第12話 ファーマ君、旅の再開を決意する
ギルドから店に戻り、ワックスさんとアンナにマルガンさんから注意された事を話した。
「なるほどねぇ。いや、私も凄すぎるとは思っていたんだけど、魔法には詳しくないから気が付かなかったよ。うん、分かった。これからは人前での作業はしなくて良いよ。注文が入ったら採寸だけやって、後で取りに来てもらう様にしよう」
「はい、それでお願いします。もし、もう手遅れで、面倒ごとに巻き込んじゃったらごめんなさい」
「はははっ、まだ何も起こっていないんだから、謝らなくて大丈夫だよ。その時はその時さ」
「そうね。その時はその時よ。ファーマ君には沢山稼がせてもらってるし、少しくらいの迷惑は気にしなくて大丈夫よ」
「そう言ってもらえると助かります」
ワックスさんもアンナも気軽にそう言ってくれたけど、なるべく迷惑はかけたくないんだよね。もしも、何かあったら、被害が広がらないうちに町を出て行こう。
そう、心に決め、いつもの仕事に戻った。
それから1週間が過ぎ。今のところ、これまでと変わった事は無かった為、僕もワックスさん達もマルガンさんの老婆心だったのかな? と、考え始めていたある日。事は起こった。
湯沸かし器と水冷器が商業ギルドに新規登録され、各店に、その製法が知らされ、売り出された数日後、デオドランに見慣れない綺麗な身なりのお客さんがやって来た。燕尾服のような格好の眼の細いチョビ髭の中年男性と、タイトスカートのスーツ姿の女性が2人。
「こんにちは、この湯沸かし器という魔法道具を作ったファーマという職人が働いているのはこの店で間違いないですか?」
女性の1人が湯沸かし器を手にワックスさんに話しかけている。
「いらっしゃ……こ、これはグリンド様。こんな小汚い店にようこそおいで下さいました」
ワックスさんが腰を低くして揉み手で燕尾服の男性、グリンドさんに挨拶をしている。
「あなたが、店主ですか? ファーマという職人を探しているのですが、ここの従業員で間違いはないですか?」
「はい、そこに居る少年がファーマ君ですが、どういったご用件でしょうか?」
ワックスさんはグリンドさんに向かって話しかけているのに、グリンドさんは1度も口を開かず、目配せで女性2人に指示を出して会話が進んでいる。
「子供ですか……いかがいたしますか?」
女性がちらりと僕を一瞥して、グリンドさんに尋ねると、グリンドさんは女性に何かを耳打ちしている。
「店主、この子をグリンド様の店で雇いたいのですが、構いませんか? むろん、引き抜きをするにあたって、相応の対価は払いましょう」
「わ、私に言われましても、どう返事をしてよいのやら……本人が良いというのであれば、私に止める権利はありません」
ちょっ……ワックスさん? 止めようよ。
「なるほど、では本人との交渉次第で、そちらは口を出さないという事で良いですね?」
「勿論でございます」
そうワックスさんが返事を返すと、グリンドさんは嫌な笑みを浮かべて僕を見た。
「では、ファーマ。早速今日からヘルシヤで働きなさい」
ダイエット食品みたいな名前だ。じゃなくて、なんで僕の返事も聞かず働けというのか? さっきまで交渉するみたいな話になっていたよね?
「おことわ━━」
「ファーマ君。ちょっとこっちに来なさい」
断ろうと口を開くと、ワックスさんに割り込まれ、奥の部屋に連れていかれた。
「なんですか? 折角、断ろうとしたのに」
「断っちゃダメだよ。相手は貴族なんだから私達に拒否権はないんだ」
はい? 何それ? 無茶苦茶だな……
「嫌ですよ。あの人は、どうも好きになれません」
グリンドさんは店に入って来てから顔だけはニコニコしていたけど目の奥が笑っていない。前世の両親が外で振り撒いていた愛想笑いと同じ顔だ。あそこでは働きたくない。
「それでも、もう、うちでは雇えないよ?」
「どうしてですか? 僕がここで働くとお店に何かされるんですか?」
「いや、そうではない。そうではないけど、そういうもんなんだよ。本当は辞めてほしくないけど、どうしようもない事なんだ」
ワックスさんは本当に辛そうな顔で僕の両肩に手を置いてそういった。そうではないと言っているけど何かありそうだな。マルガンさんの言っていた面倒事ってこれの事かも。もう少しこの職場に居たかったけど、迷惑になるなら辞めるしかない……でも、絶対にあそこでは働かない。
僕はワックスさんと店内に戻って、最後の挨拶をする事にした。
「ワックスさん、アンナさん、今日までお世話になりました」
「こちらこそ、世話になったね。本当にありがとう。ファーマ君」
「新しい店でも頑張ってね」
ワックスさんとアンナは名残惜しそうに手を握ってくれた。
「では、店に戻りますよ。付いてきなさい」
「お断りします」
「はぅっ?」
当然のように付いて来いと入り口に向かっていた3人に、はっきり聞こえるように少し大きめの声で断ると、なんとも間の抜けた返事が返ってきた。
「僕はデオドランを辞めるとは言いましたけど、そちらで働くとは一言も言っていませんよね? 何勝手に雇った気になっているんですか?」
「なななななっ、何を言っているのです! グリンド様がお前のような平民を雇って下さると言っているのです。有難くお受けするのが礼儀でしょう!?」
沸点低いな、この人……いきなりヒスりだしたよ。
「言われていませんよ。その人は、ここに来てから僕達には一言も話していませんよね? 会話していたのはずっとあなたとあなただけです」
女性2人を順に指さし冷静にそう返事をした。
「お前如きが直接言葉を交わすことが出来ると思っているのですか!? 身分を弁えなさい!」
「僕、よそ者なんで身分とか分かりません。じゃあ、僕は中断していた旅を再開しますんで2度と会う事は無いでしょう。ワックスさん、アンナさんお元気で、またこの町に来ることがあったら遊びにきますね」
「へ? ……あぁ」
ワックスさんは状況が呑み込めず抜けた返事をして、アンナは驚いてはいるようだけど、冷静に状況を理解しているようで、少し呆れたようにクスリと笑って手を振ってくれた。
僕は、グリンドさん達の横をすり抜け店を出ると、その足で商業ギルドに向かった。
次回更新は5/17になります。