと思っているんで、相手が余程理不尽でない限りは当たり障りなく対応しますし、悪い事をしようとも思いません」
「理不尽な事でも相手によっては我慢も必要じゃ。前にも言ったが、自分だけで解決しようとせず、ワシらに相談するんじゃぞ?」
「はい、ありがとうございます」
「それで、心は決まったかのう?」
「はい、お世話になります」
僕は、マルガンさんの申し出を受ける事にした。この人はさっきのグリンドさんと違って嫌な感じがしない。たぶん、無理難題は言ってこないだろう。
話が決まると、ギルドマスター室に案内され、紋様が描かれた綺麗な金属タグを渡され、契約書みたいなものを2枚机に置かれた。
「これは?」
「これは、エンドール家の者だと証明するタグと、誰が後見に付いておるかという証明書じゃな。ここにお互いの名前を書いて、この紋に血を1滴浸み込ませれば完成じゃ」
証明書は、魔鉱を溶かし混ぜ込んだ特殊なインクで書かれていて、ギルドカードと同じく、血で生体登録が出来、本人が間違いなく後見についていると確実に証明できる物だという事だ。 各自が1枚ずつ保管する事で、2重に確認が取れるらしい。
僕はサインをして、針で指先を付き、血を浸み込ませる。マルガンさんも同じようにして、契約は完了した。
「さて、どうしても旅をすると言うなら、もう止めはせんが、護衛くらいは付けねばいかんのう。直ぐに死なれては契約した意味がなくなってしまうからのう」
……それは大丈夫だと思う。いざとなればリミッター外せば良いし。
「1人で大丈夫ですよ。ここに来る前も1人でしたし」
まあ、1日も旅してないけど。
「子供が1人旅なんぞ以ての外じゃ。町の外には野党やら魔物やら危険だらけじゃぞ? これまでは、たまたま運良く助かったかも知れんが、これからもそうとは限らんじゃろう? ……そうじゃな、お前さん、奴隷を買わんか? それなりに腕の立つ者を買えば護衛になるし、契約に縛られたておるから裏切られる心配もない、共にするなら良いと思うぞ?」
確かに、まだこの世界に来て日も浅いしマルガンさんの言う通り何が起こるかは解らないよね。でも、奴隷かぁ……前の世界には無かった制度だから気乗りはしないなぁ。
「奴隷ってなんだか可哀想な気がして買い辛いですよね」
「可哀想かどうかはお前さんの扱い次第じゃよ。情を持って接すれば可哀想な事もなかろう? とりあえずは見てみんか?」
「そうですね。とりあえず見るだけなら」
僕の扱い次第か……それもそうだよね。1人で旅をするより仲間がいた方が楽しいし、良い人が居たら連れて行くのも悪くはないかも知れない。
話は決まり、2日後、マルガンさんが奴隷商へ連れて行ってくれるというので今日は家に帰る事にした。