第8話 ファーマ君、絡まれる?
さて、今度は日用品や娯楽品を売っている商店に行ってみよう。おもちゃとかゲームとかが有るなら、誰かと一緒に遊んでみたい。
前世じゃそういう遊びはした事なかったし……ああ、そうだ。校外学習で老人介護施設に行った時に、お爺さん達に教えてもらった、囲碁が面白かったな。僕が囲碁に興味を持った事に、喜んだお爺さん達がくれた【囲碁入門】【定石全集】【詰碁集】【猪山七冠名局百選】を、昼休みに図書室で繰り返し読んで丸暗記したんだよね。結局、誰とも対戦できずに死んじゃったけど。
そんなことを考えながらワックスさんに教えてもらったお店に到着。
名前は【マイナ・スイオン】……空気清浄器か!
思わず吹き出してしまった……まだまだ探せば、前世の物や店に似た面白い名前のモノが見つかるかもしれない。
中に入ってみると、最初に目についたのは食料品売り場。前世にあった食品スーパーみたいな感じだ。東の街だと肉屋、魚屋、八百屋、と別れていたけど、こっちだと同じ店内に売り場別になっている。
値段は東の街とあまり変わらない。この世界では、お肉が少し高めのようだ。神様が、この世界の生き物は前の世界よりも強いって言っていたし、家畜として増やせないのかもしれないな。
ここで1番驚いたのは調味料の値段……東の街では買いに行った事なかったけど、異常なほど高い。解り易い基準で言うと、1番安い塩が100g5デニール、胡椒が10g10デニール。よく見ると石のようなものが混ざっていたので鑑定してみたら塩の中に小石や砂等の不純物が5%くらい混ざった粗悪品だという事が解った。
どうりで、リリ達が料理をするのに殆ど調味料を入れてなかったはずだよ。リリが農場で1日に稼げる給金が30~35デニールだからこの粗悪品でも気軽に買えない。
食品売り場を通り過ぎると日用品売り場。食器、調理器具、収納用の布袋、等を売っている。これは東の街と殆ど変わらないな。
そして、店の隅っこに西の街に来たもう一つの目的地、娯楽品売り場。……売り場と言って良いのかと思うくらい娯楽品が少ない。店員さんに商品説明をしてもらった。
1つ目は見たまんまトランプ。大人から子供まで楽しめるそうだ。知ってる……やった事はないけど。
2つ目は大戦盤という駒を動かして話し合いをする道具。碁盤の4倍くらいの大きさで、地形や天候などの設定を遊戯前に決め、これといったルールはなく実戦を想定して駒を動かし、戦略を練って話し合いながら遊ぶらしい。意見交換は楽しそうだけど、これのどの辺が娯楽品なのか解らない・・・・・・一般人は使わないだろう?
3つ目は、革を張り合わせて空気を入れた頭ぐらいの大きさのボール。子供が蹴ったり投げたりして遊ぶ。体育の授業のドッヂボールを思い出すな。
その他、木剣、木の盾、木の兜等、戦闘ごっこをして遊ぶおもちゃと説明されたけど、それはおもちゃではなく危険物です。
トランプもボールも前の世界でも有ったけど殆ど遊んだ事ないんだよね。値段も手ごろだし両方買っておこう。
娯楽品はこれだけかぁ。前の世界じゃ遊ぶ暇なかったけど、やってみたかったモノは沢山あるんだよね。まあ、無ければ自分で作れば良いか。……囲碁の道具は絶対に作ろう。
トランプとボールを購入し、店を出ると、怖い顔した4人組に呼び止められた。この人達って確か、【ダンキー・ホテイ】を出てから、ずっと僕の後ろを歩いていた人達だ。
「やーっと、出てきたな」
「坊主、ちょっとお兄さん達と話ししようぜ」
おや? 僕に用があったんだ。それならもっと早くに声かけてくれたら良かったのに。
「なんだかお待たせしたみたいで、すいません。お話ってなんですか?」
「「「「ぶははははっ」」」」
「なんだ、こいつ面白ぇな」
何故かは解らないけど、笑われてしまった……何がおかしかったんだろう?
「坊主、普通は俺達みたいなのに声かけられたらビビるか、逃げだすかのどっちかだぜ? 変な奴だな」
「え? 相手の事をよく知りもしないのに、怖がったり逃げたりするのは失礼じゃないですか。それに、僕はあまり人に声かけてもらった事がなかったんで、話しかけてもらえて嬉しいです」
そう言うと4人組の男の人達がお互いに顔を見合わせきょとんとしている。
前世では、殆どの人から空気のような扱いを受けていた。小学生の低学年の頃は、暗い奴だと言って同級生に殴られたり、からかわれたりはあったけど、その度に両親が相手の親から慰謝料という名目でお金を取っていたから、段々腫物を扱うように誰も寄って来なくなった。だから、人に声をかけてもらえるのは本当に嬉しい。
「そうか、暗い人生歩んできたんだな」
「まだ、小せぇのに大変だな」
「本当は金持ってそうなガキがいるから毟り取ってやろうと思って声かけたんだけどよぉ。なんか、毒気抜かれちまったぜ。止めた、止めた」
「ええっ!? そうだったんですか?」
そうか、カツアゲされそうになっていたんだ。初めての経験だから気が付かなかったよ……
「にしても、お前もっと警戒しろよ。危ねぇぞ?」
「そうだぞ。間違っても、俺達みたいなのに声かけられても、ついて行くんじゃねぇぞ?」
それを自分で言うんだ……僕からカツアゲするつもりだったらしいけど、根は良い人なのかもしれない。
「ご忠告、ありがとうございます。気をつけます」
「はあ? お前マジ変な奴だな」
「「「「がははははっ」」」」
うーむ、また笑われてしまった。
「おい、そこのお前達! 何をしている」
顔の怖いお兄さんたちが大笑いしていると、大通りの向こうから、北海道のばんえい馬みたいに大きな馬にのった綺麗な顔をしたオレンジに近い茶色の髪のお兄さんが声をかけてきた。
「い、いや、俺達何もしてないっすよ」
「ちょっと、お話をしてただけっす」
顔の怖いお兄さんたちは、何故か焦ったように馬のお兄さんから目を逸らす。
「少年、君はこいつらの知り合いか?」
馬のお兄さんは、馬から下りて僕の前に立ちそう尋ねてきた。
「今、ここで知り合いました。親切に、危ないから怖い人からは逃げろと教えてくれたんです」
「こいつらが? 本当だな? 脅されて誤魔化しているのではないのか?」
お兄さんは、ジトっとした視線を怖い顔のお兄さん達に向けながら僕に再確認してきた。
「はい、親切な人達です」
「おおお、脅すなんて人聞きの悪い。な、お前ら」
「「「もぉちろん、だぜ」」」
「じゃあ、俺達はもう行くぜ。ガキんちょ、気を付けろよ」
「はい、また話しかけて下さい」
逃げるように走っていくお兄さん達に手を振ってお別れを言うと、それを聞いたお兄さん達は苦笑いしながらいなくなった。
「ふむ、本当に何もなかったようだな。だが、知らない者に、特にああいった素行の悪そうな者に声を掛けられてもついて行ってはダメだぞ? 何をされるか分からぬからな」
「はい、さっきのお兄さん達にも同じ事を言われました。ありがとうございます。お兄さん」
僕がお礼を言うと、お兄さんが何やらショックを受けたような悲痛な表情でしゃがみこむ。
「私は、これでも女なのだがな……」
僕がお兄さんだと思っていたこの人はお姉さんだった。どうりで綺麗な顔していると思った。声が低めだし、話し方も男性っぽかったから男の人だとばかり思ってた。それに鎧を着ているから体系も解らないし。
「ごめんなさい、お姉さん」
「いや、間違えられるのは初めてではないからな……と、いうか、何故か度々間違われるのだ。ふふ、良いのだよ。男に間違われるような容姿をしている私が悪いのだから、昔からいつもこうだ━━━━」
何か変なスイッチが入ってしまったようだ。自分で言いながらどんどん落ち込んでいく。
「あの、お姉さん? おーい、聞こえてますか?」
「ああ、すまない。少し取り乱してしまったようだ」
少しではないと思います。
「少年、君はこんなところで1人なのか? 親は一緒じゃないのか?」
「はい、欲しいものがあって、買い物に来ていただけなので、1人です」
「子供がこんなところに1人で来てはダメだぞ。子供に絡むバカは、そうそういないが、さっきのようなガラの悪い者も稀にいる。私が通りかからなければどうなっていたか」
「大丈夫ですよ。良い人達でしたし」
「もう、買い物は済んだのか?」
「はい」
「なら、私が家まで送って行ってやろう。安心しろ、私はこの町の衛兵だ。怪しいものではない」
「本当ですか? ありがとうございます。ぜひ、お願いします」
「ああ、任せておけ。それにしても君は小さいのにしっかりした物言いをするのだな。子供らしくないというか」
「ははっ……よく言われます」
僕はお姉さんの前に座るように馬に乗せられ、家路についた。馬の上から見える景色は、いつもと違い、なんというか……とても気分が良い。
送ってもらう道中、話をした。お姉さんの名前はテレスティナ。正騎士ギルドに所属する騎士で、仲のいい人には、テレサと呼ばれているらしい。子爵家の3女で、年齢は17才。貴族というわりに偉そうなところがない。町の人からも慕われているようで、あちこちで声をかけられている。
社会科の授業で習った昔の貴族って、ふんぞり返っているイメージだったけど、実際はそうじゃないんだな。
馬の脚は速く、歩いて帰るよりかなり早く家の近所まで帰ってくることが出来た。高い目線も気持ちいいし、乗馬って良いな。
「あ、おーい。リリ、ミミ」
進む先に丁度、リリとミミが歩いているのが見え、僕は手を振って2人を呼んだ。すると、2人も僕に気が付いて手を振ってくれている。
「君の家族か?」
「いえ、家族ではなく、家主です。僕は1人旅をしている途中で、今は、彼女たちの家にお世話になっているんです」
リリ達のところで馬を止めてもらい、僕は馬から降ろしてもらった。
「ファーマ、テレスティナ様と一緒なんて、何かあったの?」
「うん、1人じゃ危ないからって、送ってもらったんだよ。テレスティナさんありがとうございました」
「あ、バカ、ファーマ。「さん」なんて言っちゃダメよ。「様」でしょ」
「はははっ、どちらでも構わない。好きなように呼ぶと良い」
「今日はお世話になりました。何かお礼がしたいんですけど……あ、そうだ。僕、デオドランってお店で働いているんで、良かったら服を作りましょうか?」
「デオドランか、最近有名になっているブラジアとパンテイの店だな」
へー、有名になっているんだ……ブラジアとパンテイの店じゃないけどね。
「有名になっているんですね。うちのお店」
「ああ、そうだな。私も最近、ブラジアとパンテイは愛用している」
勢いで言ってしまったのか、言って直ぐに『しまった』という表情で口を押えるテレスティナさん。自分で言っておいて少し赤くなるところが可愛いな。
「お店のお客さんだったんですか? 顔を覚えていなくてすいません」
見た事あったら忘れる事ないと思うんだけどな。今の僕の記憶力って普通じゃないし……覚えてないって事は、オーダーメイドじゃなくて量産品の方を買ったのかな?
「いや、私が購入したのは別の店だよ。最近では、他の店でも売り始めているからな」
そういえば、他の店でも売っているんだったな。どうりで記憶にないはずだ。
「そうでしたか。じゃあ、もし良かったらデオドランにも来てくださいね」
「ああ、そちらに行くことがあれば寄らせてもらうよ。ではまたな」
「はい、ありがとうございました」
テレスティナさんは、颯爽と南の街の方へ帰って行った。