第9話 ファーマ君、魔法を覚える
━━連休2日目
今日は、また、商業ギルドに来ている。目的は、魔法道具開発と魔法習得の為の本を購入する為だ。先に図書館には行ってみたんだけど、残念ながらそういった類の本は無いらしく。受付のお姉さんに中央街の図書館には置いてある。もし買うなら中央街の本屋か商業ギルドになら大抵の物があるから聞いてみると良いと教えてもらったのだ。中央街は貴族が買い物する街だからギルドで聞いてみる事にした。
昨日来た時についでに聞けばよかったよ……
「こんにちは」
「あら、あなたは前にワックスさんと一緒に登録にきた子よね?」
「はい、覚えてくれていたんですね」
ギルドの受付カウンターには、ギルド登録に来た時と同じお姉さんがいた。昨日は別の人だったんだよね。
「子供で登録する人は珍しいからね。今日はどうしたの?」
そう尋ねられて、僕は目的を伝えた。
「先日、新商品登録したばかりなのに、もう次のモノを考え始めているのね。向上心旺盛な子は、お姉さん大好きよ」
褒められてしまった。物作りは好きだし、魔法道具を自分で作れるようになれば、どこに行っても困らないし損はないよね。それに色々な物を作れるのは楽しみで仕方がない。魔法も覚えたいモノが沢山あるしこの世界は興味の湧くものだらけだ。
「そういった書籍はあるにはあるけれど、高いわよ?」
「ど、どれぐらいします? 10万デニールでも足らないですか?」
「そんなにはしないわよ。そういえばブラジアもパンテイもかなり売れているものね。確認した私が悪かったわ。ちょっと待っててね」
そう言って受付嬢さんは奥に引っ込んで行った。
暫くして、戻ってきた受付嬢さんは、手に数冊の本を持っていた。
「お待たせ。聞くのを忘れていたけど、あなた文字は読めるのよね?」
「はい、この国の公用語と、あと3か国語くらいは読み書き出来ます」
「……それは凄いわね。じゃあ、これを読んで勉強してみると良いわ」
受付嬢さんが、持ってきてくれたのは【魔法文字辞典(下)】【術式構成の基本】【術式の応用(初級編)】【魔法道具作成の基本】【初級魔法書】の5冊だ。
値段は全部で2万7千デニール……高いというだけの事はある。貯金の約4分の1もするのか……でもまあ、先行投資だと思えば高い買い物でもないのか? 前の世界でも専門書は高額だったし、そう考えると妥当な金額か。
折角のお勧めなので全部購入した。
「絶対に複製しちゃダメよ? 魔法書の複製は、物理的に首が飛ぶからね」
「はい、絶対にしません」
そんな事は考えていなかったけど、本の複製って首が飛ぶほど重罪になるんだ……
「まずは、簡単な術式から組んでみる事をお勧めするわ。あと、適当な物に術式を書いても起動はしないからね」
「何か専用の物でもあるんですか?」
「魔鉱って呼ばれる金属に書かないと術式魔法は起動しないのよ」
そう言って魔鉱の説明をしてくれた。
魔鉱とは、【魔鉄】【魔銅】【魔銀】【魔金】等、魔力を一定以上含んだ金属の事で、通常の金属や物質に比べ、魔力の伝導率が格段に高いらしい。鉄、銅、銀、金の順に伝導率は上がり、伝導率の高い物ほど少ない魔力で効果を発揮できる。
これらも、ギルドで売っているらしいが、一番安い魔鉄でkg1000デニール。因みに僕が昨日購入した収納魔法道具は、【魔銀】が使われているらしい。
「錬金でも使えれば安く作れるんだけどね」
「え? どうやって作るんですか?」
「錬金魔法の適性がないと、やり方が解っても作れないわよ?」
「それでも良いんで、参考までに教えてもらえませんか?」
受付嬢さんの話によると、この世界の錬金魔法というのは、前世のファンタジー小説などに書かれていた石ころを金に変えたりするようなものではなく、通常の鉱物に錬金魔法で魔力を浸み込ませることで魔鉱を作り出す魔法の事らしい。やり方としては、錬成に似ている。錬成は物質に魔力を馴染ませ、創造した形に分解、形成、再構成してモノを作る魔法。錬金は鉱物に魔力を馴染ませるところまでは同じで、そこから魔力が定着するまで普通の錬金士で1kgの鉄に5時間ほど纏わせ続けると、完成するらしい。一応、【初級魔法書】にも書かれているから興味があるなら読んでみれば良いと教えてくれた。
なるほど、良い事を聞いた後でやってみよう。因みに、魔法石も腕に自信があれば魔物から採ればタダで採れるけど、危険だから止めておくように注意された。まあ、マッドドッグクラスなら、そう危険でもないんだよね。
これ以上、貯金を減らすのも勿体ないし、とりあえず魔鉱と魔法石は自力でなんとかするとして、まずは魔法文字の勉強と、術式魔法の基本の勉強だな。
作れるようになるまでに時間が掛かりそうだから、先に魔法を覚えよう。
と、いう事で、今日は【初級魔法書)】を読みながら魔法の練習をしてみる事にした。
これは町の中で試すのは危ないので町から離れた人気のない所でやる事にした。場所は、リリ達と初めて会った森の反対側。近くに人が居ないのは【広域視】で確認済みだ。
この本に書かれている魔法は全属性の初級魔法。各属性の魔法が5~8種類は載っているので色々試せて面白そうだ。
何よりも最初に覚えておかなければいけない魔法は、治療魔法だな。神様も言っていたけど、この世界には魔物と呼ばれる前の世界にはいない強力な生き物や、盗賊等のならず者が多くいる。どこで何があるのか分からないから、治療が出来た方が絶対に良い。
光魔法のページには、回復、浄化、強化、防壁の魔法が書かれている。
・回復は傷を治せる魔法。
初級魔法〝イルォー〟ちょっとした切り傷や擦り傷程度ならものの数秒で完治する。これは、生き物なら、動物でも植物でも効果がある。上位の魔法なら骨折や重症も治せる。最上位の魔法になると、致命傷も治せる可能性があるらしいけど、部位欠損などの再生は無理。それは再生魔法というのが別にあるらしいけど伝説上の魔法で今は使える人はいないらしい。
・浄化は病気の原因物や、毒物等の生物にとって害になるモノを消し去ったり、モノを綺麗にしたりする魔法。
初級魔法〝ケスァル〟は弱い毒や、熱病の治療が出来る。上位魔法になると、致死性の毒や死病等の強力なモノも消し去る事が出来る。最上位の魔法になると個人ではなく範囲を浄化できるようになる。
・強化は一時的に肉体を強くする魔法。
初級魔法〝グオルキ〟は腕力が1.1倍になり、〝スオルキ〟は瞬発力が1.1倍になる。上位魔法になると、身体能力が2倍以上に強化出来る。魔法や状態異常への耐性を上げることも出来る。最上位魔法になると更に高い身体能力強化や状態異常無効等の効果を発揮できる。
・防壁は障壁を作る魔法。
初級魔法〝ダガドゥ〟は物理障壁を張り、200㎏程度の衝撃なら受け止める事が出来、〝マフガドゥ〟は魔法障壁を張り、初級魔法なら数発受け止める事が出来る。上位魔法になると、1トン以上の衝撃に耐えられる障壁を張ったり、町を壊滅出来るほどの魔法を防いだりできる。最上位魔法になると、更に強力な攻撃を防いだり、物理、魔法、両方の防御を兼ね備えた結界を張る事も出来る。
この本によると、無詠唱魔法は詠唱魔法に比べて魔力消費が多いらしいけど、初級魔法程度なら消費魔力が小さいので詠唱で発動の感覚を覚えたら、無詠唱に切り替えるのが一般的らしい。
無詠唱魔法は練り込む魔力の量によって威力が変わるけど、上手く制御出来ないと魔力暴走を引き起こし暴発したり、発動出来ずに無駄に魔力を消費してしまったりするらしい。大きな魔法程、魔力制御が難しく、多くの魔力を消費してしまうらしいから中級魔法以上の魔法を使う時は詠唱をするのが普通らしい。
大きな魔法でも、ちゃんと神力制御が出来ていれば無詠唱でも問題なく使えるわけだな。無駄に消費してしまうくらいは良いけど、暴発は怖いな……まあ、神力の制御は天界にいた時から訓練して慣れているし、大丈夫だとは思うけど。とりあえず詠唱魔法からやってみようか。
早速、本を読みながら練習開始。
1、まずは、心を落ち着かせて、体内の魔力を感じ取ろう。体の中心を意識すると感じ取り易いので感じ取れるまで焦らず集中しましょう。
これは、もう出来るから問題ないな。
2、魔力を感じ取れたら、それを少しずつ手に集めるイメージで詠唱を開始します。
「ロロリラルララロリラリロリレレリルルラロロロロリルロリラレ〝イルォー〟」
3、1度では成功しないので、魔力が続く限り何度でも繰り返しましょう。
……1度で成功したみたいなんだけど? 案外簡単に出来るんだな。詠唱は、早口だと舌を噛みそうだけど、ゆっくりでも問題ないみたいだ。発動はしたみたいだから何かの傷を癒してみようか。
自分を傷つけるのはちょっと嫌だな。と、いって実験の為に動物を傷つけるのも気が引けるし……と、なれば、ここは植物に実験台になってもらおう。
実験で傷つけるのは可哀想な気はするけど、植物なら、あまり心は痛まないから……ね。
僕は、近くに生えていたアプリルの樹にナイフで軽く傷を付け〝イルォー〟を使う。右手に神力を集めるイメージでやってみた。
すると、白っぽい光が右手に灯り、木に付けた傷はミルミル塞がっていく。
うん、ちゃんと出来てるな。あとは感覚を掴めるまで繰り返すだけだ。
何度も木を切りつけては癒す。それを繰り返し、百回を越えた辺りで、何となく回復魔法の感覚が掴めてきたので、僕は、詠唱するのを止め、無詠唱魔法を試してみる事にした。
ごめんね。何度も傷つけて……これで最後にするから。
僕は、心を集中させてこれまでより多くの神力を練り上げる。〝イルォー〟を使っていた時の感覚そのままに神力を魔法に変化させたその時━━僕の右手からこれまでよりも明らかに激しく優しい光が発せられ木を包み込み、僕の回復魔法を受けた木は、傷が消えただけではなく、葉や実がさっきまでより艶が出て生き生きとしていた。
なるほど、回復魔法は傷を治すだけじゃなくて、弱っているモノも元気にできるのか、これで、何度も傷つけたお詫びになったかな?
回復魔法は成功したから、今度は浄化魔法だ。
「ラララリルルルロルラロラララリロリレリレラレ〝ケスァル〟」
詠唱での浄化魔法も回復魔法と同じく、1回目から発動はしたけど、病気や毒等の状態異常にかかっている人がいないから出来ているのかは判らないけど、回復魔法とはまた違った感じの何かの魔法は発動しているからたぶん成功しているのだろう。
兎に角、繰り返し唱えて浄化魔法の感覚を覚えよう。
━━数時間後。
浄化魔法の感覚も掴めてきたから、どこかで実験がしたいな……そういえば、植物にも病気ってあったよな? 図鑑か何かに書いてあった気がする。
そう思い、森の中の植物の【鑑定】をしながら探索。木や草に病気が無いかを探していると、思っていたより直ぐに病気の草を発見した。
大葉みたいな植物に白い斑点みたいなのが出来ている。……これって何だったかな? 前の世界にもあった……うどん粉病ってやつに似ている。鑑定で、これの名前はデンフウ病という事が解った。じわじわと広がって植物を蝕んで枯らしてしまう病気で、植物以外には影響はないらしい。
うどん粉病はカビの1種だったけど、これは違うのかな? 浄化魔法で消えるんだろうか? まあ、掛けてみれば分かるか。
早速、ケスァルを使った時と同じような感覚で神力を手に集中させ、浄化魔法を発動させた……白い斑点は完全には消えなかったけど、明らかに薄く少なくなって葉の色が緑に戻っているのが分かる。
もう少し強力な浄化魔法なら完全に消せるんだろうか?でも植物の病気にも効果があるという事は分かったな。もう幾つか、病気の植物を探して練習してみよう。
暫く森を探索し、数種類の病気を浄化して回った結果、病気によって浄化に必要な強さは違うけど、どの病気も浄化魔法で治せた。
それにしても浄化魔法って不思議な魔法だよね。本には生物にとって害になるモノを消すって書いてあったけど、どういう基準で害があるとか判断しているんだろう? 生き物によって益になるモノ害になるモノは違う。人間にとって害になるモノでも他の生物にとっては益になるモノだってある。まあ、治るんなら良いか。
浄化魔法も成功したし、日も暮れてきたから今日はこの辺にして帰る事にした。